+概要
1991年6月にイギリス国防省はチャレンジャー2戦車のイギリス陸軍への制式採用を決定し、開発メーカーであるヴィッカーズ・ディフェンス・システムズ社との間で、127両のチャレンジャー2戦車とその操縦訓練戦車(CDTT)13両の調達契約を5億2,000万ポンドで締結した。
最終的に386両が発注されたチャレンジャー2戦車は1994年7月からイギリス陸軍への引き渡しが開始され、2002年4月までに全車の引き渡しを完了している。
チャレンジャー2戦車は当初、チーフテン戦車やチャレンジャー戦車と並行して運用が行われたが、間もなくチーフテン戦車は全車が退役し、さらに国防省は東西冷戦の終結や政府の財政難などの理由で、チャレンジャー戦車をイギリス陸軍から順次退役させることを1998年7月25日付で通達した。
チャレンジャー戦車の退役は同年から開始され、2000年代初めにはイギリス陸軍から姿を消した。
しかし、400両以上生産されたチャレンジャー戦車はスクラップにするにも巨額な支出を必要とするため、イギリス政府は1999年3月からハリド戦車の購入実績のあるヨルダンに対して、余剰となったチャレンジャー戦車の猛烈な売り込みを開始した。
これは信じられないような底値で売却が提言され、一説によると288両のチャレンジャー戦車を単価1ポンドを上限にしたといわれる。
そしてヨルダンはこの要求を飲み、「アル=フセイン」(Al-Hussein:現ヨルダン国王の名前に因む)の呼称を与えてさらに2002年10月に114両のチャレンジャー戦車を追加発注したが、この追加分は何と無料にされたという。
こうしてヨルダンは、タダ同然の安値で合計402両もの戦後第3世代MBTを入手したのである。
なおヨルダンはチャレンジャー戦車402両と共に、チャレンジャー訓練戦車(CDTT)15両とチャレンジャー修理・回収車(CHARRV)6両も導入したが、これらの価格は明らかにされていない。
なお、現ヨルダン国王であるアブドゥッラー2世・ビン・アル=フセインは、王太子時代にイギリスのサンドハースト王立陸軍士官学校に留学していた時は機甲科を専攻し、在学中にチャレンジャー戦車の操縦だけでなく指揮運用まで学んでいる。
このことが、ヨルダン政府によるチャレンジャー戦車の導入に少なからず影響を与えたのではないかと推測されている。
ヨルダン陸軍では現在アル=フセイン戦車を392両運用しており、182両のM60フェニックス戦車(アメリカ製のM60スーパー・パットン戦車の近代化改修型)と合わせて計12個戦車大隊に配備している。
アル=フセイン戦車は、基本的にはイギリス陸軍が運用していた時のチャレンジャー戦車と変わっていないが、無線機が独自のものに換装されており、これによりアンテナの装備位置がオリジナルとは変わっている。
また塗装も、ヨルダン陸軍独自のサンドイエロー主体の迷彩塗装に改められている。
戦後第3世代のチャレンジャー戦車を大量に導入したことでヨルダン陸軍の機甲戦力は飛躍的に向上したが、アブドゥッラー2世国王はチャレンジャー戦車の主砲である55口径120mmライフル砲L11の性能に不安を感じていた。
他国の戦後第3世代MBTが強力な120mm滑腔砲や125mm滑腔砲を装備しているのに対し、戦後第2世代のチーフテン戦車から引き継いだL11戦車砲は時代遅れだと認識していたのである。
そこでヨルダンのKADDB(アブドゥッラー2世国王設計開発局)において、アル=フセイン戦車の攻撃力を強化する近代化改修プランの研究が開始された。
そして2004年に首都アンマンで開催された兵器展示会「SOFEX 2004」において、KADDBは1両の革新的な戦車を展示した。
この戦車はアル=フセイン戦車の車体に、砲架のみを装甲でカバーしたような小型の砲塔を組み合わせたもので、KADDBが南アフリカのISTダイナミクス社の協力を得て開発したものであった。
この小型砲塔は「ファルコン(Falcon:隼)2」と呼ばれ、幅はわずか1.4mしかなく、スイスのRUAGランド・システムズ社が開発した50口径120mm低反動滑腔砲CTG(コンパクト戦車砲)を装備し、内部にはFHL社製の自動装填装置(発射速度8発/分)を搭載しているのが特徴であった。
また副武装として7.62mm機関銃が主砲と同軸に装備されていた他、砲塔左右側面の後部には8連装の発煙弾発射機がそれぞれ装備されていた。
自動装填装置の採用によって装填手が不要となったため乗員は車長、砲手、操縦手の3名となっており、車長と砲手は砲塔直下のターレット内に乗り込む形で、この2名が索敵・照準するためのサイトが砲塔上面に各々設置されていた。
なお車長用サイトは全周旋回式で、このサイトの後方には環境センサーが装備されていた。
ただし砲塔サイズの制約から主砲弾薬の搭載数は少なく、自動装填装置内に即用弾を10発、そして車体側に予備弾として17発の計27発しか搭載できない。
KADDB側の説明によると、ファルコン2砲塔はチャレンジャー戦車以外にM60戦車やチーフテン戦車にも搭載可能で、ヨルダン陸軍での採用だけでなく海外輸出も考慮して開発されたことが分かる。
その一方、KADDBはアル=フセイン戦車の車体や砲塔のほとんどを残したまま、小規模な改修作業で済む近代化改修プランも同時に発表した。
このプランも試作車がSOFEX 2004で展示されたが、こちらは主砲のみRUAG社製の120mm低反動滑腔砲CTGに換装しているのが特徴で、自動装填装置は搭載しておらず、従来通り砲塔内には車長、砲手、装填手の3名が乗り込む構造のままであった。
ただし、原型では砲塔右側面に砲塔を切り欠く形で装備されていたTOGS熱線暗視サイトに代わって、新型の砲手用熱線暗視サイトが砲塔上面に装備され、これに伴い砲塔右前面の形状がリファインされていた。
またFCSも、この新型の砲手用熱線サイトに連動する最新型に換装され、併せて砲塔上面左後部に環境センサーが設置され、さらに車長用の全天候型の全周視察サイトが砲塔上面左前部に装備された。
そして、主砲の同軸機関銃は7.62mm機関銃から射程の長い12.7mm重機関銃に換装され、主砲発射速度の向上を狙ってクレイバーハム社製の補助装填装置が砲塔内部に増設された他、車長席には各種情報表示用のタッチパネル式のディスプレイが設置され、さらに自車と僚車の位置関係を常時把握できるよう、GPSとそれに連動したナビゲイション・システムも搭載していた。
この他にもAPU(補助動力装置)の搭載やエアコンの増設、砲塔駆動の電動化、新型のコンパクトなNBC防護システムへの換装、操縦手席の計器類の配置最適化、サスペンションの改良や新型履帯への換装なども行われる等、細かい部分でも改修が施されていた。
KADDBはヨルダン国防省にこの2種類の近代化改修プランを提示したが、ファルコン2プランは改修コストが高額なこと等を理由にヨルダン陸軍への採用が見送られ、今のところ輸出にも成功していない。
もう一方の主砲の換装を中心とする改修プランについては、2009年になって国防省が採用を検討し始め、試作車がヨルダン陸軍による運用試験に供されたが、結局採用は見送られたようである。
アル=フセイン戦車は、チャレンジャー戦車としてイギリス陸軍で就役を開始してからすでに40年近く経過して老朽化が進んでおり、現在ヨルダン陸軍に在籍している車両の内の半分は、間もなくUAE(アラブ首長国連邦)より取得する中古のフランス製ルクレール戦車に代替される予定である。
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