VAB装甲車シリーズはフランス陸軍の主力装輪式装甲車で、現在はGIAT社(Groupement Industriel des Armements Terrestres:陸上兵器企業連合、2006年にネクスター社に改組)が生産と販売を担当しているが、本来はルノー社の系列が開発した装甲車である。 名称の「VAB」は、”Véhicule de l'Avant Blindé”(前線装甲車)の頭文字を採ったものである。 フランス陸軍は1960年代の終わりに機械化歩兵部隊の輸送車両を、装輪式と装軌式の2本立てにすることを決定しAMX-10ファミリーを開発した。 しかし装輪式戦闘偵察車AMX-10RCは実用化したものの、装軌式歩兵戦闘車のAMX-10Pは高価に過ぎて量産に向かないと判断され、1970年に改めて低コストの装輪式装甲兵員輸送車の開発が計画された。 これに応じたのはパナール社とルノー社(および系列会社のサヴィエム社)の2社で、1972~73年にかけて4輪と6輪の試作車が作られた。 性能比較試験は1974年まで行われ、同年5月にルノー・グループの設計が採用されて量産に入った。 1976年に、フランス陸軍に最初の生産型が引き渡されている。 VAB装甲車シリーズは4×4と6×6の2つの形態が並行して生産され、最盛時には輸出向けも合わせて月産50両のペースにもなった。 フランス陸軍向けの生産は1993年初めをもって終了し、合計3,975両が作られた。 これとは別にフランス憲兵隊(ジャンダルマリ)も、1988年から61両のVAB装甲車を発注している。 VAB装甲車シリーズは最大のカスタマーであるモロッコに394両が輸出された他、カタールやキプロス、ノルウェイなど世界十数カ国に輸出されており、これらも合わせれば1998年初めの時点で生産数は5,000両を超えており、シリーズの生産数は今後も伸びる可能性もある。 1990年のサトリ兵器展示会では、後述するVAB NG(Nouvelle Generation:新世代)装甲車も発表されている。 フランス陸軍向けのVAB装甲車の基本型は、4×4型の装甲兵員輸送車VTT(Vehicule Transport de Troupe)であるが、6×6型も外寸や動力系、性能はほとんど変わらず、データ的には戦闘重量が14.2tに増加しているくらいである。 VAB装甲車の車体は圧延防弾鋼板の全溶接構造で、小火器弾や榴弾の破片に対しては充分な防御能力を有している。 基本型のVAB VTT装甲兵員輸送車では最前部が2名並列型の操縦室となっており、その直後が主機関室で、車体の中央部から後方にかけてが兵員室となっている。 なお、車体右側には操縦室と兵員室を連絡する通路が設けられている。 操縦室内には左側に操縦手が位置し、右側に機関銃手を兼ねる車長が位置する。 VTT型では、後者の天井ハッチ直前に12.7mm重機関銃が装備される。 操縦室のフロント・ガラスは2枚に分割されており、各々上に開く防弾シャッターが設けられている。 操縦室の左右側面には、防弾ガラスの窓が付いた小さなドアが設けられている。 車体後半部の兵員室には車体後面に設置された観音開き式のドアから出入りし、兵員室の左右側面には3つずつの防弾シャッター付きの窓がある。 VTT型の場合4×4型も6×6型も、2名の乗員の他に10名の完全武装歩兵を兵員室に収容することができる。 エンジンは当初、ドイツのMAN社製のD2356HM72 直列6気筒液冷ディーゼル・エンジン(出力220hp)を搭載していたが、1983年からはルノー社製のMIDS06-20-45 直列6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル・エンジン(出力220hp)に換装されている。 変速機はトルク変換機付きの半自動式で前進5段/後進1段だが、VAB NG装甲車では全自動変速機になっている。 VAB装甲車は浮上航行が可能で、水上では車体後部に装備された2基のウォーター・ジェットで推進されて7km/hの速度を出す。 サスペンションはトーションバー・スプリングとテレスコピック・ダンパーの組み合わせで、4輪型では前2輪が、6輪型では前4輪が操行する。 タイアはミシュラン社製のランフラット・タイプで、路面の状況に合わせてタイアの空気圧を調整する機能を持っている。 |
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●派生型 VAB装甲車は今の目からすれば特筆すべき点はあまり見られないが、逆に言えば手堅い設計であり、これがVAB装甲車の最大の特徴といっても良い。 そしてこの手堅い設計が、VAB装甲車のもう1つの特徴である膨大な派生型を生み出した要因ともなっている。 実際VAB装甲車にはフランス陸軍、その他の採用国を問わず、凄まじい数のヴァリエーションが存在している。 まず歩兵戦闘車型のVCI(Vehicule de Combat de d'Infanterie)には4つのタイプがあるが、VAB VCI T20は20mm機関砲と7.62mm機関銃を装備する砲塔を搭載したタイプで、乗員は9~11名である。 20mm機関砲弾は720発、7.62mm機関銃弾は2,200発が搭載されている。 VAB VCI T25は25mm機関砲を装備する砲塔を搭載したタイプで、乗員は9名である。 VAB VCI ドラガーは25mm機関砲を装備するGIAT社製のドラガー砲塔を搭載したタイプで、乗員は8名である。 VAB VCI トゥカンは20mm機関砲を装備するトゥカンI砲塔を搭載したタイプで、乗員は11名である。 VAB エシェロンと命名されたタイプは装甲回収車で、車内に溶接設備や作業台等の機材が収容されており乗員は3名である。 また、7.62mm機関銃を装備したTLi砲塔が搭載されている。 戦車駆逐車型のVCAC(Vehicule de Combat Antichar)には3つのタイプがあるが、VCAC ミラン MCTは最大射程2,000mのミラン対戦車ミサイルの発射機を装備するコンパクト・ターレット(MCT)を搭載するタイプで、乗員は8名である。 VCAC HOT メフィストは、最大射程4,000mのHOT対戦車ミサイルの昇降式発射機を車内に収容するタイプで、HOT対戦車ミサイルを合計で12発搭載し乗員は4名である。 VCAC HOT UTM800は輸出向けのタイプで、HOT対戦車ミサイル16発を収めるUTM800ターレットを搭載している。 車内にも次発用ミサイルを収容しており、乗員は4名である。 砲兵用のVABとしては、RATACとATILAがある。 VAB RATACは機甲師団の155mm砲兵連隊に配備される車両で、索敵範囲20kmの対砲レーダーを車体上に搭載している。 乗員はレーダー手2名、無線手1名を含めた5名である。 これに対してVAB ATILAは、同じく砲兵連隊に配備されるデータ通信中継車両で、共に砲兵の機動性向上に大きく貢献している。 VAB PCは野戦移動指揮所で、車内に地図台や通信設備を増設しており乗員は6名である。 本車は、砲兵の射撃指揮所(FDC)や前線観測所(FOO)の役割も果たす。 この他にも通信中継車両のVAB トランスミッション、工兵車両のVAB ジェニー、120mm迫撃砲や81mm迫撃砲を搭載・牽引する自走迫撃砲、そしてNBC偵察車など多くのサブタイプが開発されており、フランス陸軍の車体だけでも24種類のヴァリエーションが存在する。 1990年に登場したVAB NG装甲車はエンジンを2基のターボチャージャーで250hpに強化、全自動変速機の採用、6連装のGALIX擲弾発射機を外部に搭載するなどVAB装甲車に細かな改良を施したタイプで、新規に生産される他、既生産車もNG仕様に改修できる。 VAB NG装甲車にも4×4と6×6の型があり、戦闘重量は4×4型では13.6t、6×6型では14.8tに増加している。 VAB装甲車シリーズはフランス陸軍が現在進めている、装輪式装甲車を統一する「モジュラー装甲車計画」が完成するまで、フランス陸軍の主力装輪式装甲車として長く使用され続けるであろう。 |
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<VAB VTT装甲兵員輸送車(4×4型)> 全長: 5.98m 全幅: 2.49m 全高: 2.06m 全備重量: 13.0t 乗員: 2名 兵員: 10名 エンジン: ルノーMIDS06-20-45 直列6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル 最大出力: 220hp/2,200rpm 最大速度: 92km/h(浮航 7km/h) 航続距離: 1,000km 武装: 12.7mm重機関銃M2×1 装甲厚: |
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<VAB VTT装甲兵員輸送車(6×6型)> 全長: 5.98m 全幅: 2.49m 全高: 2.06m 全備重量: 14.2t 乗員: 2名 兵員: 10名 エンジン: ルノーMIDS06-20-45 直列6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル 最大出力: 220hp/2,200rpm 最大速度: 92km/h(浮航 7km/h) 航続距離: 1,000km 武装: 12.7mm重機関銃M2×1 装甲厚: |
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<参考文献> ・「パンツァー2003年3月号 バラエティーを増す最近の兵員輸送車(2)」 小野山康弘 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2012年11月号 フランスの装輪装甲兵車 VAB」 吉田直也 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2004年1月号 フランスの装輪装甲兵車 VAB」 アルゴノート社 ・「パンツァー2013年5月号 フランス陸軍の現用戦闘車輌」 アルゴノート社 ・「パンツァー1999年12月号 新装備トピックス」 アルゴノート社 ・「世界のAFV 2021~2022」 アルゴノート社 ・「グランドパワー2006年10月号 ユーロサトリ2006 (2)」 伊吹竜太郎 著 ガリレオ出版 ・「世界の戦闘車輌 2006~2007」 ガリレオ出版 ・「世界の軍用車輌(4) 装輪式装甲車輌:1904~2000」 デルタ出版 ・「戦車名鑑 1946~2002 現用編」 コーエー ・「世界の最新陸上兵器 300」 成美堂出版 ・「新・世界の装輪装甲車カタログ」 三修社 ・「世界の装輪装甲車カタログ」 三修社 ・「世界の軍用4WDカタログ」 三修社 ・「世界の軍用4WD図鑑PART2」 スコラ |
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