戦後ダイムラー・ベンツ社(現ダイムラー社)が開発した汎用高機動車両ウニモグは、その不整地走破性と汎用性の高さから輸出にも成功しており、民間車としてだけではなく軍用車としても非常に好評を博していた。 そうした状況の中、各国軍から機動力の高いウニモグをベースとした安価な装輪式装甲車の要求が高まり、そのリクエストに応える形でラインシュタール社(現ラインメタル・ラントジステーム社)が自社資金で開発したのがUR-416装甲車である。 UR-416装甲車の開発は1960年代初頭に始められ、1965年に最初の試作車が完成している。 生産は1969年から始まり、当初はコスト削減を考慮して車体はリベット接合で構成されていたがすぐに溶接構造に改められ、「UR-416M」(”M”は「変更」を意味するModifikationの頭文字)の型式名が付けられている。 UR-416装甲車の車体は主要部で9mmの装甲厚を有し、7.62mmクラスの小銃弾や榴弾の破片に対する防御力を有していた。 また車内構造はウニモグと基本的に変わらず車体最前部にエンジンを搭載し、その後ろに操縦手(左)と車長(右)が搭乗する操縦室を設け、車体後部は8名の完全武装歩兵を収容する兵員室となっていた。 操縦室の前面には操縦手と車長それぞれに防弾ガラス製の窓が設けられており、さらに開閉式の装甲カバーも備えられていた。 また装甲カバーを被せた際の視界を得るために、それぞれペリスコープが1基ずつ設けられていた。 UR-416装甲車のエンジンは、1963年から生産が開始されたウニモグ406シリーズと同じくダイムラー・ベンツ社製のOM352 直列6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル・エンジン(出力120hp)を搭載しており、これに手動変速機(前進6段/後進2段)を組み合わせることで路上最大速度85km/hの機動性能を発揮した。 後部兵員室内の座席配置は3名ずつ計6名が背中合わせで乗車し、最後部は後ろ向きに2名が座るようになっていた。 兵員室の左右側面には大型ドアが設けられており、兵員は通常ここを利用して乗降を行った。 兵員室の後面にも上下に開く大型ハッチが用意されていたが、ここには予備タイアや雑具ラックを装着することが多く、その場合は開けられなくなるため使用頻度は高くなかったようである。 またUR-416装甲車は車体の左右側面に各5個ずつ、後面に2個のガンポートを兼ねた四角い視察窓が設けられており、ここから車外に向けて射撃できるようになっていた。 車体上面には2枚のハッチが設けられていたが、前方にあるものの前にはピントルマウントが設置されており、7.62mmまたは12.7mm機関銃を1挺装備することができた。 なお、UR-416装甲車の車体上面には様々なものが搭載できるように設定されており、トーゴ軍が導入した車両には7.62mm機関銃を連装装備する1名用銃塔が搭載されていた。 またオプションで、車内にNBC防護装置を搭載することも可能であった。 UR-416装甲車は西ドイツ軍に採用されることは無かったが、西ドイツ警察や国境警備隊などに配備され、また海外では前述したトーゴ以外にアルゼンチンやペルー、エクアドル、ケニア、モロッコ、トルコ、ギリシャ、パキスタン、フィリピン、サウジアラビア、ローデシア(現ジンバブエ)などに輸出され、総計で1,036両が生産されている。 ちなみに東京消防庁も、「耐熱救難車」の名称で1980〜90年代にかけてUR-416装甲車を運用していた。 消防庁の車両は当然ながら武装は装備していなかったが、代わりに赤色灯とサイレンが取り付けられ、車体の前面から上面にかけてパイプを設置して、このパイプから水を放出することで火災熱から車体を守って、自車を冷やしながら走れるような特徴を持っていた。 |
<UR-416装甲車> 全長: 5.21m 全幅: 2.30m 全高: 2.52m 全備重量: 7.6t 乗員: 2名 兵員: 8名 エンジン: ダイムラー・ベンツOM352 4ストローク直列6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル 最大出力: 120hp/2,800rpm 最大速度: 85km/h 航続距離: 700km 武装: 7.62mm機関銃または12.7mm重機関銃×1 装甲厚: 最大9mm |
<参考文献> ・「パンツァー2014年4月号 あまり知られていないドイツ製装輪装甲車」 柘植優介 著 アルゴノート社 ・「世界の軍用車輌(4) 装輪式装甲車輌:1904〜2000」 デルタ出版 ・「世界の戦車パーフェクトBOOK」 コスミック出版 |