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TR-85戦車





1980年代も半ばに差し掛かると、ワルシャワ条約機構の宗主国たるソ連でさえもスターリン的大国主義路線が失速し始め、東欧社会主義圏の統制も失われつつあった。
そうなると、従来からソ連とは一線を画すことを外交の特色としてきたルーマニアのチャウシェスク政権は、ますます中国や北朝鮮などソ連とは一種異なる路線を敷いている社会主義国との共同を模索すると共に、ついには西側の個別の国家と軍事的な交流すら図るようになった。

すでに1970年代に、ソ連製のT-55中戦車をベースとした国産戦車TR-580を登場させていたルーマニアは、今度は大っぴらに、「T-55中戦車の不充分な実働命数を延ばすためのエンジン等の開発」を西ドイツのメーカーに発注するに至った。
そして西ドイツ製のV型8気筒液冷ディーゼル・エンジンを搭載し、車体や砲塔の仕様はTR-580戦車を踏襲して完成したのがこのTR-85戦車である。

そのためTR-580戦車との明確な識別点は、新型エンジンを搭載するために車体後部が延長されたことや、機関室上面のルーヴァーの配置が変更されたこと、機関室左側面にT-55中戦車以来の煙幕発生装置付き排気口が無くなっていること、主砲の砲身にサーマル・スリーブが装着されたことくらいしかない。
ただし、TR-85戦車は車体前面と砲塔部にやや簡易な複合装甲を導入しており、HEAT(対戦車榴弾)や対戦車ミサイル等の成形炸薬弾に対して生残性を高めている。

またこれは恐らく中国との技術提携によると思われるが、中国軍の改良型59式戦車や69式戦車が装備しているのと同形態のレーザー測遠機を主砲基部に搭載している。
足周りはTR-580戦車と同様、T-55中戦車より小さい転輪が片側6個となっているが転輪の形状が異なり、間隔も第1、第2転輪間が広く、第2、第3、第5、第6転輪間が若干広いというちょっと違ったものになっている。
車体側面はスカートで覆われているが、これはTR-580戦車と異なり金属製となっている。

これらの各種改修や装置の追加搭載のため戦闘重量が43.3tに達したため、当初エンジンの最大出力が600hpであったものを、後に830hpに強化して機動力の低下を防いでいる。
その他、履帯はT-72戦車と同様のライブピン式RMSh履帯を採用している。
TR-85戦車はTR-580戦車と同様、チャウシェスク政権を倒した1989年12月のルーマニア革命時の戦闘に参加して、テレビを通じて世界にその姿が報じられた。

本車はルーマニア革命後も調達が進み、1993年までに632両がルーマニア軍に調達されている。
しかしその後軍縮が進み、その数は1999年には314両に減少している。
TR-85戦車はすでに生産が終了しているが、さらなる改良型も提案されている。
その1つが「TR-85N」と呼ばれる車両だが、この車両の詳細は分かっていない。
もう1つの改良型は、TR-85M1「ビゾヌル」(Bizonul:野牛)戦車である。

この車両は試作車が完成、公開されており、どのような改良型かある程度分かっている。
それによれば、最大の改良点は砲塔が新型化されていることである。
砲塔は大型化されて後部にバスルを持つようになり、前/側面には新型のパッシブ式増加装甲が取り付けられている。
主砲のコントロール・システム、安定システムも新型になり、射撃統制システムも改良されている。

主砲は56口径100mm戦車砲A308(T-55中戦車のD-10T2Sをルーマニアで国産化したもの)のままだが、中間に排煙機が追加されており、さらにAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)の使用が可能になっている。
その他、砲塔の左右側面に発煙弾発射機が取り付けられている。
基本車体はTR-85戦車と変わらないようだが、車体側面のスカートにはERA(爆発反応装甲)らしきボックスがびっしりと取り付けられるようになっている。

これらの改良の結果戦闘重量は50tに達しており、機動力の低下を防ぐためにエンジンも強化されている。
エンジンは出力860hpの8VS-A2T2M V型8気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル・エンジンとなり、路上最大速度60km/h、路上航続距離400kmの機動性能を発揮する。
ルーマニア軍では現在、既存のTR-85戦車の一部をTR-85M1にアップグレードする改修作業が進められており、改修車は第81機械化旅団に配備されることになっている。


<TR-85戦車>

全長:    9.00m
全幅:    3.30m
全高:    2.35m
全備重量: 43.3t
乗員:    4名
エンジン:  8VS-A2T2 4ストロークV型8気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル
最大出力: 830hp/2,300rpm
最大速度: 64km/h
航続距離: 500km
武装:    56口径100mmライフル砲A308×1 (43発)
        12.7mm重機関銃DShKM×1 (500発)
        7.62mm機関銃PKT×1 (3,500発)
装甲:    複合装甲


<TR-85M1ビゾヌル戦車>

全長:    9.96m
全幅:    3.435m
全高:    3.10m
全備重量: 50.0t
乗員:    4名
エンジン:  8VS-A2T2M 4ストロークV型8気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル
最大出力: 860hp/2,300rpm
最大速度: 60km/h
航続距離: 400km
武装:    56口径100mmライフル砲A308×1 (41発)
        12.7mm重機関銃DShKM×1 (750発)
        7.62mm機関銃PKT×1 (4,500〜5,000発)
装甲:    複合装甲


<参考文献>

・「パンツァー2003年7月号 現用のT-54/55戦車近代化型」 鈴木浩志 著  アルゴノート社
・「パンツァー2000年9月号 ルーマニアのT-55改良型」 齋木伸生 著  アルゴノート社
・「パンツァー2011年10月号 現代のルーマニア軍」 鹿内誠 著  アルゴノート社
・「パンツァー2011年12月号 ルーマニア陸軍のMBT」  アルゴノート社
・「パンツァー2000年3月号 海外ニュース」  アルゴノート社
・「ウォーマシン・レポート60 現用AFV写真集(1)」  アルゴノート社
・「世界のAFV 2021〜2022」  アルゴノート社
・「グランドパワー2003年4月号 ソ連戦車 T-54/55 (2)」 古是三春 著  ガリレオ出版
・「グランドパワー2022年6月号 ソ連軍 T-55中戦車」 後藤仁 著  ガリレオ出版
・「グランドパワー2019年4月号 ソ連軍主力戦車(1)」 後藤仁 著  ガリレオ出版
・「世界の戦闘車輌 2006〜2007」  ガリレオ出版
・「世界の戦車(2) 第2次世界大戦後〜現代編」  デルタ出版
・「ソビエト・ロシア 戦車王国の系譜」 古是三春 著  酣燈社
・「戦車名鑑 1946〜2002 現用編」  コーエー
・「新・世界の主力戦車カタログ」  三修社


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