特五式内火艇 トク
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+開発
特五式内火艇(トク車)は、第2次世界大戦において日本海軍が最後に開発を計画した内火艇である。
本車は「トク車」の秘匿呼称で開発が進められたが、戦局の悪化により潜水艦からの奇襲上陸作戦は非現実的なものとなっていたため、トク車は他の内火艇のような潜水艦への搭載能力を省略し、一般的な水陸両用戦車として設計された。
トク車は基本的には特三式内火艇(カチ車)をベースに潜水艦搭載能力を省いた車両といえるもので、両者はサイズ的にも機構的にも類似する部分が多い。
カチ車は深度100mの潜水を可能とする本格的な耐圧殻を内装していたため、戦車の車体並みの厚さの装甲板をロールさせて円筒を作り、高い水圧に耐えるためにその端を半球状にするなど、製作には通常の戦車に倍する手間が掛かったが、トク車では耐圧殻が省かれたため大幅に製作時間が短縮された。
トク車は主砲として高初速の一式四十七粍戦車砲を装備し、装甲厚は車体前面で50mmと当時の日本軍戦車の中で最高レベルの火力と防御力を備えており、陸上では陸軍の一式中戦車(チヘ車)に匹敵する戦闘能力を発揮した。
またトク車は副武装として九六式二十五粍機銃を1門追加装備しており、一般的には戦闘室前面に47mm戦車砲、車体上部の全周旋回式砲塔に25mm機銃を装備したとされる。
しかしこの武装配置に対して館山砲術学校は批判的であり、砲塔に47mm戦車砲、戦闘室前面に25mm機銃を装備した形式の車両も「二型」として計画され、一般に知られる形式を「一型」としたともいう。
なお、館山砲術学校には九七式中戦車(チハ車)や九五式軽戦車(ハ号車)から成る戦車隊と共に、特二式内火艇(カミ車)による水陸戦車隊もあり、内火艇の教育と運用研究も実施していた。
一型、二型を合計したトク車の生産予定数は50両で、その内訳は各型25両ずつの予定だったとされる。
トク車は設計を完了し「特五式内火艇」として制式化されたが、三菱重工業の東京機器製作所で車体の製造中に終戦を迎えている。
完成した車両は1両も存在しないといわれるが、その実際については不明な点が多い。
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+攻撃力
トク車の主砲である一式四十七粍戦車砲は砲身長2,450mm、砲口初速810〜832m/秒、発射速度は10発/分、装甲貫徹力は一式徹甲弾を用いた場合射距離500mで65mm、1,000mで50mmとなっていた。
主砲用の47mm砲弾は、カチ車と同じく121発が搭載された。
副武装としてはカチ車と同様、戦闘室前面および砲塔後面左側に九七式車載重機関銃(口径7.7mm)を各1挺ずつ装備していた。
7.7mm機関銃弾は5,070発搭載しており車体機関銃の分は銃手席の前に、砲塔機関銃の分は砲塔後部右側にそれぞれ搭載された。
さらにトク車は副武装として、海軍で余剰となった九六式二十五粍機銃を1門追加装備していた。
九六式二十五粍機銃は海軍がフランスのオチキス社製の25mm対空機関砲をベースに開発したもので、各種艦艇の対空火器として広く導入された。
性能は砲口初速900m/秒、最大射程8,000m、最大発射速度230発/分、給弾方式は15発入りのクリップ方式であった。
25mm機銃弾は330発搭載しており、車内に15発入りのクリップが22個収納されていた。
なお25mm機銃は対人用途に使用するには強力過ぎるので、アメリカ軍の上陸用舟艇やLVTを攻撃するために装備されたものと推測される。
対装甲威力もそこそこで発射速度の高い25mm機銃は、おそらく陸軍の37mm対戦車砲よりも敵の軽装甲AFVに対して実用的な兵器であったと思われる。
その証拠に、現代のIFV(歩兵戦闘車)は20〜40mmクラスの機関砲を主武装としているものがほとんどで、トク車は現代のIFVの武装を先取りした車両だったともいえる。
前述のようにトク車は一般的には戦闘室前面に47mm戦車砲、車体上部の全周旋回式砲塔に25mm機銃を装備したとされる。
しかし砲塔に47mm戦車砲、戦闘室前面に25mm機銃を装備した形式の車両も「二型」として計画され、一般に知られる形式を「一型」としたともいう。
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+防御力
トク車の車体と砲塔はカチ車と同じく圧延防弾鋼板の溶接構造となっており、各部の装甲厚も基本的にカチ車に準じるものになっていた。
トク車の装甲厚は車体が前面50mm、側面25mm、後面20mm、上面10mm、下面8mm、砲塔が前面50mm、側/後面25mm、上面12mmとなっており、当時実用化されていた日本軍戦車の中では最高レベルの防御力を誇っていた。
なおトク車の装甲板はカチ車と同様に海軍から提供されており、おそらく艦艇用のNVNC鋼板あるいはCNC鋼板系列が使用されたものと思われる。
一方、トク車の車体前後に装着する浮航用のフロートは3mm厚の軟鋼板製で、内部は多数の区画に仕切られており、万一の被弾の時にすぐに浮力を失わないようになっていた。
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+機動力
トク車のエンジンは、カチ車と同じく統制型一〇〇式空冷ディーゼル・エンジンが搭載された。
統制型エンジンとは単気筒の規格寸法を共通化した一群のエンジンの総称で、トク車の気筒数は最大の12であった。
気筒直径120mm、ピストン・ストローク160mm、予燃焼式で出力240hpと、当時の日本の戦車用ディーゼル・エンジンとしては最大出力を誇っていた。
しかし重量が30t近いトク車にとってはこのエンジンでもアンダーパワーで、路上最大速度は32km/hに留まった。
トク車の足周りは基本的にカチ車のものと共通で、4個の転輪を2輪ずつボギーで連結して横向きコイル・スプリング(螺旋ばね)で懸架したサスペンションを片側2組装着していた。
従って転輪の数は片側8個で、上部支持輪の数は片側4個であった。
トク車はカチ車と同様、パワートレインを車体前方の起動輪または、車体後面に設けられたスクリューに切り替える分配機を備えていた。
水上航行時には履帯への動力を絶ち、この分配機からエンジンの両側を通る2軸により2個のスクリューを回転させた。
また分配機は、車内への漏水を排出するビルジポンプの役割も果たした。
エンジンの吸排気は機関室上面から行うようになっており、水上航行時には換気筒を起てて吸気を確保するようになっていた。
水上での方向の変更は、車体後部に装着されたフロートに装備された2枚の舵をケーブルを用いて操作することで行った。
トク車の水上航行速度は10.5km/hで、カチ車とほぼ同じであった。
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<特五式内火艇>
全長: 7.10m(フロート無し)、10.80m(フロート付き)
全幅: 3.00m
全高: 3.38m
全備重量: 26.8t(フロート無し)、29.1t(フロート付き)
乗員: 7名
エンジン: 統制型一〇〇式 4ストロークV型12気筒空冷ディーゼル
最大出力: 240hp/2,000rpm
最大速度: 32km/h(浮航 10.5km/h)
航続距離: 320km(浮航 140km)
武装: 一式48口径47mm戦車砲×1 (121発)
九六式60口径25mm機銃×1 (330発)
九七式車載7.7mm重機関銃×2 (5,070発)
装甲厚: 8〜50mm
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<参考文献>
・「グランドパワー2017年9月号 日本軍 水陸両用戦車」 小高正稔/鮎川置太郎 共著 ガリレオ出版
・「帝国陸海軍の戦闘用車両」 デルタ出版
・「世界の戦車 1915〜1945」 ピーター・チェンバレン/クリス・エリス 共著 大日本絵画
・「日本軍戦闘車両大全 装軌および装甲車両のすべて」 大日本絵画
・「異形戦車ものしり大百科 ビジュアル戦車発達史」 斎木伸生 著 光人社
・「日本の戦車 1927〜1945」 アルゴノート社
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