西ドイツ国境警備隊と西ドイツ警察機動隊は、それまで警備車両として運用していたスイスのモヴァーク社製のMR08装甲車(4×4)と、イギリスのアルヴィス社製のサラディン装甲車(6×6)が旧式化して後継車両が必要になったため、1970年代後期にティッセン・ヘンシェル社(現ラインメタル・ラントジステーム社)に対して、「SW4」(Sonderwagen 4:特殊車両4型)の名称で警備用の4×4型装輪式装甲車の開発を要請した。 これに応じてティッセン・ヘンシェル社は、1978年に「TM-170」の呼称で新型装輪式装甲車の開発に着手したが、このTM-170装甲車の開発にあたっては、過去に同社が開発したUR-416装甲車やコンドル装甲車と同様に、ダイムラー・ベンツ社(現ダイムラー社)製の汎用高機動車両ウニモグのシャシーが流用された。 TM-170装甲車は翌79年には早くも量産が開始され、1984年から運用が開始されている。 しかし1990年に東西ドイツが統合し、続いて1991年にはソヴィエト連邦が崩壊して東側諸国が次々と脱社会主義化したことで冷戦が終結した。 このためドイツ国境警備隊は規模が縮小され、それに伴って余剰化したTM-170装甲車は1995〜96年にかけて121両がドイツ軍に移管された。 ドイツ軍は試験の結果、TM-170装甲車を「ヘルメリーン」(Hermelin:オコジョ)の名称で基地警備用の保安車両として用いたが、ドイツ軍が運用していた6×6型のフクス装甲車などに比べて4×4型のTM-170装甲車は不整地走破性に劣ること、また本車がNBC防護装置を装備していないこと、ドイツ軍自体が冷戦終結の影響で縮小を余儀なくされていたこと等の理由から、1999年には早々と全車がマケドニアに売却されてしまった。 TM-170装甲車の車体は8mm厚の圧延防弾鋼板の全溶接構造で、避弾経始を考慮した算盤球のような傾斜デザインが採用されており、警備・パトロール車として用いるために乗用車並みの広い視界が確保されている。 防弾能力は、全周に渡って7.62mm徹甲弾の直撃を跳ね返すことができる程度になっている。 前面と左右側面を大きな防弾ガラスで囲まれた操縦室は左側が操縦手席、右側が車長席となっている。 操縦室の防弾ガラスは、戦闘時には装甲プレートでカバーされるようになっている。 この時には、操縦室の天井に設けられている3基のペリスコープを用いて外部の視界を得る。 フロントパネルとハンドルなどは乗用車そのままで、操縦手席のレバーによって4輪駆動と2輪駆動を切り替えられる。 当然、2輪駆動の方が路上の燃費は良いため路上では2輪駆動、不整地では走破性に優れる4輪駆動を選択して走行する。 またTM-170装甲車は浮航能力を備えており、水上では車体後面下部に設けられた1基のスクリュー・プロペラによって航行する。 エンジンはダイムラー・ベンツ社製のOM352A 直列6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル・エンジン(出力168hp)を搭載し、戦闘重量が11.2tもあるにも関わらず路上最大速度100km/h、路上航続距離870km、水上航行速度9km/hの機動力を確保している。 エンジンは車体最前部に置かれており、車体前面下部にはエンジングリルのスリットが設けられている。 車体後部は兵員室となっているが、TM-170装甲車は全長6.14mと4輪装甲車としては車体が長いため、兵員室内の左右側面に5名分のベンチシートを各1基ずつ設置でき、10名の完全武装歩兵を収容することができる。 兵員室の左右側面にはそれぞれスライド式の乗降用ドアが設けられている他、兵員室の後面にも下向きに開く大型の乗降用ドアが設置されており、兵員を迅速に展開させることが可能である。 本車はNBC防護装置は装備していないが、これは治安・警備用に開発された車両だからであろう。 ただし、輸出用の車体にはオプションとしてNBC防護装置が設定されている。 TM-170装甲車の基本型は無砲塔のAPC(装甲兵員輸送車)ヴァージョンであるが、7.62mm機関銃から25mm機関砲までの火器で武装した小型砲塔を搭載した装甲偵察車ヴァージョン、装甲救急車ヴァージョン、兵員/貨物運搬用のピックアップ・トラック・ヴァージョンなども用意されている。 また1993年には、ベース車台を新型のウニモグU2400、U2500シリーズのものに変更した改良型のTM-170M3装甲車が登場している。 TM-170M3装甲車は外観こそ原型と酷似しているが、よく見るとヘッドライトが車体前面の先端から下側に移設されており、これに伴い車体前面の形状もリファインされている。 また車体後面は原型では避弾経始を考慮して大きくオーバーハングしていたが、そこも車内容積を確保する観点から直立に近い面構成に改められている。 エンジンは新型のOM366LA 直列6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル・エンジン(出力240hp)となり、変速機も従来の手動式から自動式に変更されている。 これによりEUの新排気ガス基準のユーロ1をクリアするようになったが、航続距離については路上で680kmに減少している。 TM-170装甲車の最大のユーザーはドイツ国境警備隊およびドイツ警察機動隊だが、外国ではルクセンブルク、スペイン、オーストリアに採用され、その他に前述のマケドニアがユーザーとなっている。 一方、韓国の大宇総合機械(現・斗山インフラコア社)はTM-170装甲車のライセンス生産権を購入し、「バラクーダ」(Barracuda:オニカマス)の名称で国内生産して戦闘警察隊などに配備している。 その内の12両は車体上面にピントルマウントを増設するなどの改造を施し、2003年のイラク戦争後にイラクに派遣されたザイトゥーン部隊に配備され、派遣先で実際に使われた。 また大宇総合機械はバラクーダ装甲車をインドネシア(20両)やマレーシア(4両)に輸出しており、しかも同社はその生産技術を基にして、ベース車台を現代自動車製の汎用トラックに変更したS-5装甲車というものまで開発・製造している。 S-5装甲車は外観はTM-170装甲車にそっくりでコピー生産というべきものだが、エンジンや変速機も現代自動車製の安価なものを使用しており、ウニモグのように凝った足周りではないため製造コストが非常に安い。 このため、貧しい途上国向けの廉価品としてS-5装甲車の海外販売も積極的に行っている。 なおTM-170装甲車は、日本国内で耐熱消防車として運用されていた経緯を持つ。 本車を使っていたのは福岡県の北九州市消防局並びに神奈川県の横浜市消防局で、「耐熱救助車」の名称で車体上面に左右各90度旋回が可能な遠隔操作式放水塔を装備し、車体前面には瓦礫撤去用のドーザー・ブレイドまで装着していた。 また熱から車体を保護するために周囲17カ所に自動噴霧装置を装備し、なおかつ原型で兵員室であった車体後部には1,000リットルの水タンクを搭載していた。 横浜市消防局の車両は実際に2000年の北海道の有珠山噴火の際に、緊急消防援助隊の一員として現地に派遣され、警戒区域内に取り残された民間人の救出に出動するなど活躍したが、横浜市の車両も北九州市の車両と共に2009年に廃車となっている。 |
<TM-170装甲車> 全長: 6.14m 全幅: 2.47m 全高: 2.32m 全備重量: 11.2t 乗員: 2名 兵員: 10名 エンジン: ダイムラー・ベンツOM352A 4ストローク直列6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル 最大出力: 168hp/2,800rpm 最大速度: 100km/h(浮航 9km/h) 航続距離: 870km 武装: 装甲厚: 最大8mm |
<参考文献> ・「パンツァー2014年4月号 あまり知られていないドイツ製装輪装甲車」 柘植優介 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2008年9月号 ISAFで活動中のマケドニア軍 TM-170装甲警備車」 アルゴノート社 ・「新・世界の装輪装甲車カタログ」 三修社 ・「世界の装輪装甲車カタログ」 三修社 ・「世界の軍用4WDカタログ」 三修社 ・「世界の軍用4WD図鑑PART2」 スコラ |