THAAD対空ミサイル・システム
|
|
+開発
東西冷戦の終結後、ソ連の脅威に代わって戦域弾道ミサイルの拡散が大きな問題になった。
そして1991年の湾岸戦争をきっかけに弾道ミサイルの脅威が広く知られるようになると、アメリカではジョージ・H・W・ブッシュ政権の下、「GPALS」(Global
Protection Against Limited Strikes:限定的攻撃に対する地球規模防衛構想)計画が提唱された。
しかし続くビル・クリントン政権はGPALS計画を破棄し、代わって「TMD」(Theater Missile Defense:戦域ミサイル防衛)計画を打ち出した。
GPALSでは宇宙配備の弾道ミサイル迎撃システムの構築が予定されていたが、TMDでは地上配備型の迎撃システムを中心とする計画に改められた。
TMDの目的はアメリカ本土を弾道ミサイルから守るというよりも、海外に展開するアメリカ軍や同盟国を弾道ミサイルの脅威から守るためのものであったが、その後イランや北朝鮮などの反米国家が長射程弾道ミサイルの実用化を進めたため、新たにアメリカ本土を守るための「NMD」(National
Missile Defence:アメリカ本土ミサイル防衛)計画が開始されることになった。
その後、これらの計画を引き継いだジョージ・W・ブッシュ政権はNMDとTMDを統合して「MD」(ミサイル防衛)計画とし、冷戦時代に旧ソ連との間で締結したABM条約(弾道弾迎撃ミサイル制限条約)を破棄して、ICBM(大陸間弾道弾)迎撃ミサイルの開発と配備を本格化させた。
現在進められているMD計画では、弾道ミサイルの迎撃のために大気圏外、大気圏上層部、大気圏下層部の三段階に分けて迎撃システムを開発・運用することになっている。
発射された敵の弾道ミサイルをブースト段階の早期にミサイル監視衛星で発見・追尾し、飛翔中の大気圏上層部ではイージス・システムを弾道ミサイル迎撃用に改良したSM-3防空システムで、大気圏外に出た段階ではTHAAD防空システムで、大気圏に再突入して低高度まで降下した段階ではペイトリオットPAC-3防空システムでそれぞれ迎撃しようというものである。
そしてMD計画の最大のウリが、THAAD防空システムである。
なお、「THAAD」の正式呼称は開発当初は「Theater High Altitude Area Defense」(戦域高高度防衛)であったが、後に「Terminal
High Altitude Area Defense」(終末高高度防衛)に改められている。
THAADシステムの本格的な研究は1987年から開始され、1990年中頃に最終のRFP(提案依頼書)が発行された。
同年9月にSDCOM(アメリカ陸軍戦略防衛司令部)は、ロッキード・ミサイルズ&スペース社を中心とする開発チームとの間で、3種類のTHAADシステムの13カ月コンセプト定義契約を締結した。
1991年1月にSDIO(戦略防衛構想局)はTHAADシステムの開発を加速することを決定し、1992年9月4日にアメリカ陸軍はロッキード社を中心とする開発チームとの間で、THAADシステムの48カ月技術および製造開発評価契約を締結した。
1995年にはTHAADシステムのミサイル発射試験が開始され、同年6月には最初のTHAAD中隊がテキサス州のフォート・ブリスで活動開始した。
THAADシステムは2004年からアメリカ陸軍向けの小規模生産が開始され、2007年から実戦部隊への配備が開始されている。
なお、アメリカ陸軍は1997年の段階で1,422発のTHAAD対空ミサイル(ミサイル単価:580万ドル)、99基のTHAAD自走発射機、14基のTMD-GBRレーダーの調達を計画している。
またアメリカ以外に現在アラブ首長国連邦、イスラエル、ルーマニア、韓国がTHAADシステムの導入を検討しているが、韓国がTHAADを導入することに対しては中国が強く反発している。
一方日本でも、2009年4月5日に北朝鮮が行った弾道ミサイル発射実験(北朝鮮側は人工衛星の打ち上げ実験と主張)を受けて、全国瞬時警報システム(Jアラート)に加えて、ミサイル防衛力強化のために政府がTHAADシステムの導入を検討していると毎日新聞が報じたが、この時は防衛省がTHAAD導入の具体的な検討はしていないと発表した。
しかし、その後の相次ぐ北朝鮮のミサイル発射実験を受けて危機感を強めた日本政府は、稲田朋美防衛大臣(当時)が2017年1月13日にグアムのアンダーセン・アメリカ空軍基地を訪問して、THAADシステムの視察を行っている。
日本政府は北朝鮮の弾道ミサイル対策としてTHAADシステムもしくは、イージス弾道弾防衛システムの陸上版であるイージス・アショア・システムの導入を検討していた。
そして最終的にイージス・アショア・システムの導入を選択し、2018年7月30日にイージス・アショア用にAN/SPY-7長距離識別レーダーを2基アメリカから購入する計画を承認した。
イージス・アショア・システムは山口県と秋田県への配備が予定されたが、地元自治体の反発などを受けて2020年6月15日、河野太郎防衛大臣(当時)はイージス・アショア導入計画の停止を発表した。
|
+構造
THAAD防空システムは、対空ミサイルおよびミサイルを移動・発射する自走発射機PLS(Pallet Launcher System:パレット式発射システム)、目標の探知・追尾、ミサイルの誘導を行うTMD-GBRレーダー、BM/C3(戦闘管理/指揮・管制・通信)を担当するステイションの3つのサブシステムで構成されている。
THAADシステムの内、対空ミサイルおよびレーダーを除くサブシステムの開発はロッキード・マーティン社、レーダーの開発はレイセオン社が担当している。
各サブシステムは、オシュコシュ社製のHEMTT(Heavy Expanded Mobility Tactical Truck:重高機動戦術トラック)
8×8重トラックの車台をベースとしている。
HEMTTシリーズは全輪駆動と太い低圧タイヤの組み合わせ、そして強力なターボチャージド・ディーゼル・エンジンによる極めて高い機動性を誇っており、ペイトリオット対空ミサイル・システムのベース車台としても用いられるなど、アメリカ軍で約13,000両が運用されている。
THAADシステムで用いられる対空ミサイルは全長6.17m、直径0.37mと小型で、固体燃料により飛翔し目標に対して弾頭部の迎撃体KKV(Kinetic
Kill Vehicle)をぶつけて撃墜する。
ミサイルの誘導は更新機能が付いた慣性航法装置とGPSで行い(発射前にレーダーによって得た情報をミサイルに入力し、中間の飛翔段階では入力された情報を元に慣性誘導を行い、それをGPSで補正して飛翔する)、終末段階では赤外線ホーミングが使われる。
迎撃体は、搭載するコース変更・姿勢制御用スラスターを噴射させてIRシーカーが感知する方向へ向かい、目標に命中する。
迎撃体の重量は不明であるがミサイル全体の重量は900kg、迎撃体は最大飛翔速度マッハ7(2,500m/秒)まで加速されるため、その運動エネルギーは弾道ミサイルを木っ端微塵に破壊する威力がある。
THAADミサイルの最大有効射程は200km、有効射高は40〜150kmで、弾道ミサイル迎撃の最終手段として用いられるペイトリオットPAC-3ミサイル(最大有効射程・射高15km)に比べて、はるかに広い迎撃エリアをカバーすることが可能であるが、元々大気圏外での運用に特化されたミサイルであるため、高度40km以内に接近した弾道ミサイルには対応できず、最終的にはペイトリオットPAC-3のサポートが必要である。
|
<THAAD自走発射機PLS>
全長: 12.00m
全幅: 2.52m
全高:
全備重量: 40.0t
乗員: 2名
エンジン: キャタピラーC15 4ストローク直列6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル
最大出力: 515hp
最大速度:
航続距離:
武装: 対空ミサイル10連装発射機×1 (10発)
装甲厚:
|
<THAAD対空ミサイル>
全長: 6.17m
直径: 0.37m
発射重量: 900kg
弾頭重量:
誘導方式: 慣性、パッシブ赤外線
最大飛翔速度: マッハ7
最大有効射程: 200km
最大有効射高: 150km
|
<参考文献>
・「大図解 世界のミサイル・ロケット兵器」 坂本明 著 グリーンアロー出版社
・「最新版 世界のミサイル・ロケット兵器」 坂本明 著 文林堂
・「最強 世界のミサイル・ロケット兵器図鑑」 坂本明 著 学研
・「世界の戦車パーフェクトBOOK 最新版」 コスミック出版
・「新版 ミサイル事典」 小都元 著 新紀元社
・「最新 ミサイル全書」 小都元 著 新紀元社
・「世界の最新兵器カタログ 陸軍編」 三修社
|
|
|
|
|
|
|