●T-84戦車 |
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旧ソ連時代、ロシア共和国のレニングラード・キーロフ工場(LKZ)、ウラル貨車工場(UVZ)、オムスク輸送機械工場(OTM)などと並んでソ連軍MBTの開発・生産の中心を担っていたのが、ウクライナ共和国のV.O.マールィシェウ工場であった。 マールィシェウ工場のルーツはハルキウ市に1895年に設立されたハルキウ機関車工場(KhPZ)で、第2次世界大戦における最優秀中戦車の1つといわれるT-34中戦車もここで開発された。 KhPZは侵攻してくるドイツ軍から逃れるため1941年10月にウラル山脈東部のニジニ・タギル市に疎開し、その地にあったUVZと統合されて「第183ウラル戦車工場」となりT-34-85中戦車、T-44中戦車などの開発・生産を行った。 第2次世界大戦が終結した1945年、ウラル戦車工場はUVZとKhPZに再分割されてKhPZはハルキウ市に戻り、「第75ハルキウ・ディーゼル工場」として再建された(1957年にV.O.マールィシェウ工場に名称変更)。 マールィシェウ工場に置かれたハルキウ機械製造設計局(KhKBM)は、1966年に制式化された旧ソ連最初の戦後第3世代MBT T-64戦車の開発を手掛け、約8,000両のT-64戦車シリーズがマールィシェウ工場で生産されている。 その後1968年4月16日のソ連共産党中央委員会において、ガスタービン・エンジンを搭載する新型MBT(後のT-80戦車)の開発が決定され、LKZ設計局が開発を担当することになった。 一方ガスタービン・エンジン搭載型T-80戦車の開発が失敗した場合に備えて、KhKBMにもT-64戦車と同じ水平対向ディーゼル・エンジン搭載型のT-80戦車の開発が命じられた。 ディーゼル・エンジン搭載型T-80戦車の試作車(オブイェークト478)は1976年に完成し、10年近く運用試験を続けて不具合の改修を行った後、1985年にT-80UD戦車(オブイェークト478B)としてソ連軍に制式採用された。 マールィシェウ工場では1987〜1991年にかけて約500両のT-80UD戦車を生産したが、1991年のソ連崩壊によってウクライナがロシアから分離・独立した結果、マールィシェウ工場はT-80UD戦車の生産を続行することが不可能になってしまった。 これはソ連国内で各種コンポーネントの分業体制が取られていたことが原因で、車体、砲塔、主砲、電子装備と全コンポーネントの70%がウクライナ共和国外のソ連内部から輸入されていたことによる。 しかしウクライナの経済にとって兵器の輸出は外貨獲得上切実であり、1993年になってウクライナはT-80UD戦車の生産を再開することを決めた。 これまで輸入に頼っていたコンポーネントを全て自国で賄わなければならなくなったため、自国製のコンポーネントを用いて製作した試作車が数種類開発され、最終的に現在のT-84戦車に繋がった。 T-84戦車の原型となった試作車は9両が製作されたが現在まで残っているのは5両だけで、残りは試験過程で消耗した模様である。 T-84戦車は元々中東諸国の求めに応じて開発されたものといわれ、一応ウクライナ陸軍でも採用されてはいるが本来は輸出を想定したMBTのようである。 T-84戦車の基本車体にはT-80UD戦車とほぼ同じものが使用されているが、砲塔には新設計のものが採用されている。 これは、T-80UD戦車ではロシア国内で生産されていた鋳造製砲塔が搭載されていたがこれが使用できなくなったからで、T-84戦車にはウクライナで国産された新型の溶接製砲塔が採用されている。 新型砲塔には前面と側面に複合装甲が封入されているが、この複合装甲は防弾鋼板と非鉄装甲材料の多層構造となっており砲塔前面で6層、砲塔側面で5層となっている。 車体・砲塔の各部には、多数の増加装甲板やERA(爆発反応装甲)のボックスが取り付けられている。 車体前面と砲塔前面にはERAのボックスがボルト止めされているが、このERAはHEAT(対戦車榴弾)や対戦車ミサイルなどの成形炸薬弾だけでなく運動エネルギー弾にも効果があるとされている。 車体側面のスカートは防弾鋼板とラバー薄板を組み合わせたもので、さらにERAのボックスが装着されている。 砲塔前面と車体前面下部にも、成形炸薬弾対策のラバー薄板が取り付けられている。 KhKBMによれば、これら増加装甲を含めたT-84戦車の装甲防御力はT-72戦車やT-80戦車を上回るものとされている。 装甲以外のユニークな防御システムが、「シトーラ(目隠し、カーテン)1」誘導弾攪乱システムである。 これは対戦車誘導ミサイル防御用のシステムで、ミサイル誘導のために敵の照射したレーザー波を検知して自動的にミサイル攪乱用の赤外線照射を行い、発煙弾を発射して戦車車体を隠蔽するものである。 レーザー波検知装置は砲塔前面上部に取り付けられており、砲塔前面左右に赤外線照射装置が、同じく左右に各6基の発煙弾発射機が装備されている。 このシトーラ1誘導弾攪乱システムはロシアのT-90戦車にも装備されているが、実はこのシステムの採用はT-90戦車よりもT-84戦車の方が先である。 また旧ソ連製MBTと同じく、排気にディーゼル燃料を噴射する煙幕展張装置(TDA=ツェルモドゥイモヴァヤ・アパラトゥーラ/温熱式発煙装置)も装備されている。 主砲は、51口径125mm滑腔砲KBA-3が採用されている。 この砲はロシアのT-80U/UD戦車が装備している51口径125mm滑腔砲2A46M1のウクライナ生産型で、基本的には同一と考えられる。 砲身は熱による歪みを補正するためサーマル・スリーブで覆われており、途中に排煙機が取り付けられている。 使用弾種は基本的に2A46M1と同じでAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)、HEAT、HE(榴弾)の他、レーザー誘導式対戦車ミサイル9M119「レフレークス」(反射)および9M119M「レフレークスM」も発射可能である。 発射速度は徹甲弾なら7〜9発/分、対戦車ミサイルなら2〜3発/分である。 主砲弾薬の搭載数は43発で、その内28発が砲塔底部の自動装填システム弾薬庫に収容される。 FCS(射撃統制装置)には、T-80U/UD戦車と同じ1A45FCSが採用されている。 このFCSは車長が砲手にオーバーライドして射撃を行うことも可能で、停止時、走行間射撃とも良好な初弾命中率を誇る。 砲手用昼間サイトは水平・垂直の2軸が安定化された1G46サイトでレーザー測遠機が組み込まれ、対戦車ミサイルの誘導能力を持つ。 夜間サイトは垂直安定式の「ブーラン(猛吹雪)E」で、赤外線映像装置はオプションとなっている。 車長用サイトは、TKN-4S「アガット」垂直安定式昼/夜間サイトである。 これら各種サイトから得られた情報は自車の走行速度、傾斜、横風、気温や気圧、装薬温度などと統合して1V528弾道コンピューターで処理され、正確な射撃データが与えられる。 有効射程はレーザー誘導対戦車ミサイルで5,000m、通常砲弾で昼間2,500m、夜間はブーランEサイトを使用して1,200m、赤外線映像装置を使用して3,000mになる。 現在ウクライナ国立砲兵ライフル火器科学技術センターでは、新型の125mmおよび140mm滑腔砲の研究が進められている。 125mm滑腔砲は「ヴィテアツ」と呼ばれ砲身長6m、砲口初速は2,030m/秒に上り、380mm厚(傾斜角30度)のRHA(均質圧延装甲板)を貫徹可能とされる。 一方140mm滑腔砲は「ヴィギラ」と呼ばれ砲身長7m、砲口初速は1,870m/秒に上り、450mm厚(傾斜角30度)のRHAを貫徹可能とされる。 これらの砲は現用の125mm滑腔砲と交換可能なので、T-84戦車に将来搭載される可能性がある。 T-84戦車のエンジンには、T-64戦車用のディーゼル・エンジンを改良したコンパクトな水平対向ディーゼル・エンジンが採用されている。 T-80U戦車のガスタービン・エンジンを止めて従来型のディーゼル・エンジンに変更されたのは、ガスタービン・エンジンが極めて燃費が悪いことと、砂漠のような埃っぽい環境ではフィルターが目詰まりする等で効率が落ち、維持管理が厄介だからである。 また実際問題としてロシアとウクライナが分離独立したことで、ロシア製のガスタービン・エンジンが取得できなくなったことも影響を及ぼしている。 T-80UD戦車の開発当初に搭載された6TD 水平対向6気筒液冷ディーゼル・エンジンの出力は1,000hpで、T-80U戦車のGTD-1250ガスタービン・エンジン(出力1,250hp)より出力が劣っていたが、T-84戦車では発展型の6TD-2ディーゼル・エンジン(出力1,200hp)が搭載されており、全く遜色は無くなった。 さらに出力を1,500hpに強化した6TD-3ディーゼル・エンジンも開発されており、同時に開発された新型変速機と合わせてさらに機動力の向上が期待されている。 その他NBC防護システム、夜間視察装備、潜水装備、消火システムは標準装備で、車体後部には予備燃料タンク、車体前部にはドーザー・ブレイドやKMT-6等各種の地雷処理機材を装着可能である。 また、オプションで空調システムも搭載される。 T-84戦車は、1995年にアラブ首長国連邦で開催された兵器展示会「IDEX'95」に出品したのを皮切りに世界各地の兵器展示会に出品されており、積極的な売り込みが図られている。 現在までに唯一商談がまとまっているのがパキスタンへの輸出で、1996年8月に原型のT-80UD戦車320両が発注されている。 これについては1997年2月に最初の15両が納入され、同年5月までにさらに20両が納入された。 これらは何年か前に生産されたが、受領されずにストックされていたT-80UD戦車52両の中から抽出された中古車両であった。 その後マールィシェウ工場ではT-80UD戦車の生産ラインが復活され、1997〜2002年初めにかけて285両のT-80UD戦車がパキスタン向けに生産された。 これら新規生産分はT-84戦車と同一仕様になっているが、エンジンだけは原型の出力1,000hpの6TDディーゼル・エンジンとなっている。 また1998年終わりには中国、パキスタン、ウクライナの戦車共同開発プロジェクトが開始された。 この計画ではウクライナ製の125mm滑腔砲を採用し、中国製の自動装填装置を組み込み、ウクライナから供給されるT-80/T-84戦車車台をパキスタンで組み立てることが予定されている。 |
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●T-84-120ヤタハーン戦車 |
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2001年にウクライナが発表したT-84-120「ヤタハーン」(Yatahan:イスラム教徒の用いる鍔が無く刀身がゆるいS字形の長剣)戦車は、KhKBMがフランスのGIAT社(現ネクスター社)と共同開発した52口径120mm滑腔砲をT-84戦車に搭載した新型MBTである。 本車は、トルコ陸軍の次期MBT選定試験への参加を目的に開発された。 搭載された新型120mm滑腔砲は、ドイツのラインメタル社製の120mm滑腔砲など西側の120mm滑腔砲と砲弾を共用できる。 また旧ソ連時代に開発された9K119システムをベースとした、レーザー誘導式の砲腔内発射式対戦車ミサイルも使用できる。 砲塔はこの新型120mm滑腔砲搭載のために再設計され、T-72戦車やT-80戦車の安全性上の弱点であった砲塔下部に半燃焼式薬莢と弾薬を充填する自動装填装置を止めて、砲塔後部に即用弾22発入りの自動装填装置を収めるバスルを追加している。 弾薬は弾頭・薬莢一体式であるが、薬莢は半燃焼式である。 FCSはサーマル式視察・偵察装置を備えた西側第3世代MBT並みのものが装備され、映像情報は車長と砲手がモニター画面で共有できる。 防御システムのオプションとして各種新型ERAボックスの追加が示されている他、シトーラ1誘導弾攪乱システムは標準装備するという。 またT-84-120戦車と同じ砲塔に、従来と同じ125mm滑腔砲KBA-3を搭載したT-84「オプロート」(Oplot:砦)戦車も用意されている。 T-84-120戦車はトルコ陸軍とマレーシア陸軍の次期MBT選定試験に参加したが、残念ながらいずれも落選した。 一方、T-84オプロート戦車はウクライナ陸軍で10両が運用されている他、タイ陸軍に49両が導入されることが決定している。 |
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<T-84戦車> 全長: 9.664m 車体長: 7.085m 全幅: 3.775m 全高: 2.215m 全備重量: 46.0t 乗員: 3名 エンジン: 6TD-2 2ストローク水平対向6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル 最大出力: 1,200hp/2,600rpm 最大速度: 65〜70km/h 航続距離: 540km 武装: 51口径125mm滑腔砲KBA-3×1 (43発) 12.7mm重機関銃KT-12.7×1 (450発) 7.62mm機関銃KT-7.62×1 (1,250発) 9K119対戦車誘導ミサイル・システム 装甲: 複合装甲 |
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<T-84オプロート戦車> 全長: 9.664m 車体長: 7.705m 全幅: 3.775m 全高: 2.215m 全備重量: 48.0t 乗員: 3名 エンジン: 6TD-2 2ストローク水平対向6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル 最大出力: 1,200hp/2,600rpm 最大速度: 65〜70km/h 航続距離: 450km 武装: 51口径125mm滑腔砲KBA-3×1 (40発) 12.7mm重機関銃KT-12.7×1 (450発) 7.62mm機関銃KT-7.62×1 (1,250発) 9K119対戦車誘導ミサイル・システム 装甲: 複合装甲 |
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<T-84-120ヤタハーン戦車> 全長: 10.00m 車体長: 7.705m 全幅: 3.775m 全高: 2.215m 全備重量: 48.0t 乗員: 3名 エンジン: 6TD-2 2ストローク水平対向6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル 最大出力: 1,200hp/2,600rpm 最大速度: 65〜70km/h 航続距離: 450km 武装: 52口径120mm滑腔砲×1 (40発) 12.7mm重機関銃KT-12.7×1 (450発) 7.62mm機関銃KT-7.62×1 (1,250発) 9K119対戦車誘導ミサイル・システム 装甲: 複合装甲 |
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<参考文献> ・「パンツァー2010年12月号 第三世代戦車の流出で活況を呈する世界の戦車マーケット」 竹内修 著 アルゴ ノート社 ・「パンツァー2014年5月号 クリミア紛争で世界の耳目を集めるウクライナの軍需産業」 小泉悠 著 アルゴノ ート社 ・「パンツァー2005年12月号 T-80戦車シリーズの開発と発展」 白井和弘 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2001年7月号 新装備トピックス」 アルゴノート社 ・「パンツァー2013年7月号 今月のトピックス」 アルゴノート社 ・「世界のAFV 2021〜2022」 アルゴノート社 ・「グランドパワー2019年10月号 ソ連軍主力戦車(4)」 後藤仁 著 ガリレオ出版 ・「世界の戦闘車輌 2006〜2007」 ガリレオ出版 ・「世界の戦車(2) 第2次世界大戦後〜現代編」 デルタ出版 ・「世界の主力戦闘車」 ジェイソン・ターナー 著 三修社 ・「徹底解説 世界最強7大戦車」 齋木伸生 著 三修社 ・「世界の最新兵器カタログ 陸軍編」 三修社 ・「新・世界の主力戦車カタログ」 三修社 ・「世界の主力戦車カタログ」 三修社 ・「戦車名鑑 1946〜2002 現用編」 コーエー |
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