スターストリーク対空ミサイル・システム |
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+開発
イギリス陸軍は1971年から、ウェストミンスターのBAC社(British Aircraft Corporation:英国航空機)が開発した、「レイピア」(Rapier:細身で先端が鋭く尖った刺突用の片手剣)対空ミサイル・システムの導入を開始したが、当初レイピアは、航空基地などの拠点防空兵器として位置付けられていたため、ミサイルの発射機を始めとする各システムの形態は、牽引方式で移動する地上設置型であった。 しかし後に、地上部隊向けの機動防空システムの必要性が高まったことから、1978年にはアメリカのFMC社製のM548装甲貨物輸送車(M113装甲兵員輸送車の派生型)をベース車台に用いた、自走型レイピアが開発された。 なお自走型レイピアは元々、イラン国防省が自国陸軍用の機動防空システムとして、ファーンバラのBAe社(British Aerospace:英国航空宇宙、1977年にBAC社から改組)に開発を発注したもので、1979年からイラン陸軍への配備が開始される予定であった。 しかし、1978〜79年のイスラム革命に伴うイランの政変により自走型レイピアの発注はキャンセルされ、これに代わる形で1983年より、イギリス陸軍が自走型レイピアの導入を開始することとなった。 レイピア対空ミサイルは最大有効射程6,500m、最大有効射高3,000m、最大飛翔速度マッハ2.0と当時としては優秀な前線防空ミサイルであったが、やがて航空機、特に奇襲性に優れた攻撃ヘリの発達から、より高速な次世代の前線防空ミサイルの必要性が高まり、イギリス国防省によりその要求項目が提示された。 1.暴露時間の短縮 2.ミサイルの飛翔時における高い機動性 3.高い目標破壊能力 4.敵の攻撃ヘリの武装をアウトレンジできる射程(ソ連軍のMi-24攻撃ヘリを基準に設定し、Mi-24の対戦車ミサ イルの射程を5〜6kmと見積もっていた) これらの要求を受けて、セブノークスの「RARDE」(Royal Armament Research and Development Establishment:王立武器研究開発局)が検討を重ねた結果、およそマッハ4の飛翔速度を有するミサイルならば、前述の要求を満たすことが明らかとなったのである。 同じ頃、ベルファストのショート・ブラザーズ社では次世代の対空ミサイル・システムの模索を続けており、1982年から「S14」と命名した技術試験用ミサイルを用いて試験を重ねていた。 同社は奇しくもイギリス国防省と同様に、陸軍の将来の脅威を攻撃ヘリと位置付けており、先の国防省の要求に合ったシステムを提示することができたわけである。 国防省はショート・ブラザーズ社の技術的提案に興味を示し、1984年に新世代前線対空ミサイル・システムの開発を、「スターストリーク」(Starstreak:星芒)HVM(High Velocity Missile:高速ミサイル)として承認した。 また国防省は、BAe社に対しても同様の新世代対空ミサイルの開発を要求し、これに対してBAe社が提示したプランも、1984年に「サンダーボルト」(Thunderbolt:稲妻)HVMとして承認された。 国防省はスターストリークとサンダーボルトの両プランを慎重に比較検討した結果、最終的にスターストリークを勝者として選定し、ショート・ブラザーズ社は3億5,600万ポンドの予算を獲得した。 そして1986年11月に国防省は、ショート・ブラザーズ社とスターストリークのさらなる開発と生産契約を締結し、開発が本格的にスタートすることになった。 なお一方で、ショート・ブラザーズ社は1966年に自社が開発に着手し、1975年からイギリス陸軍で運用が開始された「ブロウパイプ」(Blowpipe:吹き矢)携帯式対空ミサイル・システムの後継として、1979年より「ジャヴェリン」(Javelin:投げ槍)携帯式対空ミサイル・システムの開発を進めていた。 ジャヴェリンは1984年からイギリス陸軍への導入が開始されたが、攻撃ヘリに対する迎撃能力が不足していることが露呈したため、性能の改善が要求された。 このため、ショート・ブラザーズ社はジャヴェリンにS14ミサイルの新技術を導入した、改良型のS15携帯式対空ミサイル・システムを開発し、イギリス陸軍による評価試験に供した。 S15ミサイルの試験結果は良好で、「スターバースト」(Starburst:星形)の呼称で1989年からイギリス陸軍に導入される運びとなった。 その一方でスターストリークの方は、超高速ミサイルという新しいコンセプトを採用していたことから、開発がやや難航した。 1986年夏にイギリス国防省は、スターストリークのミサイルターレットを搭載する自走発射機のベース車台に、コヴェントリーのアルヴィス社がCVR(T)シリーズの拡大改良型として開発した、FV4333「ストーマー」(Stormer:大暴れする人、怒鳴り散らす人)装軌式装甲車を採用することを決定し、アルヴィス社との間で自走発射機の開発と156両の生産契約を締結した。 1995年10月に、ストーマー装甲車の車体にスターストリークのミサイルターレットが搭載され、運用試験のためにイギリス陸軍に引き渡されたが、その結果問題点を解決した上、1997年9月にスターストリークをイギリス陸軍に制式採用することが決定し、本格的な部隊配備が開始された。 運用試験で明らかにされた問題点とは、本来レーザー・ビームに乗るはずの3本のダーツが1本しか誘導できなかったことと、ストーマー装甲車の車体とミサイルターレットとの統合に不具合が生じたことだったとされている。 スターストリークは、ストーマー装甲車をベース車台とする自走発射機「HVM SP」(High Velocity Missile Self-Propelled:自走式高速ミサイル)、3連装の可搬式発射機「LML」(Lightweight Multiple Launcher:軽量型多連装発射機)、携帯式発射機の3種類が開発され、HVM SPは1997年に第12王立砲兵連隊と、第47王立砲兵連隊にまず108両が配備された。 一方、HVM LMLは2000年から運用が開始され、イギリス海兵隊の防空部隊と、第16空挺旅団に所属する王立砲兵空中攻撃中隊に配備された。 なお、スターストリークの開発・生産メーカーであるショート・ブラザーズ社は、1989年にカナダのボンバルディア社に買収され、1993年にはミサイル製造部門が、ボンバルディア社とフランスのトムソンCSF社の合弁企業ショーツ・ミサイル・システムズ(SMS)社として分離された。 2000年にトムソンCSF社がタレス社に改組された際に、SMS社はタレス社の単独所有となり、2001年にはタレス・エア・ディフェンス(TAD)社に改組された。 2003年に勃発したイラク戦争では、派遣されたイギリス陸軍部隊の中にHVM SPの姿が見られたが、同戦争においてスターストリークが発射されることは無かった。 また2012年には、HVM LMLがロンドン市内の幾つかのアパートの屋上に設置され、同年7〜8月に開催された2012年ロンドンオリンピックの防空任務に就いていた。 2024年7〜8月に開催された2024年パリオリンピックにおいても、警備を支援するためにイギリス陸軍から派遣されたHVM LMLが防空任務に就いていた。 |
+生産と輸出
前述のように、スターストリークの自走発射機型であるHVM SPは1997年からイギリス陸軍への配備が開始され、当初は156両のHVM SPが運用されていたが、より軽便な携帯式発射機型が2000年に登場したため、イギリス陸軍は次第に運用の中心をHVM SPから携帯型に移行させ、現在ではHVM SPは約40両しか稼働していない模様である。 一方、3連装の可搬式発射機型HVM LMLは、イギリス陸軍と海兵隊で合計16基が運用されている模様である。 スターストリークはイギリス本国以外では、南アフリカ、タイ、インドネシア、マレーシア、ポルトガル、ウクライナで運用されている。 南アフリカ陸軍は少なくとも8基のHVM LMLを運用していることが判明しているが、他に96基の携帯型が納入され、さらに82基の発注があったとする情報もある。 またタイ国防省は、2012年に自国陸軍用のスターストリークを発注しているが、その型式や発注数については明らかにされていない。 一方、インドネシア国防省も2011年11月に自国陸軍用のスターストリークを発注しており、続いて2回目の発注を行ったがこれは納品されず、2014年1月に契約が再交渉された。 インドネシア陸軍が導入したスターストリークは、後述の「ソール」MMSと呼ばれるタイプと、「ラピッドレンジャー」MMSと呼ばれるタイプの自走発射機型で、2022年の時点で、注文した10個中隊の内9個中隊が運用を開始しているという。 一方マレーシア国防省も、2015年7月に自国陸軍用のスターストリークを発注しているが、これはHVM LMLと自走発射機型であること以外、詳細が公表されていない。 2024年には、ポルトガル国防省も自国陸軍用のスターストリークを発注しているが、その内訳は「ラピッドレンジャー」MMSが3両、HVM LML(数量不明)となっており、2030年までにさらに12両のラピッドレンジャーが追加発注される予定である。 また2022年には、ロシアによる軍事侵攻を受けていたウクライナに対し、イギリス政府が自国陸軍のHVM SPの内6両を寄贈する意思を表明し、同年中に引き渡しが完了している。 |
+構造
スターストリーク対空ミサイル・システムで発射されるミサイルは、イギリス軍では「HVM」(High Velocity Missile:高速ミサイル)と呼ばれる。 高速ミサイルというだけあって、ミサイルの最大飛翔速度はマッハ3.5に達する。 ミサイル本体は、2段式の固体燃料ロケット・モーターから成っている。 ミサイル発射機から発射される時に使用される1段目モーターは、ミサイルが発射機のチューブから出た段階で直ちに切り離され、その後2段目のTITUSブースト・モーターが点火、短時間で最大速度にまでミサイルを持っていく。 ミサイルの最大有効射程は、約7,000mとされている。 誘導方式はレーザー・ビーム・ライディングで、レーザー照射機はミサイル発射機に装備されている。 ミサイル射手は照準機で目標を捕捉し、ジョイスティックを操作して視界内の目標に照準を合わせて、ロックオンすることになる。 発射されたミサイルはレーザー・ビームを捉え、それに乗って(つまりライディングして)目標に向かっていく(これに対しセミアクティブ・レーザー・ホーミングは、照射されたレーザーの目標からの反射を捕捉して誘導される方式である)。 スターストリークが、アメリカ製のFIM-92「スティンガー」(Stinger:針)対空ミサイル・システムのような赤外線誘導方式を採用しなかったのは、赤外線誘導方式が、戦場の地形を始めとする障害に欺瞞され易いとイギリス国防省が考えていたのも理由の1つである。 特に低空で侵入してくる固定翼機や、NOE(Nap of the Earth:超低空歩伏飛行)で接近する攻撃ヘリを目標とする状況では、イギリス国防省は赤外線誘導方式に不安を感じたようである。 ミサイルの先端は、3本のダーツ状の飛翔物が剥き出しで取り付けられている。 俗称「スティング」(Sting:針・毒牙)と呼ばれるこのダーツは長さ396mm、直径22mm、重量900gの小さいものだが、内部にジャイロや遅延信管、レーザー・レシーバー、そして450gの高性能炸薬による弾頭までが収められており、さながらミサイルの縮小版である。 ミサイルが目標に接近しモーターの燃焼が治まると、この3本のダーツが分離し目標に命中する仕組みである。 それぞれのダーツには推進装置は装備されておらず、切り離された後の慣性で飛翔するようになっている。 ダーツのハウジングは強固なタングステン合金でできており、超高速で飛翔するダーツは目標の備える装甲を貫徹し、衝撃で作動する遅延信管によって起爆する。 ダーツのハウジングは目標の内部で破片化し、ダメージを最大化するように設計されている。 このダーツは、スウェーデンのボフォース社製の70口径40mm機関砲L/70から発射される、40×364mmR弾に匹敵する威力を有していることから、航空目標だけでなく軽装甲車両に対してもかなりの効果を期待できる。 イギリス陸軍は1999年9月に、FV432「トロウジャン」(Trojan:トロイア人)装甲兵員輸送車を標的としてスターストリークの射撃試験を実施しており、本システムが防空兵器としてだけでなく対地攻撃にも有効なことを実証した。 |
+ヴァリエーション
前述のように、スターストリーク対空ミサイル・システムは自走発射機型、3連装の可搬式発射機型LML、携帯式発射機型の3種類が開発されているが、メーカーのTAD社は開発の重点を装軌式AFVや、ソフトスキンも含めた装輪式車両をプラットフォームにした自走発射機型に移している。 自走発射機型は車両搭載用の旋回式ターレット・システムとなっており、イギリス陸軍ではアルヴィス社(現BAEシステムズ社)製のストーマー装軌式装甲車の車体に搭載されており、「HVM SP」と呼ばれている。 ストーマー装甲車は、イギリス陸軍に3,000両以上が導入されベストセラーとなった装軌式装甲車CVR(T)の拡大改良型であり、旧ソ連製の14.5mm重機関銃弾の直射に耐える装甲防御力と、路上最大速度50マイル(80.47km)/hに達する高い機動力を備えている。 スターストリーク・ターレットは中央部にパッシブ赤外線サイトがあり、左右に4発ずつ計8発のミサイルが装備されている。 車体には独立したミサイル射手用の光学サイトが装備されており、車内に予備ミサイル12発(後に8発に削減された)を収容している。 またTAD社は、より軽便な自走発射機型スターストリークとして、安価な装輪式車両の車体に、ミサイルを左右に2発ずつ計4発装備する小型のスターストリーク・ターレットを搭載したタイプを2種類開発している。 その1つは、オーストリアのシュタイアー・ダイムラー・プフ社製の装輪式高機動車両「ピンツガウアー」(Pinzgauer:オーストリア原産の牛の品種)の車体に、小型スターストリーク・ターレットを搭載した、「ソール」(Thor:北欧神話の雷神)MMS(Multi Mission System:多用途システム)で、2005年に発表された。 もう1つは、スペインのUROVESA社製の装輪式高機動車両VAMTACの車体に、小型スターストリーク・ターレットを搭載した、「ラピッドレンジャー」(RapidRanger:敏捷な監視員)MMSである。 現在、ラピッドレンジャーMMSはインドネシア陸軍で運用されているのが確認されている他、前述のウクライナに寄贈した6両のHVM SPを置き換えるために、イギリス陸軍も12両を調達する計画であるという。 またインドネシア陸軍は、ベース車体をソリフルのランドローヴァー社製の装輪式高機動車両「ディフェンダー」(Defender)に変更した、ソールMMSも運用している。 1990年代初頭にはアメリカ陸軍地上軍もスターストリークの導入を検討し、地上軍が運用している「アヴェンジャー 」(Avenger:復讐者)対空ミサイル・システム(装輪式高機動車両HMMWVに、スティンガー対空ミサイル8発を装備する旋回式ターレットを搭載したもの)に、スターストリーク・ターレットを搭載して評価試験が実施された。 この評価試験の結果については明らかにされていないが、結局地上軍はスターストリークの導入を見送っている。 一方、AH-64「アパッチ」(Apache:北米南西部に住む先住民の一族)攻撃ヘリの自己防御能力向上の一環として、アメリカ陸軍航空隊もスターストリークの導入を検討し、マクドネル・ダグラス社とロッキード・マーティン社の技術協力を受けて、「ATASK」(Air To Air Starstreak:空対空スターストリーク)と呼ばれるAH-64攻撃ヘリ専用の空対空ミサイルの開発に着手した。 ATASKの開発は1995年に開始され、1996年にはアリゾナ州のユマ試験場でAH-64攻撃ヘリからの発射試験を行った。 しかしこの時の試験結果から、AH-64攻撃ヘリとスターストリークに統合上の問題が確認されたとして、以降の試験を中止とする決定を下している。 判明した問題点の1つは、ミサイル発射直後に切り離される1段目モーターが、ヘリの機体に損害を与えるということが挙げられたという。 しかしそれ以外に、AH-64攻撃ヘリが標準装備するスティンガー対空ミサイルの開発・生産メーカーである、ジェネラル・ダイナミクス社など国内兵器メーカーが、他国製ミサイルの導入に反発してアメリカ国防省に圧力を掛けたとも噂されている。 その後も1998年までATASKの開発は続けられたが、結局実用化には至らなかった。 さらにTAD社は、目標の探知・追尾・交戦の過程を完全に自動化した艦載型スターストリーク(シーストリーク:Seastreak)を、艦艇の近接防御兵器として提案している。 シーストリークは2種類が開発されており、1つはLML型に似た6連装の1名用ミサイルターレット、もう1つはより大規模な24連装のミサイルターレットである。 また2007年半ばにTAD社は、スターストリークを大幅に改良した後継対空ミサイル・システムである、「スターストリークII」を開発したことを発表した。 スターストリークIIは最大有効射程が7,000m以上に延び、迎撃能力が向上し、照準システムが改良された他、耐用年数も大幅に向上したという。 |
<スターストリーク対空ミサイル> 全長: 1.397m 直径: 0.127m 翼幅: 0.25m 発射重量: 16.82kg 弾頭: 子弾(重量0.9kg)×3 最大飛翔速度: マッハ3.5 誘導方式: レーザー・ビーム・ライディング 推進方式: 2段固体燃料ロケット 有効射程: 300〜7,000m |
<参考文献> ・「パンツァー2012年6月号 ロンドン・オリンピックに参加する対空ミサイル スターストリーク」 大竹勝美 著 アルゴノート社 ・「パンツァー1999年9月号 対空ミサイル スターストリーク」 小林直樹 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2002年12月号 サトリ2002に展示された英独車輌」 アルゴノート社 ・「世界のAFV 2018〜2019」 アルゴノート社 ・「ヴィジュアル大全 火砲・投射兵器」 マイケル・E・ハスキュー 著 原書房 ・「世界の戦車パーフェクトBOOK 決定版」 コスミック出版 ・「世界の主力戦闘車」 ジェイソン・ターナー 著 三修社 ・「世界の装軌装甲車カタログ」 三修社 ・「ザ・タンクブック 世界の戦車カタログ」 グラフィック社 ・「最新陸上兵器図鑑 21世紀兵器体系」 学研 ・「新版 ミサイル事典」 小都元 著 新紀元社 ・「戦車名鑑 1946〜2002 現用編」 コーエー |