FV103スパータン装甲兵員輸送車
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+開発と生産
イギリス戦争省は1960年に、1956年からコヴェントリーのアルヴィス社で量産が開始された6×6型の、FV601「サラディン」(Saladin:サラセンの王で十字軍をさんざん悩ませたことで知られる)戦闘偵察車の後継となる車両についての要求仕様をまとめたが、その内容は偵察を主任務とするが単に偵察に留まらず、ある程度の歩兵支援能力を備え、対戦車戦闘能力も持たせるという一種の多目的戦闘車両とされた。
これに対して、ロンドン西方のサリー州チョバムに置かれた「FVRDE」(Fighting Vehicles Research and Development
Establishment:戦闘車両研究開発局)は、「AVR」(Armored Vehicle Reconnaissance:偵察用装甲車両)というプランを提示した。
これは、半埋没式の砲塔に75mm戦車砲を装備する重量13.5tの装軌式の車両であり、砲塔の旋回範囲は左右各90度ずつで、操縦手を含む3名の乗員全員が砲塔内に位置することになっていた。
エンジンについては、当時開発が進められていたFV433「アボット」(Abbot:大司教)105mm自走榴弾砲への採用が検討されていた2種類のエンジンのいずれか、(ダービーのロールズ・ロイス社製のK60
直列6気筒液冷ディーゼル・エンジン(240hp/3,750hp)か、同社製のB81 直列8気筒液冷ガソリン・エンジン(185hp/3,750rpm))を採用する予定であった。
また当時の流行に従って車体後部左右に、ヒートンチャペルのフェアリー航空機産業と、ウェストミンスターの英国航空機(現BAEシステムズ社)が共同開発した、「スウィングファイア」(Swingfire:曲がる炎)対戦車ミサイルの起倒式5連装発射機を、前方へ向けて装備することになっていた。
さらに、本車に105mm榴弾砲を装備して砲兵部隊に配備することも検討されたらしい。
1961年、戦争省はAVRと同様の任務に用いる装輪式車両の開発も計画するが、FVRDEはこれに対してやはりAVRと同様、75mm戦車砲とスウィングファイア対戦車ミサイルを装備する重量13.6tの車両のプランを提示した。
戦争省はこれらの両プランを比較検討したが、装軌式、装輪式、それぞれに特有の長所と短所があることから、単純な比較はできないとしてサラディン戦闘偵察車の後継車両の開発計画そのものを、一旦白紙とすることを決定した。
1964年春、戦争省は改めて軽量装甲車両の開発計画「CVR」(Combat Vehicle Reconnaissance:戦闘偵察車両)を立案するが、大変興味深いことにCVR計画では、装軌式と装輪式の2つの仕様の車両を並行して開発することとされていた。
そして開発・生産・運用に掛かるコストの低減のため、CVRシリーズの車両は全て共通のエンジンを搭載することになっていた。
さらに重量を始めとする車両規模についても、当時のイギリス軍の最新鋭輸送機であるAW.660「アーゴシー」(Argosy:大型船)中型輸送機や、開発中であったHS.780「アンドーヴァー」(Andover:イングランド南部の町名)中型輸送機の積載規格に適合させることとなった。
これら2つのプランは装軌式が「CVR(T)」、装輪式が「CVR(W)」(”T”はTracked:装軌式、”W”はWheeled:装輪式の頭文字)と呼称され、全幅を可能な限り抑制し、重量は基本的に6.5~7.7t程度とすること。
高い機動力と全周からの軽火器の攻撃に対する抗堪性、および24時間の連続戦闘に乗員が耐えられるだけの居住性の確保。
そして空中からのパラシュートによる投下を考慮し、さらに車体の延長などにより、対戦車戦闘から兵員輸送までの任務に対応できる発展型を製作できることとされた。
このうち装輪式のCVR(W)は、後にFV721「フォックス」(Fox:キツネ)装甲偵察車として制式化されることになるが、この時「可能な限りの全幅の抑制」に関しては、「2.1m程度」という数値が挙げられていた。
これは、東南アジア地域のゴム農園内での本車の運用を想定した結果であり、イギリスは当時、相次ぐ植民地の喪失に悩んでいたのだが、それでもそうした地域への武力介入の意志を放棄せず、このような車両の製作を計画していたのである。
1964年8月、FVRDEは新型装軌式車両CVR(T)の構想を具体化するために、「TV15000」(Test Vehicle 15000)と呼ばれる実験車体を製作し、主に走行性能についての試験を開始した。
15000とは本車の重量15,000ポンド(6.804t)を表し、砲塔を搭載してはいなかったが、防弾アルミ製の装甲板やその構成などは、後のFV101「スコーピオン」(Scorpion:サソリ)軽戦車とほぼ同じものとなっていた。
なお前述のようにCVR(T)/CVR(W)は当初、アボット自走榴弾砲と同じロールズ・ロイス社製のエンジンを搭載する予定であったが、後にコヴェントリーのジャギュア自動車製の、J60
No.1 Mk.100B 直列6気筒液冷ガソリン・エンジン(190hp/4,750rpm)に変更された。
TV15000は、サスペンション機構を油気圧方式とすることで走行性能の向上を期待したが、複雑で重量を食うこの機構は本車との相性があまり良好とはいえなかった。
しかし、履帯を従来の鋼製より一割ほど軽量なアルミ合金製のものに換えたところ、最大速度が鋼製履帯装着時の30マイル(48.28km)/hから48マイル(77.25km)/hにまで、劇的ともいえる向上を示した。
1965年8月、FVRDEはさらに2つの実験用車框を製作した。
1つは車体の前半部分のみの固定式で、エンジンと冷却機構の作動状況の確認に使用された。
もう1つは、エンジンから履帯までを装着した「MTR」(Mobile Test Rig)と呼称される走行実験用で、サスペンション機構はトーションバー(捩り棒)方式となり、変速・操向機も、それまで別体であった変速機と操向機が一体化されていた。
MTRには当初は砲塔が搭載されていなかったが、後にはそれも搭載され、これが実質的にスコーピオン軽戦車の原型となった。
これを受けイギリス国防省(1964年に戦争省から改組)は、1967年9月にCVR(T)の生産担当企業を決定するための入札を行った。
落札したのはFV601サラディン戦闘偵察車、FV603サラセン装甲兵員輸送車などの開発と生産を担当したアルヴィス社で、まず17両の試作車を製作する契約が締結された。
CVR(T)の試作第1号車は1969年1月23日に完成したが、多くの場合、新型AFVの開発は予定の日程を多少なりとも超過してしまうものだが、試作第1号車の竣工は予定の期日通りだったので、本車の開発がスムーズに進行したことを伺わせる。
1969年9月、国防省は本車に「FV101」(Fighting Vehicle 101:戦闘車両101型)の戦闘車両番号と、「スコーピオンMk.1」の型式呼称を与えると共に、その存在を正式に公表した。
残りの16両の試作車も1970年の中頃までには完成し、同年5月に国防省はスコーピオン軽戦車をイギリス陸軍に制式採用すると共に、アルヴィス社と量産に関する契約を交わした。
また同年10月にはベルギー国防省が、自国陸軍向けとしてスコーピオン軽戦車を含むCVR(T)シリーズ701両を発注し、同時にベルギー国内でのライセンス生産についての協議が始められた。
スコーピオン軽戦車のイギリス陸軍向けの量産は1971年に開始され、生産型第1号車は1972年初めに完成して直ちにイギリス陸軍に納入された。
またベルギー陸軍向けの生産車は、1973年2月から納入が開始された。
こうしてスコーピオン軽戦車の量産が進められる一方で、そのファミリー車両の開発もアルヴィス社で進められた。
スコーピオン軽戦車のファミリー車両は、FV102「ストライカー」(Striker)自走対戦車ミサイル、FV103「スパータン」(Spartan:スパルタ人)装甲兵員輸送車、FV104「サマリタン」(Samaritan:サマリア人)装甲救急車、FV105「スルタン」(Sultan:イスラム教国の君主号の1つ)装甲指揮車、FV106「サムソン」(Samson:旧約聖書に登場する大力の勇士)装甲回収車、FV107「シミター」(Scimitar:三日月刀)装甲偵察車など多岐に渡っており、イギリス陸軍におけるCVR(T)シリーズの採用数は3,000両を超えている。
FV103スパータンは、偵察任務においてFV101スコーピオンまたはFV107シミターと共同行動をとる、偵察要員用の軽兵員輸送車タイプとして開発されたもので、戦車駆逐車タイプのFV102ストライカーと並行して1970年代初頭より開発に着手された。 なおストライカーは開発当初、車体上面に搭載された旋回式ターレットの両側にスウィングファイア対戦車ミサイルの発射機を装備し、ターレットを目標に指向させてミサイルを発射するコンセプトを採用していた。
しかし、スウィングファイア対戦車ミサイルは発射直後に自動的に大きく向きを変えるため、ミサイルを目標に指向させる必要が無いことからこの設計コンセプトは見直され、車体後部上面に起倒式の5連装ミサイル発射機を収納するスタイルに改められた。
この設計変更に伴って、ストライカーはスコーピオンよりも車体上部構造の高さを嵩上げする必要が生じた。
一方、並行して開発が進められていたスパータンも車体後部に兵員室を設ける関係から、車体上部構造を嵩上げする必要があったため、ストライカーとスパータンは上部構造の基本設計を共通化することになった。
このため、ミサイル発射機を収納した状態のストライカーとスパータンは外観がそっくりで識別し難い。
CVR(T)自体が装軌式車両としては車体が小柄なため、スパータンは車長、操縦手、無線手の固有の乗員3名以外には、後部兵員室に兵員を4名しか搭乗させることができない。
ただし、車重に対して高出力なエンジンを搭載しているため、本車は路上最大速度80km/hという、装軌式車両としては異例の高速性能を発揮できた。
イギリス陸軍向けのスパータンは1970年代半ばからアルヴィス社が量産に着手し、1978年から部隊配備が開始され、1990年代初めの全盛期には532両が稼働していた。
本車はZB298偵察レーダーを搭載して、機甲連隊内において偵察中隊(5両)を構成したが、他に砲兵隊の着弾観測員や前線航空管制官の前線移動用にも使用された。
またスパータンは、ベルギー国内で同陸軍向けとして103両がライセンス生産された他、イラン(80両)、イラク(100両)、オマーン(不明)、ボツワナ(6両)、ナイジェリア(不明)に輸出された。
2006年中頃の時点で478両のスパータンがイギリス陸軍で運用されていたが、イギリス国防省は老朽化したスパータンの後継車両として、イタリアのイヴェコ社製のLMV装輪式装甲車を「パンサー」(Panther:豹)の制式呼称で導入することを決定し、これに伴ってイギリス陸軍のスパータンは2009年半ばまでに全車が退役した。
またベルギー国防省も2001年に、陸軍が保有するスパータンを全てヨルダンに譲渡することを決定し、2005年までに譲渡を完了した。
その後、2015年にラトヴィア国防省がイギリス陸軍から退役したCVR(T)シリーズを購入して、自国陸軍の装備充実を図ることを決定し、2024年の段階で198両のスパータンを運用中である。
また2022年には、ロシアによる軍事侵攻を受けていたウクライナに対し、イギリス政府が退役したスパータンの内35両を寄贈する意思を表明し、同年中に引き渡しが完了している。
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+攻撃力
前述のようにFV103スパータンは偵察任務において、28.3口径76.2mm低圧戦車砲L23A1を装備するFV101スコーピオンまたは、81.3口径30mmラーデン砲L21A1を装備するFV107シミターと共同行動をとる、偵察要員用の軽装甲兵員輸送車として開発されたものであり、戦闘用の車両ではないため武装は自衛用の機関銃1挺しか装備していなかった。
スパータンの武装は、車長用のNo.16視察用キューポラの左側にあたる車体上面に、7.62mm機関銃L37A2(ベルギーのFN社製の7.62mm機関銃FN-MAGを、エンフィールドロックの王立小火器工廠でライセンス生産した7.62mm機関銃L7の派生型)を1挺装備していた。
L37A2は車内からの操作で射撃を行うことができる機構を備えていたため、車長が射撃時に敵から狙撃されるリスクを回避できた。
車内には、7.62mm機関銃弾が3,000発搭載された。
一方、後述するスパータン派生型の1つであるFV120スパータンMCT(MILAN Compact Turret:ミラン小型砲塔)は、1986年に登場した戦車駆逐車タイプであり、スパータンの車体上面後部に、左右にミラン対戦車ミサイルの発射機を装備する2名用の旋回式ターレットを搭載していた。
「ミラン」(MILAN:Missile d'Infanterie Léger Antichar=「歩兵用軽対戦車ミサイル」の頭字語と、フランス語とドイツ語で「鳶」を意味する単語を掛けたもの)は、フランスと旧西ドイツの合弁企業であるユーロミサイル社が1972年に開発した第2世代の対戦車ミサイルで、1984年に登場した改良型のミラン2は全長77cm、直径11.5cm、翼幅27cm、発射重量6.7kg、最大飛翔速度220m/秒、有効射程25~2,000m、有線SACLOS誘導方式で、厚さ1,000mmのRHA(均質圧延装甲板)を穿孔することが可能であった。
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+防御力
FV103スパータンの車体は、同じくアルヴィス社が開発した前作のFV601サラディンと同様、圧延装甲板の溶接構造となっていたが、軽量化を図るために装甲材質がサラディンの防弾鋼板から、防弾アルミ板に変更されていた。
スパータンに用いられた防弾アルミ板は、アメリカのM113装甲兵員輸送車シリーズなどに用いられている7039防弾アルミ板に、特殊な熱処理を施して剛性を強化したE74S防弾アルミ板である。
その組成の詳細は不明な点があるが、アルミニウムを主体とする亜鉛とマグネシウムの合金であり、現在「超々ジュラルミン」と呼ばれるものとほぼ同じと考えて良い。
防弾能力を同一とする場合、一般的にアルミ板は鋼板の2.8倍の厚さを必要とする。
これは、スパータンのような小型車両では内部容積にあまり良い影響を及ぼさないが、断面積が大きい分、接合部の強度の確保が容易になるという利点がある。
本車の防弾能力は前面が旧ソ連製の14.5mm重機関銃弾の、他の面は7.62mm機関銃弾の直射に耐える。
試験では1.5mの至近距離に着弾した105mm榴弾の炸裂に耐え、また地雷の爆発では、走行装置は激しく損傷したものの、車内には全く被害が及ばなかった。
前述のように、スパータンの車体は防弾アルミ板の溶接構造となっていたが、車体前端部のみは防弾アルミの鋳造製となっていた。
本車の車内レイアウトは車体最前部に変速・操向機を配し、その後方右側が機関室、左側が操縦室となっていた。
操縦手の後方には車長、その右側に無線手が位置した。
車体最後部は、4名の完全武装兵員を収容できる兵員室となっていた。
スパータンのNBC防御機構は、兵員室内に設置するようになっていた。
なお本車は、外気温が-30℃~+50℃の範囲であれば支障なく活動できた。
車体上面前部には、エンジンと変速・操向機用のアクセスパネルや吸排気グリルが設けられており、エンジンの反対側の車体前部左側に、操縦手席と操縦手用ハッチが設けられていた。
操縦手用ハッチの前方には、操縦手用の広角ペリスコープが1基装備されていたが、夜間操縦の際にはこれを、レイソムのピルキントン光電子工学製のパッシブ式暗視ペリスコープに交換した。
また車体上面前部の左右両側には、4連装(初期型は3連装)の66mm発煙弾発射機が各1基ずつ装着されており、不意に敵の戦闘車両と遭遇した際に煙幕を展開して車両を隠蔽することができた。
車体上面の後半部分は前方右側に無線手用ハッチ、前方左側に車長用のNo.16視察キューポラが設けられていたが、車長用キューポラの周囲には全周に向けて8基のペリスコープが装備されていた。
無線手用ハッチと車長用キューポラの後方には、搭乗兵員用に左右に開く大型ハッチが設けられていたが、スパータンの兵員室は大変狭く、長時間の行動時に4名の兵員が内部に閉じこもるのは著しく困難であった。
兵員室の側面には各兵員用に左側2基、右側1基の視察用ペリスコープが用意されていたが、車内から携行火器を射撃するためのガンポートは設けられていなかった。
兵員室への通常の出入りは、車体後面に設けられた右開き式の乗降用ドアを用いて行った。
スパータンの車体右側面には、上部中央からエンジン排気管が後方へ向けて導設されていた。
反対の車体左側面には大型の雑具箱が取り付けられており、車体左右側面にはそれ以外にも空きスペースに斧やスコップなどの工具類が備えられていた。
車体後面には両端の上部に小さな丸い赤色の反射板が、下端中央には牽引具取付金具が装備され、その下にイギリス軍伝統の車間距離確認用の白い縦線が描かれていた。
またフェンダーの高さの車体外周部には、水上渡渉時に用いる起倒式の浮航スクリーンが装着されていた。
このスクリーンは上下に蛇腹状に展張(所要時間約5分)して使用するが、演習時でも使用することはほとんど無かったため、その後の改修でイギリス陸軍では取り外されている。
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+機動力
FV103スパータンのエンジンは前述のように、ジャギュア自動車製のJ60 No.1 Mk.100B 直列6気筒液冷ガソリン・エンジンを搭載していた。
このエンジンの原型となったXK 直列6気筒液冷ガソリン・エンジン(総排気量4.2リットル、圧縮比9:1、最大出力265hp/5,400rpm)は、同社が第2次世界大戦前から開発に着手していた高級乗用車用エンジンの発展型である。
XKシリーズは、イギリス製の自動車用ガソリン・エンジンとしては卓越した高性能エンジンであり、ジャギュア・ブランドの高級乗用車はもちろんのこと、レーシングモデルにも搭載されて成功を収め、同社の主力エンジンとして長期に渡って量産された。
このため、CVR(T)/CVR(W)に搭載するエンジンの候補として注目されることとなり、厳しい条件下での稼動と低オクタン価燃料に適応させるため、圧縮比を下げて出力を減格したものがJ60
No.1 Mk.100Bエンジンである。
本エンジンの諸元は総排気量4,235cc、圧縮比7.75:1、最大出力190hp/4,750rpmで、最大トルクは32.3kg·m/3,500rpmとなっていた。
一方、スパータンの変速・操向機は、コヴェントリーのSCG社(Self-Changing Gears:自動変速ギア会社)が開発したTN15半自動変速・操向機(前進7段/後進7段)を採用していた。
このTN15変速・操向機は、同社がチーフテン戦車用に開発したTN12半自動変速・操向機(前進6段/後進2段)を小型化したものであり、変速は動力補助が付く足踏み式で、操向機構は三重差動式であった。
主クラッチは遠心式で、これは50ccのスクーターなどに採用されているのと同様のものであった。
ばねの力によって中心に向かって引き付けられている摩擦板が、エンジンからの回転力を受けて外側に振り出されることによって、外周にある受け側の摩擦板に押し付けられて回転を伝達する。
なおSCG社は1965年に事業を終了したため、その後はハダースフィールドのDBE社(David Brown Engineering:デイヴィッド・ブラウン工業)がTN15変速・操向機の生産とサポートを引き継いでいる。
スパータンの足周りは前方の起動輪、後方の誘導輪と片側5個の中直径転輪を組み合わせており、上部支持輪は装備していなかった。
転輪は防弾アルミの鋳造製で、外周にゴム縁が付いた複列式のものであった。
第1転輪と第5転輪には油圧式のショック・アブソーバーが取り付けられており、サスペンションの上下動幅は上に約100mm、下に約200mmとなっていた。
起動輪の外周部は、歯の部分を除いてポリウレタン製のカバーに覆われており、誘導輪の外周にもゴム縁が付いていた。
履帯は、マンガン鋼製のシングルピン/シングルブロック型のもので、走行寿命は約5,000kmとなっていた。
これは、結合ピンに樹脂製のブッシュが取り付けられているライブピン式で、踏面にゴムパッドが付いていた。
これらの特徴は、履帯と転輪類との摩擦の減少と騒音の低減に効果的であり、エンジンがガソリン・エンジンであることも相まって、スパータンの機動時の騒音は、ディーゼル・エンジンを搭載したトラックと同等程度であった。
なお前述のようにCVR(T)シリーズは、開発当初は油気圧式サスペンションを採用する予定だったのが、調達コストの低減を図るために、生産型ではより安価なトーションバー式サスペンションに変更された。
しかし足周りを工夫することで摩擦を減少させ、高性能ガソリン・エンジン、軽量な車体を組み合わせたことで、スパータンは路上最大速度50マイル(80.47km)/h、路上航続距離400マイル(644km)という、装軌式車両としては異例の高い機動性能を発揮した。
さらに本車は浮航能力も備えており、浮航スクリーンを展張するなど簡単な事前準備を行えば、河川を水上渡渉することが可能であった。
ただし水上航行用のスクリューなどは備えていないため、水上での推進力は履帯の回転で得るようになっており、航行速度は3.6マイル(5.79km)/hと遅い。
なお、イギリス国防省はCVR(T)シリーズの就役寿命を延長するため、1988年にCVR(T)シリーズのエンジンを、従来のJ60 No.1 Mk.100B
直列6気筒液冷ガソリン・エンジンから、より燃費に優れ火災の危険性が低い、アメリカのカミンズ社製の6BTA5.9 直列6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル・エンジン(190hp/2,500rpm)へ換装する、近代化改修計画「LEP」(Life
Extension Program:耐用年数延長プログラム)に着手した。
エンジンの換装作業はアルヴィス社の手で行われることになり、それにあたってカミンズ社がCVR(T)シリーズ向けのエンジン改修キットを開発している。
スパータンを含む、イギリス陸軍の大部分のCVR(T)シリーズがこのLEP改修を受けており、新型ディーゼル・エンジンに換装された。
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+派生型
●FV120スパータンMCT自走対戦車ミサイル
前述のように1986年に登場したFV120スパータンMCTは、FV103スパータンの車体上面後部に、左右にミラン対戦車ミサイルの発射機を装備する2名用の旋回式ターレットを搭載した戦車駆逐車タイプである。
スパータンMCTはFV102ストライカーと同様、FV101スコーピオンやFV107シミターの主砲では撃破困難な、敵のMBT(主力戦車)との戦闘を主目的とする車両である。
旧式なMCLOS誘導方式を採用しているストライカーのスウィングファイア対戦車ミサイルに比べて、SACLOS誘導方式を採用しているスパータンMCTのミラン対戦車ミサイルは初心者でも扱い易く命中率も高い。
しかもミサイル自体が小型軽量なため再装填が容易で、このためストライカーがイギリス陸軍から退役した後もスパータンMCTは運用が継続されている。
●FV104サマリタン装甲救急車
FV104サマリタンは、イギリス陸軍向けに50両が生産されたCVR(T)の装甲救急車タイプで、スパータンの後部兵員室部分を嵩上げして看護室としていた。
看護室内には担架に乗せた重傷者なら4名、軽傷者なら5名を収容することができた。
なおサマリタンは救急車であることから、固有の武装は装備していなかった。
●FV105スルタン装甲指揮車
FV105スルタンはCVR(T)の装甲指揮車タイプで、スパータンの後部兵員室部分を嵩上げして作戦室としていた。
作戦室内には通常2基の無線機と地図板が備えられ、車長と無線手の他2~3名の本部スタッフが乗車できた。
武装はスパータンと同じく車長用キューポラに、車内から操作できる7.62mm機関銃L37A2が装備されていた。
スルタンは1977年からイギリス陸軍への引き渡しが始められ、2006年の時点で206両が配備されていた。
●FV106サムソン装甲回収車
FV106サムソンはCVR(T)の装甲回収車タイプで、スパータンの車体後面に2基の駐鋤を装備し、車内に最大牽引力12tのウィンチを搭載していた。
サムソンは1978年からイギリス陸軍への引き渡しが開始されており、CVR(T)シリーズの生産型としては最後の型式となった。
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<FV103スパータン装甲兵員輸送車>
全長: 5.125m
全幅: 2.242m
全高: 2.26m
全備重量: 8.172t
乗員: 3名
兵員: 4名
エンジン: ジャギュアJ60 No.1 Mk.100B 4ストローク直列6気筒液冷ガソリン
最大出力: 190hp/4,750rpm
最大速度: 80.5km/h
航続距離: 644km
武装: 7.62mm機関銃L37A2×1 (3,000発)
装甲厚:
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<FV104サマリタン装甲救急車>
全長: 5.067m
全幅: 2.242m
全高: 2.416m
全備重量: 8.664t
乗員: 2名
エンジン: ジャギュアJ60 No.1 Mk.100B 4ストローク直列6気筒液冷ガソリン
最大出力: 190hp/4,750rpm
最大速度: 72.5km/h
航続距離: 644km
武装:
装甲厚:
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<FV105スルタン装甲指揮車>
全長: 4.80m
全幅: 2.254m
全高: 2.559m
全備重量: 8.664t
乗員: 5~6名
エンジン: ジャギュアJ60 No.1 Mk.100B 4ストローク直列6気筒液冷ガソリン
最大出力: 190hp/4,750rpm
最大速度: 72.5km/h
航続距離: 644km
武装: 7.62mm機関銃L37A2×1 (2,000発)
装甲厚:
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<FV106サムソン装甲回収車>
全長: 4.788m
全幅: 2.43m
全高: 2.354m
全備重量: 8.738t
乗員: 3名
エンジン: ジャギュアJ60 No.1 Mk.100B 4ストローク直列6気筒液冷ガソリン
最大出力: 190hp/4,750rpm
最大速度: 72.5km/h
航続距離: 644km
武装: 7.62mm機関銃L37A2×1 (2,000発)
装甲厚:
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<参考文献>
・「パンツァー2008年7月号 スコーピオン偵察車輌シリーズ」 佐藤慎ノ亮 著 アルゴノート社
・「パンツァー2014年3月号 ベルギー軍AFV 1970~2010」 城島健二 著 アルゴノート社
・「パンツァー2013年12月号 イギリス機甲部隊発達史」 城島健二 著 アルゴノート社
・「世界のAFV 2021~2022」 アルゴノート社
・「世界の軍用車輌(3) 装軌/半装軌式戦闘車輌:1918~2000」 デルタ出版
・「世界の戦闘車輌 2006~2007」 ガリレオ出版
・「世界の戦車メカニカル大図鑑」 上田信 著 大日本絵画
・「世界の戦車パーフェクトBOOK 決定版」 コスミック出版
・「世界の主力戦闘車」 ジェイソン・ターナー 著 三修社
・「世界の主力軍用車」 ジェイソン・ターナー 著 三修社
・「世界の装軌装甲車カタログ」 三修社
・「ザ・タンクブック 世界の戦車カタログ」 グラフィック社
・「戦車名鑑 1946~2002 現用編」 コーエー
・「世界の戦車・装甲車」 竹内昭 著 学研
・「世界の最新陸上兵器 300」 成美堂出版
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関連商品 |
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