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+開発
長年敵対関係にある韓国が、1980年代半ばに初の国産MBT(主力戦車)であるK1戦車を実戦化したことに強い危機感を覚えた北朝鮮は、当時「68式戦車」(ソ連製のT-55中戦車のライセンス生産型)に代わって、同国陸軍の主力MBTとなりつつあった「天馬号」(チョンマホ、ソ連製のT-62中戦車のライセンス生産型)に、様々な近代化改修を施して機甲戦力の強化を図ると共に、K1戦車に対抗できる新型MBTの開発に着手した。
しかし、当時の北朝鮮は一からMBTを新規開発するには技術も経験も不足していたため、天馬号シリーズと同じく、T-62中戦車をベースにこれに改良を加えることで新型MBTを開発することにした。
北朝鮮にとって幸いだったのは1980年代半ばに、イラン・イラク戦争で鹵獲されたソ連製のT-72戦車をイラン経由で入手していたことで、新型MBTを開発する際に、T-72戦車をリバースエンジニアリングして得られた技術を適用することができた。
しかしやはり、北朝鮮の技術力でいきなりT-72戦車レベルの新型MBTを実用化するのは困難で、長期に渡る研究と試作を重ねることで、徐々に技術的ノウハウを蓄積しなければならなかった。
北朝鮮陸軍のMBTで初めて、T-72戦車の技術が目に見える形で適用されたものが、2002年に西側に存在が確認され、アメリカ国防省が「M2002」の識別番号を付与した「暴風号」(ポップンホ)である。
暴風号は、転輪数が68式戦車や天馬号の片側5個から、T-72戦車と同じ片側6個に増えており、転輪サイズもT-72戦車と同様の一回り小さいサイズに変更されている。
暴風号は転輪数の増加に伴って車体もやや延長されているが、主砲に関しては天馬号シリーズと同じ55口径115mm滑腔砲U-5TSのままである。
そして暴風号の車体設計をベースに、2009年から量産に入った新型MBTが「先軍号」(ソングンホ)である。
先軍号の存在が西側に初めて確認されたのは、2010年10月10日の朝鮮労働党創建65周年軍事パレードにおいてである。
ちなみに「先軍号」の名前は、金正恩総書記の父である故・金正日氏の掲げた、「先軍思想」(全てにおいて軍事を優先し、北朝鮮軍を社会主義建設の主力と見なす政治思想)に由来するという。
2009年の憲法改正によって先軍思想は主体思想と共に、指導思想として北朝鮮憲法に明記されるようになった。
当初「先軍915」と呼ばれていた先軍号は、暴風号と同じくやや延長された車体に片側6個の転輪を備えているが、主砲に関してもT-72戦車に搭載されているものと同じ、旧ソ連製の51口径125mm滑腔砲を装備しており、従来の北朝鮮陸軍MBTに比べて格段に攻撃力が向上している。
また先軍号は、防御力や機動力も従来の同軍MBTに比べて大幅に強化されており、実力的にはT-72戦車に近いレベルに達していると推測されている。
なお北朝鮮メディアは、2011年までに暴風号と先軍号が合計で900両以上生産されたと報道しているが、実際には先軍号の生産数は2024年の時点で100両程度と見られている。
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+攻撃力
前述のように先軍号は、西側に存在が確認された北朝鮮陸軍MBTとしては初めて、主砲に125mm滑腔砲を採用している。
なお脱北した北朝鮮陸軍将校の証言によると、北朝鮮は韓国のK1戦車に対抗するために、1990年代に68式戦車もしくは天馬号の主砲を125mm滑腔砲に換装した、「爆風号」(ポップンホ、暴風号とは別の車両)と呼ばれるMBTを開発したとされているが、証言のみでその姿は確認されていない。
脱北将校の証言を信じるならば、北朝鮮で初めて125mm滑腔砲を搭載したMBTはこの爆風号ということになるが、T-55/T-62中戦車系列の小柄な砲塔に、巨大な125mm滑腔砲を搭載するのはかなり無理があるので、爆風号は試作のみで量産化は行われなかったのではないかと推測される。
そして改めてT-72戦車を参考に、より大柄な車体と砲塔を持つ先軍号が開発され、125mm滑腔砲を無理なく搭載することに成功したということであろう。
先軍号に装備されている125mm滑腔砲は、T-72戦車の輸出型に装備されている旧ソ連製の2A26/2A46系列とはやや細部の形状が異なっているため、北朝鮮が独自に改良を加えたオリジナル型の可能性が高い。
この砲の威力については、砲の性能が2A46と同等と仮定した場合、APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)を用いて射距離2,000mで、約450mm厚のRHA(均質圧延装甲板)を貫徹できると推測される。
先軍号の125mm滑腔砲の砲身にはT-72戦車と同じく、温度の影響による砲身の歪みを防ぐためのサーマル・スリーブが装着されているが、T-72戦車と異なり主砲弾薬の自動装填装置は搭載しておらず、主砲弾薬は装填手が手動で装填するようになっている。
このため、T-72戦車は砲塔内乗員が車長と砲手の2名であるのに対し、先軍号は従来の北朝鮮陸軍MBTと同様に、装填手を加えた3名のままである。
先軍号が自動装填装置を導入しなかった理由については、充分な信頼性を持つ自動装填装置を実用化するのに失敗したのか、コストの問題で導入を見送ったのかは定かでない。
T-72戦車の125mm滑腔砲は分離薬莢式であるため、装填手は弾丸と薬莢を別個に装填しなければならず、自動装填装置を導入した場合に比べて発射速度が遅くなってしまう。
この点では、先軍号はT-72戦車に一歩後れを取っている。
先軍号の砲塔には暴風号の後期型である暴風2と同様、風向センサー、大気センサー、レーザー警報装置が装備されており、125mm滑腔砲の威力を充分に発揮できるよう、高度なFCS(射撃統制装置)が搭載されている。
しかし、赤外線暗視装置に関しては従来の北朝鮮陸軍MBTと同様、T-62中戦車から受け継いだアクティブ式赤外線投光機「ルナー(Luna:月)2」を主砲右脇に装備し、砲手用のTPN-1暗視サイトで照準を行うようになっている。
TPN-1暗視サイトの夜間視認距離は800mしかないが、現代のMBTはパッシブ式の赤外線暗視装置を装備するのが当たり前になっており、3,000〜4,000mの夜間視認距離を持つのが普通になっている。
このため、先軍号は夜間交戦能力に関して大きな弱点を抱えている。
先軍号の副武装は従来の北朝鮮陸軍MBTと同様、主砲と同軸に7.62mm機関銃を1挺、砲塔上面に14.5mm重機関銃を1挺装備するのが標準である。
しかし、2018年の軍事パレードに登場した際には、車内から操作可能な携帯式対空ミサイル連装発射機、対戦車ミサイル連装発射機、30mm擲弾連装発射機を砲塔にマウントしていた。
このようにゴテゴテと様々な副武装を取り付けているのはパレードに登場した時のみで、演習時には14.5mm重機関銃1挺のみを装備している場合が多いので、TPOに合わせて副武装を変更している可能性が高い。
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+防御力
前述のように、先軍号の車体は前作の暴風号と構造が良く似ているが、大きな変更点として操縦手席の配置が暴風号の車体前部左寄りから、車体前部中央に移動している点が挙げられる。
68式戦車や天馬号シリーズは、原型となったT-55/T-62中戦車と同じく操縦手席が車体前部左寄りに配置されているので理解できるが、暴風号は車体デザインをT-72戦車と同様のものに変更したにも拘らず、なぜか操縦手席の配置は左寄りのままであった。
先軍号ではT-72戦車と同様の中央配置に改めたということだが、やはり原型車両と同様の配置の方が都合が良いのであろうか。
先軍号の車体前面上部には、旧ソ連製の「コンタークト(Kontakt:接触)1」によく似たERA(爆発反応装甲)のブロックがびっしり取り付けられており、成形炸薬弾に対する防御力が大幅に強化されている。
また車体前面下部には、やはり成形炸薬弾対策のゴムフラップが取り付けられている。
先軍号の砲塔は、天馬号シリーズの後期型や暴風号のような溶接構造の角張ったものではなく、天馬号シリーズの初期型と同じような鋳造製の半球形の砲塔に戻っている。
ただし、砲塔内乗員の作業効率や居住性の向上のため、サイズは一回り大型化されている。
砲塔の後部にはバスルが張り出しており、ここに主砲弾薬を収容することで搭載弾薬数の増加を図っているものと思われる。
天馬号の後期型や暴風号では、砲塔前面にモジュール式の複合装甲を外付けしているが、先軍号の砲塔前面にはそのようなものは取り付けられていない。
より登場時期の新しい先軍号が、それらの車両より装甲防御力が低いとは考えられないので、先軍号では砲塔の外側ではなく、内側に複合装甲を封入するように変更した可能性が高い。
なお、先軍号が初めて姿を見せた2010年10月10日の軍事パレードの際には、本車は砲塔部にERAを装着していなかったが、2012年4月15日の軍事パレードで再び姿を見せた際には、砲塔前面にロシア製のT-90戦車に装着されている、「コンタークト5」とよく似た楔形のERAブロックを装着していた。
北朝鮮メディアは先軍号の砲塔前面の装甲防御力について、砲塔自体がRHA換算で900mm、加えてERAで500mmが追加されて、約1,400mmのRHAに相当する防御力(成形炸薬弾に対して)があると主張している。
しかし、この数字はかなり誇張している可能性が高い。
それでも先軍号が、従来の北朝鮮陸軍MBTに比べて格段に装甲防御力が強化されていることは間違いない。
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+機動力
先軍号は主砲の換装や車体の大型化、装甲防御力の強化に伴って、従来の北朝鮮陸軍MBTに比べて大幅に重量が増加しており、機動性を確保するために、出力900〜1,000hp級の新型ディーゼル・エンジンを搭載しているといわれている。
これにより先軍号は、戦闘重量約45tと重量が大幅に増加したにも拘らず、路上最大速度70km/hとT-72戦車を上回る高い機動力を発揮するという。
しかし先軍号は暴風号と同様、転輪については相変わらずT-72戦車のものとは異なる、T-55/T-62中戦車系列のスターフィッシュ(ヒトデ)型転輪を小型化したものを装着している。 一方変速・操向機については、T-72戦車と同様のコンパクトで軽量なものが採用されていると見られている。
ただし、T-72戦車の変速・操向機は後進速度が低く、超信地旋回も行えないという欠点があるため、山がちで道路の狭い朝鮮半島の戦場では結構不利になる可能性がある。
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<先軍号>
全長: 10.40m
車体長: 6.50m
全幅: 3.50m
全高: 2.30m
全備重量: 45.0t
乗員: 4名
エンジン: 4ストロークV型12気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル
最大出力: 900〜1,000hp
最大速度: 70km/h
航続距離: 350〜500km
武装: 51口径125mm滑腔砲×1
14.5mm重機関銃KPVT×1
7.62mm機関銃PKT×1
装甲: 複合装甲
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<参考文献>
・「朝鮮民主主義人民共和国の陸海空軍」 ステイン・ミッツァー/ヨースト・オリマンス 共著 大日本絵画
・「パンツァー2025年4月号 北朝鮮戦車「天馬2号」への系譜」 毒島刀也 著 アルゴノート社
・「パンツァー2024年8月号 北朝鮮兵器カタログ」 荒木雅也 著 アルゴノート社
・「世界のAFV 2025-2026」 荒木雅也/井坂重蔵 共著 アルゴノート社
・「戦闘車輌大百科」 アルゴノート社
・「グランドパワー2023年3月号 ソ連軍主力戦車 T-62 (2)」 後藤仁 著 ガリレオ出版
・「2020年代 世界の新戦車」 ジャパン・ミリタリー・レビュー
・「世界の戦車パーフェクトBOOK 決定版」 コスミック出版
・「新・世界の主力戦車カタログ」 三修社
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