セイバー装甲偵察車 |
+開発と生産
イギリス戦争省は1964年春に、1956年からコヴェントリーのアルヴィス社(現BAEシステムズ社)で量産が開始された6×6型の、FV601「サラディン」(Saladin:サラセンの王で十字軍をさんざん悩ませたことで知られる)戦闘偵察車の後継となる、軽量装甲車両の開発計画「CVR」(Combat Vehicle Reconnaissance:戦闘偵察車両)を立案したが、大変興味深いことにCVR計画では、装軌式と装輪式の2つの仕様の車両を並行して開発することとされていた。 そして開発・生産・運用に掛かるコストの低減のため、CVRシリーズの車両は全て共通のエンジンを搭載することになっていた。 さらに重量を始めとする車両規模についても、当時のイギリス軍の最新鋭輸送機であるAW.660「アーゴシー」(Argosy:大型船)中型輸送機や、開発中であったHS.780「アンドーヴァー」(Andover:イングランド南部の町名)中型輸送機の積載規格に適合させることとなった。 これら2つのプランは装軌式が「CVR(T)」、装輪式が「CVR(W)」(”T”はTracked:装軌式、”W”はWheeled:装輪式の頭文字)と呼称され、全幅を可能な限り抑制し、重量は基本的に6.5~7.7t程度とすること。 高い機動力と全周からの軽火器の攻撃に対する抗堪性、および24時間の連続戦闘に乗員が耐えられるだけの居住性の確保。 そして空中からのパラシュートによる投下を考慮し、さらに車体の延長などにより、対戦車戦闘から兵員輸送までの任務に対応できる発展型を製作できることとされた。 装輪式のCVR(W)は1965年に、4×4型の装輪式装甲車の開発経験が豊富なコヴェントリーのダイムラー社が開発を担当することが決まり、試作車16両の製作が発注された。 CVR(W)の試作車は1967年11月~69年4月にかけて、イギリス国防省(1964年に戦争省から改組)に納入され、陸軍による評価試験に供された。 そして試験で満足すべき性能を発揮したため、国防省は本車のイギリス陸軍への採用を決定し、1969年10月に「FV721」(Fighting Vehicle 721:戦闘車両721型)の戦闘車両番号と、「フォックス(Fox:キツネ)Mk.1」の型式呼称が与えられた。 フォックス装甲偵察車の量産は王立造兵廠のリーズ工場が担当することになり、1973年5月には生産型第1号車が工場からロールアウトした。 フォックス装甲偵察車はイギリス陸軍向けに180両が生産された他、マラウイとナイジェリアに合計145両が輸出されており、総生産数は325両となる。 CVR(W)シリーズでイギリス陸軍に採用されたのは本車のみで、残念ながら成功作とはならなかった。 一方装軌式のCVR(T)は1967年に、FV601サラディン戦闘偵察車、FV603サラセン装甲兵員輸送車などの開発と生産を担当したアルヴィス社が開発を担当することになり、17両の試作車を製作する契約が締結された。 CVR(T)の試作第1号車は1969年1月23日に完成し、同年9月に国防省は本車に「FV101」(Fighting Vehicle 101:戦闘車両101型)の戦闘車両番号と、「スコーピオン(Scorpion:サソリ)Mk.1」の型式呼称を与えると共に、その存在を正式に公表した。 残りの16両の試作車も1970年の中頃までには完成し、同年5月に国防省はスコーピオン軽戦車をイギリス陸軍に制式採用すると共に、アルヴィス社と量産に関する契約を交わした。 また同年10月にはベルギー国防省が、自国陸軍向けとしてスコーピオン軽戦車を含むCVR(T)シリーズ701両を発注し、同時にベルギー国内でのライセンス生産についての協議が始められた。 スコーピオン軽戦車のイギリス陸軍向けの量産は1971年に開始され、生産型第1号車は1972年初めに完成して直ちにイギリス陸軍に納入された。 またベルギー陸軍向けの生産車は、1973年2月から納入が開始された。 こうしてスコーピオン軽戦車の量産が進められる一方で、そのファミリー車両の開発もアルヴィス社で進められた。 スコーピオン軽戦車のファミリー車両は、FV102「ストライカー」(Striker)自走対戦車ミサイル、FV103「スパータン」(Spartan:スパルタ人)装甲兵員輸送車、FV104「サマリタン」(Samaritan:サマリア人)装甲救急車、FV105「スルタン」(Sultan:イスラム教国の君主号の1つ)装甲指揮車、FV106「サムソン」(Samson:旧約聖書に登場する大力の勇士)装甲回収車、FV107「シミター」(Scimitar:三日月刀)装甲偵察車など多岐に渡っており、イギリス陸軍におけるCVR(T)シリーズの採用数は3,000両を超えている。 フォックス装甲偵察車とシミター装甲偵察車はいずれも、砲塔に主武装として30mmラーデン砲L21A1を装備していたが、フォックスは装輪式車両であるため、装軌式のシミターに比べて不整地での走破性が劣っていた。 また、コンパクトなサイズの4×4型装甲車でありながら、車体に不釣り合いな大型の2名用砲塔を搭載したため重心位置が高く、コーナリング性が悪いことが問題視された。 結局これらの理由により、イギリス陸軍のフォックス装甲偵察車は1993年4月までに全車が退役した。 一方、CVR(T)シリーズの基本型であるスコーピオン軽戦車は、イギリス陸軍、空軍連隊、輸出向けに合計3,000両以上が生産されるベストセラーとなったが、イギリス空軍による試験において、主砲の排煙システムが不完全なため、主砲射撃時に有毒な発射ガスが戦闘室内に入り込み、乗員の健康を危険に晒すことが判明した。 このため、国防省はスコーピオン軽戦車を退役させることを決定したが、本車は後述するLEP改修を受けたばかりで耐用年数に余裕があった。 そこで国防省は、すでに退役することが決まっていたフォックス装甲偵察車の砲塔を、スコーピオン軽戦車に搭載して再利用することを考案し、こうして一部のスコーピオン軽戦車が、フォックスの砲塔を搭載した折衷型「セイバー」(Sabre:サーベル)として生まれ変わることになった。 セイバー装甲偵察車に改修されたスコーピオンは138両のみで、他の大部分の車両は1994年までにイギリス軍を退役した。 セイバー装甲偵察車は、シミター装甲偵察車とほぼ同一の車両であったが、CVR(W)の砲塔リング径がCVR(T)に比べて若干小さかったため、これを合わせるために車体と砲塔の間にリングサポートを取り付けた影響で、車高は若干ながらセイバーの方が高くなった。 またシミターが、主砲の同軸機関銃として国産の7.62mm機関銃L37A2を装備していたのに対し、セイバーはウォーリア歩兵戦闘車と同じく、アメリカ製の7.62mmチェインガンL94A1に換装された。 L94A1はL37A2に比べてサイズが大きく、砲塔防盾から大きく突き出していたため、セイバーとシミターを識別する際の大きな特徴となっていた。 またセイバーはさらに、新型の発煙弾発射機の導入や操縦手の視察装置の改良、各種雑具箱の新型化等が盛り込まれていた。 セイバー装甲偵察車は、まず2両の試作車がスコーピオン軽戦車から改造されて、ボーヴィントンの戦車試験場において試験を行った後、1993年にイギリス陸軍に引き渡されている。 生産型の改造にあたっては、アルヴィス社において砲塔を中心とした改修キットが製作され、このキットをドニントンの基地整備工場に送り、ここでセイバー装甲偵察車への改造作業が実施された。 セイバー装甲偵察車の生産型第1号車は1994年に完成し、前述のように合計138両のスコーピオン軽戦車が本車に改造された。 前述のようにセイバーとシミターはほぼ同一の車両であったが、シミターは東西冷戦終結後に、車長用の外部視察装置を昼夜兼用のより大型のものに換装したり、昨今のC4I化、ディジタル化に対応すべく、砲塔上面に架台を増設して、GPSやデータリンク用の大型アンテナを設置する等の近代化改修が施された。 これに対し、セイバーにはそれらの改修は実施されなかったため、性能的にシミターを下回る状態で運用が続けられた。 そして東西冷戦の終結や、政府の財政難によりイギリス軍全体の予算が縮小されたことに伴い、国防省はイギリス陸軍の装軌式偵察車両をシミター装甲偵察車に一本化することを決定し、性能的に劣るセイバー装甲偵察車は2004年をもって早々に退役した。 |
+攻撃力
セイバー装甲偵察車の砲塔(元はフォックス装甲偵察車のもの)は、シミター装甲偵察車のものとよく似た2名用の全周旋回式砲塔で、砲塔前面に主武装の81.3口径30mmラーデン砲L21A1と、副武装の7.62mm機関銃を同軸に装備している点も同様であった。 30mmラーデン砲L21A1は、イギリス陸軍の軽量戦闘車両の主武装として1960年代に開発された低反動の30mm速射砲で、1966年に設計が完了し1970年初頭から量産が開始された。 因みに「ラーデン」(RARDEN)の名前は、開発に関わったハルステッドの「RARDE」(Royal Armament Research and Development Establishment:王立兵器研究開発局)の頭字語と、生産を担当した王立小火器工廠の所在地である「エンフィールド」(Enfield)のそれを組み合わせたものだという。 砲の諸元は全長3.15m、砲身長2.438m、全体重量110kg、砲身重量24.5kg、最大射程4,000m、有効射程1,000mとされている。 ラーデン砲は反動利用式の自動砲だが、装填は3発ずつのクリップで行うようになっている。 連射は3発クリップ2つ分の6発バーストまで、最大発射速度は90発/分に過ぎない。 セイバー装甲偵察車の場合、30mm砲弾の搭載数は160発となっていた。 軟目標用弾薬としてL13A1 HEI(焼夷榴弾)が用意されているが、炸薬量はトーペックス2がわずかに25.6gである。 従って敵歩兵に対する持続的な制圧射撃は難しく、それについては専ら同軸機関銃を頼ることになる。 これ以外の弾薬ではL5A2 APSE(徹甲榴弾)、L12A1 TP(訓練弾)が用意されている。 その後L14A2 APDS(装弾筒付徹甲弾)が開発され、L5A2 APSEに代わり配備されている。 このL14A2 APDSは発射重量822g、弾頭重量300g、砲口初速1,175m/秒、1,500m以上の距離から45度の入射角で40mmの装甲貫徹力がある。 旧ソ連軍のBMP-2歩兵戦闘車の装備する80.5口径30mm機関砲2A42は、砲口初速1,000m/秒、装甲貫徹力は射距離1,500mで25mmといわれており、ラーデン砲の高い装甲貫徹力が分かる。 一方、セイバー装甲偵察車の副武装についてであるが、本車に用いられたフォックス装甲偵察車の砲塔には元々、7.62mm機関銃L37A2が30mmラーデン砲と同軸に装備されていた。 このL37A2は、ベルギーのFN社製の7.62mm機関銃FN-MAGを王立小火器工廠でライセンス生産した7.62mm機関銃L7シリーズの派生型で、同軸機関銃としてだけでなく、マウントから取り外して乗員が射撃を行うことも可能となっていた。 しかし、セイバー装甲偵察車に砲塔を転用するにあたって、当時のイギリス陸軍の主力MBTであったチャレンジャー2戦車や、主力IFVであるウォーリア歩兵戦闘車と副武装の統一化が図られることになった。 セイバー装甲偵察車に新しく採用された副武装は、アメリカのヒューズ社(現ノースロップ・グラマン社)製の7.62mmチェインガンEX34(イギリス陸軍制式呼称L94A1)である。 チェインガンは遊底をチェイン駆動する独特の機構を持ち、たとえ不発弾があっても強制的に排莢を行うため、射撃が途絶えることは無い。 セイバー装甲偵察車の場合、7.62mm機関銃弾の搭載数は3,000発となっていた。 また砲塔前面の左右両側には、4連装の66mm発煙弾発射機を各1基ずつ装備しており、不意に敵の戦闘車両と遭遇した場合などに発煙弾を発射して、自車の周囲に煙幕を展張することが可能である。 砲塔の内部レイアウトは、前部中央に30mmラーデン砲の機関部、それを挟んで砲塔バスケット内右に砲手用視察装置および砲手席、同左に車長用視察装置および車長席、そして後部バスル内にクランスマン無線機が置かれていた。 また乗員相互の連絡のため、車内通話装置が内壁に取り付けられていた。 なお車長は車両の指揮と外部視察を行うだけでなく、30mmラーデン砲の装填手も兼任しなければならない。 また、フォックス装甲偵察車の砲塔には当初動力機構が搭載されておらず、砲手が旋回ハンドルを操作して手動で砲塔を旋回しなければならなかった。 しかし、これはあまりにも不便で肝心の攻撃能力に悪影響が出たため、1980年代初めにチェルムズフォードのマルコーニ社製の動力機構が導入された(つまり、セイバー装甲偵察車の砲塔は動力旋回式)。 セイバー装甲偵察車の外部視察装置は、まず車長用として、マルコーニ社製の等倍と10倍の切り替え機能付きで、上下に-14~+41度の視察範囲を持ち、85度の限定旋回式の双眼式昼間用照準機AV No.75が1組と、7個のペリスコープが装備されていた。 砲手用にも、やはり等倍と10倍の倍率を持つ昼間用照準機AV No.52が装備されていたが、砲手にはこの他に夜間用として1.6倍で28度の視野角、5.8倍で8度の視野角を持つコヴェントリーのGEC社(General Electric Company:総合電機会社)製の、パッシブ式暗視機構付き照準機II L2A1が装備されていた。 この夜間照準機は広い視野角で視察している場合、シャッターで視野を区切ることで目標を発見し易くする機能を持っていた。 また、このシャッターは30mmラーデン砲の発射機構と連動して、発砲炎で暗視装置やモニター画面が焼き付くのを防ぐ役目を果たした。 また5.8倍の倍率を選択した時には、昼間用の照準機と連動する機能を備えていた。 暗視装置を使用しない時は、装甲カバーによって保護されるようになっていた。 これらの照準機の対物鏡部には、泥汚れなどを落とすウォッシャーとワイパーが装着されていた。 |
+防御力
セイバー装甲偵察車のベースとなった、スコーピオン軽戦車の車体とフォックス装甲偵察車の砲塔は、前作のサラディン戦闘偵察車と同様、圧延装甲板の溶接構造となっていたが、軽量化を図るために装甲材質がサラディンの防弾鋼板から、防弾アルミ板に変更されていた。 セイバー装甲偵察車に用いられた防弾アルミ板は、アメリカのM113装甲兵員輸送車シリーズなどに用いられている7039防弾アルミ板に、特殊な熱処理を施して剛性を強化したE74S防弾アルミ板である。 その組成の詳細は不明な点があるが、アルミニウムを主体とする亜鉛とマグネシウムの合金であり、現在「超々ジュラルミン」と呼ばれるものとほぼ同じと考えて良い。 防弾能力を同一とする場合、一般的にアルミ板は鋼板の2.8倍の厚さを必要とする。 これは、セイバー装甲偵察車のような小型車両では内部容積にあまり良い影響を及ぼさないが、断面積が大きい分、接合部の強度の確保が容易になるという利点がある。 本車の防弾能力は前面が旧ソ連製の14.5mm重機関銃弾の、他の面は7.62mm機関銃弾の直射に耐える。 セイバー装甲偵察車の砲塔形状は、正面および真横から見ると6角形、真上から見ると8角形となっていたが、これは装甲板を積極的に傾斜させることで耐弾性を高めようとした結果である。 砲塔上面には右側に砲手用照準機、その後方に砲手用ハッチ、左側に車長用照準機、その後方に車長用キューポラがあったが、このキューポラの周囲には全周に向けて7基のペリスコープが装備されていた。 また前述のように、砲塔前面の左右両側には4連装の66mm発煙弾発射機が各1基ずつ装着されていた。 砲塔後面には、防弾アルミ製の雑具箱が装着されていた。 セイバー装甲偵察車の車体は、砲塔と同様に防弾アルミ板の溶接構造となっていたが、車体前端部のみは防弾アルミの鋳造製となっていた。 またCVR(T)シリーズは、車体後部に兵員室を備える兵員輸送型や、野戦救急型などをファミリー化することが計画されていたため、セイバー装甲偵察車は通常の戦車のようにエンジンを車体後部に搭載せず、車体前部右側に搭載していた。 本車の車内レイアウトは最前部に変速・操向機を配し、その後方右側が機関室、左側が操縦室となっており、車体後部が2名用の砲塔を搭載した戦闘室、最後部が弾薬庫となっていた。 セイバー装甲偵察車のNBC防御機構は、弾薬庫内に設置するようになっていた。 なお本車は、外気温が-30℃~+50℃の範囲であれば支障なく活動できた。 車体上面前部には、エンジンと変速・操向機用のアクセスパネルや吸排気グリルが設けられており、エンジンの反対側の車体前部左側に、操縦手席と操縦手用ハッチが設けられていた。 操縦手用ハッチの前方には、操縦手用の広角ペリスコープが1基装備されていたが、夜間操縦の際にはこれを、レイソムのピルキントン光電子工学製のパッシブ式暗視ペリスコープに交換した。 車体上面の後半部分のほとんどは砲塔リングが占めており、車体右側面には上部中央からエンジン排気管が後方へ向けて導設されていた。 反対の車体左側面には大型の雑具箱が取り付けられており、車体左右側面にはそれ以外にも空きスペースに斧やスコップなどの工具類が備えられていた。 車体後面には両端の上部に小さな丸い赤色の反射板が、下端中央には牽引具取付金具が装備され、その下にイギリス軍伝統の車間距離確認用の白い縦線が描かれていた。 |
+機動力
セイバー装甲偵察車のベースとなったスコーピオン軽戦車は当初、コヴェントリーのジャギュア自動車製のJ60 No.1 Mk.100B 直列6気筒液冷ガソリン・エンジン(190hp/4,750rpm)を搭載していた。 このエンジンの原型となったXK 直列6気筒液冷ガソリン・エンジン(総排気量4.2リットル、圧縮比9:1、最大出力265hp/5,400rpm)は、同社が第2次世界大戦前から開発に着手していた高級乗用車用エンジンの発展型である。 XKシリーズは、イギリス製の自動車用ガソリン・エンジンとしては卓越した高性能エンジンであり、ジャギュア・ブランドの高級乗用車はもちろんのこと、レーシングモデルにも搭載されて成功を収め、同社の主力エンジンとして長期に渡って量産された。 このため、CVR(T)/CVR(W)に搭載するエンジンの候補として注目されることとなり、厳しい条件下での稼動と低オクタン価燃料に適応させるため、圧縮比を下げて出力を減格したものがJ60 No.1 Mk.100Bエンジンである。 本エンジンの諸元は総排気量4,235cc、圧縮比7.75:1、最大出力190hp/4,750rpmで、最大トルクは32.3kg·m/3,500rpmとなっていた。 一方、スコーピオン軽戦車の変速・操向機は、コヴェントリーのSCG社(Self-Changing Gears:自動変速ギア会社)が開発したTN15半自動変速・操向機(前進7段/後進7段)を採用していた。 このTN15変速・操向機は、同社がチーフテン戦車用に開発したTN12半自動変速・操向機(前進6段/後進2段)を小型化したものであり、変速は動力補助が付く足踏み式で、操向機構は三重差動式であった。 主クラッチは遠心式で、これは50ccのスクーターなどに採用されているのと同様のものであった。 ばねの力によって中心に向かって引き付けられている摩擦板が、エンジンからの回転力を受けて外側に振り出されることによって、外周にある受け側の摩擦板に押し付けられて回転を伝達する。 なおSCG社は1965年に事業を終了したため、その後はハダースフィールドのDBE社(David Brown Engineering:デイヴィッド・ブラウン工業)がTN15変速・操向機の生産とサポートを引き継いでいる。 スコーピオン軽戦車の足周りは前方の起動輪、後方の誘導輪と片側5個の中直径転輪を組み合わせており、上部支持輪は装備していなかった。 転輪は防弾アルミの鋳造製で、外周にゴム縁が付いた複列式のものであった。 第1転輪と第5転輪には油圧式のショック・アブソーバーが取り付けられており、サスペンションの上下動幅は上に約100mm、下に約200mmとなっていた。 起動輪の外周部は、歯の部分を除いてポリウレタン製のカバーに覆われており、誘導輪の外周にもゴム縁が付いていた。 履帯は、マンガン鋼製のシングルピン/シングルブロック型のもので、走行寿命は約5,000kmとなっていた。 これは、結合ピンに樹脂製のブッシュが取り付けられているライブピン式で、踏面にゴムパッドが付いていた。 これらの特徴は、履帯と転輪類との摩擦の減少と騒音の低減に効果的であり、エンジンがガソリン・エンジンであることも相まって、スコーピオン軽戦車の機動時の騒音は、ディーゼル・エンジンを搭載したトラックと同等程度であった。 なおCVR(T)シリーズは、開発当初は油気圧式サスペンションを採用する予定だったのが、調達コストの低減を図るために、生産型ではより安価なトーションバー式サスペンションに変更された。 しかし足周りを工夫することで摩擦を減少させ、高性能ガソリン・エンジン、軽量な車体を組み合わせたことで、スコーピオン軽戦車は路上最大速度50マイル(80.47km)/h、路上航続距離400マイル(644km)という、装軌式車両としては異例の高い機動性能を発揮した。 さらに本車は浮航能力も備えており、浮航スクリーンを展張するなど簡単な事前準備を行えば、河川を水上渡渉することが可能であった。 ただし水上航行用のスクリューなどは備えていないため、水上での推進力は履帯の回転で得るようになっており、航行速度は3.6マイル(5.79km)/hと遅い。 また、浮航スクリーンは演習時でも使用することはほとんど無かったため、イギリス軍のCVR(T)シリーズはその後の改修でスクリーンを撤去している。 従って、スコーピオン軽戦車を始めとするイギリス軍のCVR(T)シリーズは浮航能力を失っており、スコーピオンの車体を流用したセイバー装甲偵察車も同様である。 イギリス国防省はCVR(T)シリーズの就役寿命を延長するため、1988年にCVR(T)シリーズのエンジンを、従来のJ60 No.1 Mk.100B 直列6気筒液冷ガソリン・エンジンから、より燃費に優れ火災の危険性が低い、アメリカのカミンズ社製の6BTA5.9 直列6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル・エンジン(190hp/2,500rpm)へ換装する、近代化改修計画「LEP」(Life Extension Program:耐用年数延長プログラム)に着手した。 エンジンの換装作業はアルヴィス社の手で行われることになり、それにあたってカミンズ社がCVR(T)シリーズ向けのエンジン改修キットを開発している。 スコーピオン軽戦車を含む、イギリス軍の大部分のCVR(T)シリーズがこのLEP改修を受けており、新型ディーゼル・エンジンに換装された。 従ってセイバー装甲偵察車は、最初からLEP改修を施された状態で誕生したことが分かる。 |
<セイバー装甲偵察車> 全長: 5.148m 車体長: 4.794m 全幅: 2.235m 全高: 2.167m 全備重量: 8.13t 乗員: 3名 エンジン: カミンズ6BTA5.9 4ストローク直列6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル 最大出力: 190hp/2,500rpm 最大速度: 80.47km/h 航続距離: 644km 武装: 81.3口径30mmラーデン砲L21A1×1 (160発) 7.62mm機関銃L94A1×1 (3,000発) 装甲厚: |
<参考文献> ・「パンツァー2015年8月号 ユニオンジャックの尖兵 シミター装甲偵察車」 柘植優介 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2008年7月号 スコーピオン偵察車輌シリーズ」 佐藤慎ノ亮 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2000年2月号 新装備トピックス」 アルゴノート社 ・「世界AFV年鑑 2005~2006」 アルゴノート社 ・「世界のAFV 2011~2012」 アルゴノート社 ・「戦闘車輌大百科」 アルゴノート社 ・「世界の戦車パーフェクトBOOK 決定版」 コスミック出版 ・「世界の主力戦闘車」 ジェイソン・ターナー 著 三修社 ・「世界の最新陸上兵器 300」 成美堂出版 |