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+開発
イスラエル陸軍は1973年の第4次中東戦争(ヨム・キプール戦争)以来、長くアメリカ製のM60戦車シリーズを使い続けているが、原型が1950年代末に開発された戦車であるためすでに旧式化してしまっている。
このため1980年代以降、ラマト・ハシャロンのIMI社(Israel Military Industries:イスラエル軍事工業)によって、イスラエル陸軍のM60戦車シリーズの近代化改修が続けられており、この近代化改修型には「マガフ」(Magach:ヘブライ語で「破城槌」を意味する)の呼称が与えられている。
IMI社はマガフの開発で得たノウハウを基に、M60戦車の近代化改修キットを開発して海外に販売することを計画し、1998年に商品化したのが「サブラ」(Sabra:イスラエル生まれのユダヤ人)近代化改修キットである。
最初に商品化されたサブラMk.Iは、マガフの最新型であるマガフ7C(マガフ7ギーメル)をベースに開発されており、120mm滑腔砲とその弾薬、ハイブリッド型FCS(射撃統制装置)、赤外線/レーザー探知機、追加装甲セット、自動消火装置、排気発煙装置、改良型サスペンションなど数多くの改修用装備品から構成されていた。
続いて商品化されたサブラMk.IIは、Mk.Iの防御力、機動力、FCSを中心に改良を図ったものである。
現在IMI社は、サブラを世界各地の兵器展示会に出品して売り込みを図っており、2006年5月にはトルコ陸軍がサブラMk.IIをベースに独自の改良を施した車両を、「M60T」(”T”はTürkiye:トルコの頭文字)の呼称でM60戦車の近代化改修プランとして採用し、2007~2009年4月にかけて170両のトルコ陸軍のM60戦車が、M60T戦車に改修された。
世界にはトルコ陸軍以外にも、M60戦車シリーズを主力MBTとする陸軍が多く存在する。
さらに、アメリカ陸軍から退役したM60戦車シリーズも中古戦車市場に多く出回っており、今後それらを主力MBTとして導入する国も現れる可能性がある。
このため、サブラシリーズの潜在的市場はかなり広いと考えられる。
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+攻撃力
サブラMk.Iの最大の特徴は、M60戦車シリーズの主砲であるアメリカのウォーターヴリート工廠製の、51口径105mmライフル砲M68(イギリスの王立造兵廠製の105mmライフル砲L7の改修型)を、イスラエル製の44口径120mm滑腔砲MG251に換装して大幅に火力を強化している点である。
この120mm滑腔砲MG251はIMI社が1983年から開発に着手したもので、最初から105mmライフル砲M68と交換可能に設計されており、1989年からイスラエル陸軍のメルカヴァMk.III戦車に搭載されている。
この砲はIMI社が開発した120mm砲弾を使用するが、主な使用弾種はAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)と、HEAT-MP(多目的対戦車榴弾)である。
FCSはメルカヴァMk.III戦車と同じく、ハイファのエルビット社とレホヴォトのエロップ社が共同開発した、「ナイト」(Knight:騎士)FCSに換装され、昼/夜間に関わらず高い戦闘力を発揮できる。
ただし、例えば進歩したFCSを持つM60A3戦車を母体に改修を望むユーザーに対しては、主砲を換装するだけでFCSの交換は行わないといったことも有り得るという。
ナイトFCSは、ディジタル弾道コンピューターと砲手用の2軸安定型昼/夜間サイト、レーザー測遠機、車長用昼間サイト等から成る。
砲手用暗視サイトはパッシブの赤外線(熱線)方式で、車長用サイトにも画像を送れる。
M60戦車は、砲塔の旋回と主砲の俯仰は油圧で駆動されるが、1973年のヨム・キプール戦争において、M60戦車の油圧式駆動装置の作動油に引火して車両が炎上する事態が多発した戦訓より、イスラエル陸軍のM60戦車シリーズは、火災の危険性が低く反応が早い電気式駆動装置に交換する改修が実施されており、サブラでも同様に電気式駆動装置が採用されている。
またサブラでは、イスラエル陸軍MBTが対歩兵用に装備している、ヨクネアムのソルタム・システムズ社製の60mm迫撃砲も装備できる。
60mm迫撃砲は砲塔右側面の車長用キューポラ脇に取り付けられ、榴弾や発煙弾、照明弾などを投射できる。
副武装としては、ベルギーのFN社(Fabrique Nationale d'Armes de Guerre:国営造兵廠)製の、7.62mm機関銃FN-MAGが主砲と同軸に1挺、車長と装填手のハッチにも1挺ずつ備えられる。
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+防御力
M60戦車シリーズの外見上の大きな特徴の1つである、砲塔上面右側に装備されているM19銃塔型車長用キューポラは、車長が身を乗り出すこと無く、副武装の12.7mm重機関銃M85を射撃できるように考案されたものである。
しかし、サブラではこのM19銃塔型キューポラは撤去され、テルアビブのウルダン工業製の背の低いウルダン・キューポラに交換される。
これはハッチが4段階に開閉でき、少し浮かした状態で車長が直接周囲を視察できるのが特徴である。
このウルダン・キューポラは、M19銃塔型キューポラが背が高いため敵に狙われ易く、車長の死亡率が高いというイスラエル陸軍の実戦経験を基に開発されており、イスラエル陸軍のM60戦車シリーズは全てウルダン・キューポラに換装されている。
一方、防御力面では砲塔の前面と左右側面、車体前面、サイドスカートに新開発のモジュール装甲システムが装着され、装甲防御力が格段に強化される。
このモジュール装甲システムは、イスラエル陸軍のメルカヴァMk.III/Mk.IV戦車にも導入されているもので、複合装甲とERA(爆発反応装甲)を組み合わせることにより、成形炸薬弾と運動エネルギー弾の両方に対して高い防御力を発揮する。
サブラMk.Iでは、モジュール装甲の装着により砲塔前部の形状が楔形に変わり、戦闘重量も2t前後増加するが、最終的な重量は基になったM60戦車シリーズの型の重量や、ユーザーの求める防御力の程度で異なる。
サブラでは、ハロンガスによる自動消火システムも装備され、生残性向上に貢献する。
この他細かい装備としては、イスラエル独自のボックス式6連装発煙弾発射機が砲塔の左右側面に取り付けられ、また砲塔上面のマストには赤外線/レーザー検知機が取り付けられる。
これは、レーザーや赤外線の照射を検知して警告するもので、自動的に発煙弾発射機から煙幕を展開して敵の攻撃を防ぐことができる。
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+機動力
前述した車体各部の改修に伴う重量の増加に対応して、サブラでは原型のM60戦車シリーズの走行システムと機関系も強化される。
サスペンションはトーションバー・スプリングとショック・アブソーバーが強化され、乗り心地と射撃時の安定性が向上している。
履帯は、M60戦車シリーズのダブルピン/ラバーブロック組み立て式のT142履帯から、メルカヴァ戦車シリーズに採用されているものと同じ、ウルダン工業製のシングルピン式鋳造履帯に変更されるが、顧客の要望によってドイツのディール社製の履帯などに変更することもできる。
機関系については、サブラMk.IではパワーパックがメルカヴァMk.I戦車と同じものに交換される。
M60戦車シリーズに搭載されていた、アメリカのテレダイン・コンティネンタル自動車製のAVDS-1790-2A/2C V型12気筒空冷ディーゼル・エンジン(出力750hp)は、同社製のAVDS-1790-5A
V型12気筒空冷ディーゼル・エンジン(出力908hp)に換装され、変速・操向機も、アメリカのジェネラル・モーターズ社アリソン変速機部門製のCD-850-6A自動変速・操向機から、これをアシュケロンのAAI社(Ashot
Ashkelon Industries:アショット・アシュケロン工業)が改良した、CD-850-6BX自動変速・操向機(前進2段/後進1段)に換装される。
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+サブラMk.II戦車
IMI社がサブラMk.Iに続いて開発したサブラMk.IIは、Mk.Iの防御力、機動力、FCSを中心に改良を図ったもので、Mk.Iでは平面だった砲塔側面のモジュール装甲を、楔形に変更して避弾経始を向上させており、内部の主装甲との空間を拡げることで成形炸薬弾に対する防御力も向上させている。
サブラMk.IIは戦闘重量が59tに増加しているため、走行システムも強化が図られており、サスペンションのトーションバー・スプリングが強化されると共に、油圧ダンパーが新型のロータリー・ダンパーに変更されている。
またサブラMk.IIはエンジンが、メルカヴァMk.III戦車と同じテレダイン・コンティネンタル社製のAVDS-1790-9AR V型12気筒空冷ディーゼル・エンジン(出力1,200hp)に換装され、路上最大速度がMk.Iの48km/hから55km/hに向上している。
FCSも新型のナイトMk.III FCSに換装されており、車長と砲手の情報共有能力が強化されている。
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サブラMk.I戦車
全長: 9.40m
車体長: 6.95m
全幅: 3.63m
全高: 3.27m
全備重量: 55.0t
乗員: 4名
エンジン: テレダイン・コンティネンタル AVDS-1790-5A 4ストロークV型12気筒空冷ターボチャージド・ディーゼ
ル
最大出力: 908hp/2,400rpm
最大速度: 48km/h
航続距離: 450km
武装: 44口径120mm滑腔砲MG251×1 (42発)
13.3口径60mm迫撃砲C04×1
7.62mm機関銃FN-MAG×3
装甲: 複合装甲
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サブラMk.II戦車
全長: 9.40m
車体長:
6.95m
全幅: 3.63m
全高: 3.27m
全備重量: 59.0t
乗員: 4名
エンジン: テレダイン・コンティネンタル AVDS-1790-9AR 4ストロークV型12気筒空冷ターボチャージド・ディー
ゼル
最大出力: 1,200hp/2,400rpm
最大速度: 55km/h
航続距離: 450km
武装: 44口径120mm滑腔砲MG251×1 (42発)
13.3口径60mm迫撃砲C04×1
7.62mm機関銃FN-MAG×3
装甲: 複合装甲
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参考文献
・「パンツァー2010年12月号 第三世代戦車の流出で活況を呈する世界の戦車マーケット」 竹内修 著 アルゴ
ノート社
・「パンツァー2005年6月号 イスラエルのM48/60戦車近代化シリーズ」 白石光 著 アルゴノート社
・「パンツァー2018年6月号 マガフ イスラエル流リビルド戦車の全貌」 竹内修 著 アルゴノート社
・「パンツァー2002年6月号 イスラエルのM60改良型とマガフ」 古是三春 著 アルゴノート社
・「パンツァー2010年9月号 イスラエルの改修戦車 サブラ」 荒木雅也 著 アルゴノート社
・「パンツァー2008年3月号 M60戦車の40年」 佐藤慎ノ亮/竹内修 共著 アルゴノート社
・「パンツァー2002年4月号 MBTのアップグレード」 二木巌 著 アルゴノート社
・「パンツァー2002年2月号 イスラエルの近代化型M60戦車」 アルゴノート社
・「パンツァー2006年5月号 海外ニュース」 アルゴノート社
・「ウォーマシン・レポート18 メルカバとイスラエルMBT」 アルゴノート社
・「世界のAFV 2011~2012」 アルゴノート社
・「世界の戦闘車輌 2006~2007」 ガリレオ出版
・「世界の最新兵器カタログ 陸軍編」 三修社
・「新・世界の主力戦車カタログ」 三修社
・「戦車名鑑
1946~2002 現用編」 コーエー
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