Pz.87戦車
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+概要
スイス陸軍は、それまで運用していたイギリス製のセンチュリオン戦車(Pz.57戦車)と、国産のPz.61戦車の後継として、1970年代に「NKPz」(Neuer
Kampfpanzer:新戦車)の呼称で新型MBTの開発に着手した。
チューリッヒのOBC(エリコン・ビューレ・コントラヴェス)社が中心となって開発が進められたNKPz戦車は、全周旋回式砲塔に120mm戦車砲を装備し、装填手を省くために自動装填装置を採用することになっていた。
車内レイアウトは、イスラエルのメルカヴァ戦車シリーズと同様に車体前部を機関室、車体後部を砲塔を搭載した戦闘室とし、乗員の生残性を向上させていた。
またソ連のT-64、T-72戦車シリーズのように、主砲弾薬庫と自動装填装置は被弾確率の高い砲塔ではなく車体に収納し、装弾アームによって弾薬を拾い上げて砲尾に装填するようになっていた。
このように、NKPz戦車は非常に斬新なコンセプトで設計されていたが、そのために開発は難航し製造コストも高くなってしまった。
当時西ドイツ陸軍は「レオパルト2」、アメリカ陸軍は「XM1」(後のM1エイブラムズ)の呼称で、従来のコンセプトの延長線上で新型MBTの開発を進めており、これらは試験において高い性能を示していた。
このため、スイス陸軍はレオパルト2戦車、M1戦車のどちらかを次期MBTとして採用する方針に転換し、NKPz戦車の開発は1979年12月に中止されることになった。
スイス陸軍は次期MBTを選定するために、レオパルト2戦車とM1戦車の性能比較試験を行うことを決め、西ドイツとアメリカから2両ずつ送られた試験車両を用いて、1981年8月〜1982年6月にかけて比較試験が実施された。
試験の結果スイス陸軍は、1983年8月24日にレオパルト2戦車を次期MBTとして採用することを決め、1984年12月に、西ドイツ陸軍の第5生産バッチのレオパルト2A4戦車と同じ仕様の車両を、「Pz.87」(Panzer
87:87式戦車)の呼称で380両発注した。
ちなみに「Pz.87」はスイス陸軍における呼称であり、西ドイツ側ではスイス陸軍向けのレオパルト2戦車を、「レオパルト2CH」(”CH”はSchweiz:スイスの略)と呼んでいた。
Pz.87戦車は、最初の35両を西ドイツのクラウス・マッファイ社で生産し、残りの345両をOBC社でライセンス生産することになっていた。
西ドイツ生産分のPz.87戦車は1987年3〜6月にかけて引き渡され、ライセンス生産分のPz.87戦車は1987年12月から月産6両のペースで納入が開始され、1993年3月までに全車がスイス陸軍に引き渡された。
Pz.87戦車は基本的には、ドイツ陸軍のレオパルト2A4戦車と同じ車両であるが、車載機関銃がドイツのラインメタル社製の7.62mm機関銃MG3から、ベルン造兵廠製の7.5mm機関銃MG87に換装されており、無線機もアメリカのアヴコ社製のAN/VRC-12に変更されている。
また車幅灯が追加装備され、騒音を低減するためにマフラーが巨大な筒状のものに変更されている。
スイス調達局国防部門は2004年7月に、スイス陸軍が保有するPz.87戦車の内150両を、「Pz.87WE」(”WE”はWerterhaltung:価値保存の略)の呼称で、近代化改修する予定であることを発表した。
改修の内容については対戦車地雷への防御力強化と、装填手が車内から遠隔操作できる武装ステイションを装備することとされた。
Pz.87WE戦車の開発はドイツのKMW(クラウス・マッファイ・ヴェクマン)社と、トゥーンのRLS(ルアーク・ランド・システムズ)社が担当し(KMW社が75%、RLS社が25%の割合)、2両のPz.87戦車を用いてPz.87WE戦車の試作車が製作され、スイス陸軍による部隊試験、補給・整備試験が実施された。
Pz.87WE戦車では砲塔の前面と側面前部、車体の前面上部にRLS社が開発した増加装甲が装着され、装甲防御力が強化される。
ドイツ陸軍のレオパルト2A5戦車では、砲塔に「ショト装甲」(Schott panzerung:隔壁装甲)と呼ばれる、成形炸薬弾対策を重視した空間装甲タイプの増加装甲が装着されているが、Pz.87WE戦車の砲塔の増加装甲は、チタン合金を封入した厚さ230mmの板状の複合装甲となっている。
ショト装甲は大きな楔形の装甲ボックスであるため、レオパルト2A5戦車は砲塔の形状が、レオパルト2A4戦車に比べて大きく変化しているが、Pz.87WE戦車は、増加装甲を装着しても砲塔の形状は従来とあまり変わらない。
また砲塔の側面後部には、発煙弾発射機の収納ボックスが装着されるが、これは空間装甲の役目も兼ねている。
さらに、Pz.87WE戦車では対戦車地雷への防御力を強化するため、ドイツ陸軍のレオパルト2A6M戦車に導入されたのと同様の地雷防御改修が実施される。
車体下面には増加装甲板、トーションバーにはカバーが装着され、車体下面前部にある操縦手用脱出ハッチの構造も強化される。
武装面では砲塔上面の装填手用ハッチの後方に、アメリカのブラウニング火器製作所製の12.7mm重機関銃M2(スイス名:MG64)を搭載した、「AWS」(Autarkic
Weapon System:自立式武装システム)と呼ばれる遠隔操作式の武装ステイションが装備される。
また、砲塔の旋回と主砲の俯仰が従来の油圧駆動式から、火災の危険が少なく反応が速い電動式に変更される。
さらに主砲を、レオパルト2A6戦車と同じ55口径120mm滑腔砲や、スイスが独自に開発した140mm滑腔砲に換装することも検討されたが、結局採用には至らなかった。
Pz.87WE戦車では、ヴェトロニクス(車両用エレクトロニクス)関係も強化されており、砲塔上面の車長用展望式サイトが新型のPERI-R17A2に換装される。
このサイトは赤外線暗視装置を内蔵しており、砲手が目標への射撃を行っている間に車長が次の目標を捜索・捕捉する、ハンター(車長)・キラー(砲手)運用が全天候下で可能となった。
また、車体後部に監視カメラが追加されて視察能力が向上した他、「VIINACCS」(Vehicle Integrated Identification Navigation Command Control System:車両用統合化識別航法指揮統制システム)と呼ばれるC4Iシステムも装備されており、部隊単位の戦闘力が大幅に向上する。
これらの改良により、Pz.87WE戦車の戦闘重量はPz.87戦車の55.15tから、61tに増加している。
スイス陸軍は2008年頃から、約120両のPz.87戦車をPz.87WE戦車に改修することを予定していたが、スイス政府の財政難のために改修予算がなかなか承認されなかった。
しかし、2011年度の予算でようやくPz.87WE戦車への改修が承認され、現在までに134両のPz.87戦車がWE仕様に改修されている。
未改修のPz.87戦車の内、96両は予備装備として保管されており、残りは海外に売却された模様である。
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<Pz.87戦車>
全長: 9.67m
車体長: 7.72m
全幅: 3.70m
全高: 2.79m
全備重量: 55.15t
乗員: 4名
エンジン: MTU
MB873Ka-501
4ストロークV型12気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル
最大出力: 1,500hp/2,600rpm
最大速度: 68km/h
航続距離: 340km
武装: 44口径120mm滑腔砲Rh120×1 (42発)
7.5mm機関銃MG87×2 (4,750発)
装甲: 複合装甲
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<参考文献>
・「世界の戦車イラストレイテッド24 レオパルト2主力戦車
1979〜1998」 ウーヴェ・シネルバッハー/ミヒャエル・
イェルヒェル 共著 大日本絵画
・「パンツァー2010年12月号 第三世代戦車の流出で活況を呈する世界の戦車マーケット」 竹内修 著 アルゴ
ノート社
・「パンツァー2012年2月号 輸出によってバリエーションが増す最近のレオパルト2戦車」 アルゴノート社 ・「パンツァー2020年1月号 特集 レオパルト2配備40周年(2)」 竹内修/藤井岳 共著 アルゴノート社
・「パンツァー2011年2月号 レオパルト2 その30年に渡る発展の軌跡(1)」 竹内修 著 アルゴノート社
・「パンツァー2014年2月号 世界に拡散するレオパルト2戦車」 荒木雅也 著 アルゴノート社
・「パンツァー2000年2月号 最初の第3世代MBT レオパルト2」 小林直樹 著 アルゴノート社
・「パンツァー2005年10月号 各国採用のレオパルト2の現状」 藤井久 著 アルゴノート社
・「パンツァー2017年8月号 レオパルト2とその発展」 毒島刀也 著 アルゴノート社 ・「世界のAFV 2021〜2022」 アルゴノート社
・「グランドパワー2005年4月号 レオパルト2
(3)」 一戸崇雄 著 ガリレオ出版
・「戦車ものしり大百科 ドイツ戦車発達史」 齋木伸生 著 光人社
・「新・世界の主力戦車カタログ」 三修社
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