●開発 「プーマ」(Puma:ピューマ、アメリカライオン)は、従来のAFVとは一線を画する新型の装軌式AFVファミリーとしてクラウス・マッファイ社(現クラウス・マッファイ・ヴェクマン社)とディール社が協力して、1983年から自社資金で開発を開始した車両で、1986年に「プーマACV」(ACVはArmored Combat Vehicle:装甲戦闘車両の略)と呼ばれる原型車が完成した。 当初から様々な車種への発展を考慮して、重量の異なる車体を3種類基本形として用意し、さらにコストの低減を図るためにレオパルト1/2戦車に用いられているコンポーネントや、民生品などを多数用いていることも特徴となっていた。 1986年に完成したプーマACVは、スイスのエリコン社製の92口径25mm機関砲KBBを装備する2名用砲塔を搭載したIFV(歩兵戦闘車)型として開発され、続いて細部に改良を施した第2号車が1988年に完成している。 プーマの車体は圧延防弾鋼板の溶接構造が採用され、前面で20mm弾、側面で7.62〜14.5mm弾の直撃に耐えられる装甲防御力を備えていた。 重量23〜28tで片側5個の転輪を備えるタイプが基本車体となる標準型で、これと基本設計やコンポーネントの多くを共通化した軽量型(重量16〜22tで転輪4個)と、重量型(重量29〜34tで転輪6個)の3種類が車体として用意されていた。 パワーパックはMAN社製のD2840LXEディーゼル・エンジン(出力750hp)と、ZF社もしくはレンク社製の自動変速機の組み合わせ、およびMAN社製のD2866KEディーゼル・エンジン(出力440hp)と、ZF社製のHP600/STV600自動変速機の組み合わせが用意されており、ユーザーに選択肢を持たせていた。 プーマは20〜40mm級機関砲装備の2名用砲塔を搭載したIFV型を基本とし、指揮車型、対空型、120mm迫撃砲搭載型など20種類以上が派生型として提案されていた。 プーマは元々、西ドイツ陸軍が1970年代から運用を続けていたマルダー歩兵戦闘車の後継IFVとしての採用を狙って開発されたものであったが、目論見どおり西ドイツ陸軍はプーマに興味を示し独自に試作車2両を発注し、「PM-1」と呼ばれる試作第1号車は1989年に完成しており、翌90年には試作第2号車「PM-2」も引き渡され試験に供された。 PM-1は出力440hpのディーゼル・エンジンを装備し片側4個の転輪を備える軽量型で、120mm迫撃砲を搭載する武器運搬車として製作され、一方PM-2は転輪を片側5個とした標準型として製作された。 西ドイツ陸軍はすでに1980年代後期から、「マルダー2」と呼ばれるマルダー歩兵戦闘車の後継車両の開発を別に進めていたが、マルダー2の開発が失敗した場合にはプーマを次期IFVとして採用することも選択肢の1つとして考えていた。 しかし、1990年に東西ドイツが統合したことで政府が財政難に陥ったことや、翌91年にソヴィエト連邦が崩壊して冷戦が終結したことで、ドイツ陸軍は従来運用してきたマルダー歩兵戦闘車に改修を加えながら引き続き21世紀まで使用を続ける方針に転換した。 結局、次期IFVの本命と見られていたマルダー2歩兵戦闘車は開発中止が決定し、プーマも試作車の製作のみで開発が中止される可能性が大きくなった。 冷戦終結後は大規模な正規戦が発生する可能性が低くなったため、高価で大重量の装軌式AFVに代わって安価で軽量な装輪式AFVが持て囃されるようになり、プーマは時代遅れの存在になってしまったのである。 しかし21世紀に入って、ゲリラとの不正規戦においてもAFVは装甲防御力が重要であることが認識されるようになり、重装甲の装軌式AFVが再評価されるようになってきた。 ドイツ陸軍も、A5型まで改修を重ねながら長年使用してきたマルダー歩兵戦闘車が限界に来たことを認めざるを得なくなり、その後継車両を模索し始めた。 このためクラウス・マッファイ・ヴェクマン社とラインメタル・ラントジステーム社(ディール社を傘下に吸収)は、2002年に資本を50%ずつ共同出資して新たにカッセルにPSM(Projekt System & Management)社を設立し、20年近く塩漬け状態で半ば放置されていたプーマの再設計と生産準備に本格的に取り掛かった。 2004年にドイツ陸軍とPSM社との間でIFV型のプーマの試作車の開発契約が結ばれたが、すでに開発開始から20年も経っていたためプーマは設計が大幅に見直され、転輪や砲塔の配置など外見も当時の試作車とかなり異なるものになった。 2005年にプーマ歩兵戦闘車の最初の試作車が完成し、2007年に5両の試作車がドイツ陸軍に引き渡され、国防軍装甲車技術センターでトライアルが実施された。 また3種類の砲塔と3種類の車体が部分試作され、それぞれ試験を受けて全体コンセプトをまとめていった。 内容は機動性、防御力、射撃、FCS(射撃統制システム)、対NBC防御の基本要素から電磁気防御、内蔵するソフトウェアの性能、車体全体のデザインやシルエット、偽装効果まで多岐に渡った。 最初の2両の試作車はドイツ陸軍戦車学校にも送られて、専門家から評価を受けた。 この2両は2009年2月にはドイツ陸軍戦車訓練センターで、7週間かけて実戦的なトライアルに供された。 2009年7月にドイツ陸軍とPSM社は、405両のプーマ歩兵戦闘車を総額30億ユーロ(1両当たり740万ユーロ)で調達する契約を結んだ。 部隊への配備は2010年から開始されており、2020年には完納する予定になっている。 |
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●攻撃力 プーマ歩兵戦闘車の主武装はマウザー製作所製の82口径30mm機関砲MK30-2/ABMで、砲塔前面右側に装備されている。 機関砲は2軸が安定化されており発射速度は700発/分、最大射程は3,000mとなっている。 使用弾種は装甲目標用のAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)と、非装甲目標用のKETF(時限信管式運動エネルギー弾)の2種類が用意されている。 この内APFSDSは砲口初速1,385m/秒で、戦後第2世代MBTに対抗できる装甲貫徹力を備えている。 一方KETFは時限信管式の散弾で、内部に135個のタングステン製子弾が内蔵されている。 2種類の弾薬は2組のデュアルフィーダーに装填されて、砲手が使用弾種を選択できる。 200発は即用弾として装填でき、予備弾200発は車内に収納する。 30mm機関砲の左側には砲手用のサイトがあり、昼光用CCTVカメラ、夜間用熱線映像カメラ、レーザー測遠機が装備されている。 これらの映像は、砲手と同時に車長席でも見ることができる。 サイトは使用しない時には、開閉式の装甲カバーで保護することができる。 砲塔上面には車長用の展望式サイトが設けられており、砲手用サイトと同様に昼光用CCTVカメラ、夜間用熱線映像カメラ、レーザー測遠機が装備されている。 なお車長用サイトのFCSは多目標同時処理能力を備えており、多くの目標を同時に捕捉して脅威度を判定し、脅威度の高い攻撃目標を順番に攻撃するよう砲手に指示できる。 副武装は、ヘックラー&コッホ社製の5.56mm軽機関銃MG4が30mm機関砲の右側に同軸装備されている。 発射速度は850発/分、有効射程は1,000mとなっており、1,000発の即用弾と1,000発の予備弾が搭載される。 またプーマ歩兵戦闘車の車体後部左側には、遠隔操作式の6連装76mm擲弾発射機が装備されている。 これは市街戦などでRPGを抱えて近寄ってくる敵を制圧するような近接防御が目的で、有効射程は50m程度とされている。 擲弾発射機は全周旋回と俯仰が可能で、自車の周囲全方向への投弾が可能となっている。 またプーマ歩兵戦闘車は対戦車火器として、スパイクLR対戦車ミサイルの連装発射機を砲塔左側に装備することができる。 ミサイルの誘導方式はCCD光学カメラによる画像追尾モード、赤外線画像追尾モード、光学/赤外線デュアルモードの3モードから選択することができる。 スパイク対戦車ミサイルはディール社、ラインメタル・ディフェンス・エレクトロニクス社、イスラエルのラファエル社の3社がヨーロッパ標準の対戦車ミサイルの座を狙って共同開発したもので、射程と用途に応じてMR(中射程)、LR(長射程)、ER(超長射程)の3種類のタイプが開発されており、プーマ歩兵戦闘車に搭載されるスパイクLRの場合有効射程は200〜4,000mとなっている。 |
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●防御力 プーマ歩兵戦闘車は海外に派遣する緊急展開部隊での運用を考慮して、追加装甲により容易に装甲防御力を変化させることができるように設計されている。 空輸時には追加装甲を外して軽量化し、作戦地域では追加装甲を施して最大の防御力を付与するというコンセプトである。 プーマ歩兵戦闘車の追加装甲は「レベルA」、「レベルB」、「レベルC」の3種類が用意されており、追加装甲無しの状態は「レベル1」と呼ばれる。 レベル1の場合、プーマ歩兵戦闘車は車体前面で30mm徹甲弾、車体側/後面で14.5mm徹甲弾の直撃に耐えることが可能である。 レベル1の戦闘重量は29.4tで、これはマルダーA2歩兵戦闘車とほぼ同じである。 次にレベルAの追加装甲を施した場合は、車体前面で30mm徹甲弾とRPG携帯式対戦車ロケット、車体側/後面で14.5mm徹甲弾の直撃に耐えることが可能で、さらに炸薬量10kgの地雷の炸裂にも耐えることができる。 この状態がドイツ陸軍に納車される標準仕様であり、戦闘重量は31.45tになる。 レベルCは最高防御レベルで戦闘重量は41tに増加し、レオパルト1戦車などの戦後第2世代MBTと同レベルの重量になっている。 装甲材の品質改善もあって、レベルCのプーマ歩兵戦闘車の装甲防御力は戦後第2世代MBTを凌ぐものと推測される。 またプーマ歩兵戦闘車は装甲防御力が高いだけでなく、EADS社が開発した「MUSS」(Multifunktionales Selbstschutz-System)と呼ばれるAPS(アクティブ防御システム)を搭載しており、対戦車ミサイルに対する防御力を大きく向上させている。 MUSS APSは赤外線/レーザー探知機、制御コンピューター、妨害装置で構成されており、対戦車ミサイルを誘導するために赤外線やレーザーが自車に照射されたことを探知すると、警報を発すると共に1〜1.5秒でレーザー妨害効果のある煙幕弾を発射するか、ミサイル飛翔方向に赤外線を照射するようになっている。 MUSS APS自体は160kgと軽量で赤外線/レーザー誘導ミサイルだけでなく、RPGのような無誘導ロケット弾も探知することができるという(探知範囲は全周360度、高度70度)。 プーマ歩兵戦闘車の車体は圧延防弾鋼板の全溶接構造で、車内レイアウトは車体前部左側が操縦室、前部右側が機関室、車体後部が兵員室となっている。 操縦室内には最前部に操縦手が位置し、その後方に砲手、砲手の右側に車長が位置する。 兵員室内には6名の完全武装歩兵を収容することが可能で、中央部から後部にかけて右側に4名、左側に2名が向かい合わせに座る。 いずれの座席も独立してシートベルト、ヘッドレストが設けられているが、これは居住性向上よりも地雷が炸裂した際の乗員保護を重視している。 車体上面には外部視察用のペリスコープが4個用意されており、搭乗歩兵が直接外部を視察することも可能である。 搭乗歩兵は通常は車体後面に設けられたランプ式ハッチから出入りするが、車体上面にも2名分のハッチが設けられている。 車内は冷暖房空調と対NBC防護がなされており、火災報知機と消火システムが装備されている。 プーマ歩兵戦闘車の砲塔は兵員室上面にかなり左側にオフセットして搭載されているが、これは兵員室内の座席配置が影響している。 この砲塔はクラウス・マッファイ・ヴェクマン社が開発したもので、マルダー歩兵戦闘車など従来のIFVの砲塔とは異なり無人であり、車内の車長と砲手がコンソールとモニターで遠隔操作するようになっている。 AFVにおいて砲塔は最も被弾確率の高い場所であるため、プーマ歩兵戦闘車はここを無人にすることで乗員の生存性を高めることに成功している。 また無人砲塔にしたことでサイズを小型化することができ、砲塔への被弾確率を低減させることにも繋がっている。 砲塔には格納式のCCTVカメラが左右各2個ずつと後部に1個の合計5個設置されており、外部状況を各乗員にはもちろん、搭乗歩兵用にも2個のモニターで映し出すことができる。 各モニターは乗員間の通話やBMS(戦場マネジメントシステム)とも連動して、必要な情報を逐一得ることができる。 また砲塔の後部には8連装の発煙弾発射機が装備されているが、これは前述のMUSS APSと連動しており、対戦車ミサイルの誘導用レーザーを検知すると自動的に煙幕弾を発射するようになっている。 |
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●機動力 プーマ歩兵戦闘車の足周りは片側6個の転輪と片側3個の上部支持輪の組み合わせとなっており、起動輪は前部、誘導輪は後部に配置されている。 サスペンションは通常のトーションバー(捩り棒)ではなく、油気圧式サスペンションが採用されている。 油気圧を調整することで、追加装甲を施して重量が増加しても地上高は常に450mmを保つことができる。 履帯は、ディール社製の幅500mmの幅広のものが採用されている。 プーマ歩兵戦闘車のパワーパックはMTU社製のMT892 V型10気筒液冷ディーゼル・エンジン(出力1,088hp)と、レンク社製のHSWL256自動変速機(前進6段/後進6段)の組み合わせとなっており、出力/重量比はレベルCの追加装甲を装着した状態でも25.3hp/tと良好な値である。 路上最大速度は70km/h、路上航続距離は600kmとなっており、ドイツ陸軍の主力MBTであるレオパルト2戦車に随伴できる機動力を備えている。 |
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<プーマ歩兵戦闘車> 全長: 7.40m(レベルC) 全幅: 3.70m(レベルC) 全高: 3.10m(レベルC) 全備重量: 31.45t(レベルA)、41.0t(レベルC) 乗員: 3名 兵員: 6名 エンジン: MTU MT892 4ストロークV型10気筒液冷ディーゼル 最大出力: 1,088hp/4,250rpm 最大速度: 70km/h 航続距離: 600km 武装: 82口径30mm機関砲MK30-2/ABM×1 (400発) 5.56mm軽機関銃MG4×1 (2,000発) スパイクLR対戦車ミサイル連装発射機×1 装甲厚: |
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<参考文献> ・「パンツァー2006年10月号 明らかになったドイツの新型ICV プーマの実態(1)」 林磐男 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2006年11月号 明らかになったドイツの新型ICV プーマの実態(2)」 林磐男 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2005年5月号 ドイツの次期戦闘兵車 ピューマ」 遠野士郎 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2013年12月号 プーマ戦闘兵車の構造と機能」 三鷹聡 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2017年6月号 プーマを通して見る将来IFV像」 三鷹聡 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2014年4月号 プーマ戦闘兵車の不正規戦用バージョン」 アルゴノート社 ・「パンツァー2000年5月号 ドイツ企業が開発した輸出用戦闘兵車」 アルゴノート社 ・「パンツァー2011年7月号 ドイツのプーマ戦闘兵車就役へ」 アルゴノート社 ・「ウォーマシン・レポート25 世界の戦闘兵車」 アルゴノート社 ・「世界のAFV 2021〜2022」 アルゴノート社 ・「世界の軍用車輌(3) 装軌/半装軌式戦闘車輌:1918〜2000」 デルタ出版 ・「世界の戦闘車輌 2006〜2007」 ガリレオ出版 ・「10式戦車と次世代大型戦闘車」 ジャパン・ミリタリー・レビュー ・「戦車名鑑 1946〜2002 現用編」 コーエー ・「世界の戦車完全図鑑」 コスミック出版 |
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