中国軍は1983年に完成した79式戦車以降、MBTの主砲としてイギリスの王立造兵廠製のL7系105mmライフル砲を採用してきたが、この砲は旧ソ連軍のT-62中戦車が装備する115mm滑腔砲を上回る装甲貫徹力を備えており、命中精度にも優れる優秀な戦車砲であった。 しかし、旧ソ連軍が1970年代に実用化したT-64戦車やT-72戦車ははるかに大口径の125mm滑腔砲を装備しており、中国軍MBTは主砲火力で大きく水を開けられてしまった。 このため、中国軍は1970年代後期により強力な新型戦車砲についての検討を開始した。 最初に目を付けたのが、旧西ドイツ軍のレオパルト2戦車が装備していたラインメタル社製の44口径120mm滑腔砲Rh120であった。 この砲は現在に至るも120mmクラスの戦車砲の中では最高レベルの性能を備えており、旧ソ連軍の新型MBTが装備する51口径125mm滑腔砲2A46を上回る威力を持っていた。 しかし残念ながら中国はRh120の技術取得に失敗し、自力で新型戦車砲を開発しなければならない状況に陥った。 国産の120mm滑腔砲の開発は1978年に開始され、当初は62式軽戦車の車台をベースにこの砲を搭載する自走砲を開発することが計画されたが、62式軽戦車の車台が小型・軽量過ぎて射撃時の反動を充分吸収できなかったため途中で中止された。 続いて83式152mm自走榴弾砲のベース車台として用いられた321式汎用車台をベースに、国産の120mm滑腔砲を搭載する自走砲を開発することになり、1984年に最初の試作車が完成した。 1989年には20両の生産型を製作することが承認され、翌90年に「89式120mm自走対戦車砲」(PTZ-89)として制式化された。 しかし本車のように戦車砲を装備するタイプの対戦車車両は、対戦車ミサイルを装備する対戦車車両に比べて製造コストが高く、対戦車ミサイルの性能向上によって新型MBTにも充分対抗できるようになったこともあり、89式対戦車自走砲は少数生産に終わることになった。 本車の具体的な生産数は不明であるが、200両程度(一部資料では230両としている)と推測されている。 89式対戦車自走砲は自走砲用のベース車台を使用しているため、通常の戦車とは車内レイアウトが大きく異なっている。 車体前部右側が機関室、前部左側が操縦室となっており、車体後部は全周旋回式砲塔を搭載する戦闘室となっている。 エンジンは83式自走榴弾砲と同じく出力520hpの12150L V型12気筒液冷ディーゼル・エンジンを搭載しており、路上最大速度55km/h、路上航続距離450kmの機動性能を発揮する。 89式対戦車自走砲の砲塔は車体サイズに比べて大柄な3名用のもので、防盾に国産の120mm滑腔砲を装備している。 この砲は国産のAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)を使用した場合、射距離1,500mで厚さ550mmのRHA(均質圧延装甲板)を貫徹可能とされている。 さらに、最近開発された「120-II」と呼ばれる新型のAPFSDS(弾頭重量7.4kg、砲口初速1,725m/秒)を使用した場合、射距離2,000mで厚さ600mmのRHAを貫徹することができ、ラインメタル社製の120mm滑腔砲に迫る性能を発揮する。 砲塔内の乗員配置は右側前方に砲手、その後方に車長、主砲を挟んで左側に装填手が位置しており、砲塔上面の右側には12.7mm重機関銃を備える車長用キューポラ、左側には前開き式の円形の装填手用ハッチが設けられている。 また砲塔後面の右下には横長楕円形の下開き式ハッチが設けられており、ここから主砲弾薬の給弾を行うようになっている。 |
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<89式120mm対戦車自走砲> 全長: 全幅: 3.14m 全高: 全備重量: 31.0t 乗員: 4名 エンジン: 12150L 4ストロークV型12気筒液冷ディーゼル 最大出力: 520hp/2,000rpm 最大速度: 55km/h 航続距離: 450km 武装: 50口径120mm滑腔砲×1 (30発) 85式12.7mm重機関銃×1 (500発) 装甲厚: 最大20mm |
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<参考文献> ・「パンツァー2001年3月号 近代化の歩みを進める最近の中国戦車」 宇垣大成 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2014年8月号 近代化が進む中国軍の実力と課題」 竹内修 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2001年4月号 新装備トピックス」 アルゴノート社 ・「パンツァー2000年2月号 海外ニュース」 アルゴノート社 ・「世界のAFV 2021〜2022」 アルゴノート社 ・「世界の戦闘車輌 2006〜2007」 ガリレオ出版 ・「世界の戦車・装甲車」 竹内昭 著 学研 ・「世界の装軌装甲車カタログ」 三修社 |
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