ソ連軍は第2次世界大戦前からT-33、T-37、T-38、T-40など多数の水陸両用戦車の開発を続けてきたが、これらの戦車は機関銃しか装備しておらず、対戦車戦闘に用いるには余りにも非力であった。 第2次世界大戦の後半期の反攻でドニェプル、ヴィッスラ、オーデル等の大河を始めとする数々の河川障害を越えなければならなかったソ連軍は、渡河作戦を支援する火砲付き水陸両用戦車の存在が切実であることを戦訓として導き出した。 この戦訓は戦後直ちに本格的な火砲を搭載した水陸両用戦車の開発に繋がり、戦時中に開発されたT-80軽戦車のコンポーネントを流用し、76.2mm戦車砲を装備したK-90水陸両用軽戦車が完成した。 さらに、このK-90水陸両用軽戦車のコンセプトを発展させて1949年から開発が開始されたのが、オブイェークト740水陸両用軽戦車である。 オブイェークト740の設計はチェリャビンスク・キーロフ工場の技師であるN.V.シャシムーリンらが担当し、スターリングラード・トラクター工場の協力も得て1950年に最初の試作車が完成した。 オブイェークト740はその後の試験とそれに基づく改良を経て、1951年に「PT-76軽浮航戦車」(LEGKIY PLAVAYUSHIY TANK PT-76)として制式化された。 本車の生産はスターリングラード・トラクター工場が担当し、1951年から1967年までに国内向けと輸出合わせて12,000両という多数が生産された。 PT-76水陸両用軽戦車は他国に類の無い戦車であり、ソ連陸軍、海軍歩兵部隊に合計10,000両が配備された他、ヴェトナム、インドネシア、イラク、アフガニスタン等、全部で十数カ国に2,000両が輸出されている。 さらに中国では本車のライセンス生産(60式水陸両用軽戦車)、次いで改良型(62式軽戦車と同じ85mm戦車砲付き砲塔搭載の63式水陸両用軽戦車)の生産が行われるに至った。 PT-76水陸両用軽戦車は実戦経験も豊富で、ヴェトナム戦争や中東、アフリカの紛争等、世界中の紛争地帯で使用された実績を持つ。 また本車は各種車両のベースにもなり、BTR-50装甲兵員輸送車や各種ミサイル・システムの自走車台、MT-LB装甲輸送・牽引車等が開発されている。 PT-76水陸両用軽戦車の車体は大型の船型車体で、浮航能力を持たせるために装甲厚は最大15mmと薄い。 乗員配置は車体前部中央に操縦手、円錐形の2名用砲塔に車長兼砲手と装填手の計3名である。 主砲は、第2次世界大戦時のT-34中戦車に使用されていた41.5口径76.2mm戦車砲F-34を改良した48口径76.2mm戦車砲D-56Tで、砲身先端には長い多孔式の砲口制退機が装着されており、砲の俯仰角は−4〜+30度となっている。 この砲は榴弾や徹甲弾の他、装甲貫徹力100mm程度のHEAT(成形炸薬弾)も発射でき、当時としてはそこそこの対戦車能力を持っていたといえる。 エンジンはT-54中戦車のV-54 V型12気筒液冷ディーゼル・エンジンと同系列で、気筒数を半分にしたV-6 V型6気筒液冷ディーゼル・エンジン(出力240hp)を搭載しており、これに前進4段/後進1段の手動変速機が組み合わされる。 機動性能は路上最大速度44km/h、路上航続距離250kmとなっている。 水上航行時には車体前部の波切り板を立て、砲塔後面にエンジン吸気用のスノーケルを取り付け、車内の排水ポンプを作動させることで、車体後部左右に装備されたウォーター・ジェットで最大10.2km/hの速度で推進することができる。 1962年からは、改良型のPT-76B(オブイェークト740B)水陸両用軽戦車に生産が切り替えられるようになった。 最大の変更点は、主砲が改良型の76.2mm戦車砲D-56TSに変更されたことである。 D-56TSは水平・垂直の2軸が安定化されており、外見的には砲口制退機が二重作動式のものとなり、砲身途中には排煙機も取り付けられていることで区別できる。 また対放射能防御システム(PAZ)が搭載され、航続距離の増大のため増加燃料タンクも装着されるようになっている。 さらに車体を大幅に改造し、エンジンを出力強化型に換装したPT-76M水陸両用軽戦車や、9M14Mマリュートカ対戦車ミサイルを搭載したタイプも製作されたが量産には至らなかった。 ソ連陸軍は1960年代まで、戦車師団および自動車化狙撃師団にPT-76水陸両用軽戦車5両と、BTR-50装甲兵員輸送車3両から成る偵察中隊を持っていたが、これは今日、BMPその他の歩兵戦闘車の各種ヴァージョンに交代している。 また、海軍歩兵部隊も30両のPT-76水陸両用軽戦車を持つ戦車大隊を保有していたが、小火器にしか耐えられない貧弱な防御力と、第2次世界大戦時の戦車並みの76.2mm戦車砲ではさすがに力不足になり、今日では全てT-55中戦車の改良型に改編されている模様である。 |
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<PT-76水陸両用軽戦車> 全長: 7.625m 車体長: 6.91m 全幅: 3.14m 全高: 2.195m 全備重量: 14.0t 乗員: 3名 エンジン: V-6 4ストロークV型6気筒液冷ディーゼル 最大出力: 240hp/1,800rpm 最大速度: 44km/h(浮航 10.2km/h) 航続距離: 250km 武装: 48口径76.2mmライフル砲D-56T×1 (40発) 7.62mm機関銃SGMT×1 (1,000発) 装甲厚: 6〜15mm |
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<PT-76B水陸両用軽戦車> 全長: 7.634m 車体長: 6.91m 全幅: 3.14m 全高: 2.325m 全備重量: 14.2t 乗員: 3名 エンジン: V-6 4ストロークV型6気筒液冷ディーゼル 最大出力: 240hp/1,800rpm 最大速度: 44km/h(浮航 10.2km/h) 航続距離: 370km 武装: 48口径76.2mmライフル砲D-56TS×1 (40発) 7.62mm機関銃SGMT×1 (1,000発) 装甲厚: 6〜15mm |
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<PT-76M水陸両用軽戦車> 全長: 7.634m 車体長: 6.91m 全幅: 3.14m 全高: 2.255m 全備重量: 14.7t 乗員: 3名 エンジン: V-6M 4ストロークV型6気筒液冷ディーゼル 最大出力: 300hp/1,800rpm 最大速度: 45km/h(浮航 11.2km/h) 航続距離: 400km 武装: 48口径76.2mmライフル砲D-56TS×1 (40発) 7.62mm機関銃SGMT×1 (1,000発) 装甲厚: 6〜15mm |
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<参考文献> ・「パンツァー2012年2月号 第四次中東戦争で捕獲されたロシア製車輌」 箙公一 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2004年11月号 ロシア PT-76軽戦車シリーズ」 白井和弘 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2016年12月号 PT-76軽戦車のディテール」 井坂重蔵 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2024年8月号 北朝鮮兵器カタログ」 荒木雅也 著 アルゴノート社 ・「ロシア軍車輌写真集」 古是三春/真出好一 共著 アルゴノート社 ・「世界AFV年鑑 2005〜2006」 アルゴノート社 ・「グランドパワー2020年12月号 フィンランド軍の戦闘車輌(3)」 齋木伸生 著 ガリレオ出版 ・「グランドパワー2004年6月号 中国戦車開発史(1)」 古是三春 著 ガリレオ出版 ・「世界の戦闘車輌 2006〜2007」 ガリレオ出版 ・「世界の戦車(2) 第2次世界大戦後〜現代編」 デルタ出版 ・「異形戦車ものしり大百科 ビジュアル戦車発達史」 齋木伸生 著 光人社 ・「世界の主力戦闘車」 ジェイソン・ターナー 著 三修社 ・「戦車メカニズム図鑑」 上田信 著 グランプリ出版 ・「徹底解剖!世界の最強戦闘車両」 洋泉社 ・「戦車名鑑 1946〜2002 現用編」 コーエー |
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