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+開発
北朝鮮と長年敵対関係にある韓国は、1980年代半ばに初の国産MBT(主力戦車)であるK1戦車を実用化し、直ちに大量生産を開始した。
K1戦車の開発には、アメリカ陸軍の主力MBTであるM1エイブラムズ戦車の開発を手掛けた、アメリカのジェネラル・ダイナミクス・ランド・システムズ社が深く関わっており、K1戦車の性能は初期型のM1戦車に匹敵するものであった。
それまで韓国陸軍が主力装備としていたアメリカ製のM47、M48戦車シリーズとは一線を画する新世代MBTの登場に対して、北朝鮮首脳部は強い危機感を抱いた。
当時の北朝鮮陸軍は、ソ連から導入したT-55中戦車や中国製の59式戦車(T-54A中戦車のライセンス生産型)、ソ連製のT-62中戦車を国産化した「天馬号」(チョンマホ)を装備していたが、いずれもすでに旧式化しており、K1戦車に対抗するには力不足の存在であった。
そこで1990年代に入って、北朝鮮首脳部はK1戦車に対抗可能な新型MBTを国内開発することを決定した。
しかし、当時の北朝鮮は一からMBTを新規開発するには技術も経験も不足していたため、天馬号と同じくT-62中戦車をベースにこれに改良を加えることで、新型MBTを開発することにした。
この新型MBTの開発は、朝鮮労働党第2機械工業設計局が担当することになった。
本車の開発がいつスタートしたのかは不明であるが、1992年に咸鏡南道・新興の柳京洙戦車工場で、試作車をロールアウトさせたといわれている。
2002年2月16日には、首都平壌郊外で新型MBTの性能試験を行ったことが、朝鮮中央放送のテレビ番組で発表され、アメリカ国防省はこの新型MBTに「M2002」の識別番号を与えた。
M2002戦車は、柳京洙戦車工場で2002年から生産が開始されたといわれている。
2010年2月、北朝鮮国内向け放送にてM2002戦車の動画が再び公開され、4月に韓国放送公社第2チャンネルが朝8時のニュース番組で、この映像を受信した動画を放映した。
この時公開された映像では、M2002戦車の転輪が旧ソ連製のT-72戦車と同じく片側6個であること、しかしながら転輪自体はT-55、T-62中戦車系列のスターフィッシュ型転輪であることが確認された。
その後、同2010年に平壌で挙行された軍事パレードにM2002戦車が大挙して登場し、パレードに招待された北朝鮮国外のメディアにも大々的に公開された。
なおM2002戦車の正式な呼称として、海外では「暴風号」もしくは「暴風虎」(朝鮮語での発音はどちらも「ポップンホ」)という呼称が一般的に知られているが、実は北朝鮮側は、「暴風号」という呼称を公式に使用したことは一度も無いと主張しているらしい。
北朝鮮側では暴風号の最初の生産型である「暴風1」を「天馬215」、2番目の生産型である「暴風2」を「天馬216」と呼称しており、暴風号は天馬号の一族として扱われているというのである。
また別の資料では、M2002戦車は当初天馬号シリーズの最新型「天馬6」と命名されるはずだったのが、当時の政治的流行に則って「暴風1」に改名されたともいわれている。
暴風号は従来のT-55、T-62中戦車系列の北朝鮮陸軍MBTとは異なり、転輪数が片側6個に増えていることから、T-72戦車をベースに開発されたのではないかとする見方がある。
一説によると、北朝鮮は1990年代初頭に300両のT-72戦車をロシアから供与されたといわれており、これが事実だとすると暴風号のT-72戦車ベース説は可能性が高くなる。
しかし、これまで北朝鮮はT-72戦車を一度も軍事パレードに登場させておらず、軍事演習などでも存在が確認されていないので、T-72戦車は保有していないという見方が一般的である。
また暴風号は、中国がパキスタンへの輸出向けに開発した85式戦車シリーズに外見がよく似ていると指摘されるが、北朝鮮と中国は友好関係にあるので、暴風号が85式戦車をベースに開発されたという可能性は充分あると考えられる。
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+構造
暴風号の主武装については、天馬号と同じく旧ソ連製の55口径115mm滑腔砲U-5TSもしくは、T-72戦車シリーズが装備している51口径125mm滑腔砲2A46、またはその改良型を搭載していると推測されている(軍事パレードに登場した車両の映像等を見る限りは、115mm滑腔砲装備の可能性が高い)。
副武装については天馬号と同様、主砲と同軸に旧ソ連製の7.62mm機関銃PKT、砲塔上面に対空用の14.5mm重機関銃KPVTを装備している。
ただし最近の軍事パレードでは、砲塔上面中央にロシア製の30mm自動擲弾発射機AGS-30を連装で装備した上、砲塔上面左側に北朝鮮製の「プルセ2」対戦車ミサイルの連装発射機、砲塔後部右側に旧ソ連製の9K38「イグラ」対空ミサイルの連装発射機を装備した車両が確認されている。
しかし、このようにゴテゴテと武装を飾り付ける装備方法は一見強そうに見える反面、専門家からは実用性に乏しいと指摘されているため、単なるこけおどしのお飾りに過ぎないのかも知れない。
暴風号の車体は、T-62中戦車のものをベースにこれを延長している可能性が高く、それに伴って転輪数がT-62中戦車の片側5個から6個に増えている。
ただし転輪のサイズはT-62中戦車のものよりやや小型化されているようで、片側3個の上部支持輪と組み合わされたT-72戦車と同様の転輪配置となっている。
車体の前面にはモジュール式の複合装甲が装着されているが、その詳細については不明である。
暴風号は、車体の延長と装甲の強化に伴って天馬号に比べて重量が増加しており、機動性を確保するために出力1,000hp級の新型ディーゼル・エンジンを搭載しているらしいが、これも詳細は不明である。
一方、暴風号の砲塔は従来の北朝鮮陸軍MBTが半球形の鋳造製の砲塔を採用していたのと異なり、角張った溶接構造のやや大柄の砲塔に変化しており、転輪数が片側6個に増えたことと共に本車の大きな特徴となっている。
しかし実は、この砲塔は従来の北朝鮮陸軍MBTと同じく半球形の鋳造製のものを基本としており、その周囲に直線平面的な追加装甲を張り付けた構造になっていることが判明している。
2016年2月27日付の労働新聞(朝鮮労働党の機関紙)は、「敬愛する金正恩同志が、新たに開発された対戦車誘導兵器試験射撃を指導された」の題で、北朝鮮陸軍の新型対戦車ミサイルの標的として破壊された、転輪が片側6個の戦車(おそらく暴風号と思われる)の画像を掲載した。
そのT-62中戦車風の鋳造製とおぼしき半球形砲塔の、直接照準孔や同軸機関銃孔の開いた前面からは、直線平面的な追加装甲が剥離していたのである。
つまり、暴風号の砲塔は見かけよりも実際は小柄で内部容積が小さく、旧ソ連製MBTの遺伝的な欠点である居住性の悪さや、弾薬搭載スペースの不足は改善されていない可能性が高い。
しかし、砲塔周囲に貼り付けた追加装甲は成形炸薬弾対策の空間装甲としての役目を果たすため、防御力の向上には貢献していると思われる。
また、暴風号の砲塔前面にはモジュール式の複合装甲が導入されており、従来の北朝鮮陸軍MBTに比べて装甲防御力が大幅に向上していることは間違いないと思われる。
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+型式分類
●暴風1(天馬215、天馬6)
北朝鮮陸軍は1970年代後期より、旧ソ連製のT-62中戦車の国産改良型である、天馬号シリーズを主力MBTとして運用してきたが、原型が1960年代初期に開発された戦車であるため、すでに旧式化していた。
一方、北朝鮮は1980年代半ばに、イラン・イラク戦争で鹵獲されたT-72戦車を、イラン経由で入手したといわれており、天馬号にその技術を適用して新型MBT「暴風号」を開発した。
2002年から生産が開始された暴風号の最初の生産型である暴風1は、天馬号の車体を少し延長し、1割ほど小さくした転輪を片側6個並べている。
砲塔は天馬号の最終型である天馬5と同じく、中国製の85式戦車の砲塔に形状が類似した、角張った溶接構造のものを搭載しているが、車体と同様にややサイズが拡大されている。
また砲塔前面には天馬5と同様、モジュール式の複合装甲を装着している。
車体の前面下部には天馬5と同様、成形炸薬弾対策のゴムフラップを付けているが、天馬5で砲塔前面のモジュール式装甲下縁に付いていたゴムフラップは、暴風1では廃止されている。
北朝鮮メディアの報道に拠ると暴風1の性能は、ロシアが1990年代初頭に開発したT-90戦車とほぼ同等と評価している。
しかし、暴風1の主砲は天馬号シリーズと同じ115mm滑腔砲のままで、強力な125mm滑腔砲を装備し、現在もロシア陸軍の主力MBTの座にあるT-90戦車の性能には遠く及ばないと思われる。
暴風1の装備で面白いのは、砲塔に拡声器が追加されている点である。
これは本車が歩兵と協同で行動する際、車外の歩兵たちに指示するためのもので、暴風1以降の北朝鮮陸軍MBTの標準装備となっている。
●暴風2(天馬216)
2004年から生産が開始された暴風号の2番目の生産型である暴風2は、暴風1の完成形ともいうべきMBTである。
車体の各部形状が変更されており、エンジン、サスペンションは再設計されている可能性が高い。
車体前部にERA(爆発反応装甲)、砲塔に風向センサー、大気センサー、レーザー警報装置が追加され、主砲は暴風1と同様115mm滑腔砲のままだが、高度なFCS(射撃統制装置)に換装されていると思われる。
しかし、夜間暗視能力については旧式の赤外線投光機で照らすアクティブ式なので、実際の作戦能力は限定的であろう。
2017年の軍事パレードに登場した車両からは、携帯式対空ミサイル連装発射機、対戦車ミサイル連装発射機、30mm擲弾連装発射機を砲塔にマウントし、それぞれ車内から操作する非常に変わった強化策に走っている。
主砲の威力不足、北朝鮮軍の貧弱な防空を痛感しているからこその追加なのか、それとも燃料不足、稼働率低下で慢性不足の、対空/対戦車ミサイル自走発射機を補うサブ的な役割も追加されたのか、なかなか興味深い。
なお、暴風2の正式呼称とされる「天馬216」は、金正恩総書記の父である故・金正日氏の生誕日である1941年2月16日に因んでおり、北朝鮮では「216」は特別な意味を持つ数字である。
216のシリアルナンバーを与えられた本車は、北朝鮮陸軍のMBTの中でも精鋭と位置付けられているようである。
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<暴風号>
全長: 10.28m
車体長: 6.46m
全幅: 3.45m
全高: 2.23m
全備重量: 39.51t
乗員: 4名
エンジン: 4ストロークV型12気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル
最大出力: 1,000hp
最大速度: 57km/h
航続距離: 430km
武装: 55口径115mm滑腔砲U-5TS×1
14.5mm重機関銃KPVT×1
7.62mm機関銃PKT×1
装甲: 複合装甲
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<参考文献>
・「パンツァー2018年12月号 平壌軍事パレードに登場した北朝鮮軍車輌」 宮永忠将 著 アルゴノート社
・「パンツァー2025年4月号 北朝鮮戦車「天馬2号」への系譜」 毒島刀也 著 アルゴノート社
・「パンツァー2012年9月号 北朝鮮地上軍の最近の装備」 古是三春 著 アルゴノート社
・「パンツァー2024年8月号 北朝鮮兵器カタログ」 荒木雅也 著 アルゴノート社
・「世界のAFV 2025-2026」 荒木雅也/井坂重蔵 共著 アルゴノート社
・「朝鮮民主主義人民共和国の陸海空軍」 ステイン・ミッツァー/ヨースト・オリマンス 共著 大日本絵画
・「グランドパワー2023年3月号 ソ連軍主力戦車 T-62 (2)」 後藤仁 著 ガリレオ出版
・「世界の戦車パーフェクトBOOK 決定版」 コスミック出版
・「世界の戦車 完全網羅カタログ」 宝島社
・「新・世界の主力戦車カタログ」 三修社
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