●オリファントMk.1A戦車 南アフリカは、イギリス連邦の一国としてアフリカでは例外的に工業力の発展した国であったが、1990年代の初頭まで悪名高い人種別隔離政策(アパルトヘイト)が続き、このことが最大の理由で長年に渡って高度な兵器の国外からの輸入が、先進諸国による厳しい禁輸措置によって不可能な状態が続いていた。 このために南アフリカでは1970年代から軍用車両や野戦砲、歩兵用火器類の本格的な国内開発に踏み切り、技術的により複雑高度なMBT(主力戦車)については、イギリス製のセンチュリオン戦車の改修と近代化を通じて独自に国内開発基盤を整えていった。 センチュリオン戦車の近代化プログラムは、南アフリカの車両メーカーであるロイメックOMC社が請け負った。 オリジナルのセンチュリオン戦車は元々、イギリス陸軍が第2次世界大戦の末期に開発した大型・大重量の巡航戦車で、戦後は装甲防御力や主砲火力が改良・強化されながら、イギリスを始めとするイギリス連邦諸国の軍やイスラエル軍で長く戦後第1世代のMBTとして使われ続けた。 南アフリカ陸軍は1950〜70年代にかけて、各国でいらなくなった中古のセンチュリオン戦車をかき集めるように購入しており、その総数は300両以上に達する。 南アフリカ陸軍が1950年代に入手した約300両のセンチュリオン戦車は、動力装置の心臓部にロールズ・ロイス社製のミーティアMk.IVB V型12気筒液冷ガソリン・エンジン(出力650hp)を、主砲にはFVRDE(Fighting Vehicle Research and Development Establishment:戦闘車両研究開発局)とヴィッカーズ・アームストロング社が共同開発した、66.7口径20ポンド(83.4mm)ライフル砲Mk.IIを装備するセンチュリオンMk.3/Mk.5戦車であった。 ミーティア・エンジンは、ハリケーンやスピットファイア戦闘機に搭載されたマーリン航空機用ガソリン・エンジンを車載用に改修したもので、信頼性が高かったが燃費が悪く、センチュリオン戦車の路上航続距離はわずか96.5kmに過ぎなかった。 また、戦闘重量50tのセンチュリオン戦車にとって650hpの出力ではアンダーパワーであり、路上最大速度も34.6km/hしか出せなかった。 このため、初期の近代化計画ではセンチュリオン戦車の動力装置を改良することに重点が置かれ、まず1972年に、ミーティア・エンジンをアメリカのテレダイン・コンティネンタル社製の出力810hpのガソリン・エンジンに換装し、変速機もデイヴィッド・ブラウン社製のZ51R手動変速機から、アメリカのアリソン社製の前進2段/後進1段の半自動変速機に変更する改修が実施された。 この改修を施したセンチュリオン戦車は「スコキアーン」と呼ばれ、さらに1974年にこのガソリン・エンジンを改良した車両が製作され、これは「セメル」または「センチュリオンMk.5A」と呼ばれた。 確かにスコキアーン戦車やセメル戦車は、センチュリオン戦車に比べれば多少マシになったが、動力装置限定の近代化であり、何より大出力ガソリン・エンジンでは燃費が悪く、センチュリオン戦車の最大の弱点である航続距離の短さは改善されなかった。 このため南アフリカ陸軍はさらに本格的な近代化改良型として、1976年から「オリファント」(Olifant:象)戦車の開発に乗り出した。 これは新規車種の開発ではなく、旧式化の進むセンチュリオンMk.3/Mk.5戦車とその改良型をさらに段階的に近代化改修するものであった。 オリファント戦車の最初の試作車は1976年に完成し、翌77年には2番目の試作車が完成した。 さらに1978年に3両目の試作車が完成し、最終的に「オリファントMk.1戦車」として南アフリカ陸軍の制式装備として採用された。 このオリファントMk.1戦車は、セメル戦車のサスペンションや砲塔駆動装置、視察装置などを部分改良したものであった。 しかしオリファント戦車が最終的に目指したものは、火力、機動力、装甲防御力の各部における可能な限りの強化で、続いて登場したオリファントMk.1A戦車では、主砲がイギリスの王立造兵廠製の51口径105mmライフル砲L7A1に換装され、動力装置はテレダイン・コンティネンタル社製のAVDS-1790-2A V型12気筒空冷ディーゼル・エンジン(出力750hp)と、アリソン社製のCD-850-6半自動変速機(前進2段/後進1段)の組み合わせとなって、火力と機動力が戦後第2世代MBTの水準にまで引き上げられた。 オリファントMk.1A戦車に導入されたL7系105mmライフル砲は、旧西ドイツのレオパルト1戦車やアメリカのM60戦車、日本の74式戦車など多くの西側第2世代MBTの主砲に採用された優秀な戦車砲で、APDS(装弾筒付徹甲弾)を使用した場合砲口初速1,470m/秒、有効射程距離1,800m、射距離1,000mで厚さ300mm以上のRHA(均質圧延装甲板)を貫徹することが可能であった。 南部アフリカで多く使用されている旧ソ連製のT-55中戦車やT-62中戦車はもちろん、新型のT-72戦車でも遠距離から撃破することが可能であった。 またエンジンが従来のガソリン機関からディーゼルに変更されたことにより、燃費が向上して航続距離が大幅に伸び、火災の危険性も減少した。 なお、センチュリオン戦車にL7系105mmライフル砲とAVDS-1790-2系ディーゼル・エンジンを搭載する改修はイスラエルがすでに実施しており、イスラエル軍ではこの改修車を「ショット・カル」もしくは「ベン=グリオン」と呼んでいた。 南アフリカとイスラエルは親密な軍事協力関係にあり、オリファントMk.1A戦車の実用化に際しては、イスラエルからベン=グリオン戦車の改修ノウハウの提供を受けたものと思われる。 オリファントMk.1A戦車にはこの他、砲塔左右側面のツール・ボックスの前への電気作動式81mm発煙弾発射機の装備、車長用キューポラと操縦手用ペリスコープへの暗視装置の装備、それに車長・砲手用にはより進歩した照準装置の導入(車長用がAFV No.4サイト、砲手用がAFV No.18サイト(倍率1倍/6倍))、車内燃料容量の増加が見られるなど外観の古めかしさを残しながらも、実質的な性能はセンチュリオン/セメル戦車から大きく向上している。 オリファントMk.1A戦車の改造生産は1983年から始まり、250両前後のセンチュリオン戦車が同車に改修されたと見られている。 オリファントMk.1A戦車は早くも1985年からアンゴラでの戦役に投入され、最前線では持ち前の戦闘力を発揮している。 1980年代後半期の実戦では特に路上で500km、路外でも240kmに及ぶようになった航続距離がMBT部隊の作戦行動範囲を大幅に拡大し、コンピューター化こそされてはいなかったが、レーザー測遠機と暗視装置を組み込んだ砲手用照準装置が予想を超える戦闘能力の向上をもたらしている。 特に1987年末にロンボ川沿いで行われたアンゴラ軍との戦闘では、アンゴラ軍が62両のT-54/T-55中戦車を失ったのに対し、オリファントMk.1A戦車の損害はわずか2両に過ぎなかった。 |
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●オリファントMk.1B戦車 南アフリカ陸軍とメーカーのロイメックOMC社ではこのオリファントMk.1A戦車の成功の後、同車から派生型として装甲回収車や装甲架橋車を開発しているが、その一方では1983年以降もオリファント戦車のさらなる強化を目指した近代化改修を推進している。 この発展型がオリファントMk.1B戦車で試作車は早くも1985年に完成し、その後5年余りに渡る各種の試験と開発を経て生産型は1991年の初頭に完成した。 オリファントMk.1B戦車の特徴は走行および動力装置、装甲、主砲とFCS(射撃統制システム)の全てが改修の対象とされたことで、それまでのセンチュリオン戦車とオリファント戦車を共に全面的に改造するものとなった。 各部の改修点を挙げると、走行装置ではそれまでのホルストマン式サスペンションがトーションバー式に変更されて、各転輪のトラベル長がそれまでの146mmから約3倍の435mmに増大し、路外における機動性が大幅に向上している。 また動力装置では、装甲防御力の強化で戦闘重量がオリファントMk.1A戦車の56tから58tに増大したのに伴って、エンジンが出力950hpのAVDS-1790-5 V型12気筒空冷ディーゼル・エンジンに強化され、路上最大速度はオリファントMk.1A戦車の45km/hから58km/hへと大幅に向上している。 これと共に変速機も二重差動式操向機と一体化した、南アフリカ国産のアムトラIII全自動変速機(前進4段/後進2段)に更新され、操縦性が改善されている。 装甲防御力では分厚いユニット型のパッシブ追加装甲が、車体の前面と前上面、砲塔の前面と左右側面、さらには砲塔上面の前半部に装着されて、オリファントMk.1A戦車までの外観を一変させた。 この追加装甲の内容は明らかにされていないが、イスラエル軍がマガフ戦車シリーズに用いている追加装甲と同様のものといわれており、防弾鋼板製のボックスの中にカーボン、セラミックなどの複合材を多層に封入した複合装甲と推測される。 オリファントMk.1B戦車では車体の左右側面にも7分割タイプのモジュール式サイドスカートが導入されており、トータルな装甲防御力が大幅に強化されていることは間違いない。 主砲の改修点は105mmライフル砲の砲身に新たにサーマル・スリーブが装備化され、砲身基部上には白色光/赤外線サーチライトが取り付け可能になった程度で、火力水準に変化は無い。 しかしFCSでは、車長と砲手用の照準機が共に新しい昼/夜間兼用の新型に更新された他、ソリッド・ステート化された砲制御装置も導入されて主砲の火力精度は確実に高まった。 弾薬の搭載数はオリファントMk.1A戦車の72発(主砲)・5,600発(7.62mm機関銃)から、68発(主砲)・5,000発(7.62mm機関銃)に減少しているが、FCS機能の向上がこれを埋め合わせており、新規に火災探知/自動消火装置が装備化されるなど車内の装備は全般的に向上している。 このオリファントMk.1B戦車はこれまでに1991年以降、50両近くが旧式化したセンチュリオン戦車とオリファント戦車の初期型から改造生産されており、南アフリカ陸軍のMBT戦力の質を大きくグレードアップした。 現在、南アフリカ陸軍は224両のオリファント戦車を保有(この内の約100両は予備装備として保管中)している。 オリファント戦車がこうした数次に渡る大掛かりな改修・改造に耐え得たのは、ベースとなった車両が元々頑丈で車体規模に余裕のあるセンチュリオン戦車だったためである。 しかし、その近代化もオリファントMk.1B戦車で事実上限界に近付いたといえ、今後には新規車種の導入が望まれている。 南アフリカ陸軍は現在オリファント戦車の後継MBTとして、イスラエル製のメルカヴァMk.III戦車やイギリス製のチャレンジャー2E戦車を導入することを検討しているといわれるが、一方で南アフリカの兵器メーカーであるLIW社はオリファントMk.1B戦車の能力向上プランとして、105mmライフル砲GT8もしくは同社製の120mm滑腔砲を装備し、進歩したFCSを搭載するオリファント2砲塔を南アフリカ陸軍に対して提案しており、これが実用化されればオリファント戦車は戦後第3世代MBTの仲間入りをすることも考えられる。 |
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<オリファントMk.1A戦車> 全長: 9.83m 車体長: 8.29m 全幅: 3.39m 全高: 2.94m 全備重量: 56.0t 乗員: 4名 エンジン: テレダイン・コンティネンタルAVDS-1790-2 4ストロークV型12気筒空冷ディーゼル 最大出力: 750hp/2,400rpm 最大速度: 45km/h 航続距離: 500km 武装: 51口径105mmライフル砲L7A1×1 (72発) 7.62mm機関銃FN-MAG×2 (5,600発) 装甲厚: |
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<オリファントMk.1B戦車> 全長: 10.20m 車体長: 8.61m 全幅: 3.42m 全高: 3.55m 全備重量: 58.0t 乗員: 4名 エンジン: テレダイン・コンティネンタルAVDS-1790-5 4ストロークV型12気筒空冷ディーゼル 最大出力: 950hp/2,400rpm 最大速度: 58km/h 航続距離: 500km 武装: 51口径105mmライフル砲L7A1×1 (68発) 7.62mm機関銃FN-MAG×2 (5,000発) 装甲: 複合装甲 |
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<オリファント2戦車> 全長: 車体長: 8.61m 全幅: 3.42m 全高: 3.50m 全備重量: 58.0t 乗員: 4名 エンジン: テレダイン・コンティネンタルAVDS-1790-5 4ストロークV型12気筒空冷ディーゼル 最大出力: 950hp/2,400rpm 最大速度: 58km/h 航続距離: 500km 武装: 52口径105mmライフル砲GT8 (69発)、または44口径120mm滑腔砲×1 (60発) 7.62mm機関銃FN-MAG×2 (5,000発) 装甲: 複合装甲 |
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<参考文献> ・「パンツァー2000年10月号 南アフリカが自力で育成したMBT オリファント・シリーズ」 河津幸英 著 アルゴノ ート社 ・「パンツァー2013年4月号 南アフリカ オリファント戦車の開発と近代化」 柘植優介 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2011年12月号 各国で使われたセンチュリオン戦車」 城島健二 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2003年1月号 近代化された第2世代MBT」 アルゴノート社 ・「パンツァー2003年2月号 海外ニュース」 アルゴノート社 ・「パンツァー2005年11月号 海外ニュース」 アルゴノート社 ・「世界のAFV 2021〜2022」 アルゴノート社 ・「グランドパワー2006年8月号 センチュリオン戦車(2) 改修過程と各型の特徴」 古是三春 著 ガリレオ出版 ・「グランドパワー2015年2月号 センチュリオン戦車シリーズ」 後藤仁 著 ガリレオ出版 ・「世界の戦闘車輌 2006〜2007」 ガリレオ出版 ・「戦車名鑑 1946〜2002 現用編」 コーエー ・「世界の最新陸上兵器 300」 成美堂出版 ・「新・世界の主力戦車カタログ」 三修社 |
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