ナメル装甲兵員輸送車 |
|||||
●開発 ナメル装甲兵員輸送車はイスラエル陸軍の主力MBTであるメルカヴァ戦車の唯一の派生型であり、世界で最も重装甲の装軌式APCである。 ちなみに「ナメル」(Namer)とはヘブライ語で「豹」を意味する単語であるが、ヘブライ語で「装甲兵員輸送車」を意味する「ナグマシュ」(Nagmash)と、ベースとなった「メルカヴァ」(Merkava)を掛けた造語の意味合いもあるといわれる。 イスラエル陸軍は第4次中東戦争直前の1972年から、アメリカ製の装軌式APCであるM113装甲兵員輸送車の導入を開始したが、同車の運用を続ける中で次第に防御力の不足が露呈するようになった。 このためM113に代わる新たな装軌式APCを求めるようになったイスラエル陸軍は検討を行った結果、MBTと同レベルの装甲防御力を備える重装軌式APCが必要との結論に達し、アメリカ製の装軌式IFVであるM2ブラッドリー歩兵戦闘車をベースに新型重APCの開発を行うことを計画した。 しかしM2歩兵戦闘車がベースではサスペンションが強度不足で、装甲の強化に伴う重量増加によって機動性能が大幅に低下することが判明したため、同車をベースとする新型重APCの開発は中止されることになった。 次に白羽の矢が立ったのがイスラエル初の国産MBTであるメルカヴァ戦車で、最初から高い装甲防御力を備える同車をベースとすれば追加装甲を施す必要は無く、またMBTと共通のコンポーネントを使用することで兵站の面でも有利であった。 メルカヴァ戦車をベースとする新型重APCの開発は1980年代初頭から開始され、初期型のメルカヴァMk.I戦車の車体を流用して4両の試作車が製作された。 本車には当初非公式に「ネメラ」(Nemmera:ヘブライ語で「雌豹」を意味する)という名称が与えられていたが、後に前述のとおり名称が「ナメル」に改められている。 当初の計画では当時イスラエル陸軍が保有していたメルカヴァMk.I戦車(約250両)の大部分を、このナメルAPCに改修することが予定されていた。 しかしナメルAPCはMBT並みの高い装甲防御力を備えている反面、改修コストもMBT並みに高いことから大量生産が難しく、イスラエル陸軍は限られた予算をメルカヴァ戦車の新規生産に回した方が得策であると判断し、ナメルAPCは一旦開発中止となった。 そこでイスラエル陸軍は新型重APCが開発されるまでの繋ぎとして、1960年代に各国から総計1,000両以上購入したイギリス製のセンチュリオン戦車シリーズをベースとした重APCを開発することを計画した。 イスラエル陸軍のセンチュリオン戦車シリーズは、主砲をイギリスの王立造兵廠製の51口径105mm戦車砲L7A1に換装して火力を強化しており、この改修型には「ショット」(Sho't:ヘブライ語で「鞭」を意味する)の名称が与えられていた。 ショット戦車は1960〜70年代のイスラエル陸軍の主力MBTであったが、その後にアメリカからM60戦車シリーズの導入が進み、さらに国産のメルカヴァ戦車が登場したことによって戦力としては二線級となったため、廃物利用という形で重APCに改修することが決定したのである。 ショット戦車をベースとする重APCには「ナグマショット」の名称が与えられ、1983年から運用が開始された。 ナグマショットAPCの運用によってMBTベースの重APCの有用性を確認したイスラエル陸軍は引き続いて、中東戦争においてアラブ諸国から数百両鹵獲したソ連製のT-54/T-55中戦車シリーズ(イスラエル名:チラン)をベースとした重APCの開発に着手した。 チラン戦車シリーズをベースとする重APCには「アフザリート」(Achzarit:ヘブライ語で「冷酷な淑女」を意味する)の名称が与えられ、イスラエル陸軍は1990年から運用を開始している。 イスラエル陸軍は他にも旧式化したMBTを廃物利用する形でナグマフォンやナクパドンなどの重APCを生み出し、MBT改造の重APCを合計1,000両以上運用するようになった。 しかし2004年のガザ侵攻において、これらのMBT改造の重APCはパレスチナ・ゲリラの装備する携帯式対戦車兵器に対して防御力不足を露呈した。 このためイスラエル陸軍はより高い防御力を備えるナメルAPCの必要性を再確認し、本車の開発を再開した。 2005年2月には退役したメルカヴァMk.I戦車の車体を流用して製作されたナメルAPCの試作車が完成し、イスラエル陸軍による各種試験に供された後、2006年6月にフランスで開催された兵器展示会「ユーロサトリ2006」において公開された。 同時期に開始されたレバノン侵攻で得られた戦訓も加味してナメルAPCの試作車は改良が続けられ、イスラエル陸軍は旧式化したメルカヴァMk.I/Mk.II戦車をナメルAPCに改修し2個旅団に導入することを決定した。 2008年には最初の15両の生産型ナメルAPCがイスラエル陸軍に引き渡され、最終的に100両以上のメルカヴァMk.I/Mk.II戦車がナメルAPCに改修された。 さらにイスラエル陸軍は、最新型のメルカヴァMk.IV戦車の車体をベースとする「ナメルIV」APCを2010年までに800両調達することを計画し、2008年9月15日にリション・レジオンで開催された市民向けのエキシビションでナメルIVの試作車が一般公開された。 こうして誕生したナメルIVは、ゴラニ旅団(最初に本車を受領した部隊)に配属されていた2両が2008年からガザ地区に投入されていたのが最初の実戦参加で、2009年2月まで同地で戦闘任務に従事していた。 その後2012年までにイスラエル陸軍は200両のナメルIVを導入しており、現時点であと50両、総計で250両の配備が決まっているようである。 一方でイスラエル陸軍としては300両程度の調達を希望しているようで、現在もナメルIVの生産は続いている。 なおナメルIVの派生型として内部の兵員室のレイアウトを変更し、そこに担架2床と衛生兵、そして応急救護機材を搭載できるようにした「メディバック」と呼ばれるタイプも存在する。 さらに計画段階ではあるが、ラファエル社とエルタ社が共同開発した「トロフィー」(Trophy:ヘブライ語で「ウィンドブレーカー」を意味する)と呼ばれる車両用APS(アクティブ防御システム)をナメルIVに搭載するプランも立てられている。 |
|||||
●構造 ナメルAPCの基本構造はベースとなったメルカヴァ戦車から砲塔を取り外し、車体上面の開口部を塞いで代わりにラファエル社製のサムソンRWS(遠隔操作式武装ステイション)および、車長用と銃手用のキューポラを設けたものとなっている。 居住性を改善するためにナメルAPCの車体上面はメルカヴァ戦車より嵩上げされているが、避弾経始を考慮して車体左右側面の上部は傾斜面とされている。 トップアタック方式の対戦車兵器等への対策として車体上面と左右側面上部には複合装甲が導入されており、複合装甲の一部はモジュール式になっているため被弾した際に容易に交換が可能である。 サイドスカートは、メルカヴァMk.II戦車後期型以降と同じく複合装甲製の分厚いものが装着されている。 ナメルAPCの固有の乗員は車長、操縦手、RWSの操作を行う銃手の3名で、車体後部の兵員室には9名の完全武装歩兵を収容することができる。 車体前部右側にパワーパックを搭載した機関室を配しているため、操縦手は車体前部左側に位置し、その後方に車長、車長の右側に銃手が位置している。 車長と銃手にはそれぞれ周囲にペリスコープを備えたキューポラが用意されているが、車体前面の防御力を強化するために操縦手用のハッチは設けられていない。 操縦手の視界は、頭上に設けられたペリスコープから得るようになっている。 車体後部の兵員室内には左右側面に各4基ずつ独立したシートが設けられており、さらに予備として1名分の折り畳み式シートが備えられている。 対戦車地雷等への対策としてシートは天井からの吊り下げ式となっており、床に固定されていない。 兵員室の後面中央には乗降用のランプドアが設けられているが、M113APCなどに比べるとナメルAPCのランプドアは幅が非常に狭いのが特徴である。 これは防御力の強化を優先したためで、ランプドアの左右は空間装甲を兼ねた張り出し部となっており、この張り出し部の下面にエンジンの排気グリルが設けられている。 こうして排気グリルを保護することで赤外線探知を受け難くし、火焔瓶による攻撃にも対処している。 ナメルAPCの武装は、RWSに12.7mm重機関銃M2または40mm自動擲弾発射機Mk.19が1挺装備される他、車長用キューポラ前方のピントルマウントに7.62mm機関銃FN-MAGを1挺装備している。 ベースとなったメルカヴァ戦車と同じく対歩兵用の60mm迫撃砲も装備しているが、これはメルカヴァMk.II戦車以降と同様に車内から操作できるようになっている。 また車体左右側面上部の後方には、6連装の60mm発煙弾発射機をそれぞれ装備している。 ナメルAPCのパワーパックは、メルカヴァMk.III戦車と同じくアメリカのテレダイン・コンティネンタル社(現L-3 CPS社)製のAVDS-1790-9AR V型12気筒空冷ターボチャージド・ディーゼル・エンジン(出力1,200hp)と、AAI社(Ashot Ashkelon Industries:アショット・アシュケロン工業)製の電子制御式自動変速機(前進4段/後進2段)を組み合わせている。 ナメルは戦闘重量62tとAPCとしては異例の大重量であるが、この強力なパワーパックによって路上最大速度60km/h、路上航続距離500kmの高い機動性能を発揮する。 ナメルAPCのサスペンションはメルカヴァMk.III/Mk.IV戦車と同様の方式で、一対の同軸コイル・スプリングとトレイリング・アームを組み合わせた独立懸架システムが採用されている。 このサスペンション方式はイスラエル独特のもので、他国の多くのMBTに採用されているトーションバー(捩り棒)方式に比べてトレイリング・アームのトラベル長が大きく、頑丈なコイル・スプリングを用いているため大重量の車両に適しているといわれる。 またAPCとMBTでサスペンションを共通化することは、兵站の面でも有利である。 |
|||||
<ナメル装甲兵員輸送車> 全長: 7.60m 全幅: 3.70m 全高: 2.50m 全備重量: 62.0t 乗員: 3名 兵員: 9名 エンジン: テレダイン・コンティネンタルAVDS-1790-9AR 4ストロークV型12気筒空冷ターボチャージド・ディーゼ ル 最大出力: 1,200hp/2,400rpm 最大速度: 60km/h 航続距離: 500km 武装: 12.7mm重機関銃M2または40mm自動擲弾発射機Mk.19×1 7.62mm機関銃FN-MAG×1 13.3口径60mm迫撃砲C04×1 装甲: 複合装甲 |
|||||
<参考文献> ・「グランドパワー2007年10月号 イスラエル軍戦車 メルカバ(4)」 一戸崇雄 著 ガリレオ出版 ・「世界の戦闘車輌 2006〜2007」 ガリレオ出版 ・「パンツァー2014年6月号 イスラエルの戦車改造重APC」 柘植優介 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2013年10月号 イスラエル国防軍の現状」 永井忠弘 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2023年12月号 メルカバ戦車最新情報」 毒島刀也 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2005年6月号 今月のトピックス」 アルゴノート社 ・「パンツァー2009年11月号 今月のトピックス」 アルゴノート社 ・「パンツァー2004年8月号 海外ニュース」 アルゴノート社 ・「パンツァー2017年10月号 軍事ニュース」 アルゴノート社 ・「パンツァー2023年9月号 軍事ニュース」 荒木雅也 著 アルゴノート社 ・「ウォーマシン・レポート35 イスラエル軍のAFV 1948〜2014」 アルゴノート社 ・「ウォーマシン・レポート46 中東最強のMBT メルカバ戦車」 アルゴノート社 ・「世界のAFV 2021〜2022」 アルゴノート社 ・「10式戦車と次世代大型戦闘車」 ジャパン・ミリタリー・レビュー ・「世界の戦車パーフェクトBOOK」 コスミック出版 |
|||||
関連商品 |