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ナグマフォン装甲兵員輸送車





●開発

イスラエル陸軍は1980年代初頭に、すでに戦力としては二線級の存在であったイギリス製のセンチュリオン戦車シリーズ(イスラエル名:ショット)をベースに、廃物利用という形で装軌式の重APCを開発することを計画した。
こうして誕生したのが、「ナグマショット」(Nagmasho't)APCである。
ちなみに「ナグマショット」とはヘブライ語で「装甲兵員輸送車」を意味する「ナグマシュ」(Nagmash)と、ベースとなった「ショット」(Sho't:ヘブライ語で「鞭」を意味する)戦車を掛けた造語である。

ナグマショットAPCは少数がショット戦車から改造生産され、1983年からイスラエル陸軍による運用が開始された。
ナグマショットAPCはベースとなったショット戦車と同様に車体後部にパワーパックを搭載しているため、M113APCのように車体後部に兵員の乗降に用いるランプドアを設けることができなかった。

このため歩兵部隊では使い難いということで主に工兵部隊で運用されたが、同車は装甲の厚いMBTをベースとしているため通常のAPCに比べて防御力が非常に高く、敵MBTの戦車砲から発射される徹甲弾や、敵歩兵やゲリラが使用する携帯式対戦車兵器に対して高い生残性を示した。
こうして、ナグマショットAPCの運用によってMBTベースの重APCの有用性を確認したイスラエル陸軍は、旧式化したMBTをベースとする重APCを大量生産することを決定した。

そしてナグマショットAPCの次に開発されたのが、この「ナグマフォン」(Nagmachon)APCである。
最初にナグマフォンAPCのベース車体として選ばれたのは、ショット戦車と同様にすでに戦力としては二線級の存在であったアメリカ製のM48戦車シリーズ(イスラエル名:マガフ)であった。
マガフ戦車のナグマフォンAPCへの改造要領は基本的にナグマショットAPCと同様で、マガフ戦車から砲塔を取り外して代わりにオープントップの上部構造物を設け、車体中央部の戦闘室を兵員室に改装していた。

ただしナグマショットAPCとは違い、ナグマフォンAPCは1987年のパレスチナにおける民衆蜂起(第1次インティファーダ)以降の暴動鎮圧用の警備用装甲車として設計されたため、兵員室上部に設置された構造物が背の高いものに変更されて見通しがきくようになっているのが特徴で、さらにその上には防弾ガラス製の監視窓を備えた背の高い防弾板が四方に立てられており、その脇には7.62mm機関銃FN-MAGを据え付けるためのピントルマウントも装備していた。

前述のとおり初期型のナグマフォンAPCはマガフ戦車をベース車体として用いていたが、後期型ではベース車体をショット戦車に変更している。
ただしベース車体が変更されただけで、初期型と後期型では基本的な構造に変化は無い。
しかし、初期型のナグマフォンAPCは後期型に比べて地雷やIED(即席爆発装置)に対して抗堪性が低いことが露呈したため、現在は使用されていない。

その後、ナグマフォンAPCは運用経験から得られた戦訓を基に大規模な改良が施されている。
ナグマフォンAPCの上部構造物はオープントップで各防弾板の間には隙間があり、なおかつ機関銃を撃つためには搭乗兵員は防弾板の隙間から身体を出さなければならず、兵員の安全性に問題があったことからその後、構造物の上部に塔状の密閉式戦闘室が設けられるようになった。

これにより防弾板と防弾ガラスで守られた戦闘室内から、搭乗兵員が安全に周囲の警戒を行えるように考慮されている。
この箱型の密閉式戦闘室を持つ改良型のナグマフォンAPCは、その異様な外観からヘブライ語で「怪物」を意味する「ミフレシェット」(Mifletset)という別称を持っている。


●構造

前述のようにナグマフォンAPCは、旧式化して不要になったマガフ戦車やショット戦車の砲塔を取り外して、代わりにオープントップの上部構造物を設置し、戦闘室であった車体中央部を10名の兵員を収容する兵員室に改修して製作された。
また後に戦訓により、構造物の上部に塔状の密閉式戦闘室が設けられるようになった。

この戦闘室は「犬小屋」(Doghouse)と呼ばれる巨大な箱型をしており、戦闘室の四方には防弾ガラス製の監視窓が備えられている。
また戦闘室の周囲にはボールマウントを介して、2〜4挺の7.62mm機関銃FN-MAGが装備されている。
さらに一部の車両では敵歩兵やゲリラが装備する携帯式対戦車兵器への対処として、戦闘室の周囲を格子装甲(スラット・アーマー)で取り囲んでいるものも見られる。

ナグマフォンAPCのパワーパックは、ベースとなったマガフ戦車やショット戦車に搭載されていたものを流用している。
マガフ戦車やショット戦車は元々搭載されていたパワーパックに代えて、M60戦車シリーズと共通のアメリカ製パワーパック(コンティネンタル社製のAVDS-1790-2A V型12気筒空冷ディーゼル・エンジン(出力750hp)と、アリソン社製のCD-850-6クロスドライブ式自動変速機(前進2段/後進1段)の組み合わせ)に換装していた。

ナグマフォンAPCも引き続きこのアメリカ製パワーパックを採用しており、戦闘重量52tとMBT並みの大重量の車両でありながら、路上最大速度45km/h、路上航続距離500kmの機動性能を発揮する。
ただしベースとなったマガフ戦車やショット戦車と同様に車体後部にパワーパックを搭載しているため、M113APCのように車体後部に兵員の乗降に用いるランプドアを設けることができず、兵員は敵に狙撃される危険を承知で車体上面のハッチから乗降しなければならない。

ナグマフォンAPCの車体はショット戦車ベースの後期型の場合、圧延防弾鋼板の全溶接構造となっており、車体前面は装甲厚76mm(センチュリオンMk.9戦車以降がベースの場合は118mm)、傾斜角55度という強固な防御力を誇っている。
さらにナグマフォンAPCは携帯式対戦車兵器への対処として、世界初の実用ERA(爆発反応装甲)である「ブレイザー」(Blazer:ブレザーコート)装甲パッケージを車体の主要部に取り付けている。

またナグマフォンAPCは足周りを防護するために、複合装甲製の分厚いサイドスカートを装着しているのが特徴である。
このサイドスカートは7分割式で特に前方の4枚が分厚く、ここには複合装甲に加えてERAが導入されている。
後方の3枚のサイドスカートは垂直に跳ね上げることが可能で、兵員が乗降する際に敵の弾を防ぐ盾として用いることが可能である。


<ナグマフォン装甲兵員輸送車>

全長:    7.84m
全幅:    3.38m
全高:    
全備重量: 52.0t
乗員:    2名
兵員:    10名
エンジン:  コンティネンタルAVDS-1790-2A 4ストロークV型12気筒空冷ターボチャージド・ディーゼル
最大出力: 750hp/2,400rpm
最大速度: 45km/h
航続距離: 500km
武装:    7.62mm機関銃FN-MAG×2〜4
装甲厚:  


<参考文献>

・「世界の戦車イラストレイテッド33 イスラエル軍現用戦車と兵員輸送車 1985〜2004」 マーシュ・ゲルバート 著
 大日本絵画
・「パンツァー2008年11月号 ユニークなイスラエルの戦車改造重装甲車輌」 荒木雅也 著  アルゴノート社
・「パンツァー2002年10月号 イスラエル軍の市街戦用装甲車輌」 古是三春 著  アルゴノート社
・「パンツァー2014年6月号 イスラエルの戦車改造重APC」 柘植優介 著  アルゴノート社
・「パンツァー2013年10月号 イスラエル国防軍の現状」 永井忠弘 著  アルゴノート社
・「ウォーマシン・レポート18 メルカバとイスラエルMBT」  アルゴノート社
・「ウォーマシン・レポート35 イスラエル軍のAFV 1948〜2014」  アルゴノート社
・「なんでこうなった!? 誰が考えた!? 世界の珍兵器大全」 ストロー=クーゲルスタイン 著  KADOKAWA
・「10式戦車と次世代大型戦闘車」  ジャパン・ミリタリー・レビュー
・「本当にあった! 特殊兵器大図鑑」 横山雅司 著  彩図社
・「世界の装軌装甲車カタログ」  三修社

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