●M270 MLRS自走多連装ロケット・システム MLRSは旧式化したM110 8インチ自走榴弾砲に代わって、アメリカ陸軍の長距離火力支援兵器の主力として用いられている自走多連装ロケット・システムである。 MLRSの開発は、1971年にアメリカ陸軍が広域制圧兵器に対する研究を開始したことから始まった。 この背景には、ヨーロッパで戦端が開かれた場合戦車数で大きく差が付くNATO軍を、長大な射程を有する火力支援兵器で援助しようという構想があった。 1974年には「GSRS」(General Support Rocket System:全般支援ロケット・システム)計画に発展し、1976年3月に5社に対して開発提案が出され、ヴォート社(現LTV社)とボーイング社の2社による競争試作により開発が進められて最終的に1980年4月、LTV社の案が選定されて生産に入ることになった。 これに先立つ1978年には西ドイツ、イギリス、フランスも計画へ参入、1982年にはイタリアも加わり、NATO主要国がそれぞれ生産と開発を行うことになった。 また名称も、「MLRS」(Multiple Launch Rocket System:多連装ロケット・システム)と変更された。 MLRS開発の第1フェイズは自走発射機と基本となるロケット弾でアメリカが開発を担当し、第2フェイズは西ドイツとアメリカによるAT2散布地雷収容型ロケット弾の開発、そして第3フェイズは上空炸裂型終末誘導弾頭装備のロケット弾の開発となっていた。 当初、アメリカ陸軍では339両のMLRS自走発射機の装備が計画されていたがその後491両に増やされ、さらにロケット弾26万2,832発と訓練弾2万7,648発、弾薬補給車480両が発注されたが、その後も継続して発注がなされ自走発射機は800両に増加している。 MLRSは、1983年からアメリカ陸軍への配備が開始されている。 また1989年には、MLRSの生産を目的として新設されたMLRSヨーロッパ生産会社がヨーロッパ向けMLRSの生産を開始している。 1991年の湾岸戦争において米英軍は201両のMLRSを初めて実戦で使用し、期待を超える絶大な破壊力を見せ付けた。 イラク軍はその一斉射撃を「スティール・レイン」(鋼鉄の雨)と呼び、その攻撃を恐れて多くのイラク兵が降伏した。 実戦において価値が認められたMLRSは1システムだけで約15億円と値段が高いにも関わらず、日本、韓国を含む14カ国が購入している。 日本では日産自動車(2000年以降は石川島播磨重工業)がライセンス生産を行っており、陸上自衛隊には1992年度から導入され、主に方面隊直轄の野戦特科大隊に配備が進められている。 1997年までのMLRSの調達数はアメリカが857両、ドイツが150両、日本が81両、イギリスが63両、フランスが55両となっている。 MLRSはM270自走発射機と、M26 227mmロケット弾から構成されている。 自走発射機は「AVMRL」(Armored Vehicle -Mounted Rocket Launcher:装甲車搭載ロケット・ランチャー)と呼ばれるもので、M2ブラッドリー歩兵戦闘車の車体をベースに開発され、車体前部には機関系と装甲キャビンを配し、車体後部に227mmロケット弾を6発装填したコンテナ2個を収めるボックス型旋回発射機が搭載されている。 自走発射機の車体は防弾アルミ板の溶接構造で、装甲キャビンは小銃弾および榴弾の破片に耐える装甲が施されており、与圧式換気装置/NBC防護装置を完備している。 キャビンの内部には左から順に操縦手、射撃手、車長の席が設けられ、発射統制ユニット、遠隔発射ユニット、統制表示パネル、航法装置から成るFCS(射撃統制システム)を備える。 車体後部に搭載されているロケット弾の旋回発射機は左右各97度ずつの限定旋回式となっており、0〜+60度の仰角を取ることができる。 ロケット弾の発射間隔は4.5秒ごととされ、全弾発射後の再装填はわずか93秒で終了する。 M26 227mmロケット弾は全長3.94m、発射重量308kg、弾頭重量159kg、最大射程32km、弾頭に644個のM77子爆弾(対人・対物用)を収容している。 MLRSは大量の子爆弾を目標上空にばらまいて一網打尽にするやり方で、誘導の無いロケット弾の不正確さをカバーしているのである。 12発のロケット弾がばらまく子爆弾の数は、7,728発に達する。 しかも、1発の子爆弾(重量230g)は約200m×100mの範囲を制圧することができる。 車両等を直撃した場合には、厚さ40mmのRHA(均質圧延装甲板)を貫徹できる。 また子爆弾にはドイツのダイナマイト・ノーベル社製のAT2(対戦車地雷)もあり、ロケット弾には28発入っている。 これは一種の空中散布地雷であり、厚さ140mmのRHAを貫徹する炸裂力を有する。 現在、MLRSはさらにシステムの近代化が続いている。 改良されたM26A1 227mmロケット弾は、45kmの最大射程を実現している。 ただしロケット・モーターを大きくしたため、子爆弾の収容数は518発に減らさざるを得なかった。 さらに、低価格のGPS(Global Positioning System:衛星位置測定装置)を装備してより正確な飛翔を制御する「誘導MLRS」と呼ばれるロケット弾の開発も行われている。 また自走発射機も、「M270A1」と呼ばれる改良型が登場している。 M270A1自走発射機ではFCSが近代化されると共に、発射機のメカニズムの改良でロケット弾の再装填時間が従来の93秒から16秒へと大幅に短縮されている。 |
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●MGM-140 ATACMS地対地ミサイル・システム 現在アメリカ陸軍が戦場で使える射程距離100km超級の地対地ミサイルは、MLRSのM270自走発射機から発射されるMGM-140 「ATACMS」(Army Tactical Missile System:陸軍戦術ミサイル・システム)ただ1つとなっている。 そして、このずんぐりした形状の地対地ミサイルは1991年の湾岸戦争において32発が初めて実戦デビューし、100km以上奥地のイラク軍ミサイル陣地や補給・指揮施設をことごとく破壊したという。 ただし、ATACMS大隊(27両のM270自走発射機)はミサイルの射程が普通の砲兵に比べて5倍以上も長いため、単独では任務が果たせない。 何しろ、敵の居所が分からなければ攻撃のしようが無いからである。 そこでATACMS大隊は、E-8対地電子情報偵察機などの長距離偵察手段から正確な目標情報の提供を受けて作戦を遂行する。 湾岸戦争で使われたATACMS地対地ミサイルは、「ブロックI」と呼ばれる。 ミサイルのサイズは全長3.97m、直径0.61m、発射重量1,672kg、弾頭重量561kg、そして最大射程は140〜165kmに達する。 M270自走発射機には、M26 227mmロケット弾12発の代わりにATACMSミサイル2発が装填される。 目標に対する誘導は、慣性誘導システムにより行う。 ブロックIの弾頭には、M74子爆弾が950個収容されている。 この子爆弾はテニスボールより一回り小さいが、炸裂により880個の鋭利で高熱の破片が飛び散り、半径15m内の人や施設を加害する。 また、1発のATACMSミサイルが炸裂した場合の加害範囲は500m×500mに及び、ミサイル2発を使えば敵が布陣する1km正面の地域を制圧できる。 ATACMS地対地ミサイルは非常に将来への発展性が大きいため、現在改良・発達型の開発計画が推進中である。 「ブロックIA」は軽量化によって最大射程を330kmに大拡張するタイプで、その代わりM74子爆弾の収容数は310個に減らされている。 ただ最大射程が延びたことによって命中精度が落ちないよう、誘導装置には慣性航法装置に加えて飛翔中の誤差を修正するGPSが組み込まれている。 「ブロックII」はブロックIが人員や施設を標的にしていたのに対し、移動中の戦車や装甲車両を狙い撃つためのミサイルである(有効射程は25〜140km)。 そのため弾頭部には自由落下型の子爆弾の代わりに、ノースロップ・グラマン社製の「BAT」(Brilliant Anti-armor Technology submunition:ブリリアント対装甲誘導弾)を13発収容している。 BATは翼幅0.914m、直径0.14m、重量20kgの奇怪な形をした滑空型誘導子爆弾で、弾頭の赤外線センサー(IRシーカー)と4本のプローブ型音響センサーによって敵戦車を探知し攻撃する。 「ブロックIIA」は最大射程を300kmに延ばしたタイプで、改良型のBATを6発搭載している。 このBATは音響センサーの代わりに、精度の高い小型ミリ波シーカーを採用した全天候タイプである。 さらに、「ブロックIII」と呼ばれる新型ミサイルの開発が続けられている(最大射程は160km程度)。 これはイラクや北朝鮮にあるような地下施設や、硬目標を破壊するための地中侵徹弾頭タイプだという。 また、最大射程を500km級に拡張した「ブロックIIIB」の開発も予定されている。 |
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<M270自走発射機> 全長: 6.972m 全幅: 2.972m 全高: 2.591m 全備重量: 24.036t 乗員: 3名 エンジン: カミンズVTA903-T500 4ストロークV型8気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル 最大出力: 500hp/2,600rpm 最大速度: 64.37km/h 航続距離: 483km 武装: 12連装227mmロケット弾発射機×1 (12発) 装甲厚: |
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<参考文献> ・「パンツァー2014年6月号 ロケット砲の概念を塗り替えたMLRS」 前河原雄太 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2005年9月号 MLRSの発展と最近のバリエーション」 藤井久 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2011年6月号 MLRSの運用法を考える」 前河原雄太 著 アルゴノート社 ・「世界のAFV 2021〜2022」 アルゴノート社 ・「グランドパワー2018年2月号 戦後の米軍装甲兵員輸送車」 後藤仁 著 ガリレオ出版 ・「世界の戦闘車輌 2006〜2007」 ガリレオ出版 ・「世界の軍用車輌(2) 装軌式自走砲:1946〜2000」 デルタ出版 ・「大図解 世界のミサイル・ロケット兵器」 坂本明 著 グリーンアロー出版社 ・「世界の主力戦闘車」 ジェイソン・ターナー 著 三修社 ・「世界の最新兵器カタログ 陸軍編」 三修社 ・「世界の装軌装甲車カタログ」 三修社 ・「世界の最強陸上兵器 BEST100」 成美堂出版 ・「最新陸上兵器図鑑 21世紀兵器体系」 学研 ・「新版 ミサイル事典」 小都元 著 新紀元社 ・「戦車名鑑 1946〜2002 現用編」 コーエー |
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