●メルカヴァ戦車の開発 中東戦争の経緯の中でソ連製の新型MBTで増強されるアラブ諸国の機甲兵力に対抗するため、イスラエルはイギリスが旧式化したセンチュリオン戦車シリーズの後継として開発を進めていた新型MBTチーフテンを導入することを決定し、1966年にイギリスとの間で軍事協定が締結された。 このチーフテン戦車の導入計画については、元々イギリス側がイスラエルに提案したものであった。 イギリスはユダヤ財界にチーフテン戦車の開発資金を援助してもらう代わりに、イスラエルに対してチーフテン戦車の開発最終段階に参加することを許可し、イスラエル国内でのチーフテン戦車のライセンス生産も認めた。 しかし1967年6月5日に勃発した第3次中東戦争(6日戦争)においてイスラエルが大勝利を収めた後、危機感を強めたアラブ諸国がイギリスに対して政治的圧力を掛けた結果、イギリスはチーフテン戦車に関するイスラエルとの軍事協定を1969年に一方的に破棄し、イスラエルはチーフテン戦車を導入することができなくなってしまった。 さらにイギリス国防省がアメリカ国防省に対してイスラエルにいかなる戦車も売らないように圧力を掛けたため、イスラエルはアメリカから新型MBTを導入することもできなくなった。 またフランスもアラブ諸国の政治的圧力によりイスラエルへの武器売却を禁止し、すでに代金の支払いがなされていたミラージュ戦闘機などの兵器の引き渡しも拒否した。 こうして西側先進国からの戦車購入が不可能な状態に陥ってしまったイスラエルは、最終的に新型MBTを国産開発することを決断した。 1970年8月にイスラエル財務省は新型MBTを1両当たり90万6000イスラエルリラで約300両開発・生産することを了承し、同年10月には新型MBTの要求仕様が決定された。 新型MBTの開発はイスラエル陸軍機甲部隊創設の立役者で第7機甲旅団長を務めたイスラエル・タル少将の指揮の下に進められたが、6日戦争の経験から戦車は機動力では防御力を代替できないという結論が下されたため、新型MBTは防御力を最優先に開発を行うこととされた。 1971年4月には新型MBTの実物大モックアップが完成し、1972年にはイスラエル陸軍が保有するセンチュリオン戦車を改造してパワーパックを車体前部に搭載する試験車両が製作された。 1973年10月6日には第4次中東戦争(ヨム・キプール戦争)が勃発し、この戦争においてイスラエル陸軍機甲部隊はアラブ諸国軍が装備するソ連製のRPG-7携帯式対戦車ロケットや、9M14マリュートカ対戦車ミサイルにより大きな損害を受けた。 イスラエル軍は圧倒的な戦力を持つアラブ諸国軍に対し多大な損害を出しながらも必死で応戦し、当初劣勢だった戦局を何とか停戦に持ち込んだが、この戦争で600両以上の戦車と1,500名以上の戦車兵を失った。 人口の少ないイスラエルにとって錬度の高い戦車兵を1,500名も失ったことは重大な損失であり、この経験から新型MBTは他の性能を犠牲にしてでも乗員の生残性を最も重視した設計にすることが求められた。 1974年には新型MBTの最初の試作車2両が完成し、同年7月から各種試験に供された。 試験の結果が満足すべきものであったため、本車は「メルカヴァ」(Merkava)の名称でイスラエル陸軍に制式採用されることが決定し、1976年から先行生産型の製作が開始された。 ちなみに「メルカヴァ」とは、ヘブライ語で古代の戦闘用馬車である「チャリオット」(Chariot)のことを意味する。 まさにメルカヴァ戦車は、現代に蘇ったチャリオットというわけである。 1977年5月にイスラエル政府は新型MBTメルカヴァの試作が完了し、すでに40両の量産が開始されていることを公表した。 |
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●メルカヴァMk.I戦車 メルカヴァ戦車シリーズの最初の生産型であるメルカヴァMk.I戦車は1979年からイスラエル陸軍への引き渡しが開始され、同年4月から第7機甲旅団への配備が進められた。 メルカヴァMk.I戦車は同年5月14日に首都イェルサレムで開催された独立記念式典において初めて一般公開され、1982年6月6日に開始されたレバノン侵攻(ガリラヤの平和作戦)から実戦に参加している。 メルカヴァ戦車は他国のMBTと異なる様々なユニークなコンセプトを持っており、特に乗員の生残性を高めることに重点を置いている。 世界的にMBTのパワーパックは被弾確率を下げるため車体後部に搭載するのが主流になっているが、メルカヴァ戦車では逆に被弾し易い車体前部にパワーパックを搭載している。 これは乗員の生残性を重視したためで、エンジンや変速・操向機さえも乗員を守る装甲の一部として積極的に利用しようという考え方に基づく。 パワーパックは車体前部右側に配置されており、反対の前部左側は操縦室となっている。 パワーパックが前部に搭載されている関係で起動輪の配置についても、世界的にリアドライブ方式が主流であるのに反してメルカヴァ戦車はフロントドライブ方式を採用している。 メルカヴァMk.I戦車の走行装置は、イスラエル陸軍がイギリスから導入したセンチュリオン戦車シリーズに用いられていた走行装置の構造を踏襲しており、「ホルストマン式」と呼ばれる縦置きコイル・スプリングとボギーで転輪を2個一組で懸架するサスペンション方式を採用している。 ホルストマン式サスペンションは他国のMBTに広く採用されているトーションバー式サスペンションに比べると緩衝性能はやや劣るが、トーションバーのように車内スペースを占有せず交換も容易であるという長所がある。 メルカヴァMk.I戦車は転輪配置についてもセンチュリオン戦車シリーズの配置を踏襲しており、片側6個の転輪と5個の上部支持輪を組み合わせている。 転輪は直径790mmのゴム縁付きの複列式で、軽量化のために防弾鋼をプレス成型したものが用いられている。 上部支持輪は3個が転輪を支持する3個のボギーの上部にそれぞれ取り付けられており、これらは履帯センターガイドの内側を支持している。 残りの2個の上部支持輪は各ボギーの中間の位置に取り付けられており、第2ボギーと第3ボギーの間にあるものは大型の複列式で、もう1つはボギー上部のものと同じ形状である。 メルカヴァ戦車の履帯はウルダン工業が開発したシングルピン式の高マンガン鋳鋼製のもので、他国のMBTの履帯と異なり路面を保護するためのゴムパッドは装着されていない。 メルカヴァMk.I戦車のエンジンは、アメリカのテレダイン・コンティネンタル社(現L-3 CPS社)製のAVDS-1790-5A V型12気筒空冷ターボチャージド・ディーゼル・エンジン(出力908hp)が搭載されている。 変速機はアメリカのアリソン社製のCD-850-6Aクロスドライブ式自動変速機の国産改良型である、CD-850-6BXクロスドライブ式自動変速機(前進2段/後進1段)が採用されている。 これらはイスラエル陸軍が装備するアメリカ製のM48/M60戦車シリーズに搭載されているものと同系列のものであり、整備上のメリットは大きい。 メルカヴァ戦車の車体中央部は全周旋回式砲塔を搭載した戦闘室となっているが、戦闘室と前方の機関室の間には装甲隔壁が設けられ、さらに隔壁の前方にディーゼル油を充填した燃料タンクを設置して成形炸薬弾に対する防御力を高めており、徹底して乗員の生残性を重視した設計になっている。 メルカヴァ戦車の砲塔は被弾確率の低減と避弾経始を考慮してコンパクトな楔形の形状に設計されており、車体前部にパワーパックが配置されている関係で車体中央よりやや後ろ寄りに搭載されている。 メルカヴァMk.I戦車の主砲はM60戦車シリーズに装備されているアメリカ製の51口径105mmライフル砲M68(イギリスの王立造兵廠製のL7の改修型)をベースに、IMI社(Israel Military Industries:イスラエル軍事工業)で国産化したものを装備している。 L7系105mmライフル砲は西側の戦後第2世代MBTの標準武装ともいえるもので、メルカヴァ戦車やM60戦車以外にイギリスのセンチュリオン戦車、西ドイツのレオパルト1戦車、日本の74式戦車などにも採用されている。 この砲は非常に低伸弾道性(曲がらず直進すること)と装甲貫徹力に優れており、この砲を搭載したメルカヴァ戦車やM60戦車、センチュリオン戦車を運用したイスラエル陸軍は「これ以上威力の大きい戦車砲は不要である」という評価を与えて絶賛している。 またIMI社は1978年に本家イギリスに先駆けてL7系105mmライフル砲用のAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)を開発しており、これは「M111」の名称でイスラエル陸軍に制式採用された。 APFSDSは従来のAPDS(装弾筒付徹甲弾)のように主砲内壁のライフリングによって砲弾に回転を与えて弾道を安定させるのではなく、砲弾の外周に装着したスリップリングによって砲弾を回転させないようにする代わりに、砲弾の弾芯に装着した安定翼によって弾道を安定させるようになっている。 APFSDSは発射時に砲弾に掛かる抵抗が小さいためAPDSより大きな運動エネルギーを得ることができ、装甲貫徹力を向上させることができる。 L7系105mmライフル砲でイギリス製のL28 APDSを発射した場合砲口初速1,478m/秒、射距離1,000mで240mm厚のRHA(均質圧延装甲板)を貫徹することが可能である。 一方同じ条件でM111 APFSDSを発射した場合砲口初速1,455m/秒、射距離2,000mで342mm厚のRHAを貫徹することが可能である。 M111 APFSDSを使用した場合、メルカヴァ戦車はアラブ諸国軍の主力MBTであるソ連製のT-55中戦車やT-62中戦車をアウトレンジで撃破することが可能であった。 また1982年のレバノン侵攻ではM111 APFSDSによって、シリア軍が装備するソ連製の新鋭戦車T-72を撃破する活躍を見せている。 メルカヴァMk.I戦車の副武装は主砲の左側の砲塔装甲板に縦長の切り欠きを設けて、ベルギーのFN社製の7.62mm機関銃FN-MAGを1挺同軸機関銃として装備している他、車長用ハッチと砲手用ハッチにもそれぞれ7.62mm機関銃FN-MAGを1挺ずつ装備している。 また対歩兵用の装備として、砲塔の右側面にソルタム社製の12.3口径60mm迫撃砲C07を1門外装式に装備している。 これは1973年のヨム・キプール戦争の戦訓から装備されたものだが、他国のMBTで迫撃砲を標準装備しているものはほとんど存在せず、これもメルカヴァ戦車の特徴の1つとなっている。 60mm迫撃砲弾は榴弾以外に発煙弾、照明弾が用意されており、合計30発が搭載されている。 またメルカヴァ戦車を実戦投入して得られた戦訓から後に一部の車両には、主砲防盾上にマウントを設けてアメリカのブラウニング社製の12.7mm重機関銃M2を1挺装備するようになった。 メルカヴァ戦車の車体後部は主砲弾薬の収納スペースとなっており、4発の主砲弾薬を収納するグラスファイバー製の耐火型弾薬コンテナが13個(左右に2個づつ3段重ね+1個)搭載されている。 車体後面中央には上下開き式の分厚いハッチが設けられており、ハッチの内部は中空装甲となっている。 メルカヴァMk.I戦車の標準の主砲弾薬搭載数は62発となっており戦闘室内に10発、後部弾薬庫に52発が搭載される。 またメルカヴァMk.I戦車は最大85発の主砲弾薬を搭載することが可能であり、その場合は戦闘室内に21発、後部弾薬庫に弾薬コンテナ16個64発が搭載される。 なお後部弾薬庫の弾薬コンテナはベルトで固定されており着脱が可能で、これを降ろせば4〜6名の歩兵を車体後部に収容することが可能である。 つまりメルカヴァ戦車は歩兵戦闘車としての能力も備えているわけで、この点も他国のMBTと異なる特徴の1つとなっている。 ただし乗車歩兵用の外部視察装置等は全く装備されておらず、弾薬コンテナを降ろした場合は戦闘室内の10〜21発の弾薬で戦闘を行わなければならないためあくまで例外的な運用である。 前述のようにメルカヴァMk.I戦車は防御力を最優先に設計されているため、機動力を犠牲にして砲塔と車体の主要部に重装甲を施しており、そのために戦闘重量は60tにも達する。 この大重量のためにメルカヴァMk.I戦車は路上最大速度46km/hと、他国の戦後第2世代MBTに比べて機動力がやや劣っているが、その反面防御力については戦後第2世代MBTの中でも最高レベルの強力さを誇っている。 メルカヴァMk.I戦車の装甲は成形炸薬弾対策を重視して中空装甲が多用されているが、複合装甲は採用されていない。 車体の装甲厚は1次装甲が前面90〜100mm、側面50mm、後面30mm程度と推測されているが、この内側に空間を空けて2次装甲が設けられており、その厚さは前面30mm、側面20〜30mm、後面30mmと推測されている。 また車体前部の機関室とその後方の戦闘室の間には30mm厚の装甲隔壁が設けられており、機関室内に収められているエンジンや変速・操向機、燃料タンクも乗員を守る装甲の一部として活用しているので、装甲板の傾斜角が大きく避弾経始が良好なことも合わせて車体前面の防御力は非常に高い。 一方砲塔の装甲厚は1次装甲が前面20mm、側面65mm、後面30mm、2次装甲が前面50〜65mm、側面45mm、後面30mm程度と推測されているが、さらに砲塔前面には内側に100mm厚の3次装甲が設けられており、避弾経始に優れた鋭い楔形の砲塔形状になっていることも合わせて砲塔前面の防御力も極めて高いことが分かる。 なお砲塔上面の装甲は約30mm厚の一枚板と推測されており、至近距離で炸裂した榴弾の破片に耐えられる程度の防御力を備えている。 後にトップアタック方式の対戦車兵器が登場すると砲塔上面の防御力不足が指摘されるようになり、1990年代に入ってから砲塔上面に追加装甲が装着されるようになった。 メルカヴァMk.I戦車のFCS(射撃統制システム)は、エルビット社とエロップ社が共同開発した「マタドール」(Matador:闘牛士)FCSが採用されている。 砲手はNdグラス・レーザー測遠機、弾道コンピューターとリンクした潜望式サイトを用いて主砲の射撃を行うが、環境センサーで計測された外気温、大気圧、風向/風速、車体の傾斜などのデータを基に弾道コンピューターが自動的に弾道の補正を行うようになっている。 車長にはハッチの周囲に5基のペリスコープが備えられている他、ハッチの上面にも全周旋回式のペリスコープ(倍率4〜20倍)が設けられている。 |
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<メルカヴァMk.I戦車> 全長: 8.63m 車体長: 7.45m 全幅: 3.72m 全高: 2.64m 全備重量: 60.0t 乗員: 4名 エンジン: テレダイン・コンティネンタルAVDS-1790-5A 4ストロークV型12気筒空冷ターボチャージド・ディーゼ ル 最大出力: 908hp/2,400rpm 最大速度: 46km/h 航続距離: 400km 武装: 51口径105mmライフル砲M68×1 (62〜85発) 12.3口径60mm迫撃砲C07×1 (30発) 7.62mm機関銃FN-MAG×3 (10,000発) 装甲厚: |
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<参考文献> ・「パンツァー2023年12月号 メルカバ・シリーズのトップバッター MERKAVA Mk.1」 遠藤慧 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2016年2月号 ユニークな配置を持つメルカバ戦車とそのメカニズム」 アルゴノート社 ・「パンツァー2005年5月号 対決シリーズ メルカバ vs T-72戦車」 三鷹聡 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2002年11月号 メルカバ戦車の開発と発展」 齋木伸生 著 アルゴノート社 ・「ウォーマシン・レポート18 メルカバとイスラエルMBT」 アルゴノート社 ・「世界のAFV 2021〜2022」 アルゴノート社 ・「世界の戦車イラストレイテッド26 メルカバ主力戦車 MKs I/II/III」 サム・カッツ 著 大日本絵画 ・「グランドパワー2007年2月号 イスラエル軍戦車 メルカバ(1)」 一戸崇雄 著 ガリレオ出版 ・「グランドパワー2007年3月号 イスラエル軍戦車 メルカバ(2)」 一戸崇雄 著 ガリレオ出版 ・「世界の戦闘車輌 2006〜2007」 ガリレオ出版 ・「世界の戦車(2) 第2次世界大戦後〜現代編」 デルタ出版 ・「10式戦車と次世代大型戦闘車」 ジャパン・ミリタリー・レビュー ・「徹底解説 世界最強7大戦車」 齋木伸生 著 三修社 ・「新・世界の主力戦車カタログ」 三修社 ・「戦車名鑑 1946〜2002 現用編」 コーエー |
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