7.5cm対戦車自走砲マルダーI
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+開発
1940年6月22日のフランスの降伏により多くの戦車や装甲車両を労せずして入手したドイツ軍は、これらをそのまま自軍の装備として使用すると共に各種自走砲のベース車台としても多用した。
その中の1つが、万能装軌式牽引車ロレーヌ37Lから改造されたこの7.5cm対戦車自走砲「マルダー(Marder:貂)I」である。
ロレーヌ37L装甲輸送・牽引車は、フランス戦の終了までにリュネヴィルのロレーヌ社とベジエのフーガ社で合計約480両が生産され、ドイツ軍は300両以上を接収して自軍の装備として用いたが、本車は車体中央部に機関室を配しその前方に操縦室、後方に貨物室というレイアウトを採っており、自走砲の母体とするには大きな改造を施すこと無くそのまま転用することができるというメリットを備えていた。
ドイツ軍は当初、接収したロレーヌ37Lに「ロレーヌ・シュレッパー(f)」の鹵獲兵器呼称を与えて、フランス軍と同様に火砲の牽引や後方部隊の訓練用に用いていたが、慢性的な自走砲不足に悩むドイツ軍がこのメリットを見逃すはずはなく、第33戦車補充大隊による本車をベースとした試験的な改造により、1941年末からドイツ陸軍兵器局主導でロレーヌ37Lを各種自走砲に転用する研究が開始された。
その中から最終的にまとめられたのが、デュッセルドルフのラインメタル・ボルジヒ社が当時完成させたばかりの46口径7.5cm対戦車砲PaK40を搭載する対戦車自走砲(後のマルダーI)と、当時のドイツ軍の主力野戦榴弾砲であった同社製の28口径10.5cm軽榴弾砲leFH18を搭載する自走榴弾砲、そしてエッセンのクルップ社が第1次大戦中に開発した旧式の17口径15cm重榴弾砲sFH13を搭載する自走榴弾砲であった。
そして、1942年5月23日付でアドルフ・ヒトラー総統は160両のロレーヌ37Lを各種自走砲に改造することを要求し、その内訳はPaK40を搭載する対戦車自走砲が60両、leFH18を搭載する自走榴弾砲が60両、sFH13を搭載する自走榴弾砲が40両とされた。
いずれも基本設計と改造に要する戦闘室の製作は、ベルリンのアルケット社(Altmärkische Kettenwerke:アルトメルキシェ装軌車両製作所)が担当して進められることとされた。
一方、車両のオーバーホールと最終組み立ては、アルフレッド・ベッカー少将を長とするフランス・パリのベッカー特別生産本部(ドイツ陸軍兵器局パリ支局の工場の通称)により作業されることが決められた。
このコンビは、すでにフランス軍から鹵獲した戦車を用いて各種自走砲を改造していたので、充分な経験があった。
さらにこのベッカー特別生産本部に加えて、同じくパリに置かれたビーリッツ陸軍車両集積所もマルダーI対戦車自走砲の最終組み立てに参画することになって、1942年6月8日付で兵器局は両施設によるマルダーIの引き渡し予定を立てた。
これによると、ベッカー特別生産本部が1942年7月~1943年1月にかけて98両、ビーリッツ陸軍車両集積所が1942年6月~1943年1月にかけて80両を引き渡すことが予定されていた。
これから分かるようにマルダーIの当初の発注数はヒトラーからの要求に応じて60両だったが、その後に改造数は段階的に増加して、最終的に166両の改造が予定される運びとなった。
ただし、あくまでもこの数字は予定数であり実際には1942年7月までに104両が、そして8月には66両が受領審査を受けており、最終的な改造数は170両と予定を上回る数字となった。
この背景には、主力戦車であるIII号戦車やIV号戦車の数が不足していたため、これらを補う対戦車自走砲の需要が逼迫していたという事情があったと思われる。
なお本車の公式呼称については、1942年8月1日付の兵器局審査部の報告書では「軽装軌式7.5cm PaK40搭載ロレーヌ自走砲」、1943年5月1日付の兵器局第6課報告書では「軽装軌式7.5cm
PaK40/1搭載自走砲ロレーヌ・シュレッパー」、5月18日付の報告書では「軽装軌式戦車駆逐車7.5cm PaK40/1搭載(Sd.Kfz.135)」、8月6日付の監査部第6課報告書では「戦車駆逐車7.5cm
PaK40/1搭載(Sd.Kfz.135)」、11月29日付のヒトラーの命令書では「マルダーI 7.5cm対戦車砲搭載自走砲ロレーヌ」と時期により呼称が異なる。
いずれにせよ、本車の一般的な呼称として有名な「マルダーI」はヒトラーによって定められたことが分かる。
本車が「マルダーI」と呼ばれたことで、II号戦車ベースの対戦車自走砲は「マルダーII」、38(t)戦車ベースの対戦車自走砲は「マルダーIII」と呼ばれるようになった。
ちなみに、本車の制式呼称は「7.5cm対戦車砲PaK40/1搭載自走砲ロレーヌ・シュレッパー(f)」(特殊車両番号:Sd.Kfz.135)である。
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+構造
マルダーI対戦車自走砲の車台はロレーヌ37L装甲輸送・牽引車のものをそのまま流用していたが、貨物室の最前部に車台左右の内壁と床板に架台を固定して、これに砲架ごと7.5cm対戦車砲PaK40を載せた。
この変更に伴い、マルダーIの主砲は「PaK40/1」と改称されている。
また戦闘室は全周10mm厚の圧延防弾鋼板を溶接して形成されたが、アルケット社の手になる他のフランス軍戦車をベースとした自走砲に共通して、下部側面を外側に張り出すことで内部容積の拡大を図っていた。
また前面装甲板は、主砲の俯仰角と旋回角の確保のために左右に分割されて中央部に空間を設け、開口部は主砲の機関部に取り付けられた金属支柱に、10mm厚で外装式の防盾が固定された。
なお外装式防盾の左右部分はヒンジを用いて分割され、左右に主砲を振った際に戦闘室の前面装甲板で旋回角を制限されないよう、可動式となっていた。
この外装式防盾も、中央に間隔を空けて左右に分割され俯仰角を確保したが、砲身上方のみ弾片防御のため上下スライド式装甲板を装着するなど、結構凝ったレイアウトが採られていた。
なお左側の防盾には、倍率3倍/視野角8度の照準機用として開口部が設けられ、開口部は上下に分割されて砲手の操作により上部のみスライドして上に開く、装甲カバーが設けられていた。
なお主砲の旋回角は左右各20度ずつで、-8~+10度の俯仰角を備えていた。
マルダーIの主砲である7.5cm対戦車砲PaK40/1は、Pz.Gr.39風帽付被帽徹甲榴弾(弾頭重量6.8kg)を用いた場合砲口初速792m/秒、射距離100mで106mm、500mで96mm、1,000mで85mm、1,500mで74mm、2,000mで64mmのRHA(均質圧延装甲板)を貫徹することが可能であった(傾斜角30度)。
さらに、タングステン弾芯のPz.Gr.40硬芯徹甲弾(弾頭重量4.1kg)を用いた場合には砲口初速933m/秒、射距離100mで143mm、500mで120mm、1,000mで97mm、1,500mで77mmのRHAを貫徹することができた(傾斜角30度)。
また戦闘室の後面装甲板は、前面と同様に中央部を開けたスタイルで左右に分けられ、下半分は下方開き式の乗降用ドアが装着された。
さらに後面装甲板の下部左側には、乗降用のステップが装着されて乗降の便を図っていた。
戦闘室内には車長と砲手、そして装填手の3名が収まったが、主砲操作の便を考慮して装填手が追加搭乗した例も結構確認できる。
しかしベースとなったロレーヌ37Lが元々小柄な車両なので、4名が収まるとかなり手狭となるのは否めなかった。
主砲弾薬は主砲架台の後方に、前後3個の弾薬庫を設けてそれぞれに6発を立てた状態で収め、加えて左後部の床上に30発を収める弾薬庫が設けられたことで、小柄な車両ながら主砲弾薬搭載数は48発と意外なほど多かった。
砲手席後方にあたる壁面には無線機のラックが装着されて、受信専用のFu.Spr.a無線機が収められ、戦闘室後面の右端にはアンテナとその基部が設けられた。
戦闘室の前方には、それぞれ吸気ダクトを備える左右開き式の機関室点検用ハッチが配され、その後方にあたる戦闘室下部に開口された縦長のスリットから、ラジエイターからの熱気を車外に排出した。
このレイアウトはオリジナルのロレーヌ37Lに準じるが、車体側面と戦闘室側面の間には当然ながら間隔が生じているため、何らかの形で内部にはダクトが設けられていたと思われる。
また機関室の左側には円筒形のマフラーが装着され、放熱用のスリットを備える金属製のカバーで周囲が覆われたが、これはオリジナルそのままである。
そして機関室上面の最前部には、走行中に主砲に生じる振動への対処として支柱を組み合わせたトラヴェリング・クランプを備えていたが、その下方にあたる操縦室左側に配された操縦手のロッド操作で、車外に出ること無く車内からクランプを解除し、後方に倒す機械的機構が備えられていた。
操縦室前面には、上方開き式の大型装甲ヴァイザーが2枚並列に装着されていたが、中央部で左右を結合することで1枚の大型ヴァイザーとして用いることも可能だった。
また左側ヴァイザーの下方には視察用の細いスリットが設けられていたが、走行中は片側もしくは左右一体としてヴァイザーを開くことでさらなる視界向上を可能としていた。
なおこの配置に伴い、操縦室の左側面のみ視察用として細いスリットが配されて、また操縦室の前方には前方に開く車台幅一杯の乗降用ハッチが配され、このハッチと装甲ヴァイザーを開いて操縦手は車内に収まった。
操縦手席の右側には変速・操向機がオフセットして置かれていたが、操縦手席との間隔は極めて狭く、操縦手は熱気と騒音に苦しめられたことは想像に難くない。
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+戦歴
完成したマルダーI対戦車自走砲は、まず1942年2月15日付の戦力定数指標(K.St.N.)1148aにより、歩兵師団の戦車駆逐大隊隷下の1個中隊に9両が配備された。
このK.St.N.は、ソ連軍から鹵獲した48.4口径76.2mm野戦加農砲F-22(M1936)を装備するマルダーII対戦車自走砲向けとしたものであり、1個小隊に3両を配備し3個小隊で中隊を編んだ。
そして1942年12月1日付の、マルダーI向けとして公布されたK.St.N.1148aに従って配備が進められたが、配備数自体は変化が無かった。
その配備先となったのは同様に歩兵師団の戦車駆逐大隊だが、機甲師団への配備例も確認できる。
いずれにせよその編制は以前と変わらないが、1943年11月1日付のK.St.N.1148dBではマルダーIを10両編制に改めて、それまで無かった中隊本部への1両配備が追加された。
そしてマルダーIは、戦局が逼迫しつつあった東部戦線で初陣を迎えたが、順次西部戦線に展開した部隊にも引き渡され、非力な装甲ではあるが強力な主砲火力を駆使して善戦し、1944年初めの時点では131両が稼働状態にあったという。
また1943年に入ると、定数である10両を超えるマルダーI装備部隊も存在しており、1945年1月の時点でも戦闘に供されていたことが装備報告書で判明している。
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<7.5cm対戦車自走砲マルダーI>
全長: 4.95m
車体長: 4.50m
全幅: 2.10m
全高: 2.05m
全備重量: 8.5t
乗員: 4~5名
エンジン: ドライエ・タイプ135 4ストローク直列6気筒液冷ガソリン
最大出力: 70hp/2,800rpm
最大速度: 35km/h
航続距離: 120km
武装: 46口径7.5cm対戦車砲PaK40/1×1 (48発)
7.92mm機関銃MG34×1
装甲厚: 6~12mm
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<参考文献>
・「パンツァー2020年11月号 「再利用」から生まれた優良対戦車車輌 マルダー物語」 白石光 著 アルゴノー
ト社
・「パンツァー2013年3月号 ロレーヌ・シュレッパーとその改造自走砲」 大竹勝美 著 アルゴノート社
・「パンツァー2010年12月号 ドイツ対戦車砲の主力 7.5cmPaK40 (1)」 稲田美秋 著 アルゴノート社
・「戦闘車輌大百科」 アルゴノート社
・「グランドパワー2020年8月号 ドイツ軍のロレーヌ37L改造車輌(1)」 山本敬一 著 ガリレオ出版
・「グランドパワー2017年12月号 ドイツ軍捕獲戦闘車輌」 後藤仁 著 ガリレオ出版
・「グランドパワー2022年10月号 ドイツ軍自走砲(6)」 寺田光男 著 ガリレオ出版
・「ドイツ陸軍兵器集 Vol.4 突撃砲/駆逐戦車/自走砲」 後藤仁/箙浩一 共著 ガリレオ出版
・「第2次大戦 ドイツ戦闘兵器カタログ Vol.2 AFV:1943~45」 後藤仁 著 ガリレオ出版
・「グランドパワー2002年8月号 ロレーヌ牽引車のドイツ軍改造車輌」 箙浩一 著 デルタ出版
・「世界の軍用車輌(1) 装軌式自走砲:1917~1945」 デルタ出版
・「ジャーマン・タンクス」 ピーター・チェンバレン/ヒラリー・ドイル 共著 大日本絵画
・「捕獲戦車」 ヴァルター・J・シュピールベルガー 著 大日本絵画
・「異形戦車ものしり大百科 ビジュアル戦車発達史」 齋木伸生 著 光人社
・「ザ・タンクブック 世界の戦車カタログ」 グラフィック社
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