M76オッター水陸両用貨物輸送車
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T46水陸両用貨物輸送車 初期試作車
T46水陸両用貨物輸送車 改良型試作車
M76水陸両用貨物輸送車 前期生産型
M76水陸両用貨物輸送車 後期生産型
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+開発
アメリカ陸軍は第2次世界大戦において数多くの揚陸作戦を実施しているが、その中で課題とされていた1つに、洋上の艦艇から物資を載せて上陸地点まで運び、場合によってはそのまま、ある程度内陸まで進出できる水陸両用の貨物輸送車の実用化があった。
陸軍では当時、ミシガン州デトロイトのジェネラル・モータース(GM)社製のダックや、M29ウィーゼルといった水陸両用貨物輸送車を運用していた。
この内ダックは2 1/2tトラックをベースとした装輪式車両で、タイヤの空気圧を集中制御する機構を追加して岩場や軟弱地での走行に備えてはいたが、やはり装輪式車両としての限界はあったし、M29の方は幅広の履帯を備えた装軌式車両ではあったが、最大積載量550kgの小型車両である上、元々積雪地での運用を考えた雪上車的な車両だったのでその耐波性は貧弱なもので、長距離の浮航を行えるデザインでは無かった。
このため1945年4月初め、陸軍は最大積載量1 1/2tの本格的な装軌式の水陸両用貨物輸送車の開発を要求し、同年8月に「T37」の開発番号で新型水陸両用貨物輸送車の開発を行うことが承認された。
しかし、T37水陸両用貨物輸送車は結局ものにはならず、1947年10月には要求仕様を見直したT46水陸両用貨物輸送車が開発されることとなり、GM社が受注して2両の試作車の設計・製作を行うこととなった。
T46水陸両用貨物輸送車に対して陸軍兵器局が求めた要求仕様の骨子は、
(1)水陸両用性の保持
(2)外部環境に影響されない車内空間の保有
(3)被空輸能力
(4)深雪中での行動能力
(5)人員および貨物の輸送に適すること
といったものであった。
完成したT46の試作車は、ボート状の下部車体に密閉式の操縦室および貨物室を持つ上部車体を架装したボディに、トーションバー(捩り棒)懸架の転輪5個から成る足周りが組付けられており、上部車体の後面には、貨物搬入時の作業プラットフォームとなるハッチが設けられていた。
車体形状も一般の装軌式車両とはかなり異なっていたが、さらに特徴的なのが足周りで、転輪には乗り心地を改善し、騒音を減少するため空気入りのタイヤが取り付けられており、履帯も雪上車のような724mmという幅広のバンド式が使用されていた。
車体前部に搭載されるパワーパックは、アラバマ州モービルのコンティネンタル発動機製のAO-268-2 水平対向4気筒空冷ガソリン・エンジンと、GM社の子会社である、インディアナ州インディアナポリスのアリソン変速機製のCD-150-1クロスドライブ式自動変速・操向機(前進2段/後進1段)の組み合わせで、水上では起倒式の2基のスクリューにより推力を得る造りとなっていた。
この試作車で最初に改修を受けたのが足周りで、片側5個装着されていた転輪は4個に減らされ、代わりに独立した小型の誘導輪を備える方式に改められた。
また車体の左側面には、天井に設けられているハッチを用いて貨物の積み下ろし作業を行う際に、天井に上り易いようラダーが追加され、その後方には予備転輪も携行されるようになった。
そして1949年に入ると、さらに改修が加えられる。
まずパワーパックが新型に改められ(AO-268-3エンジンとCD-150変速・操向機の後期モデル)、それまで車体の左側面に這わせていた排気管は、車内を通って操縦室上面から突出させるように改められた。
また足周りでは転輪のタイヤサイズが6.60×15と大きくなり、履帯の幅も762mmに拡げられて走行性能の向上が図られ、また浮航用のスクリューは1基に減らされている。
これらの改修を受けたT46の試作車は新たに「T46E1」の呼称が与えられ、1949年11月からメリーランド州のアバディーン車両試験場において試験に供された。
そして、アバディーンにおける試験を問題無くこなした後の1951年1月に、GM社のポンティアック部門で生産が開始されている。
その後も、T46E1水陸両用貨物輸送車に興味を抱いたアメリカ海兵隊の兵器部門が本車の走行試験を要求し、同年2月にはノースダコタ州デビルズ・ラークのキャンプ・グラットンに送られて、乾湖での走行試験が実施された。
試験車両はその後アリゾナ州のユマに移動し、華氏120度の砂丘で試験走行を実施した後、10月には水上浮航における耐波性や泥濘地での走行試験のためにカリフォルニア州のキャンプ・デルメールへ行き、さらに1952年2月には寒冷地での運用試験のために、カナダのフォート・チャーチへ移動した。
1953年にはアラスカにおいて、そこの陸軍部隊に配備されていたT46E1を使って寒冷地試験が再度行われ、コロラド州パイクズ・パーク近くのキャンプ・ヘイルでは高地での運用試験が行われた。
T46E1はこれらの試験を問題無くこなし、同年3月には「M76水陸両用貨物輸送車」の制式呼称と「オッター」(Otter:カワウソ)の愛称が与えられた。
オッターの量産は1954年6月まで継続され、合計400両が完成している。
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+構造
M76オッターの車体は、鋼のフレームにアルミ合金製の外板をリベット接合したもので、強度を持たせるために床板下面や天井、隔壁裏側などにはZ型断面のビームが張られていた。
正・副操縦手のために操縦室の両側面には、防水シールとしてエッジにラバーを張り巡らせた前開き式のドアが配され、加えて天井部にはそれぞれにルーフハッチも設けられていた。
このディッシュパン型のルーフハッチもアルミ合金製で容易に開くことができ、ヒンジを中心に押し上げることで開けて背面に倒すことができる他、持ち上げて横にスライドさせることも可能であった。
車体後部の貨物室には後面に76×76cmの観音開き式ドア、上面に127×127cmの観音開き式ハッチが設けられていた。
操縦室内には正・副操縦手用にバケットシートが備えられ、操向操作はバイクと同じようなハンドルバー方式を用いており、バーを回して一方の履帯を停止または遅くすることでコントロールされたが、通常の制動はフットペダルを使って行われた。
通信装置としてはAN/GRC-3、-9または-19無線機が搭載され、本体は貨物室内に設置されていたが、通話装置類は操縦室内に設けられ、アンテナは操縦手用ハッチ後方の天井にマウントされていた。
車両の固有武装としては、副操縦手用ハッチ部分にリングマウントを取り付けて、ユタ州オグデンのブラウニング火器製作所製の12.7mm重機関銃M2を装備することが可能で、この際は標準で630発の12.7mm機関銃弾を搭載した。
貨物室の側面には金網が張られた円形の窓が左右に設けられており、その直後に容量130リットルの燃料タンクがやはり左右に取り付けられていた(初期の生産車では、タンクは窓の前方に取り付けられていた)。
これらの燃料タンクは投棄可能とされていたため、配管は左右で結合されてはおらず個別に給油された。
オッターの履帯は長さ112cmもしくは224cmの3本のベルトに、クロスバーが10cm間隔で両側と中央のベルトの間にリベット止めされ、このセクションを112cm長なら8本、224cm長なら4本繋げることで履帯を構成していた。
組み立てられた履帯は工場の床に敷かれ、車体をその上に移動した後、起動輪と誘導輪に回した履帯両端をリベット止めして結合された。
この幅広の履帯によってオッターの接地圧は0.16kg/cm2に過ぎないため、人間の歩くことがかなわない深雪中や泥濘の中でも行動することが可能となっていた。
オッターの生産型に搭載されたコンティネンタル社製のAOI-268-3A 水平対向4気筒空冷ガソリン・エンジン(排気量4,400cc)は、試作車に搭載されていたAO-268シリーズ・エンジンに燃料噴射装置を追加したバージョンで、最大出力127hpを発揮し、エンジンからの出力はCD-150クロスドライブ式自動変速・操向機に伝達された。
クロスドライブ式変速・操向機は、戦後のアメリカ軍AFVに広く用いられたトルク変換機付きの自動変速・操向機で、変速機、最終減速機、操向ブレーキが1つのケース内に収納され、全ての回転軸が入力軸と直角の(すなわちクロスした)横向きになっていたのが特徴である。
水上での推進には、車体後部に備えられた直径48cmのスクリューが用いられ、エンジンから長い推進軸を使って伝達された動力は、操縦室の床上のレバーによって入/断が選択される。
スクリューは起倒式で、陸上走行時には車体フレーム間の収納位置に跳ね上げられていたが、水上浮航時にはロックの開放により作動位置に下がり、そこでロックされるようになっていた。
そして後期の生産車では、スクリューにガードフレームが取り付けられるようになった。
その他の装備としては、貨物室最後部の床下に牽引力2.3tのウィンチが備えられていた。
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+運用と評価
元々は揚陸作戦で使用する貨物輸送車として開発が始められたM76オッターだが、戦後になって大規模な揚陸戦を展開する場面がほとんど無くなってしまったため、その運用地域はアラスカやグリーンランド、北ヨーロッパといった軟弱な地形や雪の深い地域が中心となった。
DEWラインレーダー・ネットワークの建設を通じて、オッターは測量や物資の輸送/牽引、新しい道路の開発などに用いられた。
また南極では、何両かのオッターが調査のための人員、物資の輸送に目覚ましい働きを見せている。
実戦での唯一の運用例と思われるヴェトナム戦争では、沼沢地域や山岳地域に広範囲に広がっている基地への輸送などで、その低接地圧を利して有益に用いられている。
ただし車体が防御力の低いアルミ合金製であるため、戦地での運用にそれなりの限界があったことは確かである。
オッターは卓越した能力を持つ全天候全地域車両であるにも関わらず、軍での運用は平凡な支援活動に限られてしまった。
その理由としては、もちろん配備されていた当時の軍の活動に、本車の能力を活用できるものが少なかったということもあるだろうが、それより大きな理由が、開発時の要求項目の1つにあった被空輸性に起因するものであった。
被空輸能力を要求されたため、オッターの貨物室のサイズは長さ231cm、幅173cm、高さ147cmに抑えられ、人が立って入るには小さ過ぎるものとなってしまった。
貨物室後面のドアは兵員の出入りには小さ過ぎる上、その地上からの位置も高過ぎ、全天候性能を求めて天井を設けたため、上面のハッチにより運搬できる積荷の大きさを限定されてしまった。
さらに車両の軽量化は、重量のある砲兵装備や他の装甲車両を牽引するなど、牽引車としての能力を限られたものとしてしまった。
これに対して、「この制限が本車を装軌式3/4tトラックにしてしまっている」と述べたある技術者の言葉が、オッターの実態を的確に表現しているといえよう。
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<M76オッター水陸両用貨物輸送車>
全長: 4.96m
全幅: 2.49m
全高: 2.62m
全備重量: 5.463t
乗員: 2名
兵員: 8名
エンジン: コンティネンタルAOI-268-3A 4ストローク水平対向4気筒空冷ガソリン
最大出力: 127hp/3,200rpm
最大速度: 45km/h(浮航 7km/h)
航続距離: 320km(浮航 5.8時間)
武装: 12.7mm重機関銃M2×1 (630発)
装甲厚: 6.35〜15.88mm
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<参考文献>
・「パンツァー2009年3月号 アメリカ海兵隊のLVT 上陸作戦と水陸両用車(2)」 高橋昇 著 アルゴノート社
・「パンツァー2011年5月号 水陸両用カーゴキャリアー M76オッター」 吉村誠 著 アルゴノート社
・「パンツァー2005年7月号 フォトリポート ベトナム戦争」 藤井久/水梨豊 共著 アルゴノート社
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