KV-2重戦車
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+概要
レニングラード(現サンクトペテルブルク)の第100キーロフ工場第2特別設計局(SKB-2)が開発したKV重戦車は、1939年12月19日の制式採用決定後とりあえず早急に50両の先行生産が求められると共に、引き続くフィンランド軍との国境要塞を巡る攻防戦での戦訓から、強力な支援火力を持つタイプの開発も要求された。
カレリア要塞地区の突破の任を負ったソ連第7軍司令官K.メレツコフは1939年12月、強力な装甲防御力と152mmないし203mmの口径を持つ榴弾砲を搭載した突破重戦車の開発を求めたのである。
これに対してKV重戦車の開発を担当したSKB-2のN.L.ドゥホフ技師率いるチームは、まずKV重戦車の車体に152mm榴弾砲Br-2、もしくは203mm榴弾砲B-4を搭載する自走砲を「オブイェークト212」の試作呼称で開発に着手した。
しかしこの計画は、試作車製作にまでは届かずに終わった。
続いて、BT-7快速戦車の火力支援型として開発されたBT-7A砲兵戦車(76.2mm榴弾砲搭載、記号”A”はArtillery:砲兵の頭文字)と同様のコンセプトで、大型の全周旋回式砲塔に152mm榴弾砲M-10を装備したものを搭載する計画に発展し、1940年1月末に試作車を完成させている。
この試作車は、KV重戦車の車体に152mm榴弾砲M-10T M1938を装備する巨大な箱型砲塔を搭載したもので、この砲塔は厚さ75mmの圧延防弾鋼板を溶接して作られており重量は12tにも達した。
主砲の20口径152mm榴弾砲M-10Tは弾頭重量52kgの榴弾、榴散弾、徹甲榴弾と弾頭重量40kgの特殊ベトン徹甲弾の4種を発射するもので、砲弾と薬莢は計36セットが主に砲塔後部のバスルに搭載されていた。
ちなみに徹甲榴弾による装甲貫徹力は、射距離1,500mにおいて72mmであった。
砲弾が分離薬莢式であるため装填手2名を要するようになり、大型箱型砲塔の中には車長と砲手、2名の装填手の計4名が乗り込むことから乗員は総員6名になった。
戦闘重量も53tを超え、ただでさえ良好ではなかったKV重戦車の機動性能は一層悪化して、路上最大速度は20km/h程度(カタログデータ上は34km/h)に低下した。
本車は通常型のKV重戦車と区別するために、非公式に「大型砲塔付きKV」(カー・ヴェ・ス・ボリショイ・ヴァシニェイ)と呼称された。
ソ連軍当局はキーロフ工場に対して、直ちにこの大型砲塔付きKV重戦車を4両製作することを命じている。
その後、大型砲塔付きKV重戦車は「KV-2」という制式呼称が与えられ、従来のKV重戦車は「KV-1」と呼称されるようになった。
1940年2月早々、4両発注されたKV-2重戦車の先行生産型の内2両が完成し、ソ連軍に引き渡されている。
この2両は第20装甲車旅団に配属され、2月11日にマンネルヘイム・ラインの一角で行われたスンマ地区での戦闘に投入されている。
この際、KV-2重戦車の内の1両は48発もの対戦車砲弾(スウェーデンのボフォース社製の37mm対戦車砲)の直撃を受けたが、全く機能に支障をきたさなかったという。
逆に、弾頭重量52kgの榴弾を砲口初速436m/秒で発射する主砲の152mm榴弾砲M-10Tは、直接照準射撃による陣地攻撃で絶大な威力を発揮し、メレツコフらソ連軍司令官を喜ばせた。
その後、キーロフ工場ではもう1両のKV-2重戦車を引き渡しているが、発注された4両の先行生産型の内の最後の1両は、新型砲塔を備える改良型のKV-2重戦車が完成したためにキャンセルされている。
KV-2重戦車の試作車と3両の先行生産型の砲塔は7面体の背の高い独特な形状のもので、これは主砲の152mm榴弾砲M-10T M1938の砲弾が分離薬莢式であったため、砲弾と薬莢を収容するために採られた措置であった。
しかしこのように砲塔を大型化しても、KV-2重戦車は152mm砲弾と薬莢をわずか36セットしか搭載できなかった。
1940年の春には、砲塔形状を量産向きに簡略化した改良型のKV-2重戦車が登場した。
従来型では7面体だった砲塔はこの改良型では6面体となったが、背の高さは以前と変わらなかった。
また改良型KV-2重戦車は主砲も、新型の152mm榴弾砲M-10T M1938/40に換装されている。
さらに砲塔後部には近接防御用にボールマウント式銃架が装備され、7.62mm機関銃DTが装着された。
なおKV-2重戦車は、152mm榴弾砲M-10T M1938を装備する7面体の砲塔を搭載した初期型を「1940年型」、152mm榴弾砲M-10T
M1938/40を装備する6面体の改良型砲塔を搭載した後期型を「1941年型」と分類するのが一般的であるが、これはソ連軍による公式の分類ではないので注意が必要である。
KV-2重戦車は特殊な車両であるにも関わらず、1940年には1940年型と1941年型合わせて102両が生産されており、続く1941年にも1941年型が100両生産され、一部の機械化軍団に重砲兵支援用として配備された。
その巨大な砲塔から、ソ連軍の将兵からは親しみを込めて「ドレッドノート」というあだ名で呼ばれた。
KV-2重戦車はその高いシルエットのために遠くからでも発見されてしまい、12tもある重い砲塔を手動で旋回しなければならないためやや傾斜すると砲塔の旋回ができなくなるなど、運用上の制約も大きかったがその反面、強固な装甲はさしものドイツ軍をもっても撃破することは困難であった。
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<KV-2重戦車 1940年型>
全長: 6.95m
車体長: 6.75m
全幅: 3.32m
全高: 3.24m
全備重量: 53.0t
乗員: 6名
エンジン: V-2-K 4ストロークV型12気筒液冷ディーゼル
最大出力: 550hp/2,150rpm
最大速度: 34km/h
航続距離: 160km
武装: 20口径152mm榴弾砲M-10T M1938×1 (36発)
7.62mm機関銃DT×2 (2,457発)
装甲厚: 30〜106mm
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<KV-2重戦車 1941年型>
全長: 6.95m
車体長: 6.75m
全幅: 3.32m
全高: 3.24m
全備重量: 57.0t
乗員: 6名
エンジン: V-2-K 4ストロークV型12気筒液冷ディーゼル
最大出力: 600hp/2,200rpm
最大速度: 34km/h
航続距離: 160km
武装: 20口径152mm榴弾砲M-10T M1938/40×1 (36発)
7.62mm機関銃DT×3 (3,402発)
装甲厚: 30〜110mm
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兵器諸元(KV-2重戦車 1940年型)
兵器諸元(KV-2重戦車 1941年型)
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<参考文献>
・「世界の戦車イラストレイテッド10 KV-1 & KV-2重戦車
1939〜1945」 スティーヴン・ザロガ/ジム・キニア 共
著 大日本絵画
・「世界の戦車
1915〜1945」 ピーター・チェンバレン/クリス・エリス 共著 大日本絵画
・「パンツァー2017年1月号 KV重戦車シリーズ -そのバリエーション-」 柏村幸二 著 アルゴノート社
・「パンツァー2017年1月号 KV重戦車シリーズ -その開発と構造-」 橘哲嗣 著 アルゴノート社
・「パンツァー2005年5月号 KV重戦車とそのバリエーション」 白井和弘 著 アルゴノート社
・「パンツァー2003年3月号 東部戦線のモンスター KV-2」 伊藤裕之助 著 アルゴノート社
・「グランドパワー2011年11月号 KV重戦車シリーズ(1)」 斎木伸生 著 ガリレオ出版
・「グランドパワー2016年4月号 KV-IIの開発と構造」 斎木伸生 著 ガリレオ出版
・「第2次大戦
ソビエト軍戦車
Vol.2 重戦車/自走砲」 高田裕久 著 ガリレオ出版
・「ソビエト・ロシア戦闘車輌大系(上)」 古是三春 著 ガリレオ出版
・「世界の戦車(1)
第1次〜第2次世界大戦編」 ガリレオ出版
・「グランドパワー2000年8月号 ソ連軍重戦車(1)」 古是三春 著 デルタ出版
・「図解・ソ連戦車軍団」 斎木伸生 著 並木書房
・「大祖国戦争のソ連戦車」 古是三春 著 カマド
・「戦車名鑑
1939〜45」 コーエー
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