AHSクラブ155mm自走榴弾砲
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AHSクラブ155mm自走榴弾砲 試作車
AHSクラブ155mm自走榴弾砲 生産型
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+開発
AHS(Armatohaubicą Samobieżną:自走榴弾砲)「クラブ」(Krab:蟹)は、旧式化した旧ソ連製の2S1「グヴォジーカ」(Gvozdika:カーネーション)122mm自走榴弾砲の後継として、HSW社(Huta
Stalowa Wola:スタロヴァ・ヴォラ製鉄所)が中心となってポーランド陸軍向けに開発した155mm自走榴弾砲である。
開発当初はポーランド国内のメーカーのみで新型自走榴弾砲を開発することも検討されたが、当時の国内メーカーは自走榴弾砲の開発経験が無かったためこれは断念された。
そして最終的に、西側規格の52口径155mm榴弾砲を装備する自走榴弾砲の砲塔システムを海外から導入し、これにポーランド国産の装軌式車体を組み合わせて新型自走榴弾砲を開発することになった。
ポーランド国防省が海外の兵器メーカーに対して新型自走榴弾砲の砲塔システムの提案を募った結果、南アフリカ製のT6自走榴弾砲、スロヴァキア製のズザナ自走榴弾砲、イギリス製のAS-90M自走榴弾砲、ドイツ製のPz.H.2000自走榴弾砲が候補に挙がった。
そして1997年から実施された性能評価試験の結果や価格面を考慮して、ポーランド国防省は1999年にイギリスのBAEシステムズ社製のAS-90M
155mm自走榴弾砲の砲塔システムを選定した。
ちなみにAS-90自走榴弾砲は、それまでイギリス陸軍が運用していた国産のFV433「アボット」(Abbot:大司教)105mm自走榴弾砲と、アメリカ製のM109A1
155mm自走榴弾砲の後継として開発されたもので、1992~95年にかけて179両が生産されてイギリス陸軍に引き渡された。
さらにBAEシステムズ社はAS-90自走榴弾砲の近代化改修案として、主砲を従来の39口径155mm榴弾砲L31A1から新型の52口径155mm榴弾砲L7A1に換装して射程の延長を図った、AS-90M「ブレイブハート」(Braveheart:勇猛で知られたスコットランドの英雄ウィリアム・ウォレスのニックネーム)と呼ばれる改良型をイギリス国防省に提案しており、ポーランド陸軍の次期自走砲の募集を受けて、AS-90Mの砲塔システムをポーランド国防省にも提案したのである。
一方、AHSクラブの車体には当初、グリヴィツェのOBRUM(Ośrodek Badawczo-Rozwojowy Urządzeń Mechanicznych:機械装置研究開発センター)が、同社製のSPG-1M「カリーナ」(Kalina:テマリカンボク)装軌式装甲輸送・牽引車(旧ソ連製のMT-S装軌式牽引車から開発されたもの)の車体をベースに、国産のPT-91「トヴァルディ」(Twardy:強固)戦車のコンポーネントを組み合わせて開発したUPG-NG装軌式車体が採用された。
AHSクラブの試作第1号車は2001年、第2号車は2002年に完成した。
当初の計画では、2008年にAHSクラブを装備する最初の部隊が編制されることになっていたが、ポーランド政府の財政的な事情により計画は遅れ、2012年にようやくHSW社で製作された最初の8両の生産型がポーランド陸軍に引き渡された。
AHSクラブは軍による運用試験に供されたが、この試験において本車に使用されているUPG-NG車体が強度不足で構造に亀裂が入るという不具合が露呈した。
このため、UPG-NG車体に代わるAHSクラブ用の新しい車体を用意する必要に迫られ、UPG-NG車体の不具合を改修するプランと、海外から自走砲用車体を導入するプランが並行して進められることになった。
そして、韓国のサムスン・テックウィン社(現ハンファ・テックウィン社)が提案した同社製のK9「サンダー」(Thunder:雷鳴)155mm自走榴弾砲の車体が比較的安価に入手可能なことが判明したため、ポーランド国防省は同社との間でK9自走榴弾砲の車体120両分を3億2,000万ドルで購入する契約を締結した。
最初のK9車体は2015年6月にポーランドに出荷され、同年8月24日にこの車体とAS-90Mの砲塔システムを組み合わせたAHSクラブの試作車が公開された。
2016年4月にはポーランド陸軍による試験が完了し、AHSクラブの本格的な生産が開始された。
K9車体のAHSクラブは第1生産ロットとしてまず16両が発注され、これらは2016年末までに納入された。
さらにその後、UPG-NG車体の初期生産型のAHSクラブ8両がK9車体にアップグレードされた。
2016年12月14日には第2生産ロットとして96両が追加発注され、2024年までに5個砲兵連隊分120両のAHSクラブがポーランド陸軍に導入される予定である。
なお、AHSクラブの車体については第1生産ロット24両分のみ韓国から輸入し、第2生産ロット96両分はポーランド国内でライセンス生産を行うことになっている。
一方、砲塔システムについてはどういう契約になっているか不明であるが、初期生産車の砲塔のみがイギリスからの輸入で、残りの大部分はやはりポーランド国内でライセンス生産されるものと推測される。
最初にAHSクラブが配備されたのはヴェンゴジェヴォの第11マスリアン砲兵連隊で、2017年までに24両を受領している。
2019年10月31日の時点で、48両のAHSクラブがポーランド陸軍に引き渡された模様である。
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+構造
AHSクラブは車体・砲塔共に圧延防弾鋼板の全溶接構造となっており、国産のUPG-NG車体が用いられた試作車2両と初期生産型8両では転輪数が片側7個となっていたが、韓国製のK9車体に変更された本格生産型の転輪数は片側6個となっている。
いずれのタイプでも、起動輪は前方に配置されている。
UPG-NG車体のAHSクラブは国産のPT-91戦車と同様に、フォルト・ヴォラのZMPW社(Zakłady Mechaniczne PZL-Wola:PZLヴォラ機械製作所)製のS-12U
V型12気筒液冷スーパーチャージド・ディーゼル・エンジン(出力844hp)を搭載していたが、K9車体の車両はドイツのMTU社(Motoren
und Turbinen Union:発動機およびタービン連合企業)製のMT881Ka-500 V型8気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル・エンジン(出力1,000hp)に変更されている。
エンジンの出力が向上したことで、UPG-NG車体の車両の路上最大速度が60km/hだったのに対し、K9車体の車両は路上最大速度が67km/hに向上している。
また変速機についても、UPG-NG車体では国産のシンクロメッシュ式手動変速機(前進7段/後進1段)が用いられたのに対し、K9車体ではより進歩したアメリカのアリソン社製のX1100-5A3クロスドライブ式自動変速機(前進4段/後進2段)に変更されており、操縦性が改善されている。
AHSクラブは旧来の155mm自走榴弾砲と異なり、射撃時に車体を固定するための駐鋤を装備していないが、これは布陣から射撃開始までの時間を短縮するため、駐鋤を未装備とする代わりにサスペンションを下げることで車体の動揺を防ぐという方式を採ったからに他ならない。
射撃時には油気圧式サスペンションを使って履帯を動かないよう堅く固定し、360度に渡る旋回でも安定した砲撃を実現している。
AHSクラブの砲塔の旋回と主砲の俯仰は、火災の危険が少なく反応の早い電動方式が採用されており、砲塔は全周旋回が可能で主砲の俯仰角は-5~+70度となっている。
砲塔内には右側前部に砲手、その後ろに車長、反対の左側に2名の装填手が搭乗する。
砲塔上面中央部には右側に後ろ開き式の横長楕円形の車長用ハッチ、左側に同じ形状の装填手用ハッチが設けられている。
装填手用ハッチの前方にはピントルマウントを介して、副武装の12.7mm重機関銃WKM-Bが装備されている。
WKM-Bは、旧ソ連製の12.7mm重機関銃NSVをZMT社(Zakłady Mechaniczne Tarnów:タルヌフ機械製作所)がライセンス生産した12.7mm重機関銃NSWを、NATO弾を使用できるように改修したタイプである。
主砲については前述のように、イギリスのBAEシステムズ社が開発した52口径155mm榴弾砲L7A1を搭載しており、最大射程は通常榴弾で30km、ベースブリード榴弾を用いると40kmに達する。
搭載弾薬の内31発は砲塔後部の即用弾薬庫に収められ、自動装填装置によって主砲の砲尾に装填される。
主砲の発射速度は10秒間に3発、4~5分のバースト射撃であれば1分間に6発、持続射撃であれば1分間に2発とされている。
なお主砲の砲身については、試作車ではBAEシステムズ社製のオリジナルの砲身が用いられたが、初期生産型ではフランスのネクスター社製の砲身、本格生産型ではドイツのラインメタル社製の砲身に変更されている。
オリジナルの砲身では砲身先端に円筒形鋳造製の二重作動式砲口制退機が装着されていたが、ネクスター社とラインメタル社の砲身ではより大型の四角い板金溶接構造の砲口制退機に変更されている。
AHSクラブのFCS(射撃統制システム)はAS-90M自走榴弾砲のイギリス製FCSに代えて、オジャルフ・マゾビエツキのWBエレクトロニクス社が開発した「トパーズ」(Topaz:淡褐色の宝石)FCSが採用されている。
さらに国産のA/S MVRS-700ドップラー弾道レーダーやAAS-1 NBC防護システム、パッシブ式夜間視察装置、GPSを介した慣性航法装置等が装備されている。
砲塔の側面には成形炸薬弾対策の補助装甲を兼ねた大きな雑具箱が右側に3個、左側に2個取り付けられており、砲塔の前面左右にはレーザー警報装置と連動した4連装の発煙弾発射機が各1基ずつ装備されている。
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<AHSクラブ155mm自走榴弾砲 試作車>
全長: 11.64m
全幅: 3.37m
全高: 3.085m
全備重量: 45.0t
乗員: 5名
エンジン: ZMPW S-12U 4ストロークV型12気筒液冷スーパーチャージド・ディーゼル
最大出力: 844hp/2,300rpm
最大速度: 60km/h
航続距離: 320km
武装: 52口径155mm榴弾砲L7A1×1 (60発)
12.7mm重機関銃WKM-B×1
装甲厚:
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<AHSクラブ155mm自走榴弾砲 生産型>
全長: 12.05m
全幅: 3.60m
全高: 3.00m
全備重量: 48.0t
乗員: 5名
エンジン: MTU MT881Ka-500 4ストロークV型8気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル
最大出力: 1,000hp/2,700rpm
最大速度: 67km/h
航続距離: 400km
武装: 52口径155mm榴弾砲L7A1×1 (60発)
12.7mm重機関銃WKM-B×1
装甲厚:
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<参考文献>
・「パンツァー2003年4月号 イギリスの155mm砲塔 ブレイブハート(2)」 三鷹聡 著 アルゴノート社
・「パンツァー2020年9月号 ポーランド版AS90 155mm自走榴弾砲クラブ」 アルゴノート社
・「パンツァー2024年2月号 軍事ニュース」 荒木雅也 著 アルゴノート社
・「パンツァー2002年2月号 新装備トピックス」 アルゴノート社
・「パンツァー2020年2月号 DRAGON'19」 アルゴノート社
・「世界のAFV 2021~2022」 アルゴノート社
・「戦闘車輌大百科」 アルゴノート社
・「世界の戦車パーフェクトBOOK」 コスミック出版
・「世界の戦闘車輌 2006~2007」 ガリレオ出版
・「世界の装軌装甲車カタログ」 三修社
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