M1978/M1989「谷山」(コクサン)170mm自走加農砲 |
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●M1978コクサン |
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「谷山」(コクサン)170mm自走加農砲は北朝鮮軍が独自に開発した自走砲で、1978年に北朝鮮南央部の黄海北道谷山郡で西側が初めて存在を確認したことから、「M1978 KOKSAN」のNATOコードネームが与えられた。 なお北朝鮮軍におけるM1978の正式な名称は、「主体砲」(チュチェポ)もしくは「主体大砲」(チュチェデポ)であるといわれている。 M1978は、1950年代に北朝鮮が旧ソ連から沿岸防備用として導入した艦艇砲もしくは沿岸砲台用の加農砲を転用したと思われる長砲身の170mm加農砲を主砲に採用しており、車台は中国から導入した59式戦車(旧ソ連製のT-54A中戦車のライセンス生産型)の改良型をベースとしている。 主砲の170mm加農砲の詳細については不明であるが、砲は分離装薬式で閉鎖機は右開きの隔螺式が採用されている。 閉鎖機の左側には弾薬装填用のトレイが設けられており、動力式のラマーにより装填が行われるものと思われる。 砲身先端には多孔式の砲口制退機が設けられており、砲身に排煙機は取り付けられていない。 砲の旋回・俯仰については共に動力式であると思われるが、重量バランスの関係から旋回角はかなり限られていると推測される。 砲の射程は通常砲弾で約40km、ロケット補助推進弾(RAP)を使用した場合には最大約60kmと推定されており、RAPを用いれば北朝鮮領内から韓国の首都ソウルを砲撃することが可能である。 本来は沿岸砲台に装備されていた170mm加農砲を自走砲の主砲に転用した理由は不明であるが、1970年代後期から中国製のC-201など射程の長い地対艦ミサイル・システムの導入が開始されて沿岸砲が余剰になったために、本車の開発に繋がったのではないかと推測されている。 自走砲への改造要領については、ベースとなった59式戦車の砲塔を取り去って開口部をプレートで塞ぎ、その上に170mm加農砲を砲架ごと搭載している。 車体に比べて主砲が巨大なため旋回式砲塔に収めるのは無理なので、主砲は砲架が剥き出しの状態で限定旋回式に搭載されている。 このため砲操作員の防護は全く考慮されていないが、長距離の火力支援に用いられる自走砲なのでそれほど問題は無いと思われる。 主砲射撃時の反動はかなり大きいようで、車体後部には折り畳み式の巨大な駐鋤が2基備えられており、射撃時には手動で駐鋤を下ろして発砲の反動を受け止めるようになっている。 車体前部には主砲の長い砲身を固定するためのトラベリング・ロックが設けられており、射撃時には前方に倒される。 乗員数については不明であるがおそらく操縦手のみが自走砲に搭乗し、それ以外の砲操作員は弾薬運搬車など別の車両に乗って移動するものと考えられている。 操縦手には夜間戦闘用に赤外線暗視装置が装備されている可能性があり、またNBC防護装置が装備されている可能性が高い。 M1978はいかにも即席の自走砲という感じで、非常にシルエットが高く重量バランスが前に偏り過ぎている印象であるが、これは戦車の車台をそのまま流用したために主砲を車体中央部に搭載しなければならなかったことが原因である。 北朝鮮軍はM1978を他の自走砲や自走多連装ロケット・システムと共に軍事境界線に沿って配備しており、北朝鮮領内から韓国領内を直接攻撃することが常時可能となっている。 なおM1978はかなり以前に生産が終了しており、その生産数もかなり少数であった(一説には36両)と推測されている。 M1978は少数だが輸出も行われており約20両がイランに輸出され、1980〜88年のイラン・イラク戦争でアメリカ製のM107 175mm自走加農砲と共に、イラン領内からイラク領土内の都市や油田への長距離戦略砲撃に使用された。 その際にイラク軍が鹵獲した車両が、1990〜91年の湾岸戦争後に発見されている。 |
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●M1989コクサン |
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1989年になってM1978コクサンの改良型と思われる自走砲の存在を西側が確認したため、この車両には「M1989 KOKSAN」のNATOコードネームが与えられた。 なお、北朝鮮軍におけるM1989の正式名称はM1978と同じ「主体砲」であるといわれているが、M1978の正式名称が「主体大砲」、M1989の正式名称が「主体砲」であるとする資料も存在する。 M1989は主砲こそM1978と同じ旧式の170mm加農砲であるが、旧ソ連製の2S7「ピオン」(シャクヤク)203mm自走加農砲とよく似た低平なスタイルにまとめられており、砲架をやや小型化して主砲の搭載位置を大きく後方にずらしたことでかなりバランスが安定した印象を受ける。 M1989の車台は、旧ソ連製のATS-59砲兵牽引車を北朝鮮が国産化した「徳川」(トクチョン)砲兵牽引車をベースに、車体を延長したものが用いられているといわれている。 トクチョンは車体中央部に機関室が配置されているため自走砲のベース車台として適しており、M1989は主砲を車体後部に搭載することが可能になった。 またM1989は車体前部の操縦室と車体後部の砲架部の間にも乗員区画が設けられていることから、砲操作員および主砲弾薬(12発程度)はこの部分に搭載していると見られる。 M1978の場合は砲操作員と主砲弾薬を輸送する弾薬運搬車が随伴する必要があったが、M1989は単独での運用が可能になっていると推測されている。 なおM1989には、生産時期によって細部が異なるヴァリエーションが数種類存在するようであるが、その詳細については不明である。 現在M1989は、ソウルを火の海にすることが可能な「虎の子」自走砲として軍事境界線沿いに多数(一説には約500両)配備されており、最近の軍事パレードでも必ず姿が見られることから現在も生産が続いている可能性もある。 M1989はUAE(アラブ首長国連邦)に少数が輸出されたともいわれるが、すでに退役済みとのことである。 |
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<M1978コクサン170mm自走加農砲> 全長: 14.90m 全幅: 3.27m 全高: 3.10m 全備重量: 40.0t 乗員: エンジン: 12150L 4ストロークV型12気筒液冷ディーゼル 最大出力: 520hp/2,000rpm 最大速度: 航続距離: 武装: 170mm加農砲×1 装甲厚: |
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<参考文献> ・「パンツァー2012年8月号 朝鮮人民軍の虚像と実像 朝鮮戦争終結60年目の現状(上)」 古是三春 著 アル ゴノート社 ・「パンツァー2018年12月号 平壌軍事パレードに登場した北朝鮮軍車輌」 宮永忠将 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2003年5月号 東アジアのホットポイント 北朝鮮陸軍の現状」 藤井久 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2019年9月号 能勢伸之のツキイチ安全保障(7)」 能勢伸之 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2012年9月号 北朝鮮地上軍の最近の装備」 古是三春 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2024年8月号 北朝鮮兵器カタログ」 荒木雅也 著 アルゴノート社 ・「世界のAFV 2021〜2022」 アルゴノート社 ・「世界の軍用車輌(2) 装軌式自走砲:1946〜2000」 デルタ出版 ・「世界の戦闘車輌 2006〜2007」 ガリレオ出版 ・「世界の戦車パーフェクトBOOK」 コスミック出版 ・「世界の装軌装甲車カタログ」 三修社 |