ケンタウルス歩兵戦闘車
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+開発
1989年のベルリンの壁崩壊を契機に広がった社会主義政権消滅のドミノ現象、さらには最大の社会主義大国ソ連の崩壊で東西冷戦が終結すると、旧東側陣営の国々の兵器の多くが余剰ストックとなって、従来の枠を超えて売買取引されるようになった。
その中でも旧東側陣営の主力装軌式IFV(歩兵戦闘車)であったBMP-1歩兵戦闘車は、特に歩兵の機械化が財政上の理由で進まなかった諸国等で安価に入手できる装軌式IFVとして盛んに購入されるようになった。
慢性的な財政難に苦しんでいたギリシャもその例外ではなく、ギリシャ国防省は1990年の東西ドイツ統合で余剰となった旧東ドイツ陸軍保有の中古のBMP-1歩兵戦闘車を、1994年に501両購入してギリシャ陸軍の機甲師団への配備を進めた。
しかし、BMP-1歩兵戦闘車の多くは1960年代後期~70年代前期に生産されておりすでに耐用年数が残り少なかったため、国防省は同車の導入直後から後継車両について検討する必要に迫られていた。
一方で国防省は、ギリシャ陸軍がそれまで運用してきたアメリカ製の装軌式APC(装甲兵員輸送車)であるM113装甲兵員輸送車シリーズが旧式化したため、その後継として1980年代にオーストリアのシュタイアー・ダイムラー・プフ社製の装軌式APCである4K7FA装甲兵員輸送車の陸軍への導入を開始していた。
ギリシャ陸軍向けの4K7FA装甲兵員輸送車には、「レオニダスI」(Leonidas I:アギス朝のスパルタ王でありスパルタ随一の英雄といわれるレオニダス1世に因む)の名称が与えられた。
レオニダスI装甲兵員輸送車は、シュタイアー社が1972年にテッサロニキに設立した子会社であるシュタイアー・ヘラス社(1987年にELVO社(Elliniki
Viomihania Ohimaton:ギリシャ車両工業)に改組)の手でライセンス生産が行われ、1982~87年にかけて合計390両が生産されてギリシャ陸軍に引き渡された。
さらに国防省は1987年にシュタイアー社との間で292両の追加生産契約を締結し、この追加生産分には「レオニダスII」(アギス朝のスパルタ王であるレオニダス2世に因む)の名称が与えられた。
レオニダスII装甲兵員輸送車はELVO社の手で各部に改良が図られることになっていたが、同社はレオニダスII装甲兵員輸送車をBMP-1歩兵戦闘車の後継の装軌式IFVに発展させることを計画し、レオニダスIと同じAPCタイプの開発と並行して、機関砲を装備する全周旋回式砲塔を搭載したIFVタイプの開発も進めた。
しかし、ベースとなった4K7FA装甲兵員輸送車の基本設計が古いため大幅な性能の向上が見込めなかったことから、結局レオニダスIIは無砲塔のAPCタイプのみが生産されることになった。
ELVO社はレオニダスII装甲兵員輸送車のギリシャ陸軍および輸出向けの生産を手掛ける一方で、BMP-1歩兵戦闘車の後継となる装軌式IFVの新規開発にも着手した。
この新型装軌式IFVには「ケンタウルス」(Kentaurus:ギリシャ神話に登場する半人半馬の怪物)の名称が与えられ、ELVO社は1998年後期にケンタウルス歩兵戦闘車の最初の試作車を完成させた。
ケンタウルス歩兵戦闘車の試作車は同年に首都アテネで開催された兵器展示会で一般公開され、ギリシャ陸軍による運用試験に供された。
試験の結果が良好だったため、国防省は2003年に140両のケンタウルス歩兵戦闘車を陸軍に導入する予定であることを公表したが、その後ロシア兵器輸出公団がより安い価格で自国製の装軌式IFVであるBMP-3歩兵戦闘車の導入を提案してきたため、国防省は2009年に450両のBMP-3歩兵戦闘車の購入契約に調印した。
しかし、これに対しELVO社やEAS社などケンタウルス歩兵戦闘車の開発に携わった国内企業が強く反発し、またギリシャ政府の財政難が深刻化したこともあって、国防省はBMP-3歩兵戦闘車の購入契約を2012年に凍結した。
現在、国防省の手でギリシャ陸軍の次期IFVの再選定作業が進められているが、政府が財政破綻の危機にある現状で次期IFVの導入がいつ頃実行されるかは不透明である。
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+攻撃力
ケンタウルス歩兵戦闘車の主武装は、ドイツのKUKA社製のE-8 1名用砲塔に装備された同国のマウザー製作所製の82口径30mm機関砲MK30F(MK30-1)で、30mm機関砲弾の携行数は即用弾200発、予備弾196発である。
この機関砲は二重給弾システムを備えており、目標の種類に応じて装甲目標用のAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)と、非装甲目標/航空目標用のKETF(時限信管式運動エネルギー弾)を即座に切り替えて射撃することが可能である。
この内APFSDSは砲口初速1,385m/秒、射距離1,000mにおいて110mm厚のRHA(均質圧延装甲板)を貫徹することが可能で、戦後第2世代までのMBT(主力戦車)を撃破することが可能である。
一方KETFは時限信管式の散弾で、内部に135個のタングステン製子弾が内蔵されている。
機関砲の最大発射速度は800発/分となっているが、通常はバースト射撃が基本で3発、5発、10発の射撃モードを選択できる。
これにより装甲目標、非装甲目標、航空目標に応じた射撃が可能となっている。
副武装としては、30mm機関砲の右側にドイツのラインメタル社製の7.62mm機関銃MG3を1挺同軸装備している。
これはギリシャ陸軍向けの仕様であり、顧客の要望によって副武装をアメリカのブラウニング火器製作所製の12.7mm重機関銃M2や、同国のサコー防衛工業製の40mm自動擲弾発射機Mk.19に換装することも可能である。
7.62mm機関銃弾の携行数は即用弾500発、予備弾1,100発で、さらに砲塔の左右側面後部にはアテネのパイルカル社製の76mm発煙弾発射機を各4基ずつ装備している。
30mm機関砲MK30Fと7.62mm機関銃MG3は、アテネのEVO社(Ελληνική Βιομηχανία Όπλων:ギリシャ火器工業)がギリシャ国内におけるライセンス生産権を取得しているが、EVO社は2004年にパイルカル社と合併してEAS社(Ellinika
Amyntika Systimata:ギリシャ防衛システム)に改組されている。
ケンタウルス歩兵戦闘車に採用された1名用のE-8砲塔は圧延防弾鋼板の全溶接構造で、砲塔重量が1,585kgと軽量なのが特徴である。
砲塔の旋回速度と武装の俯仰速度は共に30度/秒で、武装の俯仰角は-10~+45度となっている。
他国の装軌式IFVは砲塔内乗員の負担を減らすため2名用砲塔を採用しているものが多いが、ケンタウルス歩兵戦闘車はコストの削減を優先して1名用砲塔を採用したようである。
また他国の装軌式IFVは自衛用に対戦車ミサイルを装備しているものが多いが、本車の武装は機関砲のみでこれもコストの削減を優先したためと思われる。
ただしこれはギリシャ陸軍向けの仕様であり、顧客が希望すればオプションで対戦車ミサイルの発射機を取り付けることも可能になっている。
ケンタウルス歩兵戦闘車のFCS(射撃統制システム)は、ドイツのSTNアトラス社(2003年にラインメタル・ディフェンス・エレクトロニクス社に改組)製のトクソティスFCSが採用されている。
このFCSはディジタル弾道コンピューターとレーザー測遠機、第2世代熱線映像サイト、CCDカメラなどで構成されており、昼夜に関わらず機関砲の高い命中精度を実現している。
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+防御力
ケンタウルス歩兵戦闘車の車体は比較的大柄な箱型で、圧延防弾鋼板の全溶接構造となっている。
車体前面は避弾経始を考慮して傾斜面となっているが、全体的には垂直面が多いシンプルな構造をしている。
車内レイアウトは車体前部左側が操縦室、前部右側が機関室、車体中央部が全周旋回式砲塔を搭載した戦闘室、車体後部が兵員室という装軌式IFVとして一般的なレイアウトを採用している。
本車の装甲防御力は車体前面で射距離1,500mから発射された30mmAPDS(装弾筒付徹甲弾)、射距離400mから発射された25mmAPDS、射距離30mから発射された20mmAPDS、車体側面で射距離100mから発射された12.7mmAP(徹甲弾)、その他の部分で7.62mm弾の直撃に耐えられるとされており、さらに防御力を強化するために各部に増加装甲を装着することも可能となっている。
車体後部の兵員室には標準で8名の完全武装兵員を収容することが可能であるが、兵員用のベンチシートは兵員室内の左側に4席、右側に3席の配置で、分隊指揮官は後方を向いて着座するようになっている。
これは分隊指揮官が、兵員室上面の最後部に2基装備されているペリスコープを使用し易くするためと思われる。
分隊指揮官はペリスコープを用いて車外の状況を確認し、搭乗兵員が安全に下車できるように気を配らなければならないからである。
なおケンタウルス歩兵戦闘車の兵員室内には最大10名までの兵員を収容することが可能で、兵員室の後面には大型の観音開き式ドアが設けられており、兵員はここから乗降を行うようになっている。
観音開き式ドアの内側にはスコップやつるはし、金テコなどの工具類が装着されている。
BMP-1歩兵戦闘車とは異なり、兵員室の左右側面には搭乗兵員が車外を射撃するためのガンポートなどは設けられていない。
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+機動力/派生型
ケンタウルス歩兵戦闘車のパワーパックは、ドイツのMTU社(Motoren und Turbinen Union:発動機およびタービン連合企業)製の6V-183-TE22 V型6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル・エンジン(出力420hp)と、同国のZF社(Zahnradfabrik Friedrichshafen:フリードリヒスハーフェン歯車製作所)製のLSG1000自動変速・操向機(前進6段/後進3段)の組み合わせとなっており、路上最大速度75km/h、路上航続距離500kmの高い機動性能を発揮する。
サスペンションは一般的なトーションバー(捩り棒)方式が採用されているが、効率の高い油圧式ロータリーダンパーと組み合わせることで不整地においても良好な機動性能を発揮できる。
ケンタウルス歩兵戦闘車の派生型としては低反動戦車砲を装備した戦車駆逐車型、対空機関砲や対空ミサイルを装備した対空型、装甲救急車型、装甲工兵車型、装甲指揮車型、装甲回収車型など多種多様なヴァリエーションが提案されているが、いずれもまだ計画段階である。
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<ケンタウルス歩兵戦闘車>
全長: 6.28m
全幅: 2.55m
全高: 2.45m
全備重量: 19.8t
乗員: 3名
兵員: 8~10名
エンジン: MTU 6V-183-TE22 4ストロークV型6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル
最大出力: 420hp/2,300rpm
最大速度: 75km/h
航続距離: 500km
武装: 82口径30mm機関砲MK30F×1 (396発)
7.62mm機関銃MG3×1 (1,600発)
装甲厚:
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<参考文献>
・「グランドパワー2006年11月号 歩兵戦闘車 BMP (2)」 古是三春 著 ガリレオ出版
・「世界の戦闘車輌 2006~2007」 ガリレオ出版
・「パンツァー2002年5月号 砲塔ビジネス 最新情報(2)」 三鷹聡 著 アルゴノート社
・「パンツァー2001年4月号 海外ニュース」 アルゴノート社
・「パンツァー2002年12月号 海外ニュース」 アルゴノート社
・「戦闘車輌大百科」 アルゴノート社
・「世界の戦車パーフェクトBOOK」 コスミック出版
・「戦車名鑑 1946~2002 現用編」 コーエー
・「世界の装軌装甲車カタログ」 三修社
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