Mk.VIII戦車
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+開発
第1次世界大戦においてイギリスやフランスが戦車を逸早く実用化し実戦投入したのに対し、アメリカは当初戦車にあまり関心を持っていなかった。
しかし、1917年5月にフランス派遣部隊からもたらされた戦車運用についての報告書によってアメリカはようやく戦車の有効性を認識することとなり、同年7月からアメリカ陸軍が装備すべき戦車についての調査研究が開始された。
この研究はジェイムズ・ドレイン少佐とハーバート・オールデン少佐を中心に実施され、1917年9月に結果がまとめられた。
それによると軽戦車についてはフランス製のルノーFT軽戦車を採用するのが望ましいとされた一方、重戦車については適当な候補車両が見つからないためイギリスと共同で新型戦車を開発することが提案されていた。
検討の結果アメリカ陸軍はイギリス陸軍と共同で新型戦車を開発することを決断し、同年11月にアメリカとイギリスの間で連合戦車委員会が設立される運びとなった。
イギリス陸軍には新型戦車設計のために新たに機械化戦部門が組織され、ラックハム中尉を設計主任として直ちに新型戦車の開発が開始された。
この新型戦車には「Mk.VIII戦車」の名称が与えられ、1917年12月26日には早くも実物大モックアップ(木製模型)が完成した。
1918年7月にはグラスゴーのNBL社(North British Locomotive:北イギリス機関車製作所)の手でMk.VIII戦車の軟鋼製の試作車が製作され、その後アメリカに送られて動力装置その他の部品が取り付けられた。
Mk.VIII戦車の生産に際してイギリスとアメリカはコンポーネントの製造を分担することになり、イギリス側が装甲板と構造部材、武装、砲弾、履帯を担当し、アメリカ側はエンジンと変速・操向機、操縦装置、ブレーキ、足周り等を提供することになった。
またMk.VIII戦車をヨーロッパ大陸に運搬する手間を省くため、フランス国内に専用の工場を建設して最終組み立てを行うことになった。
完成したMk.VIII戦車はイギリス、アメリカ陸軍以外にフランス陸軍も装備することになっていた。
Mk.VIII戦車には「インターナショナル」(International:国際的な)、「アライド」(Allied:連合国側の)など幾つかの愛称が存在したが、アメリカ陸軍では搭載するエンジンの名前に因んで「リバティー」(Liberty:自由)の愛称で呼ばれることが多かったようである。
Mk.VIII戦車は当初の計画では月産300両のペースで合計1,500両を量産することになっていたが、1918年春のドイツ軍の大攻勢以降戦局が急展開したため、そのあおりを受けてMk.VIII戦車の生産準備は大きく遅れることとなり、結局1918年11月11日にドイツと連合国との間で休戦協定が締結されるまでに完成したMk.VIII戦車は1両も無かった。
第1次世界大戦が終結したことで、すでに他の戦車を大量に保有していたイギリスとフランスはもはやMk.VIII戦車を生産する必要性は無くなったと判断し、終戦直後の1918年11月27日にMk.VIII戦車計画から脱退してしまった。
一方、アメリカの方は自軍の装備としてまとまった数の戦車を必要としていたため、Mk.VIII戦車の生産計画を継続することになった。
アメリカはイギリス国内で完成していたMk.VIII戦車100両分のパーツを1918年11月までに購入し、翌19年1月までにイリノイ州のロックアイランド工廠に運び込んだ。
1919年2月2日には最終組み立てが完了したMk.VIII戦車の軟鋼製試作車がロックアイランド工廠に到着し、サバンナ試験場において3,500kmに及ぶ過酷な走行試験に供された。
試験においてMk.VIII戦車の試作車は概ね良好な性能を発揮したが、細かい不具合も幾つか見つかったため改良が施されることになった。
そして不具合の改修を終えた後、1919年7月1日からようやくMk.VIII戦車の量産が開始された。
1919〜20年にかけて100両のMk.VIII戦車がロックアイランド工廠で生産され、アメリカ陸軍の制式重戦車として1932年まで現役に留まっていた。
退役したMk.VIII戦車はメリーランド州アバディーンのアメリカ陸軍車両試験場に保管されていたが、第2次世界大戦が勃発すると1940年に90両がカナダに送られ、戦車乗員の訓練戦車として使用されている。
一方、イギリス陸軍もNBL社で7両のみMk.VIII戦車の生産を行ったが、最初の1両にはダービーのロールズ・ロイス社製の航空機用ガソリン・エンジンが搭載され、残りの車両にはショアハム・バイ・シーのリカード社製の直列6気筒液冷ガソリン・エンジン(出力150hp)を2基連結したエンジンを搭載していた。
また第1次世界大戦中にMk.VIII戦車の発展型として、全般的な能力向上を図った車両を「Mk.X戦車」(Mk.VIII*戦車とする資料もある)の名称で開発することも計画されており、戦争が1919年まで長引いていれば約2,000両を生産することが予定されていた。
しかし1918年中に大戦が終結したことで不要となったため、Mk.X戦車は設計段階で開発が中止され生産には至らなかった。
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+構造
Mk.VIII戦車はイギリス陸軍が運用していた菱形戦車シリーズの基本設計を踏襲したものであったが、それまでの戦車戦から得た戦訓を活かした各種の改良が導入されていた。
従来の菱形戦車では乗員が搭乗する戦闘室とエンジンを収容する機関室が仕切られていなかったため、乗員はエンジンから発生する熱に悩まされたが、Mk.VIII戦車では戦闘室と機関室が隔壁で完全に仕切られたため乗員はエンジンの熱から解放されることになった。
またMk.VIII戦車では戦闘室内に動力ファンを用いた換気装置が新設されたため、砲や機関銃を射撃した際に発生するガスが速やかに排出されるようになり車内の環境が改善された。
Mk.VIII戦車は従来の菱形戦車に比べて車体が延長されており全長は10mを超えていたが、これは超壕能力を向上させるためでMk.VIII戦車の超壕能力はMk.V戦車に比べて1m以上向上していた。
Mk.VIII戦車の車体左右側面には従来の菱形戦車と同じく主砲を装備するスポンソン(張り出し砲座)が設けられていたが、不整地走行時に地面と干渉しないように前方下部が斜めにカットされたデザインに改められていた。
またMk.IV戦車やMk.V戦車と同じく、戦闘時以外にスポンソンを車内に引き込んで駐車スペースを節約する機構も備えており、スポンソンの前方を支点にして後方を内側に引き込むことで全幅を92cm縮めることができた。
戦闘室の上部に箱型の構造物が設けられているのも従来の菱形戦車と同様であったが、Mk.VIII戦車の上部構造物は従来のものより長大で、構造物の上部には車長用のキューポラが新設されていた。
主武装はMk.IV、V戦車と同じく左右のスポンソンに23口径6ポンド(57mm)戦車砲を1門ずつ装備しており、副武装は左右スポンソンの後方の乗降用ドアに各1基ずつ、上部構造物の前面に2基、後面に1基設けられたボールマウント式銃架に機関銃を各1挺ずつ計5挺装備していた。
Mk.VIII戦車の試作車では上部構造物の左右側面にも各1挺ずつ機関銃が装備されていたが、生産型では廃止されている。
副武装の機関銃の内、左右の乗降用ドアと上部構造物後面に装備されたものは大型のボールマウント式銃架に取り付けられており、かなり射界が広く取れるようになっていた。
なおイギリス陸軍とアメリカ陸軍のMk.VIII戦車では搭載機関銃が異なっており、試作車とイギリス陸軍のMk.VIII戦車には従来の菱形戦車シリーズと同じ.303口径(7.7mm)のオチキスM1914重機関銃、アメリカ陸軍のMk.VIII戦車には.30口径(7.62mm)のブラウニングM1919機関銃が装備されていた。
またイギリス陸軍とアメリカ陸軍のMk.VIII戦車ではエンジンも異なっており、イギリス陸軍のMk.VIII戦車はリカード社製の直列6気筒液冷ガソリン・エンジン(出力150hp)を2基連結したエンジンを搭載していた。
一方アメリカ陸軍のMk.VIII戦車は、国産の航空機用ガソリン・エンジンであるリバティーL-12 V型12気筒液冷ガソリン・エンジン(出力338hp)を搭載していた。
変速・操向機については、いずれもイギリス製のウィルソン遊星歯車式変速・操向機(前進2段/後進2段)を採用しており、チェインを介して起動輪に動力を伝達するようになっていた。
燃料搭載量は908リットルとなっていたが、Mk.VIII戦車の航続距離は路上で64kmと非常に燃費が悪かった。
なお後にリバティー・エンジンの圧縮比を従来の4.9:1から6:1に引き上げ、空冷化したエンジンがアメリカで開発され、アメリカ陸軍は1932年にMk.VIII戦車に搭載して走行試験を行っている。
この車両は機関室の左側面に大きな箱状の冷却装置が張り出していたので、識別は容易である。
この空冷エンジン搭載のMk.VIII戦車は、アバディーン試験場に併設されているアメリカ陸軍兵器博物館の展示車両として余生を送っている。
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<Mk.VIII戦車 アメリカ陸軍仕様>
全長: 10.43m
全幅: 3.66m
全高: 3.12m
全備重量: 39.4t
乗員: 8〜11名
エンジン: リバティーL-12 4ストロークV型12気筒液冷ガソリン
最大出力: 338hp/1,500rpm
最大速度: 8.8km/h
航続距離: 64km
武装: 23口径6ポンド戦車砲×2 (208発)
7.62mmブラウニングM1919機関銃×5 (15,100発)
装甲厚: 6〜16mm
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<Mk.VIII戦車 イギリス陸軍仕様>
全長: 10.43m
全幅: 3.66m
全高: 3.12m
全備重量: 39.4t
乗員: 8〜11名
エンジン: リカード 4ストローク直列12気筒液冷ガソリン
最大出力: 300hp/1,250rpm
最大速度: 8.8km/h
航続距離: 64km
武装: 23口径6ポンド戦車砲×2 (208発)
7.7mmオチキスM1914重機関銃×5 (15,100発)
装甲厚: 6〜16mm
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<参考文献>
・「パンツァー2014年10月号 第一次大戦の戦車総覧 初登場した地上戦の主役達」 荒木雅也 著 アルゴノー
ト社
・「パンツァー2011年2月号 陸戦に新時代をもたらした菱形戦車Mk.I〜VIII (終)」 箙公一 著 アルゴノート社
・「グランドパワー2011年3月号 原乙未生中将とその時代(8)」 多賀谷祥生 著 ガリレオ出版 ・「グランドパワー2020年3月号 第1次大戦のイギリス軍戦車」 齋木伸生 著 ガリレオ出版
・「世界の戦車(1)
第1次〜第2次世界大戦編」 ガリレオ出版
・「世界の戦車
1915〜1945」 ピーター・チェンバレン/クリス・エリス 共著 大日本絵画
・「戦車メカニズム図鑑」 上田信 著 グランプリ出版
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