M142 HIMARS自走多連装ロケット・システム
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+開発
M142 「HIMARS」(High Mobility Artillery Rocket System:高機動ロケット砲システム)は、アメリカ陸軍が装軌式で大重量のM270
MLRSと共に運用している、軽量な装輪式の自走多連装ロケット・システムである。
アメリカ陸軍が1980年代から運用していたMLRSは、1991年の湾岸戦争において絶大な破壊力と長距離支援能力を発揮したが、車両重量が24tあるため輸送にはC-5またはC-17などの大型輸送機が必要で、海外への迅速な部隊展開に制約があることが明らかになった。
このため、緊急展開部隊向けにより軽量で高速な自走多連装ロケット・システムが求められることになり、MLRSの生産メーカーであるロッキード・マーティン社が1990年代初頭から開発に着手したのがHIMARSである。
HIMARSは開発・運用コストの低減を図って、ベース車体に当時スチュワート&スティーヴンソン社がアメリカ陸軍向けに開発中であった、「FMTV」(Family
of Medium Tactical Vehicles:中型戦術車両ファミリー)と呼ばれる中型トラックを流用している。
また武装システムもMLRSと共通化が図られ、MLRS用に開発されたLPコンテナ(227mmロケット弾6発を収納)を1基搭載する旋回式ロケット弾発射機を、車体後部に搭載するものとして開発が進められた。
MLRSの場合はロケット弾発射機にLPコンテナを2基搭載でき、合計12発の227mmロケット弾を1度に運用することができるが、それに比べるとHIMARSが1度に運用できる227mmロケット弾の数はMLRSの半分の6発であり、火力(面制圧能力)ではどうしても劣る。
しかし、HIMARSは車両重量が13.7tとMLRSより10t以上軽いため、アメリカ陸軍の主力輸送機であるC-130中型輸送機に搭載可能で、路上最大速度85km/hと機動性にも優れている。
またLPコンテナにはMLRSと同じく、無誘導のM26ロケット弾6発に代えてMGM-140 ATACMS地対地ミサイル1発を搭載することも可能であるため、HIMARSは長距離精密誘導兵器の発射機としての活躍も期待できる。
HIMARSの最初の実証モデルは1993年12月に初のロケット弾射撃を行い、また1994年3月には初めてATACMSを発射した。
これらの試験はアメリカ陸軍の要求によって1996年にも続けられたが、緊急展開部隊構想とACTD(発展型技術実証)プログラムの下、4両のHIMARS試作車を用いて行われた。
次いで3両のHIMARS試作車が第18空挺砲兵旅団に配備され、アメリカ陸軍による評価試験が実施された。
ロッキード・マーティン社は1999年12月、さらに6両のHIMARSの発注を受けた。
製造期間は36カ月、総額6,500万ドルで、これには技術・生産開発契約と少数先行生産の経費も含まれていた。
HIMARSの最初の少数先行生産が契約されたのは2003年4月のことで、2005年5月からアメリカ陸軍の砲兵大隊への配備が開始された。
3両のHIMARS試作車はまずフォート・ブラッグの第27野戦砲兵連隊第3大隊に配備され、2003年3月にイラク西部で特殊部隊の支援に当たった。
アメリカ陸軍の計画では2002年の段階で、HIMARSを合計1,356両調達することになっていたが、後に888両に減らされている。
またアメリカ海兵隊も45両のHIMARSの調達を計画し、2年間に渡る評価試験を実施している。
MLRSおよびHIMARS用の主武装として最初に開発されたM26ロケット弾は、30kmの大射程で大量のM77子爆弾を目標上空にばら撒き、一網打尽にするやり方で誘導の無いロケット弾の不正確さをカバーしていた。
このため、前述のようにMLRSの半分しかロケット弾を搭載できず面制圧能力が劣るHIMARSは、当初MLRSの廉価版という認識が強かったが、後にGPS誘導方式で射程を70kmに延伸したM30ロケット弾が開発されると、HIMARSは強力な精密誘導兵器の発射機へと進化を遂げた。
このため、将来的に戦車部隊を廃止することを予定しているアメリカ海兵隊は、その代わりになる打撃装備としてHIMARSを重視しており、2030年までに大幅に増強することを計画している。
HIMARSは開発国のアメリカで陸軍と海兵隊が運用している他、カナダ、スペイン、シンガポール、アラブ首長国連邦の4カ国で採用されており、台湾に輸出されることも決定している。
また2022年2月に勃発したロシア・ウクライナ戦争において、アメリカ政府はウクライナを支援するために大量の武器供与を決定しており、その中に16両(当初12両、追加で4両)のHIMARSが含まれている。
同年6月にウクライナ軍が最初に受領した12両のHIMARSは、ロシア軍の重要拠点に対する攻撃で大きな戦果を挙げたという。
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+構造
HIMARSの車体は、スチュワート&スティーヴンソン社がアメリカ陸軍向けに開発したFMTVファミリーの中の、6×6タイプであるM1083中型トラックの派生型であるM1140中型トラックが用いられている。
車体サイズは全長6.94m、全幅2.40m、車体重量は13.7tで、パワーパックはキャタピラー社製の3166 直列6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル・エンジン(出力330hp)と、アリソン社製の3700SP自動変速・操向機(前進7段/後進1段)の組み合わせである。
このパワーパックによりHIMARSは路上最大速度85km/h、路上航続距離300マイル(483km)の機動性能を発揮し、また軽量な車体のおかげでC-130中型輸送機による空輸を可能としている。
3名の乗員が搭乗する乗員室はLTAS防護キットにより装甲化されており、小火器弾の直撃や榴弾の破片に耐える程度の防御力を備えている。
また乗員室には、与圧式換気装置/NBC防護装置を完備している。
乗員室の内部には左から順に操縦手、射撃手、車長の席が設けられ、発射統制ユニット、遠隔発射ユニット、統制表示パネル、航法装置から成るFCS(射撃統制システム)を備える。
車体後部に搭載されているロケット弾の旋回発射機は左右各97度ずつの限定旋回式となっており、0〜+60度の仰角を取ることができる。
ロケット弾の発射間隔は4.5秒ごととされ、全弾発射後の再装填はわずか16秒で終了する。
HIMARSの当初の主武装であったM26 227mmロケット弾は全長3.94m、発射重量308kg、弾頭重量159kg、最大射程32km、弾頭に644個のM77子爆弾(対人・対物用)を収容していた。
6発のM26ロケット弾がばらまく子爆弾の数は、3,864発に達する。
しかも、1発のM77子爆弾(重量230g)は約200m×100mの範囲を制圧することができる。
車両等を直撃した場合には、厚さ40mmのRHA(均質圧延装甲板)を貫徹できる。
また後に、改良型であるM26A1 227mmロケット弾が登場した。
M26A1ロケット弾は最大射程45kmと、大幅に射程が延伸している。
ただしロケット・モーターを大きくしたため、新型のM85子爆弾の収容数は518発に減らさざるを得なかった。
さらに、低価格のGPS(Global Positioning System:衛星位置測定装置)を装備してより正確な飛翔を制御する、M30 227mm精密誘導ロケット弾も実用化されている。
M30ロケット弾は弾頭にM85子爆弾を404個収容し、70km先の目標に対して正確に着弾させることが可能で、この新型ロケット弾の実用化によりHIMARSの攻撃力は大幅に向上することとなった。
しかし、M26シリーズやM30などのいわゆるクラスター型のロケット弾は、不発弾が許容できないほどに発生することが問題となったため、これを改善するため新たに単弾頭型のM30A1 227mmロケット弾が開発された。
M30A1ロケット弾は「代替弾頭」と呼ばれる200ポンド級の単弾頭を持ち、目標上空に到達すると炸裂して多数のタングステン球破片弾を撃ち出す。
またM30A1ロケット弾の派生型として、「ユニタリー」と呼ばれる単一高性能爆薬弾頭を持つピンポイント攻撃型のM31 227mmロケット弾も開発されている。
また前述のようにHIMARSはMLRSと同様、これらの227mmロケット弾以外により巨大で長射程のMGM-140 「ATACMS」(Army
Tactical Missile System:陸軍戦術ミサイル・システム)を発射することが可能である。
このずんぐりした形状の地対地ミサイルは1991年の湾岸戦争において332発が初めて実戦デビューし、100km以上奥地のイラク軍ミサイル陣地や補給・指揮施設をことごとく破壊したという。 湾岸戦争で使われたATACMS地対地ミサイルは、「ブロックI」と呼ばれる。
ミサイルのサイズは全長3.97m、直径0.61m、発射重量1,672kg、弾頭重量561kg、そして最大射程は140〜165kmに達し、弾頭にM74子爆弾が950個収容されている。
このM74子爆弾はテニスボールより一回り小さいが、炸裂により880個の鋭利で高熱の破片が飛び散り、半径15m内の人や施設を加害する。
ATACMSにはブロックI以外に、より長射程のブロックIA(最大射程330km)や対装甲目標用のブロックII、ブロックIIA、硬目標や地下の目標を破壊するための地中侵徹弾頭を持つブロックIIIが存在し、このATACMSシリーズを運用することにより、HIMARSは長距離精密誘導兵器の移動プラットフォームとしての真価を発揮する。
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<M142自走発射機>
全長: 6.94m
全幅: 2.40m
全高: 3.18m
全備重量: 13.7t
乗員: 3名
エンジン: キャタピラー3166 4ストローク直列6気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル
最大出力: 330hp/2,400rpm
最大速度: 85km/h
航続距離: 483km
武装: 6連装227mmロケット弾発射機×1 (6発)
装甲厚:
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<参考文献>
・「パンツァー2023年1月号 ロシア・ウクライナ戦争 ゲームチェンジャーの虚実」 藤村純佳 著 アルゴノート社
・「パンツァー2020年1月号 建国記念パレードに参加したシンガポール軍車輌」 アルゴノート社
・「パンツァー2005年9月号 MLRSの発展と最近のバリエーション」 藤井久 著 アルゴノート社
・「パンツァー2010年7月号 アメリカ軍戦闘車輌の動向-2009 (3)」 和久尊 著 アルゴノート社
・「パンツァー2023年2月号 能勢伸之のカクゲツ安全保障(31)」 能勢伸之 著 アルゴノート社
・「パンツァー2012年12月号 今月のトピックス」 アルゴノート社
・「パンツァー2004年10月号 国内ニュース」 アルゴノート社
・「パンツァー2024年7月号 軍事ニュース」 荒木雅也 著 アルゴノート社
・「パンツァー2024年11月号 軍事ニュース」 荒木雅也 著 アルゴノート社
・「世界のAFV 2021〜2022」 アルゴノート社
・「戦闘車輌大百科」 アルゴノート社
・「グランドパワー2012年5月号 アフガニスタンの米軍 2011」 伊吹竜太郎 著 ガリレオ出版
・「世界の戦闘車輌 2006〜2007」 ガリレオ出版
・「ヴィジュアル大全 火砲・投射兵器」 マイケル・E・ハスキュー 著 原書房
・「世界の戦車パーフェクトBOOK 最新版」 コスミック出版
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