西ドイツ陸軍は、アメリカから供与されたM42ダスター対空自走砲を機甲部隊に随伴する対空車両として運用していたが、M42対空自走砲は第2次世界大戦中に開発されたM19対空自走砲のベース車体をM24チャフィー軽戦車から、新型のM41ウォーカー・ブルドッグ軽戦車に変更しただけの旧式な対空車両であり、相変わらず射撃は光学照準機を用いた目視式でレーダーは搭載していなかった。 このため西ドイツ陸軍は1965年に、M42対空自走砲の後継となる新型対空自走砲の研究を開始した。 当初の計画では、新型対空自走砲はM42対空自走砲と同じくアメリカ製のM41軽戦車の車体をベースに開発することを予定していたが研究の結果、本格的な対空車両を製作しようとするとこの車台では小柄過ぎることが判明したため、1965年に制式化されたばかりのレオパルト1戦車の車体を用いて新型対空自走砲を開発するよう方針が変更され、1966年にラインメタル社とスイスのエリコン・コントラヴェス社の2社に対してそれぞれ試作車の開発が要求されて本格的な開発がスタートした。 新型対空自走砲に対する西ドイツ陸軍の要求は対空機関砲を連装で装備し、全天候下での運用を可能とするFCS(射撃統制システム)を備えるというもので、エリコン社の試作車は同社製の35mm対空機関砲を採用しており「5PFZ-A」の呼称が与えられた。 一方ラインメタル社の試作車は30mm対空機関砲を装備しており、「マタドール」(Matador:闘牛士)の呼称が与えられていた。 それぞれ2両ずつ製作された両社の試作車は1968年に西ドイツ陸軍による評価試験に供され、その結果エリコン社の5PFZ-Aが採用されることになり、「5PFZ-B」の名称で12両の増加試作車が発注される運びとなった。 5PFZ-Aではスレメンス・アルヴィス社製の追尾レーダーとホランド・シグナーラパレント社製の捜索レーダーを装備していたが、この5PFZ-Bでは捜索レーダーがジーメンス社製のMPDR-12に換装され、同社製の敵味方識別装置が搭載されることになった。 1973年には増加試作車12両が西ドイツ陸軍に引き渡され、同年9月には「ゲーパルト」(Gepard:チーター)として制式化されて420両の生産型が発注された。 ゲーパルト対空自走砲の生産型第1号車は1976年末に引き渡され、1980年までに全車の生産を終了した。 最初に生産された195両はB2型と呼ばれ、続く225両はレーザー測遠機を備えてB2L型の呼称が与えられている。 1969年にはオランダ陸軍もゲーパルト対空自走砲の採用を決め「5PFZ-C」の呼称でまず5両の試作車が発注されたが、このオランダ向け車両では捜索・追尾レーダーを国産のホランド・シグナーラパレント社製パルス・ドップラー・レーダーに換装したのが特徴であり、砲塔後部の捜索レーダーが横長の棒状のものに変わっているのでドイツ仕様との識別は簡単である。 オランダ陸軍向けの生産型は「CA1」の名称で95両が発注され、1977〜79年にかけて引き渡しが行われた。 続いてベルギー陸軍も55両を発注し、1977〜80年にかけて引き渡された。 ゲーパルト対空自走砲は、ベース車体としてドイツ陸軍の戦後第2世代MBTであるレオパルト1戦車のものを使用している。 車体は若干装甲が薄くなっているものの、戦車型とほとんど同一である。 内部構造もほとんど同じであるが射撃統制コンピューターなどに使用する大電力を賄うため、車体左前部にAPU(補助動力装置)が追加されている。 ゲーパルト対空自走砲の砲塔は前後に細長い箱型をしており、その左右に対空機関砲を1門ずつ装備するという誠に奇抜なスタイルをしている。 そして砲塔の前部には追尾レーダー、後部には捜索レーダーが別個に独立して装備されている。 主武装であるエリコン社製の35mm対空機関砲KDAは90口径という長砲身砲で、APDS(装弾筒付徹甲弾)を使用した場合の砲口初速は1,385m/秒に達し、発射速度も1門当たり550発/分と高率を誇っている。 弾薬は対空用にHEI(焼夷榴弾)、SAPHEI(半徹甲焼夷榴弾)、対地用にAPDSが用意されている。 砲口初速は、APDS以外は1,175m/秒である。 弾薬は砲塔下の巨大なドラム型弾倉に対空用のものが左右各320発ずつ、砲基部の装甲ボックスに対地用のものが左右各20発ずつ収納されている。 対空用の最大有効射程は4,000m程度で、射撃は20〜40発のバースト射撃が行われる。 ゲーパルト対空自走砲を特徴付けているのが、その高級なFCSである。 前述の通り砲塔の前部と後部には追尾レーダーと捜索レーダーが別々に独立して設けられ、捜索レーダーは毎分60回転して全周を捜索し敵機の情報を伝える。 レーダーには敵味方識別装置が組み込まれており、敵性のものと判別された場合追尾レーダーが対応し、コンピューターによって射撃諸元がはじき出される。 捜索、追尾レーダーの対処距離は15km程度である。 また当然ながら、バックアップ用の光学照準システムも用意されている。 ゲーパルト対空自走砲で特筆すべき点はそれぞれのレーダーが別々に機能していることで、追尾レーダーにより1目標を射撃している時も捜索レーダーによって別の脅威の監視が可能となるのである。 もちろん撃ちっ放し式ミサイルのように同時に多数目標に対処するような真似はできないが、1目標から他の目標へのリアクションタイムが短縮されることで射撃効率は大きく向上する。 ゲーパルト対空自走砲はFCSなどの本格的な改良は実施されていないが、現在でも高い対空迎撃能力を維持している。 最近では迎撃範囲の拡大を図ってアメリカ製のスティンガー対空ミサイルの装備試験も行われており、当分第一線部隊での運用が続けられる模様である。 |
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<ゲーパルト対空自走砲> 全長: 7.73m 車体長: 6.85m 全幅: 3.37m 全高: 4.03m 全備重量: 44.8t 乗員: 3名 エンジン: MTU MB838CaM-500 4ストロークV型10気筒液冷スーパーチャージド・ディーゼル 最大出力: 830hp/2,200rpm 最大速度: 65km/h 航続距離: 550km 武装: 90口径35mm対空機関砲KDA×2 (680発) 装甲厚: 10〜40mm |
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<参考文献> ・「パンツァー2006年12月号 ヨーロッパ随一の戦車メーカー クラウス・マッファイ・ヴェクマン」 林磐男 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2009年7月号 革新的なコンセプトで開発されたゲパルト対空自走砲」 坂本雅之 著 アルゴノー ト社 ・「パンツァー2006年10月号 ゲパルト/シーザー自走対空砲 インアクション」 中川未央 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2011年4月号 AFVの主力火器 エリコンの車載機関砲」 加藤聡 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2012年7月号 ドイツ陸軍の主要車輌」 前河原雄太 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2015年8月号 対空車輌ゲパルトの試作車輌」 アルゴノート社 ・「パンツァー2002年9月号 戦車車体改造の対空自走砲」 アルゴノート社 ・「世界のAFV 2021〜2022」 アルゴノート社 ・「グランドパワー2015年9月号 対空自走砲ゲパルト」 後藤仁 著 ガリレオ出版 ・「世界の戦闘車輌 2006〜2007」 ガリレオ出版 ・「世界の軍用車輌(2) 装軌式自走砲:1946〜2000」 デルタ出版 ・「異形戦車ものしり大百科 ビジュアル戦車発達史」 齋木伸生 著 光人社 ・「世界の主力戦闘車」 ジェイソン・ターナー 著 三修社 ・「新・世界の主力戦車カタログ」 三修社 ・「戦車名鑑 1946〜2002 現用編」 コーエー |
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