FV433「アボット」(Abbot:大司教)105mm自走榴弾砲は、第2次世界大戦後にイギリス陸軍が最初に実用化した自走砲である。 イギリス陸軍は戦後においても長らく、アメリカ製のプリースト105mm自走榴弾砲やカナダ製のセクストン25ポンド自走榴弾砲といった第2次大戦型自走砲の運用を続けていたが、1950年代も半ばを過ぎるとさすがに老朽化が目立ったため、1950年代末から新たな自走榴弾砲の開発に着手した。 この頃アメリカ陸軍では105mm榴弾砲を装備するM108自走榴弾砲と、同じ車体と砲塔を流用して155mm榴弾砲を備えるM109自走榴弾砲の開発が並行して進められており、イギリス陸軍もこれに刺激を受けたものと思われるが、コストなどの問題から主砲には105mm榴弾砲を選択することになった。 しかしこのことが、結果的にアボット自走榴弾砲の運用期間を縮める原因となってしまった。 アボット自走榴弾砲の開発に際しては開発期間の短縮とコストの削減のために、「FVRDE」(Fighting Vehicles Research and Development Executive:戦闘車両研究開発局)が1958年から開発に着手していたFV432「トロウジャン」(Trojan:トロイア人)装甲兵員輸送車との共通化が図られており、足周りやコンポーネントの一部を流用している。 アボット自走榴弾砲は1961年末までに12両の試作車が完成したが、この試作車はエンジン選定のためにロールズ・ロイス社製のK60 直列6気筒液冷ディーゼル・エンジンと、同社製のB81 V型8気筒液冷ガソリン・エンジンがそれぞれ6両ずつに搭載されていた。 試験の結果、最終的にK60ディーゼル・エンジンが採用されることになり生産型に搭載されている。 変速機は、アメリカのアリソン社製のTX-200-4A自動変速機(前進6段/後進1段)が採用されている。 アボット自走榴弾砲の生産はヴィッカーズ社の手で1964年から開始され、1967年までに146両が完成した他、1968年にエンジンを改良型に換装し浮航スクリーンを廃止した簡易型が20両生産されたので、その生産数は166両となった。 アボット自走榴弾砲は約155両がイギリス陸軍の野砲連隊に配備された他、簡易型の内の4両はインド陸軍に供与された。 アボット自走榴弾砲は車体、砲塔共に圧延防弾鋼板の溶接構造で、車体前半は緩い傾斜面になっている。 装甲厚は6〜12mmで、榴弾の破片や小銃弾の直撃には充分耐えられる。 車内レイアウトは車体前部左側が機関室、前部右側が操縦室、車体後部が砲塔を搭載した戦闘室という、戦後型自走砲の標準ともいえるレイアウトにまとめられている。 足周りは片側5個の複列式転輪と片側2個の上部支持輪の組み合わせで、起動輪は前部にある。 サスペンションは、標準的なトーションバー(捩り棒)方式が採用されている。 また本車は、イギリス陸軍AFVの伝統ともいうべき浮航スクリーンを用いた水上浮航システムが導入されている。 浮航スクリーンは車体周囲を囲む形で収容されており、水上浮航時は履帯の駆動により最大4.83km/hの速度で推進する。 砲塔はNBC戦闘を考慮して完全密閉構造となっており、360度の全周旋回が可能である。 砲塔の旋回は電動式、主砲の俯仰は手動式で俯仰角は−5〜+70度となっている。 主砲は王立造兵廠が本車用に設計した37口径105mm榴弾砲L13A1が採用されており、砲身の中間に排煙機、砲身先端には二重作動式の砲口制退機がそれぞれ装着されている。 この105mm榴弾砲L13A1は、セクストン自走榴弾砲が搭載する25ポンド(88mm)榴弾砲と比較して破壊力で1.5倍、射撃精度も1.5倍に向上しているという。 また本砲は、王立造兵廠製の105mm戦車砲L7と同型式の半自動垂直鎖栓式閉鎖機と電動ラマー(装填棒)を採用しているので、12発/分という非常に高い発射速度を有している。 主砲弾薬は分離装薬タイプでL31 HE(榴弾)、対戦車用のL42 HESH(粘着榴弾)、発煙弾などが用いられ、L31 HEを用いた場合の最大射程は17,000mと、105mm榴弾砲としては世界でも最大級の射程を実現している。 砲塔内には主砲を挟んで右側前方に砲手が配され、砲手の後方に車長が、主砲の左側には装填手がそれぞれ位置し、車長席と装填手席の上部にあたる砲塔上面にはそれぞれ後ろ開き式のハッチが設けられている。 副武装として、車長用ハッチ右側のマウントには7.62mm機関銃L4A4が装備されている。 砲手用の照準装置は砲塔上に突き出た旋回式キューポラの望遠鏡式ダイアル照準機で、これを回して方向射角を定める。 L42 HESHにより水平射撃で戦車を狙う時には、直接照準機を使う。 ただし照準に伴う砲塔の旋回は、車長の判断が優先される機構が組み込まれている。 主砲弾薬は、砲塔下部の戦闘室内に40発(L31 HEが34発、L42 HESHが6発)が収められている。 また車体後面には右開き式の大型ドアが設けられており、陣地に布陣して行う持続射撃ではここから弾薬を補給しながら実施する。 アボットは開発当時は優れた自走榴弾砲であったが、1960年代半ばから射程の要求からNATO諸国の榴弾砲の標準口径が155mmになってしまった。 しかし本車は車体・砲塔共に小型なため、主砲を155mm榴弾砲に換装することは不可能だった。 このためイギリス陸軍は、機甲砲兵隊の主力を1965年から導入を開始していたアメリカ製のM109自走榴弾砲に移行することを決定し、アボット自走榴弾砲は現在は装備から外されて保管状態にある。 |
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<FV433アボット105mm自走榴弾砲> 全長: 5.84m 車体長: 5.709m 全幅: 2.641m 全高: 2.489m 全備重量: 16.556t 乗員: 4名 エンジン: ロールズ・ロイスK60 Mk.4G 2ストローク直列6気筒液冷ディーゼル 最大出力: 240hp/3,750hp 最大速度: 48.28km/h(浮航 4.83km/h) 航続距離: 386km 武装: 37口径105mm榴弾砲L13A1×1 (40発) 7.62mm機関銃L4A4×1 (1,200発) 装甲厚: 6〜12mm |
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<参考文献> ・「パンツァー2011年11月号 1960年代のイギリス105mm自走砲 FV433アボット」 新利治 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2001年8月号 イギリス陸軍 アボット自走砲車」 斎藤世志見 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2013年12月号 イギリス機甲部隊発達史」 城島健二 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2000年3月号 イギリス陸軍の105mm自走砲アボット」 アルゴノート社 ・「世界AFV年鑑 2002〜2003」 アルゴノート社 ・「世界AFV年鑑 2005〜2006」 アルゴノート社 ・「グランドパワー2007年4月号 イギリス軍105mm自走砲 アボット」 桜木陽一 著 ガリレオ出版 ・「世界の軍用車輌(2) 装軌式自走砲:1946〜2000」 デルタ出版 ・「異形戦車ものしり大百科 ビジュアル戦車発達史」 斎木伸生 著 光人社 ・「戦車メカニズム図鑑」 上田信 著 グランプリ出版 ・「戦車名鑑 1946〜2002 現用編」 コーエー ・「世界の戦車・装甲車」 竹内昭 著 学研 |
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