イギリス陸軍は第2次世界大戦後、装輪式のFV603「サラセン」(Saracen:サラセン人)装甲兵員輸送車を主力APCとして多用し、装軌式APCの開発に遅れをとっていた。 しかし1958年になってイギリス陸軍は3年以内に装軌式APCの装備化を図ることを決定し、サリー州チョーバムのFVRDE(Fighting Vehicles Research and Development Establishment:戦闘車両研究・開発局)に開発を命じた。 FVRDEでは2名の固有の乗員の他、10名の完全武装歩兵の搭乗が可能な箱型装甲ボディを持つ装軌式車両の開発を進め、1961年には試作車が完成し、1962年7月にFV432「トロウジャン」(Trojan:トロイア人)装甲兵員輸送車として制式化された。 以後、本車はイギリス陸軍歩兵大隊の基本装備として配備が進められてきた。 FV432装甲兵員輸送車は、全体としての形態は同時期に開発されたアメリカ陸軍のM113装甲兵員輸送車や、陸上自衛隊の60式装甲車に似ており、シングル・ドライピンの履帯と片側5個の複列式転輪、フロント・ドライブの起動輪等で足周りを構成している。 機動性能は路上最大速度52.2km/h、路上航続距離483kmとなっている。 車体装甲はM113装甲兵員輸送車のように防弾アルミ板を用いておらず、圧延防弾鋼板の溶接構造で装甲厚は6〜12mmである。 もちろん、この程度の装甲厚では中口径榴弾の破片や小銃弾クラスに対する防御が妥当なところで、12.7mm以上の口径の重機関銃弾や機関砲弾に対する防御力は持ち合わせていない。 車内レイアウトは車体前部左側が機関室、前部右側に操縦手席、その後方に車長席が位置し、車体後部が兵員室となっている。 兵員室内には左右に5名分のベンチシートが各1基ずつ配されており、合計10名の歩兵が搭乗できる。 操縦手席の上面には操縦手用ハッチ、車長席の上面には車長用キューポラが設けられており、車長用キューポラには7.62mm機関銃GPMGが装備されている。 弾薬は、1,600発が車内に搭載される。 操縦手には、夜間操縦用にパッシブ式暗視装置が用意されている。 兵員室の上面には左右開き式の大きな円形ハッチが設けられており、これは搭乗歩兵が身を乗り出して外部を射撃したり、緊急脱出に使用したりと各種の使い方ができる上、派生型の武装の搭載位置にもなっている。 また車体後面にも右開き式の大きなドアが設けられており、搭乗歩兵は通常ここから乗降を行う。 FV432装甲兵員輸送車の試作車では、ロールズ・ロイス社製のB80 V型8気筒液冷ガソリン・エンジンが搭載されていたが、最初の生産型であるMk.1では同社製のB81 V型8気筒液冷ガソリン・エンジンに換装されている。 変速機は、アメリカのアリソン社製のTX-200-4A自動変速機(前進6段/後進1段)が採用されている。 またMk.1では車体左側面に消音機のボックスが備えられており、排気管は最後部まで延びていた。 車体右側面には、エア・フィルター・ユニットが備えられていた。 2番目の生産型であるMk.2では、エンジンがロールズ・ロイス社製のK60 直列6気筒液冷ディーゼル・エンジンに換装され、排気管は車体上部から出るようになり、Mk.2/2ではエア・フィルター・ユニットも車内に収容されるようになった。 また本車は、車体周囲にある浮航用スクリーンを展開することにより水上浮航が可能で、NBC防護システムも標準装備しており、派生型の多くもそれに習っている。 FV432装甲兵員輸送車の生産は1971年まで続けられ、各型合計で3,000両が完成している。 本車はイギリス陸軍以外に、インド陸軍でも使用された。 また本車には実に多くの派生型が存在し、主なものだけでも7.62mm機関銃GPMGを装備する全周旋回式銃塔を搭載したタイプ、最大4名分の担架を収容できる装甲救急車、グリーンアーチャー対迫撃砲レーダー搭載車、81mm迫撃砲L16を装備する自走迫撃砲、120mm無反動砲L6ウォンバットを装備する自走無反動砲、FV433アボット105mm自走榴弾砲、3tクレーンを装備するFV434修理・回収車、無線機等を増備したFV436装甲指揮車、スウィングファイア対戦車ミサイルの発射機を搭載したFV438自走対戦車ミサイルと多岐に及んでいる。 また実験的に、81.3口径30mmラーデン砲L21A1を装備するフォックス/シミター装甲偵察車の砲塔を搭載したタイプも製作された。 FV432装甲兵員輸送車は歩兵戦闘車が幅を利かせてきた1980年代以降は旧式化し、順次FV510ウォーリア歩兵戦闘車と交代してきたが、1991年の湾岸戦争地上戦にも参加した他、ユーゴスラヴィア内戦の平和維持活動に派遣された部隊にも装備されるなど息の長い活躍を続けている。 |
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<FV432装甲兵員輸送車> 全長: 5.251m 全幅: 2.80m 全高: 2.286m 全備重量: 15.28t 乗員: 2名 兵員: 10名 エンジン: ロールズ・ロイスK60 No.4 Mk.4F 2ストローク直列6気筒液冷ディーゼル 最大出力: 240hp/3,750hp 最大速度: 52.2km/h(浮航 5km/h) 航続距離: 483km 武装: 7.62mm機関銃GPMG×1 (1,600発) 装甲厚: 6〜12mm |
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<参考文献> ・「パンツァー1999年3月号 イギリスの戦闘兵車ウォリアー その開発・機能・発展」 田村尚也 著 アルゴノート 社 ・「パンツァー2012年10月号 イギリスの装甲兵車 FV432」 城島健二 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2013年12月号 イギリス機甲部隊発達史」 城島健二 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2000年2月号 イギリス装甲兵車の発達」 白石光 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2002年10月号 海外ニュース」 アルゴノート社 ・「パンツァー2004年1月号 海外ニュース」 アルゴノート社 ・「世界のAFV 2021〜2022」 アルゴノート社 ・「世界の軍用車輌(3) 装軌/半装軌式戦闘車輌:1918〜2000」 デルタ出版 ・「世界の戦闘車輌 2006〜2007」 ガリレオ出版 ・「世界の主力戦闘車」 ジェイソン・ターナー 著 三修社 ・「世界の主力軍用車」 ジェイソン・ターナー 著 三修社 ・「世界の装軌装甲車カタログ」 三修社 ・「戦車メカニズム図鑑」 上田信 著 グランプリ出版 ・「世界の戦車・装甲車」 竹内昭 著 学研 |
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