●開発 EE-T1戦車は、ブラジル陸軍および輸出向けにAFVや軍用トラックの開発・生産を手掛けてきたエンゲサ(ENGESA)社(Engenheiros Especializados S.A.:機械専門企業)が、ブラジル陸軍での採用および輸出市場を狙って自己資金で開発したMBTである。 EE-T1戦車の開発に当たってはブラジル政府も小額の資金援助を行っており、1982年から基礎研究が開始され1983年後半から本格的な開発がスタートした。 エンゲサ社はEE-3ヤララカ装甲車、EE-9カスカヴェル装甲車、EE-11ウルツ装甲車など多くの装輪式装甲車の開発を手掛けておりAFV開発においてブラジルのトップメーカーの地位にあったが、より高度な技術が必要なMBTを一から新規開発するには技術も経験も不足していたため、EE-T1戦車を開発するに当たってはイギリス、フランス、ドイツ等の兵器メーカーの技術協力を受けている。 EE-T1戦車は経済的に貧しいブラジル向けに主砲を105mmライフル砲とし、FCS(射撃統制システム)もシンプルなものを搭載した廉価型と、裕福な中東産油国向けに主砲を120mm滑腔砲とし、FCSも高度なものを採用した高級型の2種類を開発することになり、1984年10月に廉価型の試作車が完成し、続いて1985年4月に高級型の試作車が完成した。 EE-T1戦車はブラジル陸軍向けの廉価型には「オゾーリオ」(Osório:19世紀に活躍した騎兵隊将軍の名前)、サウジアラビア陸軍の次期MBT選定試験への参加を予定していた高級型には「アル・ファハド」(Al-Fahd:当時の第5代サウジアラビア国王の名前)の愛称が与えられた。 オゾーリオ戦車とアル・ファハド戦車は当初の計画通り、それぞれブラジル陸軍とサウジアラビア陸軍による性能評価試験に供された。 特に1987年に実施されたサウジアラビア陸軍の次期MBT選定試験において、アル・ファハド戦車はアメリカのM1A1エイブラムズ戦車、イギリスのチャレンジャー戦車、ドイツのレオパルト2戦車、フランスのAMX-40戦車を上回る好成績を収め、次期MBTへの採用が濃厚かと思われた。 しかし1991年の湾岸戦争地上戦における活躍ぶりからM1戦車の評価が急上昇したこともあり、結局サウジアラビア陸軍はアル・ファハド戦車の採用を見送り、M1戦車の最新型であるM1A2戦車の採用を決定した。 その後もEE-T1戦車の輸出には成功せず、本命のブラジル陸軍にも結局採用されなかった。 このためEE-T1戦車の開発に多額の資金をつぎ込んだエンゲサ社は経営難に陥ってしまい、ついに1993年10月に倒産してしまった。 結局EE-T1戦車の生産型が製作されることは無く、残された2両の試作車はブラジル陸軍に引き渡された。 |
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●構造 EE-T1戦車は主砲やFCSはフランス製、パワープラント関係はドイツ製のコンポーネントが主用されているが、車体設計に関してはイギリスのヴィッカーズ・ディフェンス・システムズ社(現BAEシステムズ・ランド&アーマメンツ社)の技術協力を受けているため、全体の印象は同社が輸出向けに開発したヴァリアント戦車にどことなく似ている。 EE-T1戦車の車体は圧延防弾鋼板の全溶接構造で、操縦手席は前部右側にある。 砲塔はヴィッカーズ社によって設計されたもので、車体と同じく圧延防弾鋼板の全溶接構造である。 内部のレイアウトは右側前方に砲手席、その後方に車長席、主砲を挟んで左側に装填手席というオーソドックスなものである。 最も被弾確率の高い砲塔と車体の前面には、エンゲサ社が開発した「スペシャル・アーマー」と呼ばれる複合装甲が導入されている。 この複合装甲はアルミニウム/鋼、炭素繊維、セラミックを組み合わせたものといわれるが、120mm砲を装備した場合で戦闘重量が43.7tに抑えられている点から見ると防御力はそれほど強いものとは思われない。 主砲にはヴィッカーズ社(開発は王立造兵廠)製の51口径105mmライフル砲L7A3か、フランスのGIAT社(現ネクスター社)製の52口径120mm滑腔砲CN-120-G1を選択できる。 105mm砲の場合の携行弾数は45発、120mm砲の場合は38発となっている。 どちらの場合も12発を砲塔後部のバスルに、残りを車体前部左側の主砲弾薬庫に搭載する。 副武装は主砲左側にアメリカのヒューズ社(現ボーイング社)製の7.62mmチェインガンEX34を同軸に装備し、また対空用に同国のブラウニング社製の12.7mm重機関銃M2もしくは7.62mm機関銃を装備する。 FCSは2種類から選択できるようになっており、車長および砲手用昼/夜間兼用ペリスコープとレーザー測遠機を組み合わせた廉価型と、安定化された昼間サイト、熱線暗視装置を持つ高級型が用意されている。 廉価型FCSはベルギーのOIPオプティクス社製のLRS-5砲手用サイトと、同社製のSCS-5車長用サイトから構成されている。 砲手用のLRS-5潜望式サイトは倍率8倍の昼間用サイト、倍率7倍の光量増幅式夜間用サイト、Nd-YAGレーザー測遠機を1つのユニットにまとめたものでEE-9カスカヴェル装甲車等にも導入されている。 車長用のSCS-5潜望式サイトはLRS-5サイトからレーザー測遠機と弾道コンピューターを省いたもので、LRS-5サイトへのオーバーライド機構を備えているため車長が主砲の操作を行うことも可能である。 また砲手用の補助サイトとして、主砲右側にヴィッカーズ社製のL30望遠式サイトが装備されている。 一方、高級型FCSはフランスのSFIM社(Société de Fabrication d'Instruments de Mesure:計測機器製造会社)製のVS580サイトを中心に構成されている。 車長用のVS580展望式サイトは2軸が安定化された倍率4倍/11.5倍のサイトでNd-YAGレーザー測遠機を内蔵しており、砲塔の動きに関係なく任意の方向に旋回させることが可能である。 砲手用のVS580VICAS潜望式サイトは車長用のVS580サイトと同様のものであるが、倍率が10倍に固定されており旋回機構が省かれているのが相違点である。 また砲塔上面後部中央にはオランダのフィリップス社製のUA9090展望式2軸安定化熱線暗視装置が装備されており、車長に優れた夜間全周視察能力を与える。 暗視装置の映像は、車長と砲手にそれぞれ用意されているTVモニターに表示される。 EE-T1戦車のエンジンは当初、ドイツのMTUフリードリヒスハーフェン社製のディーゼル・エンジンを搭載することが考えられたが、コスト等の問題で同国のMWM社(Motoren-Werke Mannheim:マンハイムエンジン製作所、現DPS社)製のTBD234 V型12気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル・エンジン(出力1,040hp)が採用された。 MWM社は船舶やプラント用のディーゼル・エンジン開発が専門で車両用エンジンの開発経験が少なく、TBD234ディーゼル・エンジンを採用したのはEE-T1戦車が初めてである。 戦車用ディーゼル・エンジンのトップメーカーであるMTU社製に比べると実績の乏しいエンジンであるが、走行試験においてEE-T1戦車は路上最大速度70km/h、0~30km/hの加速に要する時間は10秒とレオパルト2戦車に匹敵する高い機動性能を発揮している。 EE-T1戦車の変速機には、ドイツのZF社(Zahnradfabrik Friedrichshafen:フリードリヒスハーフェン歯車製作所)製のLSG3000変速機(前進4段/後進2段)が採用されている。 これはトルク・コンヴァーター式の全自動変速機で、ロックアップ機構とリターダーを持っている。 LSG3000変速機はAMX-40戦車、イタリアのC1アリエテ戦車、韓国のK1戦車など多くのMBTに採用されており、高い性能と信頼性が保証されている。 エンジンと変速機は冷却装置と共に一体のパワーパックにまとめられており、パワーパックの交換に要する時間は取り外しに10分、再取り付けに10分の計20分と非常に短い。 EE-T1戦車の足周りは片側6個の中直径転輪と片側3個の上部支持輪の組み合わせとなっており、前方に誘導輪、後方に起動輪を配している。 履帯は、戦車用履帯のトップメーカーであるドイツのディール社製のNo.234履帯を装着している。 No.234履帯はダブルピン/ダブルブロック式で、履帯幅は570mmである。 EE-T1戦車のサスペンションは通常のトーションバーではなく、イギリスのダンロップ社が設計した油気圧式サスペンションを採用している。 この油気圧式サスペンションは外装式であるためトーションバーのように車内スペースを占有せず、各軸ごとに独立したユニットになっているためメインテナンス性も優れている。 |
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<EE-T1戦車 105mm砲搭載型> 全長: 9.36m 車体長: 7.13m 全幅: 3.26m 全高: 2.68m 全備重量: 40.9t 乗員: 4名 エンジン: MWM TBD234 4ストロークV型12気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル 最大出力: 1,040hp/2,300rpm 最大速度: 70km/h 航続距離: 550km 武装: 51口径105mmライフル砲L7A3×1 (45発) 12.7mm重機関銃M2×1 (600発) 7.62mm機関銃EX34×1 (5,000発) 装甲: 複合装甲 |
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<EE-T1戦車 120mm砲搭載型> 全長: 10.10m 車体長: 7.13m 全幅: 3.26m 全高: 2.68m 全備重量: 43.7t 乗員: 4名 エンジン: MWM TBD234 4ストロークV型12気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル 最大出力: 1,040hp/2,300rpm 最大速度: 70km/h 航続距離: 550km 武装: 52口径120mm滑腔砲CN-120-G1×1 (38発) 12.7mm重機関銃M2×1 (600発) 7.62mm機関銃EX34×1 (5,000発) 装甲: 複合装甲 |
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<参考文献> ・「パンツァー2004年6月号 ブラジルの傑作戦車 EE-T1オソリオ」 野崎透 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2016年3月号 輸出用戦車の系譜」 アルゴノート社 ・「世界の戦車(2) 第2次世界大戦後~現代編」 デルタ出版 ・「戦車パーフェクトBOOK」 コスミック出版 ・「戦車大百科」 コスミック出版 |
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