●開発 ボクサー装甲車は、旧式化した自国陸軍の装備更新と輸出による外貨獲得のために、ドイツとオランダが共同で開発した8×8型装輪式の装甲車で、戦闘重量30t級という装輪式装甲車としては異例の大重量の車両である。 ボクサー装甲車の開発は元々、1990年代後期にイギリス、フランス、ドイツの3カ国による共同事業としてスタートしている。 当時イギリス陸軍はFV432装甲兵員輸送車やFV101スコーピオン軽戦車ファミリー、フランス陸軍はAMX-10P歩兵戦闘車、ドイツ陸軍はTpz.1フクス装甲兵員輸送車の後継車両をそれぞれ必要としており、各国が独自に新型の装輪式装甲車の開発を進めようとしていた。 しかし新型車両の開発には多大なコストが必要なため、3カ国は開発に掛かるコストを節約するために新型装輪式装甲車を共同開発することで合意した。 1998年4月末にはこの車両の開発・生産を行う共同事業体「ARTEC」(Armoured vehicle Technology:装甲車両テクノロジー社)が設立され、イギリスが「MRAV」(Multirole Armoured Vehicle:多用途装甲車両)、フランスが「VBCI」(Véhicule Blindé de Combat 'Infanterie:歩兵戦闘用装甲車両)、ドイツが「GTK」(Gepanzertes Transport Kraftfahrzeug:装甲輸送車両)の計画名称を与えて開発が進められた。 しかし1999年にフランスは他国との意見の相違からVBCIを独自に開発することを決定し、ARTEC社による共同開発計画から離脱した。 残されたイギリスとドイツはMRAV/GTK計画を2国で進めていたが、2001年2月にYPR765歩兵戦闘車シリーズの後継車両を求めていたオランダが、「PWV」(Pantser Wiel Voertuig:装輪式装甲車両)の名称で計画に参加することになった。 2002年にはMRAV/GTK/PWVの最初の試作車がARTEC社で製作され、評価試験のためにドイツに引き渡された。 同年12月には完成した試作車の第2号車が公開され、「ボクサー」(Boxer:ドイツ原産の中型犬)と命名された。 しかし2003年に、突然イギリスが共同開発計画からの脱退を表明した。 ボクサー装甲車は従来の装輪式装甲車に比べて高い装甲防御力を持つ反面、戦闘重量30t級の大重量の車両になったため空輸性に難があった。 当時イギリス陸軍は「FRES」(Future Rapid Effect System:将来型緊急展開システム)計画を進めており、空輸性に優れた軽量な車両が求められたためボクサー装甲車は構想に合わなくなったのである。 残されたドイツとオランダの2国はボクサー装甲車の開発を続行することを決定し、ドイツのクラウス・マッファイ・ヴェクマン社がAPCヴァージョンと装甲救急車ヴァージョンを、同国のラインメタル社が指揮通信車ヴァージョンと装甲救急車ヴァージョンの一部を、オランダのストークス社がオランダ陸軍向けの全車種の生産をそれぞれ担当することになった。 現在までにドイツ陸軍がAPCヴァージョン135両、指揮通信車ヴァージョン65両、装甲救急車ヴァージョン72両の合計272両、オランダ陸軍が指揮通信車ヴァージョン55両、装甲救急車ヴァージョン58両、貨物輸送ヴァージョン27両、貨物輸送/指揮通信ヴァージョン19両、工兵輸送ヴァージョン41両の合計200両のボクサー装甲車シリーズを導入している。 |
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●防御力 ボクサー装甲車の大きな特徴の1つといえるのが、設計段階からステルス性を意識していることである。 ボクサー装甲車が同クラスの車両に比べてどの程度被発見性が低いのかは明確にされていないが、排気音の低減や排気管を下方に向けることによる熱放射の抑制、鋭い傾斜角を設けた車体デザインなど、随所にステルス性を向上させるための工夫が散りばめられている。 ミッション・モジュールを搭載するシャシーとミッション・モジュールは圧延防弾鋼板の全溶接構造で、それ自体の持つ防御力は7.62mm弾の直撃に堪える程度で大きなものではないが、防弾鋼板でセラミックを挟み込んだ装甲モジュールを装着すれば全周に渡って14.5mm重機関銃弾の直撃に堪えることができる。 また、車体底部を地雷から保護する増加装甲も用意されている。 |
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●機動力 ボクサー装甲車は戦闘重量30t級という装輪式装甲車としては異例の大重量の車両であるが、パワーパックにドイツのMTU社製の8V-199-TE20 V型8気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル・エンジン(出力720hp)と、アメリカのアリソン社製のHD4070自動変速機(前進7段/後進3段)の組み合わせを採用しており、路上最大速度103km/h、路上航続距離1,050kmの高い機動性能を発揮する。 また全輪独立懸架でトラベル長の大きなサスペンション、CTIS(タイア空気圧中央制御システム)などの採用により、不整地においても高い機動性能を発揮できる。 |
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●派生型 ボクサー装甲車の大きな特徴の1つが、着脱式の各種ミッション・モジュールを交換することで様々な任務に対応できることである。 現時点ではAPCモジュール、指揮通信モジュール、装甲救急車として使用するための医療モジュールがドイツとオランダの両陸軍に、工兵輸送モジュール、貨物輸送モジュール、貨物輸送/指揮通信モジュールのオランダ陸軍への採用が決まっており、APC、指揮通信、医療モジュールはドイツとオランダで仕様が異なっている。 ボクサー装甲車のAPCモジュールの定員は、このサイズの車両としては少ない7~8名に設定されている。 モジュール内の側壁に設けられた兵員用のシートにはヘッドレストとハーネス、エアバッグが備えられており、地雷の爆発やトップアタックによる衝撃から搭乗員を守ることができる。 また居住性についても最大限考慮されており、ドイツ陸軍のAPCモジュールには簡易式トイレが備えられているという。 武装はドイツ陸軍とオランダ陸軍で異なっており、ドイツ陸軍のボクサー装甲車は12.7mmまたは7.62mm機関銃や40mm自動擲弾発射機を搭載するRWS(遠隔操作式武装ステイション)、オランダ陸軍のボクサー装甲車は12.7mm重機関銃を装備する。 また両陸軍仕様とも、煙幕弾を発射して自車を隠蔽するための発煙弾発射機を装備している。 前述したように現時点でボクサー装甲車はドイツ陸軍とオランダ陸軍に採用されており、ドイツ陸軍は600両、オランダ陸軍は400両の導入を計画している。 またボクサー装甲車は輸出市場でも積極的にセールスが行われており、無人砲塔に35mm対空機関砲を装備したスイスのエリコン社製の「スカイレンジャー」対空システムを搭載した対空ヴァージョン、30mm機関砲を搭載したIFVヴァージョン、120mm迫撃砲を搭載した自走迫撃砲ヴァージョンなども試作されている。 最近の情報では、リトアニア陸軍が旧式化したアメリカ製のM113装甲兵員輸送車シリーズの後継として、IFVヴァージョンのボクサー装甲車を88両購入する契約をARTEC社と結んだといわれている。 リトアニア陸軍のIFVヴァージョンは、30mm機関砲Mk.44と7.62mm機関銃を同軸装備するイスラエルのラファエル社製のサムソンMk.II RWSを搭載しているという。 |
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<ボクサー装甲車 APC型> 全長: 7.93m 全幅: 2.99m 全高: 2.37m 全備重量: 33.0t 乗員: 3名 兵員: 8名 エンジン: MTU 8V-199-TE20 4ストロークV型8気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル 最大出力: 720hp/2,300rpm 最大速度: 103km/h 航続距離: 1,050km 武装: 40mm自動擲弾発射機または12.7mm重機関銃または7.62mm機関銃×1 装甲厚: |
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<参考文献> ・「パンツァー2006年12月号 ヨーロッパ随一の戦車メーカー クラウス・マッファイ・ヴェクマン」 林磐男 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2024年11月号 EURO SATORY 2024-HEAVY METAL」 カール・シュルツ 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2018年6月号 オーストラリア軍次世代戦闘偵察車輌はボクサー8×8に決定」 アルゴノート社 ・「パンツァー2003年3月号 バラエティーを増す最近の兵員輸送車(2)」 小野山康弘 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2023年8月号 オーストラリア軍の偵察装甲車 BOXER CRV」 アルゴノート社 ・「パンツァー2014年5月号 アフガニスタンで活躍するボクサー装甲兵車」 アルゴノート社 ・「パンツァー2011年3月号 ボクサー多目的装輪装甲車」 三鷹聡 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2015年5月号 世界の現用装輪装甲車輌」 平田辰 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2022年9月号 EURO SATORY 2022」 竹内修 著 アルゴノート社 ・「世界のAFV 2021~2022」 アルゴノート社 ・「グランドパワー2006年10月号 ユーロサトリ2006 (2)」 伊吹竜太郎 著 ガリレオ出版 ・「世界の戦闘車輌 2006~2007」 ガリレオ出版 ・「世界の最強陸上兵器 BEST100」 成美堂出版 ・「世界の最新装輪装甲車カタログ」 三修社 ・「戦車名鑑 1946~2002 現用編」 コーエー |
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