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+開発前史
1977年8月24日、ジミー・カーター大統領は大統領指示18号により、全世界規模で即応展開できる部隊の創設を下令した。 翌1978年、アメリカ陸軍の第82、第101空挺師団の2個師団と、海兵隊の1個師団に対して即応展開任務が指定されたものの、この時点では単なる書類上の規定に過ぎなかった。 しかし、翌1979年のイラン革命に伴うアメリカ大使館人質事件や、これに続く第2次石油危機を受けて、この種の部隊の必要性は一気にクローズアップされることとなった。 カーター大統領は1980年1月の一般教書演説で、湾岸地域での紛争に対して積極的に介入していくというカーター・ドクトリンを示し、その尖兵として「RDF」(Rapid Deployment Force:緊急展開軍、後のアメリカ中央軍)の創設が決定された。 このRDFにおいては軽装備の2個空挺師団と、重装備の第24歩兵師団と共に、空輸による戦略機動力と従来型歩兵師団の火力を両立した先進軽歩兵師団として、第9歩兵師団が指定されていた。 1980年代初頭よりアメリカ陸軍は、この先進軽歩兵師団やAOE軽歩兵師団のように、優れた戦略機動力を備えつつも一定レベルの火力を備えることを求められる部隊に対して、機甲火力を付与する計画を開始した。 なお当時アメリカ陸軍には、輸送機からの空中投下が可能なM551シェリダン空挺軽戦車が存在したが、同車をヴェトナム戦争に投入した結果、能力的に不充分であることが判明し、すでに旧式化していたこともあり、陸軍は1977年にM551空挺軽戦車の退役プロセスを開始していた。 M551空挺軽戦車の後継となる新型軽戦車は、当初「APAS」(Air-transportable Protected Assault/Anti-armor System:被空輸・防護・強襲/対戦車システム)の計画名で開発が進められた。 APASの具体的な要求としては、戦闘重量21〜22t、攻撃力は全てのAFVを撃破可能で、一定水準の装甲防御力を有し、被空輸性はC-130ハーキュリーズ中型輸送機による、LAPES(低高度パラシュート投下システム)の使用が可能というものであった。 その後、攻撃力の要求が「ソ連軍のT-72戦車を撃破できる火力の搭載」と明確化され、「MPG」(Mobile Protected Gun:機動防護砲)と計画名も改められた。 一方、アメリカ海兵隊も陸軍より2年早い1978年に、「MPWS」(Mobile Protected Weapons System:機動防護兵器システム)と呼ばれる新型軽戦車の研究を開始していた。 MPWSの開発要求は戦闘重量16t、攻撃力は可能な限り多くのAFVを破壊でき、装甲は最小限のものとされたのである。 これに反して被空輸性は、CH-53Eスーパー・スタリオン大型輸送ヘリコプターによる吊り下げ空輸が可能なことと明確になっていた。 しかし、この高い被空輸性の要求が開発全体の足枷となった。 1981年、アメリカ議会は陸軍のMPG計画と海兵隊のMPWS計画が類似兵器の開発、つまり予算の無駄遣いであるとして、計画の一元化を決定した。 一元化された計画は「MPGS」(Mobile Protected Gun System:機動防護砲システム)と呼称され、陸軍と海兵隊の共同軽戦車開発計画となったのである。 しかし、陸軍のMPGと海兵隊のMPWSの開発コンセプトは、強力な対AFV能力という点では一致していたのだが、開発が具体化してくると開発要求の根本的相違がはっきりしてきた。 海兵隊のMPWSは重量制限16t、搭載火砲が60mmあるいは75mm砲であったのに対し、陸軍のMPGの重量制限は22t、搭載火砲は90mmあるいは105mm砲(低圧)と、陸軍の方が大型・強力なものを望んでいたのである。 この違いは両者に要求された被空輸性の大小、つまり輸送手段のキャパシティーの違いにあったといえる。 陸軍はC-130輸送機、海兵隊はCH-53Eヘリコプターでの空輸を最低条件としていたのである。 時間と予算を浪費した挙句、同一目的の兵器システムにも関わらず、両軍の共同開発は流産となってしまった。 1984年になって、アメリカ陸軍はMPGSの代替計画として、「CLAWS」(Close Combat Light Armour Weapon System:近接戦闘軽装甲兵器システム)に取り掛かった。 このCLAWS計画は、確実に新型軽戦車の実用化を実現させるために、開発・調達費の低廉化が図られた。 既存のコンポーネントを可能な限り流用し、これに新テクノロジーによる改修を加えてグレードアップするわけである。 タイムリミットもはっきり、1989年に実戦配備できるようにと決められた。 要求仕様も、以下のように具体的に示された。 ・装軌式車両であること ・M1エイブラムズ戦車のFCS(射撃統制装置)を導入 ・M2ブラッドリー歩兵戦闘車並みの機動力 ・自動装填装置の装備 ・105mm戦車砲(高初速)の搭載 ・既存の砲弾と改良砲弾の両用性 ・NBC防御力 ・既存コンポーネントの流用 ・C-130中型輸送機による被空輸能力とLAPES ・制限重量内での最大限の装甲防御力 ・既存設備による兵站・訓練・修理への適合 ・M1戦車の乗員が簡単な訓練でCLAWSを運用できる操作性 ところが舌の根も乾かない翌1985年には、再びCLAWS計画は「AGS」(Armored Gun System:装甲砲システム)に呼称が変更された。 アメリカ陸軍はAGSをもって、空挺師団で運用されていたM551空挺軽戦車と、機甲騎兵連隊で運用されていたBGM-71 TOW対戦車ミサイル搭載型HMMWVを同時に代替する予定であった。 1987年にAGS試作車の要求仕様が国内外のメーカーに示されると、多くの候補車両がこの競争に名乗りを上げた。 話は前後するが、1983年にペンシルヴェニア州フィラデルフィアのFMC社は、「CCV-L」(Close Combat Vehicle-Light:軽量近接戦闘車両)の開発に着手した。 CCV-Lは当初、FMC社が自己資金で開発を始めたものだったが、後に小改良を施した上でAGS計画に提案された。 CCV-Lはまず2両のモックアップが製作されたが、モックアップ第1号車は、装甲兵員輸送車に酷似した箱型の装軌式装甲車体の上部に、無砲塔式とした西ドイツのラインメタル社製の51口径105mm低反動ライフル砲Rh105-20を装備していた。 3名の乗員は全て車体内に収められ、回転式自動装填装置を採用するなど、意欲的なコンセプトが盛り込まれていた。 車内レイアウトは、車体前部右側の機関室に出力330hpのディーゼル・エンジンを搭載し、前部左側に操縦手席、車体後部に主砲を搭載した戦闘室を配置していた。 しかし、この車両は設計が奇抜過ぎて実用性に問題があったようで、続いて製作されたモックアップ第2号車では、より常識的なデザインに改められた。 第1号車では剥き出しだった主砲は砲塔型式に改められ、砲自体も国産の51口径105mm低反動ライフル砲EX35に変更されたため、外観は大きく変化した。 車内レイアウトは、車体前部が操縦室、車体中央部が砲塔を搭載した戦闘室、車体後部が出力550hpのディーゼル・エンジンを搭載した機関室という一般的なものになり、後に製作された試作車にもこのレイアウトが踏襲された。 FMC社はCCV-Lの開発にあたり、車両のサイズはC-130中型輸送機の貨物スペースに収まるよう配慮し、重量もLAPESの限度重量である約16tに収まるように設計した。 CCV-LはC-130中型輸送機で1両、C-141スターリフター中型輸送機で2両、C-17グローブマスターIII大型輸送機で3両までの空輸が可能である。 CCV-Lは1985年8月に試作第1号車が完成し、デモンストレイションを兼ねてC-130輸送機によって、カリフォルニア州オークランドからワシントンD.C.に空輸された。 CCV-Lは非常に攻・防・走のバランスの取れたAGSで、M551空挺軽戦車に比べて全てに優れていた。 主砲は、NATO規格の全ての105mm戦車砲弾を発射できる105mm低反動ライフル砲で、防御力は弾薬および燃料タンクのコンパートメント化と、改良型のモジュール式増加装甲がパッケージ化され、格段に強化されていた。 さらにデザインにも力が入れられており、小柄なM551空挺軽戦車よりも暴露面積は小さくなっていた。 しかも、エンジン出力は2倍近くもパワーアップされていたのである。 なおAGS計画にはCCV-Lの他にも、ルイジアナ州スライデルのキャディラック・ゲージ社製の「スティングレイ」(Stingray:アカエイ)軽戦車、ミシガン州マスキーゴンのTVS社(Teledyne Vehicle Systems:テレダイン車両システム)製の「遠征戦車」(Expeditionary Tank)等、多くの国内メーカーの応募があった。 さらに海外からも、イギリスのアルヴィス社製のストーム105軽戦車、スウェーデンのヘグルンド車両製のCV90105TML軽戦車などが提案された。 そしてアメリカ陸軍によるトライアルの結果、1992年6月にFMC社のCCV-LがAGS計画の勝者に選ばれ、「XM8 AGS」の呼称が与えられた。 CCV-Lが勝利した理由は、最もバランス良くAGSの要求を実現していたからである。 突飛なハイテク技術は無かったが、自動装填装置の採用による乗員の3名化を実現し、最も能力的にレベルが高い車両であった。 しかもスティングレイ軽戦車を除けば、最も完成された試作車をトライアルに参加させていたのである。 続いて1995年10月に「M8 AGS」として制式化が行われ、LRIP(Low Initial Rate Production:低率初期生産型)の生産に入った。 M8軽戦車は、当時第82空挺師団の第3/第73機甲大隊のみで運用されていた、M551空挺軽戦車を置き換えることが予定されていた。 ところが1996年度の予算請求において、アメリカ国防省は1950年以来最低水準の予算の割り当てしか得られず、このためアメリカ陸軍は、幾つかの兵器開発計画の削減や縮小を余儀なくされた。 その中で、M8軽戦車は装甲防御力が不足しているという評価が不安視され、デニス・レイマー陸軍参謀総長の決断で調達中止が決定された。 第3/第73機甲大隊のM551空挺軽戦車は1997年に配備を解かれ、その後は少数が演習用のヴィスモッド(敵軍が使用する兵器に似せて改造された車両)として運用されたが、2004年に退役した。 M8軽戦車の調達が中止されたことで、アメリカ陸軍はこれに代わるM551空挺軽戦車の後継車両の調達を模索し始めたが、1999年にエリック・シンセキ陸軍参謀総長は、より軽量で輸送し易い部隊の構想を打ち出した。 アメリカ陸軍はシンセキの構想を実行するために、「IAV」(Interim Armored Vehicle:暫定装甲車両)計画を開始した。 このIAV計画は、C-130中型輸送機で空輸可能な軽量車両を用いて、兵員輸送、対戦車戦闘、指揮統制など様々な任務に用いるAFVをファミリー化することを目指しており、その中には、105mmライフル砲を装備する火力支援型「MGS」(Mobile Gun System:機動砲システム)も含まれていた。 これに対し、ヴァージニア州アーリントンのUDI社(United Defense Industries:防衛産業連合、1994年にFMC社から改組)は、M8軽戦車の改良型をMGSに採用することを提案した。 一方、カナダのジェネラル・モーターズ・オブ・カナダ(GMカナダ)社は、自社が開発したLAV-III 8×8型装甲車の改良型に、ミシガン州スターリングハイツのGDLS(General Dynamics Land Systems)社製の、「LPT」(Low-Profile Turret:低姿勢砲塔)を搭載した車両を、MGSの候補として提案した。 なおこのLPTは元々、TVS社が遠征戦車用に開発した自動装填装置付きの105mm砲塔システムで、1996年にTVS社がジェネラル・ダイナミクス社に吸収合併された際に、子会社のGDLS社に事業が引き継がれた。 そしてアメリカ陸軍は最終的に、GMカナダ社が提案したLAV-III装甲車改良型のファミリーを、IAV計画の勝者として採用することを決定し、「ストライカー」(Stryker)の呼称を与えると共に、LPTを搭載した火力支援型は「M1128 MGS」として制式化され、M8軽戦車改良型は落選した。 M1128 MGSは、2000年代の紛争地であるイラクやアフガニスタンでのPKO活動に派遣され、一定の成功を収めた。 |
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+MPFの開発
しかしM1128 MGSは、装輪式車両であるため装甲強化および性能強化の余地が小さく、また防御力の不足、自動装填装置のコスト高等の理由から主力装備とはならなかった。 そこでアメリカ陸軍はM1128 MGSの後継として、軽量な装軌式車両に低反動化された105mmライフル砲を搭載するというコンセプトの戦闘車両、「MPF」(Mobile Protected Firepower:機動防護火力)の開発を計画した。 MPF計画が本格化した2010年代は、紛争地域における戦闘がマルチドメイン(多領域)作戦を重視するようになっていた。 即応性重視の軽歩兵部隊については、2000年代から指揮系統の簡素化、効率化を図り、「IBCT」(Infantry Brigade Combat Team:歩兵旅団戦闘団)の制度が導入されていた。 マルチドメイン環境下でのIBCTの作戦には、要塞化地域に迅速に侵攻する能力も求められる。 これを担保するのが、MPFであった。 実際、2015年のアメリカ陸軍の提案要請において、MPFは過酷で予測不可能な戦場で運用される装備であり、2016年にはMPFの実用化は、アメリカ陸軍の最優先事項の1つであると公表されている。 この時期には、MPFに空中投下能力は必須ではないとされる一方で、C-17大型輸送機に2両のMPFを収容可能な重量とサイズであることも求められた。 このアメリカ陸軍のMPF要求に対して、イギリスのBAEシステムズ社(2005年にUDI社を買収)はM8軽戦車をベースに、アメリカ陸軍の要求に適合するよう大幅なアップグレードを施した上で、M8軽戦車と同等のサイズと重量(25t程度)にまとめた改良型の採用を提案した。 BAEシステムズ社の担当者はこの車両について、M8軽戦車と同様に車長、砲手、操縦手の3名という最低人数での運用を想定し、C-17大型輸送機には即応状態で3両搭載可能であると述べている。 またモジュール式の増加装甲を取り外せば、アメリカ陸軍の主力輸送機であるC-130中型輸送機にも1両搭載可能であり、防護性能においては車体の小型化とレーダー反射断面積の縮小により、標的とされ難くなると説明している。 一方、MPF計画にはGDLS社も参加していた。 同社が提案した、「グリフィン(Griffin:古代ギリシャの書物に登場する想像上の生物「グリュプス」の英語名、顔は鷲で体はライオン、そして大きな翼を持っている)II」軽戦車は、オーストリアとスペインが共同開発したASCOD歩兵戦闘車をベースとし、高性能パワーパックと先進的サスペンションを備えた新型の装軌式車体に、アメリカ陸軍の主力MBTであるM1戦車に搭載されている、最新版のFCSを備えた砲塔を組み合わせたものであった。 GDLS社の説明では、グリフィンII軽戦車の特徴は車体から砲塔、電子アーキテクチャ、発電システムに至るまで、車両の基本設計は将来的な拡張性を重視したものであるとのことであった。 結果、グリフィンII軽戦車は重量が30t以上と重い車両になったが、それでもアメリカ陸軍の要求通り、C-17大型輸送機に2両搭載可能なサイズにまとめられている。 GDLS社は余裕がある設計のおかげで、グリフィンII軽戦車は今後登場する新型センサーや防護システムと、それを稼動させるリチウムバッテリー等の電力管理システムへの対応が容易であると主張した。 この発展性には、レーザー兵器と関連デバイスも視野に入っている。 また車体サイズに余裕があることで、乗員4名(車長、砲手、装填手、操縦手)に充分な居住性が与えられることも利点であると同時に、砲塔から弾薬庫を分離できることで生残性も高いと見なされた。 実際、グリフィンII軽戦車は車体側面のハッチを含めて、乗員は5カ所の経路で車外に脱出できるようになっているが、これはイラクとアフガニスタンでの経験から得た教訓を反映している。 MPFの開発に際しては、アメリカ陸軍のMPFに対する要求を挟み、BAEシステムズ社は軽量化と機動性、そして調達コストの安さで応じ、GDLS社は将来の発展余地を重視して重量化、大型化で応じるという、真逆のアプローチを図ったのである。 2018年2月、アメリカ陸軍はMPFの候補をBAE案とGDLS案の2種に絞り、2020年8月を期日とする12両の試作車製造を両社に求めた。 試作車を製作するにあたって、BAE案のM8軽戦車改良型には「XM1302」の開発番号が与えられたが、GDLS案のグリフィンII軽戦車に開発番号が与えられたかは不明である。 2019年暮れから始まった新型コロナウィルスのパンデミックにより、サプライチェーンが混乱する中で試作車の製造作業は遅れてしまったが、それでもGDLS社のグリフィンII軽戦車は同年12月に、BAEシステムズ社のXM1302軽戦車は2021年2月にそれぞれ完成した。 ところが2022年3月、BAEシステムズ社はコンプライアンス違反を理由に、MPFの競争試作から除外される事態となった。 そして同年6月末にGDLS社とアメリカ陸軍の間で、最大96両のグリフィンII軽戦車のLRIP生産が、11億4,000万ドルで成約したことが発表された。 この予算により、まずは1個大隊が42両のグリフィンII軽戦車で編制される模様である。 未だに、BAEシステムズ社がどのような違反をしたのか判然としないが、2023年6月にGDLS社のグリフィンII軽戦車が「M10ブッカー」として制式化された。 なお、「ブッカー」(Booker)の愛称は過去に武功を挙げて戦死し、死後に名誉勲章を授与された2名のアメリカ陸軍兵士、スティーヴォン・A・ブッカーおよびロバート・D・ブッカーに因んで名付けられた。 アメリカ陸軍において、重要兵器の名前に従来のような将官や政治家ではなく、受勲兵士の名前を採用したのはこれが初めてである。 2024年4月18日、メリーランド州アバディーンのアメリカ陸軍兵器試験場にて、M10ブッカー軽戦車の命名式典が行われた。 M10軽戦車は、同年2月下旬にアラバマ州のアニストン陸軍補給廠に納入されており、命名式の時点で納入数は3両であった。 これは、最初に成約した96両分のLRIPの最初のバッチに該当するものである。 M10ブッカーは、性能的にも外見的にも「軽戦車」(Light Tank)そのものであるが、メディアによるこの種の質問に対して、アメリカ陸軍関係者は「軽戦車」という言葉を常に否定して、「戦闘車」(Combat Vehicle)、より厳密には「装甲歩兵支援車両」であると明言している。 これは、アメリカ陸軍内でのM10ブッカーの立ち位置に直結する組織的な問題が背景にある。 例えば、装甲車両開発を統括するグレン・ディーン陸軍大将は、「アメリカ陸軍における軽戦車の歴史的な用途は偵察機能であり、M10ブッカーは偵察車両ではない」と述べ、軽戦車とは一線を画する存在であることの論拠としている。 しかし、2023年8月まで陸軍参謀総長を務めていたジェイムズ・マコンヴィル陸軍大将は、「私見ながら、M10ブッカーは軽戦車だろう」との姿勢を変えないまま引退した。 アメリカの軍事メディア「Task & Purpose」は、なぜ陸軍がM10ブッカーを「軽戦車」と呼ぶことを拒絶するのかについて、「M10ブッカーには敵MBT(主力戦車)に対抗することは想定されていないが、「軽戦車」という呼称では場合によっては、MBTのように扱われる根拠とされてしまう。そのような事態を避け、MBTのように使いたい前線の願望を自制させるために、「戦闘車」という呼称に固執している。」と推測している。 現在、M10軽戦車は本格的量産に先立ち、修正点の洗い出しを目的とした試験の最終盤に入っていると見られる。 すでに2022年度の運用試験において、主砲の射撃時に高レベルの有毒ガスが車内に充満するという欠陥が報告されており、アメリカ陸軍は乗員室の排気システムの改良と強化で解決できるとしているが、開発時に潰せなかった穴としてはかなり大きな問題である。 これを順調にクリアできれば、2025年1月初旬にM10軽戦車は初期運用試験評価を経て、同年6月までに全規模生産に移行すると見られる。 また、M10軽戦車の最終調達数は504両が見込まれている。 2024年8月22日時点で、GDLS社はアメリカ陸軍との間でM10軽戦車のLRIP生産完了後、3億2,270万ドルの継続契約が成立したことを公表した。 この契約分の納入完了予定日は、2026年10月20日である。 あくまで報道ベースであるが、アメリカ陸軍はM10軽戦車大隊の創設を計画しており、この部隊からM10軽戦車中隊がIBCTに分派される流れが見える。 しかし現在、状況は若干流動的になっている。 2022年に勃発したロシア・ウクライナ戦争における、両軍のドローン兵器の急速な台頭によって、既存のAFVの自爆型ドローンに対する脆弱性が明らかになり、アメリカ陸軍は保有するAFVのドローン対策を早急に実行に移す必要に迫られている。 もちろんM10軽戦車もその例外ではなく、根本的なドローン防護対策が確立するまで部隊配備が延期される可能性が高まってきており、大幅な設計の見直しが行われる可能性すら出てきているのである。 |
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+攻撃力
M10ブッカー軽戦車の主武装は、3名用の全周旋回式砲塔に搭載された51口径105mm低反動ライフル砲M35である。 このM35は1980年代初頭に、アメリカ陸軍と海兵隊が共同で進めていたMPGS計画用に、ニューヨーク州のウォーターヴリート工廠が「EX35」の呼称で開発した、軽車両搭載用の105mmライフル砲である。 M35は、西側諸国の戦後第2世代MBTの標準武装ともいえる、イギリスの王立造兵廠製の51口径105mmライフル砲L7と共通の弾薬を使用でき、砲身排気装置の装備と駐退・復座機の改良によって、L7に遜色ない装甲貫徹力を発揮するという。 またM35は、アメリカ陸軍が運用していたM60戦車が装備するL7系の51口径105mmライフル砲M68に比べて、816kgも軽量に造られていた。 M35の具体的な性能については公表されていないが、M68で最新のM1060A3 APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)を発射した場合、砲口初速1,560m/秒、射距離2,000mで460mm厚のRHA(均質圧延装甲板)を貫徹可能とされているので、M35もそれに近い威力を発揮するものと思われる。 しかし前述のように、M10軽戦車に搭載されたM35は射撃時に、高レベルの有毒ガスが車内に充満する欠陥があることが明らかになっている。 M35は、BAEシステムズ社のXM1302軽戦車の主砲にも採用されていたが、同車は自動装填装置を搭載して装填手を省いた設計になっており、主砲、自動装填装置、および関連部品が乗員から隔離されていたため、有毒ガスが発生しても問題にならなかった。 しかし、M10軽戦車はコストの上昇に繋がる自動装填装置を採用せず、主砲弾薬を装填手が人力で装填する設計になっているため、射撃時に有毒ガスが車内に充満してしまうのである。 一方、M10軽戦車の副武装は砲塔上面に、ユタ州オグデンのブラウニング火器製作所製の12.7mm重機関銃M2を1挺、主砲と同軸に、ベルギーのFNハースタル社製の7.62mm機関銃FN-MAGを、ネヴァダ州リノのUSオードナンス社が改良した7.62mm機関銃M240Bを1挺装備している。 12.7mm重機関銃M2は、1933年にアメリカ陸軍に制式採用されて以降、実に90年以上に渡り各種AFVに搭載されて運用が続けられているが、性能的に完成の域に達しているため現在でも充分通用する威力を備えている。 M33通常弾を使用した場合、銃口初速887m/秒、有効射程2,000m、最大発射速度635発/分となっている。 一方、7.62mm機関銃M240B(通称:M240ブラボー)は、1977年にアメリカ陸軍が戦車の主砲同軸機関銃として採用したM240の改良型である。 1991年から地上戦用機関銃として配備が開始されており、それまで歩兵部隊が使用していた7.62mm機関銃M60などの軽機関銃を置き換える一方、戦車の同軸機関銃としても採用されている。 M240からの主な改良点は、油圧式の反動吸収バッファと、前部過熱ガード(ヒートシールド)を装備した点である。 また歩兵向けのタイプは、地上戦用改修キット(銃床、ピカティニー・レール含む)が取り付けられる。 M240Bの性能は通常弾を使用した場合、銃口初速905m/秒、有効射程1,800m、最大発射速度950発/分となっている。 M10軽戦車のFCSについては、M1戦車シリーズの最新型であるM1A2 SEPv3戦車に搭載されているものと同様のディスプレイや、システム・アーキテクチャーを備えている。 砲塔上面の装填手用ハッチ前方には、左右に旋回可能な円筒状の構造物が設置されているが、これはM1A2戦車の「CITV」(Commander's Independent Thermal Viewer:車長用独立熱線映像装置)と同様の機能を持っている。 M1A2戦車のCITVは、テキサス州ダラスのテキサス・インスツルメンツ社製のものが搭載されているが、M10軽戦車に採用されている「パセオ」(PASEO)CITVは、フランスのサフラン光学1製のものである。 パセオCITVは垂直・水平の2軸が安定化されており、内蔵されているレーザー測遠機の最大測定距離は7,000mとなっている。 |
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+防御力
M10ブッカー軽戦車の車体と砲塔は、原型となったASCOD歩兵戦闘車と同じく、圧延防弾鋼板の全溶接構造となっている。 M10軽戦車の装甲防御力については明らかにされていないが、戦闘重量については2つのメディアが約38t、約42tと異なる数字を挙げている。 MPFは、C-17大型輸送機に2両搭載できることが要求されているため、C-17輸送機の最大ペイロード77tに収めるためには、戦闘重量38.5t以下である必要があり、また38tという数字がメーカーのGDLS社の関係者の発言であることから考えると、M10軽戦車の戦闘重量は38tである可能性が高い。 いずれにせよ、戦闘重量約25tのASCOD歩兵戦闘車に比べると、M10軽戦車はかなり装甲防御力が強化されているのは間違いない。 それでもM1戦車のように、敵の戦車砲弾の直撃に耐えられるような防御力は備えていないと思われる。 ちなみにASCOD歩兵戦闘車は、砲塔と車体の前/側面に2段階のレベルで、増加装甲を装着できるようになっている。 増加装甲を装着しない状態のASCOD歩兵戦闘車の装甲防御力は、車体前面が射距離500mから発射された14.5mm重機関銃弾の直撃、その他の部分が7.62mm徹甲弾の直撃に耐えられるレベルとされている。 しかしレベル1の増加装甲を装着した場合、同車は射距離1,000mから発射された30mm機関砲のAPDS(装弾筒付徹甲弾)の直撃に耐え、さらにレベル2の増加装甲を装着した場合は、同条件で発射された30mm機関砲のAPFSDSに耐えることができるという。 なおASCOD歩兵戦闘車は、レベル2の増加装甲を装着した場合の戦闘重量が約35tになるといわれている。 もしもこの状態のASCOD歩兵戦闘車と、M10軽戦車の装甲防御力が同程度ならば、より大型の砲塔を搭載するM10軽戦車の戦闘重量は38t程度になるはずである。 つまりM10軽戦車の装甲防御力は、射距離1,000mから発射された30mm機関砲の、APFSDSの直撃に耐えられるレベルの可能性が高い。 またM10軽戦車は、想定される脅威の度合いに応じて防御力の異なる複数の増加装甲を選択できる、モジュラー式装甲システムを採用しているといわれており、より防御力の高い重装甲タイプの増加装甲に交換することも可能であると思われる。 これは、ライバルのXM1302軽戦車も採用しているシステムである。 M10軽戦車は被空輸時には、C-17大型輸送機で2両輸送可能な軽量タイプのモジュラー装甲を装着し、脅威度の高い地域に到着してから、より重装甲のモジュラー装甲に交換するような運用を想定しているのであろう。 またASCOD歩兵戦闘車は、レーダー反射や赤外線反射の抑制を考慮した車体デザインを採用しているため、従来の装軌式IFVに比べて敵に発見され難いという特徴を持っており、同車の車体デザインを受け継いでいるM10軽戦車も、同様のステルス性を備えていると思われる。 本車はこのステルス能力によって、多少は防御力の低さを補うことが可能であろう。 M10軽戦車の砲塔はサイズこそ異なるものの、ASCOD歩兵戦闘車のスペイン陸軍仕様である、ピザロ歩兵戦闘車の砲塔と形状がよく似ており、前面に楔形のモジュール装甲を装着している点も同様である。 この楔形モジュール装甲は、成形炸薬弾対策を重視した空間装甲の可能性が高いと思われる。 またM10軽戦車は、砲塔前面左右に各2基ずつ4連装の発煙弾発射機を装備しているが、これはアクティブ防御システムのセンサーと連動しており、自車に向かってくる誘導砲弾や対戦車ミサイルを検知した際に、自動的に発煙弾を発射して自車を隠蔽するようになっているのではないかと推測される。 M10軽戦車の車内レイアウトは、車体前部右側が機関室、前部左側が操縦室、車体後部が全周旋回式砲塔を搭載した戦闘室となっている。 固有の乗員は車長、砲手、装填手、操縦手の4名である。 車内にはエンジン余熱を利用して操縦室、戦闘室に暖気を送る暖房装置が装備されている。 操縦手席の上部には、左にスライドして開く操縦手用ハッチが設けられており、ハッチの前方には3基のペリスコープが備えられている。 このうち中央のものは、夜間用のパッシブ式暗視ペリスコープに交換することが可能である。 砲塔内の乗員配置はM1戦車と同様で、右側前方に砲手、その後方に車長が位置し、主砲を挟んで左側に装填手が位置する。 砲塔後部のバスル内には主砲弾薬の即用弾が収められているが、乗員区画とバスルはシャッター付きの隔壁で仕切られており、被弾により主砲弾薬が誘爆した際に乗員への被害を抑えるようになっている。 またバスルの上部には、2枚のブロウオフ・パネルが設けられており、主砲弾薬が誘爆した際に自動的にパネルが吹き飛んで爆風を逃がし、乗員への被害を軽減する。 なお、M10軽戦車の主砲弾薬搭載数は公表されていないが、BAEシステムズ社のXM1302軽戦車の主砲弾薬搭載数が29発といわれていることから、より大柄なM10軽戦車は30発以上の主砲弾薬を搭載できると思われる。 |
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+機動力
M10ブッカー軽戦車のエンジンは、ドイツのMTUフリードリヒスハーフェン社製の、8V-199-TE23 4ストロークV型8気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル・エンジン(出力805hp/2,300rpm)を採用している。 この8V-199エンジンは、ASCOD歩兵戦闘車のオーストリア陸軍仕様であるウラン歩兵戦闘車や、イギリス陸軍がASCOD歩兵戦闘車をベースに開発したエイジャックス歩兵戦闘車にも搭載されており、800hp級のディーゼル・エンジンとしては燃費が良く信頼性も高い。 一方M10軽戦車の変速・操向機は、インディアナ州インディアナポリスのアリソン変速機製の、3040MXクロスドライブ式自動変速・操向機(前進4段/後進2段)が採用されている。 ASCOD歩兵戦闘車や、その派生型であるエイジャックス歩兵戦闘車は、いずれも定評あるドイツのレンク社製の変速・操向機を採用しているが、GDLS社は国産のコンポーネントを使用することを優先し、M10軽戦車にアリソン社製の変速・操向機を採用したようである。 なお、この3040MX自動変速・操向機は、BAEシステムズ社のXM1302軽戦車にも採用されており、これはMPFの候補車両に対して、アメリカ陸軍が搭載を指定していた可能性もある。 エンジンと変速・操向機は、冷却装置などと共にパワーパックとして一体化され、車体前部右側の機関室に収納されている。 M10軽戦車は動力装置をパワーパック化したことにより、短時間で動力装置の積み降ろしが可能となり、メインテナンスや交換が容易に行えるようになっている。 ただし、車体後部に機関室を配しているライバルのXM1302軽戦車の場合は、車体後面のランプドアを開放してパワーパックを簡単に後方に引き出せるのに対し、M10軽戦車の場合はパワーパックの積み降ろしにクレーンを使用する必要がある。 M10軽戦車の走行装置は、片側6個の複列式転輪と片側3個の上部支持輪、前方の起動輪と後方の誘導輪で構成されており、原型のASCOD歩兵戦闘車より転輪数が1個減った代わりに、転輪サイズが若干大きくなっている。 サスペンションは、ASCOD歩兵戦闘車が安価なトーションバー(捩り棒)方式を採用しているのに対し、M10軽戦車は油圧で車高を自由に調節できる油気圧式サスペンションを採用している。 ただし、陸上自衛隊の90式戦車や10式戦車のように、車体の傾斜角を自由に調節する機能は備えていない。 この足周りによってM10軽戦車は、路上最大速度40マイル(64.37km)/hという高い機動性能を発揮する。 しかしライバルのXM1302軽戦車は、M10軽戦車をさらに上回る路上最大速度45マイル(72.42km)/h、停止状態から20マイル(32.19km)/hに加速するのに6秒の速度性能を発揮するので、機動力ではM10軽戦車はやや劣ることになる。 これは、XM1302軽戦車の戦闘重量が増加装甲をフルに装着した状態でも25t程度なのに対し、M10軽戦車の戦闘重量は約38tと圧倒的に重いので、仕方ないといえよう。 一方、燃料搭載量と航続距離については、XM1302軽戦車が燃料搭載量150ガロン(568リットル)、路上航続距離300マイル(483km)と判明しているのに対し、M10軽戦車の燃料搭載量は不明で、航続距離についても路上で250〜350マイル(402〜563km)とはっきりしない。 |
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M10軽戦車全長: 7.92m車体長: 全幅: 3.65m 全高: 2.86m 全備重量: 38.0〜42.0t 乗員: 4名 エンジン: MTU 8V-199-TE23 4ストロークV型8気筒液冷ターボチャージド・ディーゼル 最大出力: 805hp/2,300rpm 最大速度: 64.37km/h 航続距離: 402〜563km 武装: 51口径105mm低反動ライフル砲M35×1 12.7mm重機関銃M2×1 7.62mm機関銃M240B×1 装甲厚: |
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参考文献・「パンツァー2018年2月号 AUSA 2017展示会に見るアメリカ陸軍装備車輌開発の今」 家持晴夫 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2025年3月号 United States Army Armor & Cavalry Collection」 カール・シュルツ 著 アルゴ ノート社 ・「パンツァー2010年1月号 最後の軽戦車スティングレイ AGS計画から輸出用へ」 柘植優介 著 アルゴノート 社 ・「パンツァー2025年1月号 M10ブッカー 開発経緯とその将来像」 宮永忠将 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2016年12月号 AUSA 2016に新型”軽戦車”登場」 家持晴夫 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2020年7月号 続々・現代戦車の基礎知識」 毒島刀也 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2022年4月号 アメリカがめざす未来の戦場」 三鷹聡 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2024年1月号 復活!ダメコンセプト戦車」 宮永忠将 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2020年7月号 ヴェールを脱いだ次世代戦闘車輌」 アルゴノート社 ・「パンツァー2023年8月号 軍事ニュース」 荒木雅也 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2024年7月号 軍事ニュース」 荒木雅也 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2024年11月号 軍事ニュース」 荒木雅也 著 アルゴノート社 ・「世界のAFV 2021〜2022」 アルゴノート社 ・「2020年代 世界の新戦車」 ジャパン・ミリタリー・レビュー ・「世界の戦車パーフェクトBOOK 決定版」 コスミック出版 |
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