●開発 T-80UM2チョールヌィ・オリョール戦車は、シベリアのOTM(Omsktransmash:オムスク輸送機械工場)設計局がロシア陸軍の要請で、T-80U戦車をベースとして1990年代初めから開発を進めていた新型MBTである。 元々T-80U戦車をベースとした新型MBTの開発は、T-80戦車シリーズの開発を手掛けたレニングラード・キーロフ工場(LKZ)設計局の手で1980年代から進められていたが、その後LKZ設計局が活動を停止したため、OTM設計局がその開発を引き継ぐことになった。 ロシア陸軍は自軍の主力MBTであるT-72/T-80戦車シリーズが、ドイツのレオパルト2戦車やアメリカのM1エイブラムズ戦車などの西側の最新鋭MBTに比べて明らかに力不足であることを認識しており、この現状を打開すべく1990年代初めに強力な新型MBTを開発することを計画した。 そしてOTM設計局とニジニ・タギルのウラル貨車工場(UVZ)設計局の双方に対して、当時の最新鋭MBTであるT-80U戦車をベースに、西側の最新鋭MBTを凌駕する性能を持つ新型MBTの開発を要求したのである。 この新型MBTはOTM設計局のものには「オブイェークト640」、UVZ設計局のものには「オブイェークト195」の試作名称が与えられ、競作という形で開発が進められることになった。 OTM設計局のオブイェークト640は、1997年9月にオムスクで開催された兵器展示会で走行可能なモックアップ車が公開された。 なおOTM設計局は本車に「チョールヌィ・オリョール」(Chyornyh Oryol:ロシア語で”黒い鷲”の意、カザノワシを指す)という愛称を与えており、以降専らこの名称で呼ばれるようになった。 チョールヌィ・オリョール戦車のモックアップ車は、T-80U戦車の車体をそのまま用いて砲塔後部を延長し、ここを自動装填装置と弾薬を収めるバスルとしたのに加え、砲塔上部にM1A2戦車が採用したCITV(Commander's Independent Thermal Viewer:車長用独立熱線映像装置)と同様のものと思われる視察機材を備えていた。 続いて1999年6月にシベリアで開催された兵器展示会で、チョールヌィ・オリョール戦車の本格的な試作車が披露された。 この試作車は、T-80U戦車の主砲である125mm滑腔砲よりも大口径の滑腔砲(140mm砲といわれる)を装備し、砲塔前半部に「カークトゥス」と呼ばれる特殊ブロック装甲がびっしり装着されていた。 またT-80U戦車に比べて車体が延長されており、転輪数も1個増えて片側7個となっていた。 このような数々の特徴を備えていたチョールヌィ・オリョール戦車だが、搭載するガスタービン・エンジンの燃費効率の悪さが問題視されたことや、ロシア政府の財政難等の理由で2001年に開発が中止されることになった。 これに対して開発元であるOTMは不服を申し立てたが、経営悪化により2002年に倒産してしまった。 一方、UVZ設計局が開発を進めたオブイェークト195(T-95戦車という通称で呼ばれることが多かった)の方も、2010年に開発中止が決定しロシア陸軍に採用されずに終わった。 |
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●攻撃力 チョールヌィ・オリョール戦車の主砲は、1997年9月に公開されたモックアップ車ではT-80U戦車と同じ51口径125mm滑腔砲2A46M1を装備していたが、続いて1999年6月に公開された本格的な試作車では、新たに開発された140mm滑腔砲に主砲を換装していた。 この140mm滑腔砲はAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)を用いた場合、射距離2,000mで700mm厚のRHA(均質圧延装甲板)を貫徹可能とされており、レオパルト2A5戦車やM1A2戦車の主砲である、ドイツのラインメタル社製の44口径120mm滑腔砲Rh120と遜色無い対装甲性能を持つとロシア兵器輸出公団は説明していた。 ちなみにRh120の同条件における装甲貫徹力は、RHA換算で650mmといわれる。 また、チョールヌィ・オリョール戦車の主砲にはアイネット自動信管調定装置が装備されており、榴弾を敵戦車上部の最適位置で爆発させることができるようになっていた。 チョールヌィ・オリョール戦車の特徴の1つとして、従来のロシア製MBTと異なり砲塔後部に巨大なバスルが設けられていたことが挙げられる。 T-72/T-80戦車シリーズに採用されていた「カセートカ」(Kassetka:カセット)自動装填システムは、砲塔バスケットの下部に円形に並べられた砲弾と装薬を装弾アームで拾い上げる構造になっていたが、この「カセートカ」システムは車体に敵弾が命中した際に弾薬が誘爆を起こす危険性が高かった。 「カセートカ」システムが誘爆を起こした際には爆風で砲塔が吹き飛んでしまうことが多く、T-72/T-80戦車シリーズは西側MBTに比べて乗員の死亡率が高かった。 一方、チョールヌィ・オリョール戦車の場合は砲塔後部のバスルに砲弾と装薬を収納し、バスル内に収納されている弾薬から選択された弾種を選んで装填トレイに搭載し、装填トレイが前進してラマーで弾薬を主砲の砲尾に押し込むようになっていた。 バスル上面には敵弾が命中してバスル内部の弾薬が誘爆した際に、自動的に吹き飛んで爆風を外に逃がすブロウオフ・パネルが装着されており、乗員の生残性向上が図られていた。 チョールヌィ・オリョール戦車が採用した新しい自動装填システムは、日本の90式/10式戦車やフランスのルクレール戦車が採用している自動装填システムと同様のもので、「カセートカ」システムに比べて乗員の安全性が高いというメリットがある。 チョールヌィ・オリョール戦車の副武装については、従来のロシア製MBTと同じく主砲と同軸に7.62mm機関銃、砲塔上面に12.7mm重機関銃を各1挺ずつ装備する予定であった。 ただし12.7mm重機関銃については従来用いられていたNSVTではなく、新開発のKordに換装される予定であったといわれる。 チョールヌィ・オリョール戦車はFCS(射撃統制システム)についてもT-80U戦車より強化されており、熱線暗視装置、DV-EBS気流センサー、GPS航法装置、ディジタル通信機器が新たに装備されていた。 |
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●防御力 チョールヌィ・オリョール戦車の車体と砲塔は共に圧延防弾鋼板の全溶接構造となっており、車体前面と砲塔の前半部には複合装甲が導入されていた。 さらに車体前面とサイドスカートの前半部には、HEAT弾や対戦車ミサイル等のCE(化学エネルギー)弾対策として、「コンタークト(Kontakt:接触)5」と呼ばれるERA(爆発反応装甲)が装着されていた。 一方、チョールヌィ・オリョール戦車の砲塔には前半部に、「カークトゥス」(Kaktus:サボテン)と呼ばれる特殊なブロック装甲がびっしりと装着されていた。 この「カークトゥス」はERAと複合装甲を組み合わせた新しいタイプの特殊装甲で、徹甲弾などのKE(運動エネルギー)弾とCE弾の双方に対して高い防御力を発揮する。 チョールヌィ・オリョール戦車の具体的な装甲防御力は不明であるが、ベースとなったT-80U戦車を大きく上回り、西側の最新鋭MBTに匹敵する装甲防御力を実現したといわれている。 本車は装甲強化に加えて、車体と砲塔の表面にRPz-86M対レーダー・コーティングを施しており、敵のレーダーに対するステルス性を向上させていた。 また新たにトゥマン自動火災消火システムが装備され、乗員の安全性向上が図られていた。 チョールヌィ・オリョール戦車はさらに、KBP(制御システム開発設計局)が開発した「ドロズド(Drozd:ツグミ)2」と呼ばれるAPS(アクティブ防御システム)も標準装備していた。 「ドロズド2」APSは対戦車ミサイル等に対して迎撃用擲弾を発射して破壊するシステムで、本車は砲塔の左右側面に各6基ずつの擲弾発射機(口径107mm)を備えていた。 これは、砲塔前上面に設けられたAPSセンサーが自車に向かってくる対戦車ミサイルや砲弾を感知した際に、有効射程に入った段階で適切な方向の擲弾発射機から自動的に迎撃用擲弾を発射して、これらを撃墜するシステムである。 擲弾発射機は、戦車前面の水平方向約120度の範囲をカバーするようになっていた。 またチョールヌィ・オリョール戦車は、オプションとしてより高性能な「アレーナ」(Arena:円形競技場)APSも装備できるようになっていた。 「アレーナ」APSはKBM(コロムナ機械製造設計局)が開発したもので、合計26基の擲弾発射機で戦車の外周を300度以上の範囲でカバーするものである。 |
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●機動力 チョールヌィ・オリョール戦車のエンジンは、試作車ではT-80UM1「バルス」(Bars:雪豹)戦車と同じGTD-1250Gガスタービン・エンジン(出力1,250hp)が搭載されていたが、生産型ではクリーモフ設計局が新たに開発したGTD-1400ガスタービン・エンジン(出力1,400hp)を採用する予定であった。 生産型のパワーパックはこのGTD-1400エンジンと、ディジタル制御された自動変速機を組み合わせて搭載することになっており、本車は路上最大速度80km/hの機動性能を発揮する予定であった。 チョールヌィ・オリョール戦車の車体はT-80U戦車よりも延長されており、このため転輪数が片側6個から7個に増加していた。 足周りは片側7個の転輪、片側4個の上部支持輪、後部に配された起動輪、前部に配された誘導輪で構成されていた。 サスペンションについては、T-80U戦車と同じく一般的なトーションバー(捩り棒)方式が採用されていた。 |
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<チョールヌィ・オリョール戦車> 全長: 10.00m 車体長: 7.97m 全幅: 3.095m 全高: 1.793m 全備重量: 48.0t 乗員: 3名 エンジン: GTD-1400ガスタービン 最大出力: 1,400hp 最大速度: 80km/h 航続距離: 500km 武装: 140mm滑腔砲×1 (32発) 12.7mm重機関銃Kord×1 7.62mm機関銃PKT×1 装甲: 複合装甲 |
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<参考文献> ・「パンツァー2001年3月号 ”黒鷲”の近況 最新型ロシア主力戦車についてわかってきたこと」 古是三春 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2007年5月号 ロシア試作MBT チョールヌイ・オリョールを推理する」 佐藤慎ノ亮 著 アルゴノー ト社 ・「パンツァー1999年7月号 ソ連戦車カタログ(24) T-80主力戦車シリーズ(2)」 古是三春 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2005年12月号 T-80戦車シリーズの開発と発展」 白井和弘 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2000年1月号 垣間見えてきた旧ソ連の戦車技術」 二木巌 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2013年7月号 ロシアMBTの現状と今後」 古是三春 著 アルゴノート社 ・「ロシア軍車輌写真集」 古是三春/真出好一 共著 アルゴノート社 ・「世界AFV年鑑 2005〜2006」 アルゴノート社 ・「グランドパワー2019年10月号 ソ連軍主力戦車(4)」 後藤仁 著 ガリレオ出版 ・「世界の戦闘車輌 2006〜2007」 ガリレオ出版 ・「ソビエト・ロシア 戦車王国の系譜」 古是三春 著 酣燈社 ・「徹底解剖!世界の最強戦闘車両」 洋泉社 ・「戦車名鑑 1946〜2002 現用編」 コーエー ・「世界の戦車 完全網羅カタログ」 宝島社 ・「新・世界の主力戦車カタログ」 三修社 |
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