AH-IV豆戦車
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+概要
AH-IVは、1930~40年代にかけて盛んに武器購入を進めていたイランの要求に基づいて、チェコスロヴァキアのČKD社(Českomoravská
Kolben-Daněk)が1935年に完成させた豆戦車である。
イランは重量2~3tの小型戦車数百両の購入をチェコスロヴァキア国内のメーカーに打診し、プルゼニのシュコダ製作所は既存のS-I豆戦車を提案したのに対して、プラハのČKD社は全く新しい豆戦車AH-IVを開発して応じた。
このAH-IVは一応「豆戦車」(タンケッテ)に分類されるが、画期的な特徴を持っていた。
従来のチェコスロヴァキア製の豆戦車はイギリス製のカーデン・ロイド豆戦車のスタイルを踏襲しており、武装の機関銃を車体に固定装備していたが、AH-IV豆戦車ではブルノ工廠製の7.92mm軽機関銃ZBvz.26を戦闘室前面右側のボールマウント式銃架に装備すると同時に、同社製の7.92mm重機関銃ZBvz.35を装備する全周旋回式砲塔を戦闘室上に搭載したのである。
これにより、それまでの豆戦車と異なり全周に機関銃火力の発揮が可能となった。
またそれまでのチェコスロヴァキア製豆戦車が、小型転輪をリーフ・スプリング(板ばね)とガータービームで懸架するカーデン・ロイド豆戦車と同様の足周りを踏襲していたのに対し、AH-IV豆戦車では大直径転輪をペアにして、リーフ・スプリングで懸架する新しい方式が採用されたことも特筆される。
この懸架方式は後のLTvz.38軽戦車に受け継がれ、実用性の高さを示しているが、これによってそれまでの豆戦車をはるかに上回る機動力を発揮できるようになった。
こうしてAH-IV豆戦車は、S-I豆戦車を下してイラン陸軍に採用された。
イランが発注した50両のAH-IV豆戦車は1936~38年にかけて納入され、「RH」の制式呼称で使用された。
当初イラン陸軍では、保守的な将校団が戦車なる新兵器の配備を好まなかったため、RH豆戦車の実戦化はなかなか進まなかった。
しかし徐々にその価値が理解され、何とか第1、第2師団へ各25両ずつの配備が完了した。
さらにイランは100~300両のAH-IV豆戦車を追加発注することを計画したが、第2次世界大戦の勃発で夢と消えた。
またAH-IV豆戦車はそれ以外の国にも、なかなか好調な売れ行きを見せた。
その1つは、ルーマニアである。
ルーマニアは元々チェコスロヴァキアとは、「小協商」と呼ばれる同盟関係にあった。
1935年にルーマニア陸軍はチェコスロヴァキアから戦車を購入することになったが、これはシュコダ社とČKD社の売り込み合戦となった。
シュコダ社の提案はS-I、S-I-d豆戦車、S-II、S-II-a、S-II-aj(ユーゴスラヴィア仕様)軽戦車といったもので、一方ČKD社の提案はAH-IV豆戦車、P-II、P-II-a、P-II-aj(ユーゴスラヴィア仕様)、TNH、TNHb軽戦車等であった。
セールスは当初、ČKD社の圧勝となった。
ルーマニアはAH-IV豆戦車36両と、P-II-aj軽戦車100両を発注したのである。
しかしその後ルーマニアは中戦車を購入する方針に変更し、P-II-aj軽戦車に代えてより大柄なシュコダ社のS-II-a軽戦車を購入することとなった。
こうしてAH-IV豆戦車のみが「R-1」の制式呼称で、ルーマニア陸軍に35両売却された。
ČKD社は最初の10両のR-1豆戦車を1937年10月に引き渡し、ルーマニア陸軍の試験を受けた。
試験結果は良好でルーマニア陸軍の印象も悪くはなかったが、ルーマニア陸軍は多くの仕様変更を要求したため引き渡しは大きく遅れることになった。
生産ライン上でのこれらの改修のため全車が完成したのは1938年4月のことで、ルーマニアへの積み出しが命じられたのは1938年5月であった。
しかし、これで終わりではなくさらに夏季試験の結果を待って、ようやく1938年8月にルーマニア陸軍はR-1豆戦車を正式受領した。
ルーマニア陸軍では、R-1豆戦車は騎兵師団の偵察部隊に配備された。
ルーマニア軍がドイツ軍と共にソ連に侵攻した後、R-1豆戦車はルーマニア陸軍の目として熾烈な東部戦線を戦い抜いた。
そして一部のR-1豆戦車はこの戦いを生き残り、1945年にはソ連側に付いたルーマニア軍によってスロヴァキア侵攻作戦にも参加したという。
なおルーマニアでは第2次世界大戦前、マラハ社によってR-1豆戦車をライセンス生産する計画が持ち上がり、実際契約も結ばれた。
しかしマラハ社は倒産し、その後国営化された後もライセンス生産は実現しなかった。
北欧の武装中立国スウェーデンも、AH-IV豆戦車の採用国の1つである。
スウェーデン陸軍は1936年に、王立スカロボルク連隊と王立ソーダーマンラント連隊に付属する形で、戦車大隊の拡大を計画した。
しかし議会が認めた450万クローネという金額は、2個大隊どころか1個大隊にも必要な戦車を調達するには不充分であった。
このため安い外国製戦車を導入することになり、チェコスロヴァキアのメーカーに白羽の矢が立てられた。
スウェーデンから派遣された戦車購入使節団は、自国の自然条件を考えて冬季の運用性能を重視していたが、ČKD社ではチェコスロヴァキア山岳地帯での雪中試験の様子を見せて使節団を納得させた。
その結果AH-IV豆戦車がスウェーデン陸軍に採用されることになり、1937年に「Strv.m/37」(Stridsvagn modell 37:37式戦車)として制式化された。
スウェーデン陸軍が採用したタイプは、AH-IV豆戦車の改良型であるAH-IV-Sv(スウェーデン仕様)と呼ばれるもので、スウェーデン陸軍の要望に合わせて若干の改良が加えられていた。
改良点はまずエンジンが、より強力なスウェーデンのヴォルヴォ社製のFC 直列6気筒液冷ガソリン・エンジン(出力85hp)に換装され、この結果路上最大速度が原型の45km/hから60km/hに大きく向上した。
また原型では戦闘室前面右側に装備されていた車体機関銃が廃止され、代わりに全周旋回式砲塔の機関銃が2連装となった。
そして砲塔上面には視察用の小型キューポラが追加されたが、これは戦闘力の向上にとって重要な改良であった。
乗員については、原型と同じく2名のままである。
Strv.m/37豆戦車はユングナー社を通じて48両が発注されたが、2両のみがČKD社で生産され、残りはスウェーデンのオスカーシャムス造船所でライセンス(ノックダウンによる)生産が行われた。
このために必要なパーツと一部の治具は、ČKD社から供給された。
主要なパーツは1938年9月までに発送され、さらに残りのパーツは同年11月には送付された。
Strv.m/37豆戦車は1939年初頭には全車が完成し、同年2月にはスウェーデン陸軍に配備された。
ただし、スウェーデン陸軍ではもっと有力な戦車が入手できる見込みもあり、基本的に本車を訓練用戦車として扱った。
驚いたことに、AH-IV豆戦車の歴史はこれだけでは終わらなかった。
何と第2次世界大戦後の1949~50年にかけてエチオピアからの求めに応じ、エンジンをコプジブニツェのタトラ社製の114 直列6気筒空冷ディーゼル・エンジン(出力65hp)に換装したAH-IV-Hb(エチオピア仕様)と呼ばれるタイプが、20両再生産されているのである。
このAH-IV-Hb豆戦車の試作車は、ČKD社が大戦前に製作したR-1豆戦車の試作車から改造されたという。
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<AH-IV豆戦車>
全長: 3.20m
全幅: 1.79m
全高: 1.69m
全備重量: 3.5t
乗員: 2名
エンジン: プラガRHP 4ストローク直列6気筒液冷ガソリン
最大出力: 55hp
最大速度: 45km/h
航続距離: 150km
武装: 7.92mm重機関銃ZBvz.35×1 (3,700発)
7.92mm軽機関銃ZBvz.26×1
装甲厚: 6~12mm
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<R-1豆戦車>
全長: 3.20m
全幅: 1.73m
全高: 1.67m
全備重量: 3.9t
乗員: 2名
エンジン: プラガRHP 4ストローク直列6気筒液冷ガソリン
最大出力: 55hp
最大速度: 45km/h
航続距離: 170km
武装: 7.92mm重機関銃ZBvz.35×1 (3,700発)
7.92mm軽機関銃ZBvz.26×1
装甲厚: 6~12mm
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<Strv.m/37豆戦車>
全長: 3.40m
全幅: 1.85m
全高: 1.96m
全備重量: 4.68t
乗員: 2名
エンジン: ヴォルヴォFC 4ストローク直列6気筒液冷ガソリン
最大出力: 85hp
最大速度: 58~61km/h
航続距離: 200km
武装: 8mm機関銃Ksp.m/39×2 (3,960発)
装甲厚: 6~15mm
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<AH-IV-Hb豆戦車>
全長: 3.20m
全幅: 1.82m
全高: 1.73m
全備重量: 3.93t
乗員: 2名
エンジン: タトラ114 4ストローク直列6気筒空冷ディーゼル
最大出力: 65hp
最大速度: 42km/h
航続距離: 200km
武装: 7.92mm重機関銃ZBvz.35×1 (2,800発)
7.92mm軽機関銃ZBvz.26×1
装甲厚: 6~12mm
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<参考文献>
・「パンツァー2000年10月号 チェコスロバキア製のベストセラー輸出戦車 AH-IV」 水上眞澄 著 アルゴノート
社
・「グランドパワー2019年9月号 スウェーデン戦車発達史」 齋木伸生 著 ガリレオ出版
・「グランドパワー2011年4月号 スウェーデン・アーセナル戦車博物館(1)」 ガリレオ出版 ・「グランドパワー2020年12月号 38(t)軽戦車」 寺田光男 著 ガリレオ出版
・「グランドパワー1999年9月号 ドイツ38(t)軽戦車」 佐藤光一 著 デルタ出版
・「世界の戦車
1915~1945」 ピーター・チェンバレン/クリス・エリス 共著 大日本絵画
・「世界の無名戦車」 齋木伸生 著 三修社
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