+開発
アメリカ海兵隊は1973年から、旧式化したLVTP7(1984年にAAV7に改称)水陸両用兵員輸送車の後継となる新型LVTの開発計画をスタートさせた。
この新型LVTには当初「LVA」(Landing Vehicle Assault:上陸用強襲車両)の開発名が与えられ、後に「AAAV」(Advanced
Amphibious Assault Vehicle:先進的水陸両用強襲車両)、「EFV」(Expeditionary Fighting Vehicle:遠征戦闘車両)と呼称を変えながら開発が続行された。
EFVは主武装として強力な30mm機関砲を装備し、2,703hpという大出力のディーゼル・エンジンを搭載して路上最大速度72.4km/h、浮航最大速度46.3km/hの高い機動力を発揮することが可能であった。
本車は2007年に実戦配備を開始することを念頭に開発作業が進められたが、2003年にイラク戦争が勃発したことで戦費捻出のためEFVの開発費が圧迫され、加えて様々な技術的問題が発生し、第一線配備は予定より大きく遅れることとなった。
その後、EFVの配備開始は2015年に予定が大きく修正されたが、開発の長期化に伴うコストの高騰により、EFVの調達予定価格は1両当たり1,700万ドルに達する見込みとなった。
このため、EFVの調達予定数は計画当初の1,013両から573両に大きく削減されることとなり、この調達数の減少によって1両当たりの単価はさらに高騰することが予想された。
アメリカ海兵隊の内部からは、EFVは優先度の低い水上運用能力を重視したことが高騰の原因として、水上速力を低下させてでもコスト低減と車内容積の確保を行うべきとの声が上がった。
このため、EFVは基本設計の変更を行うことまで検討される事態となったが、ついに2011年に計画は終焉を迎えることとなった。
当時のオバマ政権の国防長官であったロバート・M・ゲイツの判断により、EFVは開発・調達に掛かるコストがあまりにも高過ぎるとして、軍事費削減のため開発を中止することが通告されたのである。
この決定を受けてアメリカ海兵隊は、保有するAAV7の就役寿命の延長を図る改修計画の検討に着手すると共に、EFVの代替となるより安価な次世代型水陸両用車両「MPC」(Marine
Personnel Carrier:海兵隊兵員輸送車)の研究を開始することとなった。
ところが同時期、国防省主導でアメリカ陸軍用として「ACV」(Amphibious Combat Vehicle:水陸両用戦闘車両)開発計画が動いていた。
MPCとACVは良く似た車両であったが、ACVの方は廉価版EFVといった要求性能であった。
海兵隊と陸軍で似たような車両を要求していれば、またゲイツ長官に目を付けられる恐れがある。
しかし海兵隊としては、水陸両用車両という花形装備の主導権を陸軍に渡したくなかった。
そこで海兵隊は一旦MPC計画を取り下げ、2014年に「ACV1.1」と看板を付け替えて陸軍のACV計画を乗っ取り、MPC計画の存続を図った。
アメリカ海兵隊のACV1.1計画には、イギリスのBAEシステムズ社とイタリアのイヴェコ社の合同チームと、ヴァージニア州レストンのSAIC社(Science
Applications International Corporation:国際科学アプリケーション)と、シンガポールのSTK社(Singapore
Technologies Kinetics:シンガポール動力学技術)の合同チームの2者が応募した。
前者は、イヴェコ社が開発した8×8型装輪式装甲車「スーパーAV」の能力強化型をACV1.1として提案し、後者も、STK社製の8×8型装輪式装甲車「テレックス」の能力強化型である「テレックス2」を提案した。
2015年11月に海兵隊はこの2チームの試作車をACV1.1の最終候補として認定し、各チームとの間でそれぞれ2016年末までに16両の試作車を製作する契約を締結した。
前者の試作車は2016年12月13日、後者の試作車は2017年2月21日にアメリカ国防省に納入され、海兵隊による性能評価試験に供された。
その結果2018年に、BAE・イヴェコチームの試作車がACV1.1として仮採用されることとなり、同年6月にはアメリカ海兵隊への制式採用が決定し、2020年10月に18両納入されたのを皮切りとして、2023年までに204両を調達することが予定されている。
一方、ACV1.1で敗れたSAIC社はアメリカ海兵隊に対し、既存のAAV7の生残性を強化して就役寿命の延長を図る近代化改修計画「AAV7 SU」(Survivality
Upgrade:生残性向上)を提案した。
2016年に公開されたその内容は、車体周囲にセラミック製の追加装甲を装着し、車体内部にはスポール・ライナー(内張り)を装着し、兵員用座席を対地雷防護仕様とするというものであった。
ACV1.1の部隊配備が進むまで、引き続き旧式化したAAV7の運用も継続する必要があるため、海兵隊は2017年8月にSAIC社に対してAAV7
SUの低率量産を一旦発注したが、約1年後の2018年8月末にはこれをキャンセルしている。
その理由について海兵隊側は、ACV1.1の運用結果が良好なため、資金を本車の調達に集中するためとしているが、実は他に理由があるのではないかと指摘する軍事研究者も存在する。
それが、2015年から日本の三菱重工業が開発を進めている、「MAV」(Mitsubishi Amphibious Vehicle:三菱の水陸両用車両)と呼ばれる装軌式の水陸両用装甲車の存在である。
日本の陸上自衛隊は尖閣諸島を始め、南西諸島方面への野心を隠さない中国軍の脅威に対応すべく、2018年3月に日本版海兵隊ともいうべき水陸機動団を新編し、その主力装備としてアメリカより58両のAAV7を導入している。
水陸機動団が保有するAAV7は最新の近代化改修型であるAAV7 RAM/RSであるが、最新型といっても開発から50年以上経っている旧型車両であり、水陸機動団の任務に使用するには性能的に不充分であるのは明白である。
そこで防衛装備庁は、AAV7に代わる次世代型水陸両用車両の研究を続けており、その一環として三菱重工業が開発を進めているのが前述のMAVである。
このMAVはあくまで技術検証と蓄積を目的とした車両なので、この車両がそのまま陸上自衛隊に採用されるわけでは無いが、次世代型水陸両用車両の開発ベースとなる可能性は高いと思われる。
アメリカ海兵隊がAAV7 SUの発注をキャンセルしたのは、MAVの開発に目処が立ったタイミングと一致しており、海兵隊側が日本の次世代型水陸両用車両に相乗りするにあたって、二重投資を避けるためだったのではないかと推測されているのである。
前述のように、すでにアメリカ海兵隊はAAV7の後継車両としてACV1.1の調達を進めているが、AAV7が28名の兵員を収容可能なのに対し、ACV1.1が収容可能な兵員数は約半分の16名に過ぎず、これではAAV7の約2倍のACV1.1を調達する必要が生じる。
しかし海兵隊はそこまでACV1.1に依存するつもりは無く、あくまで老朽車の代替という扱いのようである。
アメリカ海兵隊としては、AAV7の後継車両はやはりEFVのような大型の装軌式車両を本命と考えているようで、EFVが開発中止となった現状では、日本がMAVをベースに開発を進めようとしている次世代型水陸両用車両に相乗りしたいというのが本音のようである。
従って、ACV1.1はあくまでもそれまでの繋ぎに過ぎないのであろう。
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