●開発 75式130mm自走多連装ロケット弾発射機(75式MSSR)は、1965年から開発が始められた国産の自走多連装ロケット・システムある。 多連装ロケットの本格的開発に先立ち、1965年度に防衛庁技術研究本部においてまず「精度向上及び弾道風」の研究が行われている。 1966年度には多連装ロケットの期待性能案が作られ、これが正式にまとまったのは1967年度といわれる。 また1967、68年度と続けて、技術研究本部で「システム・デザイン」についての研究が行われている。 1968年度には開発目標が固まり、1969〜70年にかけてロケット弾発射機等の第1次試作および技術試験が行われた。 続いて1971〜72年にかけて第2次(全体)試作が行われ、1972〜73年にかけて技術試験が行われた。 全体試作車は2両作られたようだが、少なくとも第1号車(自動車番号92-1001)には73式装甲車の小松製作所製試作車であったSUB-IIの転輪がそのまま流用されている。 この第1号車は起動輪上部の車体端が丸みを帯びていたり、ロケット弾発射機の吊り上げフックの形状が違うなど生産型と比べると相違点が多い。 1973年には実用試験に入ったが方位検知器のジャイロ・コンパスに改善が必要とされ、1974年にはその性能確認のための補備試験が行われた。 そして1975年12月27日に「75式130mm自走多連装ロケット弾発射機」として制式化され、1976年には4両、1977年には6両の予算が通っている。 以後年に8両程度が調達され続け、最終的な生産数は66両とされている。 |
●車体の構造 75式MSSRの車体は小松製作所が主契約者となっており、すでに述べたように73式装甲車のコマツ製試作車であるSUB-IIをベースにして開発された。 車体は防弾アルミ板の溶接構造を採用しているが、73式装甲車や74式自走105mm榴弾砲のような水上浮航性は考慮されていない。 車体前面中央には73式装甲車と同じく整備用のハッチが付いているが、ボルト止めではなくヒンジによる開閉式となっている。 また、73式装甲車に装備されていた前方機関銃は廃止されている。 車体前部は乗員室となっており左側が操縦手席、右側が車長(射撃班長)席、その後方は発射機操作手(照準手)席になっている。 操縦手席には3基のペリスコープが備えられており、右側にスライドして開く一枚板のハッチが取り付けられている。 車長席には6基のヴィジョン・ブロックが備えられたキューポラがあり、12.7mm重機関銃M2が装備されている。 この機関銃の銃架は、ロケット弾発射の妨げにならないように90度横倒しにすることができるようになっている。 車長用ハッチはヴィジョン・ブロックごと一体で上に開くタイプで、73式装甲車とは形状が異なる。 発射機操作手席のハッチは、操縦手席と同じくスライドして開く形式となっている。 発射機操作手席の後方、車体が後方に向かって一段低くなっていく斜面には後ろ向きにペリスコープが設けられており、これで発射機を監視することができるようになっている。 操縦手席後方の車体左側は機関室になっており、三菱重工業製の4ZF 2ストロークV型4気筒空冷ディーゼル・エンジンが搭載されている。 使用燃料は軽油の他、ガソリン、ジェット燃料であるJP-4も使用可能とされている。 名前の通り同世代の陸自戦闘車両に広く使われているZF系のエンジンで、出力は300hp/2,200rpmとなっている。 これは73式装甲車や74式自走105mm榴弾砲と同じもので、出力には変化が無い。 しかし全備重量は73式装甲車の約13.3tに対し、75式MSSRでは約16.5tにまで増えたため、路上最大速度は73式装甲車の約60km/hから10km/h低下し、75式MSSRでは約50km/hにまで低下している。 携行燃料は410リットルで燃料消費量は1.36リットル/km、航続距離は300kmとされ、これは全備重量が同じ16.5tとなっている74式自走105mm榴弾砲と全く同じ値である。 73式装甲車は燃料450リットルを携行して航続距離は350kmとされているので、こちらの性能も若干低下していることになる。 車体の後部は前述のように一段低くなっており、ロケット弾発射機が搭載されている。 当然のことながら、73式装甲車にあるT字型のガンポートなどは廃止されている。 車体後面のドアも73式装甲車の観音開き式の2枚ドアに代わって、右開き式の大きな1枚ドアに変更されている。 このように75式MSSRの車体は73式装甲車との相違点も少なくないが、エンジンなどの基本コンポーネントは73式装甲車や74式自走105mm榴弾砲と共通化されている。 60式装甲車と試製56式自走105mm榴弾砲が共通のエンジンを搭載していたのと同様に、最低限のファミリー化は考慮されていたといえよう。 |
●ロケット弾発射機の構造 75式MSSRのロケット弾発射機は、鉄道レール等を使用していたいわゆるカチューシャ・ロケットなどと比較すると、大変に精緻な作りのレール式のもので上から7門、8門、7門、8門が重ねられた箱型の形状をしている。 発射筒の中央部は装填されたロケット弾の弾頭を保護するため、防弾鋼板で覆われている。 発射機の右側面下部後端近くにはアンテナ・ポストがあり、発射時には基部を前方に回転させてアンテナを倒せるようになっている。 発射機の反対側には、パノラマ式照準眼鏡の托座が取り付けられている。 装填済みのロケット弾発射機の重量は約3.2t、発射機のみでは約2.0tである。 ロケット弾の発射は単射、連射の選択が可能で、非常時には連射中でも緊急停止が可能なよう考慮されている。 連射の場合、ロケット弾の相互干渉を防ぐため約0.4秒間隔で発射され、30発全弾の発射には約12秒かかる。 発射機の高低射界は0ミル〜888ミル(0度〜+約50度)であり、他の自走砲のように俯角での射撃はできない。 また方向射界は左右各888ミル(約50度)となっており、全周旋回ではない。 75式MSSRは通常の榴弾砲と違って、直接照準射撃は全く考慮されていない。 俯角を必要としないのはそのためである。 75式MSSRでは多連装ロケットの特性を考慮して観測射は無し、効力射は連射が建前になっている。 再装填は1発1発手で行うため、次の射撃は数10分後となる。 1連射すれば射撃位置の秘匿が困難な多連装ロケットでは、敵砲兵部隊の反撃を考慮しなければならないので陣地変換が必須となる。 その時には、改めて新しい目標の大体の方向に車体を向ければ良い。 そのため、全周旋回についてもそれほど必要とはされない。 発射機の載るターンテーブルには、左側にパノラマ式照準眼鏡を使う場合のステップが固定されており、外周には前述の後ろ向きのペリスコープから目視で確認できるように、左右に1000ミルずつ発射機の旋回角を表す目盛が刻まれている。 |
●照準装置の構造 75式MSSRの照準は、車内に装備された各種照準装置を使って照準手席から完全な装甲防護下で行うか、発射機左側に取り付けられたパノラマ式照準眼鏡を使って車外から行われる。 発射機の照準装置は方位検知器、傾斜検知器、演算機、発射機シンクロ発射機ユニット、照準指示器等から成っており、この75式MSSRを特徴付ける部分となっている。 方位検知器はジャイロ・コンパスの一種で、陸上で装軌式車両に取り付けられて照準に使用する例は世界でもあまり例の無いものだった。 傾斜検知器は電解液を使った電気式水準器の一種で、発射機の傾斜を電気信号として出力する。 これらの検知器は、照準諸元を全てデジタル表示する。 従来の野砲は標桿等の照準点を設定し、まず瞬発信管を装着して弾着の観測を容易にした弾薬を使い観測射を行う。 そしてその弾着を観測する前進観測者の指示に従って、弾着を修正した修正射を行う。 こうして目標を正しく捉えた後、目標に適した信管を装着した弾薬を使用して効力射に入る。 一方、75式MSSRの場合は前述のような照準装置を使うことで、標桿等の照準点を必要としない無照準点間接照準射撃が可能となっており、また観測射無しで効力射に入る不意急襲的な大火力発揮が可能となっている。 なお、これら照準装置関係の開発は東京計器が担当している。 |
●ロケット弾の構造 ロケット弾発射機本体およびロケット弾は、日産自動車が主契約者となった。 日産自動車は、以前開発中止となった「4.5インチ対地多連装ロケット弾」の開発メーカー富士精密工業の後身であり、30型ロケットでの実績はもちろん、宇宙開発事業団のJCRロケットのメイン・エンジンを担当する、国内随一の固体ロケット・メーカーであった。 75式MSSRの使用するロケット弾は「75式130mmロケット弾」と呼ばれ、弾頭は榴弾のみで68式30型ロケット弾のような演習弾は無い。 75式130mmロケット弾の全長は1,856mm、直径は131.5mm、信管付きの弾薬重量は43.1kg、弾頭重量は15kgであり最大射程は14,500mとされている。 ロケット弾の最大飛翔速度は700m/秒、弾頭の有効範囲は弾丸重量のほぼ等しい105mm榴弾(有効範囲30×20m)以上とされている。 75式130mmロケット弾は68式30型ロケット弾と同じく、安定翼と弾体の旋転によって飛翔中の安定を確保する有翼旋動(スピン)弾であるが、68式30型ロケット弾のようなスピン・モーターは使用しない。 代わりにロケット・モーターのノズル後端に巴状の溝が掘られており、噴射ガスによって回転を与えスピン・モーターの機能を兼ねさせている。 旋転は、約2秒間のロケット・モーターの燃焼後に約1,200rpmに達する。 ロケット・モーターは固定式で、推進薬はニトロセルロースとニトログリセリンを主成分とする、いわゆるダブルベース(2原料)無煙火薬である。 ダブルベース無煙火薬(略号「DB」)は、ニトロセルロースを主成分とするいわゆるシングルベース無煙火薬(略号「SB」)に比べ火勢が強く、点火が容易という特徴がある(ちなみにSBの発火点は315℃、DBの発火点は155℃)。 しかし、燃焼温度が高いため砲腔内部のエロージョン(焼食作用)が激しく、火砲の発射薬には適さない。 ロケット弾ではこうした問題は生じないので、ダブルベースが使用される。 使用される信管は、着発信管と特殊信管(CVT)がある。 75式130mmロケット弾には専用の信管のみが使われ、他の信管は流用できない。 着発信管は、弾着とほとんど同時に作動する瞬発信管(作動時間1〜2/10,000秒)と、これが不作動の場合のバックアップ用としてやや遅れて作動する無延期信管(作動時間は約5/10,000秒)とが組み込まれている。 68式30型ロケット弾の制式時には、VT(電波式近接信管)がアメリカからの供与を受けられなかったために国内開発された65式特殊信管があった。 当時のVT信管は、電解液の入ったアンプルが発射の衝撃で割れて電圧を発生させる湿電池を使う型式が一般的で、発射時の衝撃が少ないロケット弾には流用が難しかったようである。 しかしその後特殊信管の開発が進められ、75式130mmロケット弾ではCVT信管が用意された。 CVT信管は発射直後から電波を発信してしまうVT信管の改良型で、時計機能が組み込まれており電波発信を任意の時間に開始することができるようになっている。 そのため、発射時に砲口の近くにある障害物との安全間隔を広く取る必要が無くなっており、陣地構築上の自由度が増している。 また、ECM対策上も有利といわれる。 国産のCVT信管にはすでに71式特殊信管があったが、75式130mmロケット弾用特殊信管と比べるとその機能には若干の違いがある。 71式特殊信管では信管の測合線がS位置の場合は作動しないが、75式130mmロケット弾用特殊信管はたとえS位置であっても約14秒後から電波を発信する。 また測合秒時の目盛も、71式特殊信管の1秒単位100秒までから5秒単位の60秒までと異なっており、精度も71式特殊信管の方が良い。 設計上の作動高も通常のVT信管の落角約30度で約15mから、落角約40度で約15mへとロケット弾の弾道特性を考慮して変更になっている。 |
●部隊配備 75式MSSRが最初に配備されたのは富士教導団特科教導隊第5中隊で、1978年3月のことであった。 同年6月には北海道矢臼別演習場において富士学校特科部研究課が、特科教導隊と第2特科連隊(第2師団)の支援を受け研究射撃を実施している。 教範類の作成は1976年度からすでに始められていたが、この研究射撃成果を踏まえ1979年度には教範「多連装ロケットの操法」が編纂されている。 野戦特科の教範としては、初めてのカラー印刷であった。 1979年1月10日〜2月11日まで富士学校において、第1回多連装ロケット集合教育が特科教導隊、第2、第5特科連隊の多連装ロケット部隊の編制基幹要員16名に対し行われた。 また1980年1月17日〜2月22日まで第5特科連隊(第5師団)の基幹要員12名に対し、第2回多連装ロケット集合教育が行われている。 その後、第7特科連隊を除く北部方面隊各師団特科連隊には直轄の多連装中隊がそれぞれ編制された。 第2特科連隊多連装中隊は定数12両の甲編制、第5特科連隊多連装中隊は定数8両の乙編制、第11特科連隊多連装中隊は甲編制であった。 また北部方面隊直轄の第1特科団にも配備され、1984年3月26日に第1特科群第302多連装中隊、第2特科群第301多連装中隊の2個中隊が編制された。 そして1995年3月28日にこれらの多連装中隊は1個大隊にまとめられ、第127特科大隊へと改編された。 この特科大隊は第1特科群に属し、北千歳に駐屯した。 そして1996年3月29日に第127特科大隊は、装備機材がアメリカ製のMLRS自走多連装ロケット・システムに更新されると共に「第129特科大隊」と改称され、75式MSSRを装備する方面特科大隊は北部方面隊から姿を消した。 一方、西部方面隊では第129特科大隊の編制日と同じ1996年3月29日、第3特科群に75式MSSRを装備する第128特科大隊が新編された。 この第128特科大隊は、3個中隊編制で湯布院に駐屯した。 その後、野戦特科にMLRSや99式自走155mm榴弾砲の配備が進められたことに伴い、75式MSSRは2003年頃までに全車が退役している。 |
<75式130mm自走多連装ロケット弾発射機> 全長: 5.78m 全幅: 2.80m 全高: 2.665m 全備重量: 16.5t 乗員: 3名 エンジン: 三菱4ZF21WT 2ストロークV型4気筒空冷ディーゼル 最大出力: 300hp/2,200rpm 最大速度: 50km/h 航続距離: 300km 武装: 30連装130mmロケット弾発射機×1 (30発) 12.7mm重機関銃M2×1 (600発) 装甲厚: |
<参考文献> ・「パンツァー1999年6月号 陸自の車輌・装備シリーズ 75式130mm自走多連装ロケット弾発射機」 田村尚也 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2004年4月号 陸上自衛隊 75式130mm自走多連装ロケット弾発射機」 高城正士 著 アルゴノー ト社 ・「世界AFV年鑑 2005〜2006」 アルゴノート社 ・「グランドパワー2012年3月号 自衛隊の車輌と装備 73式装甲車の派生型」 伊吹竜太郎 著 ガリレオ出版 ・「世界の戦闘車輌 2006〜2007」 ガリレオ出版 ・「世界の軍用車輌(2) 装軌式自走砲:1946〜2000」 デルタ出版 ・「陸上自衛隊 車輌・装備ファイル」 デルタ出版 ・「自衛隊歴代最強兵器 BEST200」 成美堂出版 ・「世界の最新陸上兵器 300」 成美堂出版 ・「戦車名鑑 1946〜2002 現用編」 コーエー ・「世界の装軌装甲車カタログ」 三修社 ・「自衛隊装備年鑑」 朝雲新聞社 |