●開発 74式自走105mm榴弾砲が開発された当時、陸上自衛隊の師団特科(砲兵)連隊は師団の普通化連隊と同じ数の105mm榴弾砲を装備する直接支援大隊と、155mm榴弾砲を装備する1個の全般支援大隊で編制されていた。 当時は前線の部隊を密接に支援するには小回りが効き、発射速度の速い105mmクラスの榴弾砲がまだまだ有用とする意見も根強かった。 155mmクラスに比べて弾薬補給も容易であるし、陣地占領、撤去に掛かる時間も少なくて済んだ。 そこで、自走榴弾砲も同じく直接支援用の小回りの効く105mm自走砲と、大柄な全般支援用の155mm自走砲の2本立てで開発されることになった。 74式自走105mm榴弾砲の開発は75式自走155mm榴弾砲にやや先行して始まり、1964年度には期待性能案が作成されている。 ちなみに、75式自走155mm榴弾砲の期待性能案が作られたのは翌65年度である。 1966年度には期待性能がまとまり、翌67年度には防衛庁技術研究本部の委託研究となって開発目標が決定された。 そして1968年度には要求性能がまとまり、砲塔部の試作が開始されている。 砲塔部の開発担当会社は、日本製鋼所である。 続いて技術試験に入り1969年度には基本要目が決定して、車体部を含めた全体試作へと進んでいった。 車体部の開発担当会社は、小松製作所である。 1970年3月には試作車2両が完成し、技術試験および実用試験が開始された。 面白いことに、やや遅れて開発の始まった75式自走155mm榴弾砲では三菱重工業による車体部の試作が先行し、日本製鋼所による砲塔部の試作は後から追いかける形になっている。 恐らく、まず技術的難度の低い口径の小さな105mm榴弾砲の試作を先行させ、こちらの開発に目処が立ったところでより口径の大きな155mm榴弾砲の試作に入ったものと思われる。 当時、国内で大口径火砲を製造できるメーカーは日本製鋼所くらいしかなく、限られた開発資源を有効に利用する合理的な方策だったといえよう。 1972年には補備試験が行われ、最終的には1974年度に「74式自走105mm榴弾砲」として制式化された。 |
●車体部の構造 74式自走105mm榴弾砲はエンジン、変速・操向機を中心に、73式装甲車のコンポーネントを数多く流用している。 ただし開発担当会社が小松製作所であるため、特に試作車体の外見は三菱製試作車のSUB-Iをベースにしている73式装甲車より、むしろそのコマツ製試作車であるSUB-IIに似た部分がある。 車体前方右側は操縦手席となっており、3基のペリスコープが備えられている。 操縦手席には73式装甲車でおなじみの2本の操縦レバーが立っており、右手には計器盤が取り付けられている。 計器盤には大きめの速度計と回転計、それに小さめの油温計や各種スイッチ等が取り付けられている。 操縦手用ハッチは、75式130mm自走多連装ロケット弾発射機(75式MSSR)のそれと同じく水平に回転して開く。 反対側の前方左側は機関室となっており、前輪駆動となっている。 車体後部は戦闘室となっており、全周旋回式の砲塔が搭載されている。 また前方右側は操縦手席に続く通路になっており、後面には右開き式の1枚ドアが設けられている。 このドアの内側には、手持ち式の消火器が取り付けられている。 エンジンは、三菱製の4ZF 2ストロークV型4気筒空冷ディーゼル・エンジンを搭載している。 75式自走155mm榴弾砲に搭載されている6ZF、74式戦車に搭載されている10ZFと同じZF系列のエンジンで、前述のように73式装甲車も同じ4ZFエンジンを搭載している。 同じ排気量のシリンダーを任意の数だけ組み合わせて必要な出力を得るZF系エンジンは、第2次大戦中の統制型ディーゼル・エンジンと同じ発想だといえる。 4ZFの”4”は4気筒を表し、ZF系のエンジンは1気筒当たり75hpを発揮するので出力は300hpとなる。 燃料タンクの容量は410リットルで航続距離は300kmとされているが、これは燃料携行缶(いわゆるジェリカン)の80リットルを除いた数値で、これを使うと約380kmの走行が可能といわれる。 燃料には通常使われる軽油の他、ガソリンやJP-4(航空機用ジェット燃料)も使用できるとされている。 自重は13.3t、全備重量は16.3tと73式装甲車の全備重量である13.3tと比べて3tほど増加し、出力/重量比は73式装甲車の22.6hp/tに比べ、18.4hp/tとやや悪化している。 そのため路上最大速度も、73式装甲車の60km/hに比べ50km/hに低下している。 変速機や操向機等は73式装甲車と同系列のものが使われているが、最小旋回半径はやや大きく8.0mとされている。 電装系は、75式MSSRが12Vのバッテリーを4個搭載した12V系なのに対し、74式自走105mm榴弾砲では24Vのバッテリーを2個搭載した24V系となっている。 車体は防弾アルミ板の溶接構造で、車体周囲に折り畳まれている浮航スクリーンを展開し、若干の浮航用のキットを装着することにより6km/hの速度で水上航行を行うことができる。 |
●砲塔部の構造 砲塔は車体と同じく防弾アルミ製で、上面には防盾付きの12.7mm重機関銃M2が1挺装備されている。 砲塔の右側前方には照準手(砲手)席があり、右前方に旋回ハンドル、左側には俯仰ハンドルがある。 目の前にはパノラマ眼鏡があり、ゴムブーツを通して天井のハッチから頂部を突き出す。 照準手席の後方には、砲班長(車長)席がある。 直上には砲班長用に後ろ開き式の1枚ハッチがあり、二股になった銃架の基部に挟まれるようにペリスコープが1基取り付けられている。 照準手席と砲班長席の間の砲塔側面には、片開き式のハッチがある。 その後方にあるハッチは、ヴェンチレイター用のものである。 砲尾を挟んで反対側の戦闘室内左側には折り畳み式のベンチシートが右向きに取り付けられており、ここには2名が座ることができる。 このシートのちょうど上になる天井には乗降用のハッチが取り付けられており、砲塔左側面には右側と同じく片開き式のハッチが取り付けられている。 信管の測合に使用するJ1およびM26信管測合装置の搭載位置も、戦闘室内の左側袖部になる。 J1は後述する71式CVTの測合に、M26はその他の機械式および火道式時限信管の測合に使用する。 その前方には73式装甲車に搭載されているのと同じ、丸いハンドルが2つ付いたおなじみのNBCフィルター・ボックスが搭載されている。 また戦闘室内の側面には右に3挺、左に1挺、乗員の個人火器である64式7.62mm小銃のラックが取り付けられている。 携行弾数は43発で、排莢に備えてキャンバスの張られている砲尾の後方を除く砲塔内後部や、戦闘室後面ドア横等に設けられているラック、戦闘室の床下等に収納される。 搭載される105mm榴弾砲は前述のように日本製鋼所の開発で、戦後初の完全国産火砲である。 砲身長は30口径で、薬莢を使用する。 閉鎖機は垂直鎖栓式・半自動であり、平衡機はバネ式である。 駐退復座機は液バネ式同心型で、後座長は最大で30.5cmとされている。 最大射程は14,458m、最大初速は645m/秒とされている。 高低射界は仰角1,290ミル(約73度)、俯角110ミル(約6度)で、ハンドル1回転で10ミル(約0.56度)作動する。 砲塔は前述のように全周旋回が可能で、手動の場合はハンドル1回転で10ミル(約0.56度)、動力旋回の場合は20秒で360度旋回させることができる。 発射速度は、最大で1分間に10発が可能となっている。 74式自走105mm榴弾砲の照準具には、75式自走155mm榴弾砲と同じパノラマ眼鏡とL型眼鏡が用意されている。 パノラマ眼鏡は倍率4倍、固有視界10度、対物鏡径16mm、俯仰角各300ミル(約16.9度)で、レチクルには方位角が目盛られている。 眼鏡托座は、M76が使用されている。 L型眼鏡は倍率4倍、視界10度、対物鏡径35mmで、レチクルには縦表尺が目盛られている。 こちらは75式自走155mm榴弾砲用と同じく、上下左右各10ミルの調整が可能になっている。 乗員定数は4名とされており、シートも前述のように最大で5名分しかない。 しかし砲班は砲班長、照準手、操縦手、砲手3名(1番〜3番)の6名が定数となっているため、定数一杯の場合は1名が立って乗車することになる。 もっとも、実態としては充足率の関係で4名程度で運用されることがほとんどであり、問題は生じていない。 |
●105mm榴弾砲の各種弾丸 74式自走105mm榴弾砲は、従来の105mm榴弾砲用の弾丸は全て使用することができる。 以下、使用される主な弾丸の諸元を列挙する。 まず榴弾は、従来の105mm榴弾砲に使用されていたM1に加え、長射程の74式榴弾が専用砲弾として開発された。 M1榴弾は弾丸重量(以下全て信管付きの値)15.0kg、完成弾薬重量(装薬を含む)19.2kg、弾丸長(以下全て信管付きの値)は49.5cmである。 内部にはTNT 2.13kgまたはコンポジットB(TNT 40%、RDX 60%の混合爆薬)が2.24kg充填されており、有効区域は正面幅30m、縦深20mとされている。 74式榴弾は、本車の105mm砲用に開発された専用の長射程弾である。 弾丸重量は14.2kg、完成弾薬重量は18.9kg、弾丸長は53.2cmとなっている。 内部にはTNT 2.68kgが充填されており、有効区域はM1榴弾と概ね同じとされている。 信管はM557およびM520、71式1型が主用され、M500も適合するが訓練には使用されない。 対戦車榴弾(HEAT)には、M67がある。 弾丸重量は13.1kg、完成弾薬重量は16.8kg、弾丸長は50.9cmである。 炸薬にはコンポジットBが1.38kg充填されており、装甲穿孔力は約100mmとされている。 信管には、M62およびM91着発信管が使用される。 照明弾には、M314系が使用される。 弾丸重量は16.6kg、完成弾薬重量は21.1kg、弾丸長は49.0cmである。 内部には照明剤が1.6kg充填されており、直径約1,200mの区域をM314A1は60万燭光で、M314A2は45万燭光で60秒間照明できる。 落下速度は10m/秒で、破裂高度は750mが適当とされている。 信管には、M54火道式複動信管とM501時計式複動信管が使用される。 なお、照明弾の略号はILLである。 発煙弾にはWP(黄燐)発煙弾M60と、HC(ヘキサ・クロロエタン、亜鉛その他の混合物)発煙弾M84の2種が使用される。 WP発煙弾M60は弾丸重量15.8kg、完成弾薬重量19.9kg、弾丸長49.6cmとなっている。 弾丸の中心部には信管底部から弾底付近まで炸薬筒が入っており、弾着と同時に弾体が破壊され内部の発煙剤が飛散する。 内部に充填されている黄燐は1.842kgで空気に触れると自然発火し、その有効発煙区域は60m×30m、持続時間は1分とされている。 信管にはM57、M577二動信管およびM520時計式複動信管が主用されるが、M51系、M500も訓練には使用しないが適合する。 HC発煙弾M84は弾丸重量14.9kg、完成弾薬重量19.4kg、弾丸長47.9cmで、内部にはHCを充填した発煙缶が3個収納されている。 発煙缶の前部には黒色火薬の放出薬があり、時限信管の測合秒時に応じて点火し、発煙剤の点火と共に発煙缶を弾底から放出する。 発煙缶はWPよりも灰色がかった煙を発し、約2〜3分間持続する。 充填されているHCは2.25kgで、有効発煙区域は350m×30mとされている。 M84には赤、黄、緑の着色発煙弾も用意されており、弾丸重量はどの色も約13.8kg、完成弾薬重量は約18.3kg、弾丸長は47.9cmとなっている。 充填されている着色発煙剤は赤1.32kg、黄1.139kg、緑1.229kgで有効発煙区域は60m×30m、持続時間は約1分間となっている。 なお、着色発煙弾の略号はCOLである。 HC、COL共にM48、M54、M501の各信管が使用される。 演習弾には、M1と69式の2種がある。 M1演習弾はM1榴弾と全く同じ外寸、重量と弾道特性を持ち、内部には不活性剤が充填されている。 弾体は青または黒に塗られており、標示色は白となっている。 69式演習弾は弾丸重量14.0kg、完成弾薬重量17.5kg、弾丸長49.4cmで、弾道特性はM1榴弾と同一となっている。 内部には不活性の標示薬が0.15kg充填されており、演習弾でありながら着弾観測が可能となっている。 ただし、使用できる装薬は5号までとなっている。 これら演習弾の略号は、TPである。 |
●105mm榴弾砲の各種装薬 74式自走105mm榴弾砲が使用する装薬は、1号から9号まである。 この内1号から7号までは、ニトロ・セルロースを主成分とするシングル・ベースの発射薬M1を使用する。 近距離射撃での精度を向上させたこれらの装薬は「D装薬」と呼ばれ、1号、2号のみ急燃性の単孔型、3〜7号は緩燃性の多孔型である。 以前使用された「S装薬」は、全て緩燃性の多孔型装薬であった。 一方8号、9号の両装薬はニトロ・セルロース、ニトロ・グリセリンにニトロ・グアニジンを加えた、いわゆるトリプル・ベースの発射薬M30を使用する。 M30の組成は主薬であるニトロ・グアニジン48.0%、ニトロ・セルロース28.0%、ニトロ・グリセリン22.5%に、安定剤であるエチル・セントラリット1.5%を加えたものである。 この他に対戦車榴弾M67用装薬があるが、榴弾のように射程による装薬の編合を行わないため、弾丸、火管、薬莢と一体となった固定弾の一部となっている。 発射薬にはM1が使用され、急燃性の単孔型となっている。 1号装薬の最小射距離は1,700m、最大射距離は3,500m。 同様に、2号装薬は2,000〜4,000m。 3号装薬は2,400〜5,200m。 4号装薬は3,000〜6,300m。 5号装薬は3,600〜8,100m。 6号装薬は4,400〜9,600m。 7号装薬は5,400〜11,500m。 8号装薬は6,630〜12,772m。 9号装薬は8,500〜14,458mとなっている。 なお、火管には従来の105mm榴弾砲と同じM28A2が使用される。 |
●生産と部隊配備 74式自走105mm榴弾砲の調達は1975年度から始まり、この年に5両が調達されている。 翌76年度も5両が調達され、以後1978年度まで毎年5両ずつ調達が続けられた。 しかし、生産はこの4年間の計20両で打ち切られた。 この理由としては、 ・本車の翌年に制式化された75式自走155mm榴弾砲でも、充分に直接支援に対応できること ・補給・整備についても、多種の自走砲を配備するより1車種の方が効率が良いこと ・本車の性能が、他国が開発した同クラスの自走砲よりも全般的に劣っていたこと などによると考えられる。 調達された20両の74式自走105mm榴弾砲は、牽引式の155mm榴弾砲M1を装備していた第4特科群第117特科大隊に集中配備され、1999年中に全車が退役している。 |
<74式自走105mm榴弾砲> 全長: 5.78m 全幅: 2.87m 全高: 3.20m 全備重量: 16.3t 乗員: 4名 エンジン: 三菱4ZF 2ストロークV型4気筒空冷ディーゼル 最大出力: 300hp/2,200rpm 最大速度: 50km/h(浮航 6km/h) 航続距離: 300km 武装: 30口径105mm榴弾砲×1 (43発) 12.7mm重機関銃M2×1 装甲厚: |
<参考文献> ・「パンツァー1999年9月号 陸上自衛隊74式自走105mm榴弾砲 その構造と機能」 田村尚也 著 アルゴノート 社 ・「パンツァー1999年4月号 陸上自衛隊の自走砲」 田村尚也 著 アルゴノート社 ・「異形戦車ものしり大百科 ビジュアル戦車発達史」 斎木伸生 著 光人社 ・「世界の軍用車輌(2) 装軌式自走砲:1946〜2000」 デルタ出版 ・「陸上自衛隊 車輌・装備ファイル」 デルタ出版 ・「自衛隊歴代最強兵器 BEST200」 成美堂出版 ・「戦車名鑑 1946〜2002 現用編」 コーエー ・「世界の装軌装甲車カタログ」 三修社 |