VI号戦車B型ティーガーII
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+開発
1941年5月26日のドイツ陸軍兵器局との会議において、アドルフ・ヒトラー総統は機甲師団の先頭に立って敵の陣地に突進し、その強力な火力と装甲によって後続の戦車の突破口を開く役割を担う重戦車の開発を要求した。
ヒトラーの要求に基づいて、兵器局第6課は45t級重突破戦車「VK.45.01」の開発を計画し(後にティーガーI戦車として実用化される)、シュトゥットガルトのポルシェ社とカッセルのヘンシェル&ゾーン社に対してそれぞれ「VK.45.01(H)」と「VK.45.01(P)」の試作呼称で開発を要求した。
VK.45.01(P)とVK.45.01(H)は、いずれもエッセンのクルップ社製の8.8cm高射砲FlaK36を原型とする56口径8.8cm戦車砲KwK36を主砲に採用することを予定していたが、ヒトラーはVK.45.01の主砲には8.8cm戦車砲KwK36では不充分であると判断し、デュッセルドルフのラインメタル・ボルジヒ社が新たに開発した74口径8.8cm高射砲FlaK41をVK.45.01に装備することを求めた。
しかし、VK.45.01は56口径のKwK36の搭載を前提として設計されていたため、より長砲身のFlaK41をそのまま搭載することは重量バランスとの兼ね合いなどから困難であり、最終的にVK.45.01の後継としてFlaK41を装備する重突破戦車を新規に開発するよう方針が変更された。
これに従ってポルシェ社は「VK.45.02(P)」(社内呼称:180型)、ヘンシェル社は「VK.45.03(H)」の試作呼称でそれぞれ新型重戦車の開発計画を進めることになった。
さらに主砲も、ラインメタル社のFlaK41とその座を競って敗れたクルップ社の71口径8.8cm戦車砲を復活させ、1942年2月に「KwK42」として制式化され、翌43年1月に「KwK43」と改称されたものを装備することに変更された。
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+ポルシェ社の試作車 VK.45.02(P)
ポルシェ社の試作車である180型(VK.45.02(P))は車体の前/側/後面の装甲厚がいずれも80mmで、避弾経始を考慮して車体前面の装甲板には大きな傾斜が与えられており、傾斜角は前面上部装甲板が45度、前面下部装甲板が35度となっていた。
これにより、VK.45.01(P)の車体前面の100mm厚の垂直装甲板よりも優れた防御力を得ることができた。
駆動機構については、ポルシェ社のトレードマークであるガソリン-電気式駆動機構が採用された。
駆動力はポルシェ社が設計しオーストリア・ウィーンのジマーリング・グラーツ・パウカー社が製造した、101/3型 V型10気筒空冷ガソリン・エンジン(300hp/2,200rpm)2基によって供給された。
各々のエンジンは発電機に直結されており、発電機出力は車体後部左右の起動輪に各々独立して対応するニュルンベルクのジーメンス・シュッケルト製作所製の電気モーターへ送られた。
戦闘重量65tの180型は路上最大速度が35km/hに制限され、路上航続距離は157kmであった。
サスペンションはトグルレバーと連動した外装式の縦型配列トーションバーにより、2個1組の転輪の振動周期を減衰させる方式であった。
走行装置は2個1組のゴム縁付き転輪3組と前方の誘導輪、後方の起動輪から構成されており、VK.45.01(P)およびフェルディナント重突撃砲に採用されたものと同様であった。
履帯幅は640mm、接地長は4,115mmであり、この結果1.22kg/cm2という高い接地圧となった。
部品製造や発注のリードタイムの必要性から、100両分の180型の組み立てに関する契約がすでに1942年2月に締結された。
最初の砲塔を有する完成車両は、1943年3月にオーストリアのザンクト・ヴァーレンティーンのニーベルンゲン製作所により引き渡しおよび受領が行われることとされた。
その次の10両は4月予定であり、以後月産15両のペースで生産されることになっていた。
1942年10月にフェルディナント・ポルシェ工学博士は、VK.45.02(P)用の概念設計として180B型、181A型、181B型、および181C型を追加して発表した。
この全てのモデルの基本シャシーは従来と変更は無かったが、駆動機構によってオプションが選択できる設計となっていた。
180B型は、180A型とほとんど変わらなかった。
搭載する電気モーターが、180A型に用いられた101/3型モーターから101/4型モーターに変更されていたが、両者の相違はわずかなものであった。
すなわちピストンロッドが新しい材質になったことと、油冷却機の搭載に関して新しい方法を採用した点であった。
さらに砲塔を車体後部に搭載し、駆動機構全体を車体前部に収納するというポルシェ博士の要求は幾つかの設計図を除いては変わることは無かった。
180型シリーズはガソリン-電気式駆動機構を有しており、181型シリーズはハイデンハイムのフォイト社製のフォイトII型流体変速機を採用していた。
181A型は101/4型ガソリン・エンジン2基を搭載しており、各10気筒エンジンは排気量15,000ccであり回転数2,000rpmで出力は300hpであった。
181B型は、ポルシェ社とケルンのKHD(クレックナー・フンボルト・ドゥーツ)社が共同開発した180/1型ディーゼル・エンジン2基を搭載し、各16気筒エンジンは排気量19,600ccであり、回転数2,000rpmで出力は370hpであった。
181C型は180/2型ディーゼル・エンジン1基を搭載し、16気筒エンジンは排気量37,000ccであり、回転数2,000rpmで出力は700hpであった。
この181型シリーズは幅広型(640mmから700mmに変更)履帯を採用し、接地圧は1.12kg/cm2まで減少することとされた。
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+ヘンシェル社の試作車 VK.45.03(H)
ヘンシェル社の試作車であるVK.45.03(H)は、ヒトラーが1943年1月3日に出した要求により装甲厚が前面150mm、側面80mmに強化されることになり、さらに2月17日の会議において駆動機構等の工学的仕様が全面的に変更されることになった。
この会議での重要な決定事項は可能な限り多くの構成部品について、パンターII戦車(パンター戦車の発展型で後に開発中止となった)とVK.45.03(H)で共用できるように標準化を志向するということであった。
標準化される構成部品の中にはZF社(Zahnradfabrik Friedrichshafen:フリードリヒスハーフェン歯車製作所)製のAK7-200半自動変速機、フリードリヒスハーフェンのマイバッハ発動機製作所製のHL230
V型12気筒液冷ガソリン・エンジン、ゴム縁付き転輪(パンターII戦車に片側7個、VK.45.03(H)に片側9個)、そしてパンターII戦車の戦闘用履帯のみならず、VK.45.03(H)の鉄道輸送用履帯についても660mmの幅広型履帯を用いることとされた。
VK.45.03(H)の車体設計はパンター戦車と酷似しており、傾斜装甲板の採用により防御力が強化された。
装甲厚は車体前面上部が傾斜角50度の150mm、車体前面下部が傾斜角50度の100mm、車体上部構造側面は傾斜角25度の80mm、車体側面は80mmの垂直装甲板、車体後面は傾斜角30度の80mm、車体上面は40mmの水平装甲板、車体下面は前部が40mm、後部が25mmの水平装甲板であった。
車体上面の砲塔前方には大型の長方形カバープレートが装着され、メインテナンス作業の際、砲塔を撤去しなくても変速機と操向機を吊り上げて移動することができた。
また、機関室上面にあるヒンジ式の大型長方形ハッチと機関室上面全体は、エンジン、冷却装置と燃料装置のメインテナンス作業の際に取り外し可能だった。
主砲用の48発の8.8cm砲弾は、車体左右袖部にある砲弾ケースに水平に貯蔵された。
砲弾は左右袖部にそれぞれ3つのグループ(6発、7発および11発)に分割して貯蔵されており、各グループは20mm厚の金属板で仕切られ、スライド式の金属板によって遮蔽されていた。
その他に10発から16発までの予備砲弾が、砲塔床の自由な場所に収納された。
VK.45.03(H)の車内レイアウトは車体前部が操縦室、車体中央部が全周旋回式砲塔を搭載した戦闘室、車体後部が機関室という常識的なもので、操縦室内には左側に操縦手、右側に無線手が位置した。
操縦手席の天井には回転式のペリスコープが設置されていたが、これは周囲を確認する場合に使用された。
操縦手用座席、操向ハンドル、アクセルペダルは高さ方向の調整が自由であり、ハッチを開放して頭を外へ突き出して操縦することも容易に行えるようになっていた。
無線手用の視察装置としては、ボールマウント式銃架に据え付けられた7.92mm機関銃MG34用の球形照準眼鏡2型と、無線手席の天井に16度傾斜して取り付けられたペリスコープがあった。
VK.45.03(H)の駆動機構は、回転数3,000rpmで出力700hpを発揮するマイバッハ社製のHL230P30 V型12気筒液冷ガソリン・エンジンから、同社製の「オルファー」(Olvar)401216B半自動変速機(前進8段/後進4段)を介して、ヘンシェル社製のL801二重差動式操向機と最終減速機へと連なっており、路上最大速度41.5km/hの機動力を生み出すことができた。
またサスペンション装置はティーガーI戦車と同じトーションバー(捩り棒)方式であり、68.5tの戦闘重量はオーバーラップ式に片側9個配置された直径800mmのゴム縁付き転輪によって分散された。
乾式ダブルリンク型戦闘用履帯は幅800mmであり、接地圧(20cm沈下時)は0.76kg/cm2であった。
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+完成後
兵器局第6課はポルシェ社から提出されたVK.45.02(P)の設計案と、ヘンシェル社のVK.45.03(H)の設計案を比較検討した結果、ヘンシェル社のVK.45.03(H)の方が確実と判断して1942年10月に試作車3両と生産型176両を発注し、さらに11月にはポルシェ社に対しVK.45.02(P)の開発中止を勧告すると共に、ヘンシェル社にはVK.45.03(H)を350両追加発注した。
VK.45.02(P)の生産計画がキャンセルされたため、1942年12月7日にVK.45.02(P)用砲塔(いわゆるティーガーII戦車のポルシェ砲塔)用に発注された多数の構成部品を、VK.45.03(H)用砲塔へ改修すること無しにそのまま流用することが決定された。
VK.45.02(P)用砲塔の構成部品生産は、VK.45.02(P)の最終組み立てと砲塔製造の契約者であるクルップ社の下で順調に行われていた。
クルップ社はほとんどの構成部品を優先的にカッセルのヴェクマン社へ配送し、ヴェクマン社はVK.45.02(P)用砲塔の組み立てを完了した。
試作型砲塔を除き、ヴェクマン社は全てのVK.45.03(H)用砲塔の組み立てを請け負っていた。
完成した砲塔はヘンシェル社へ送られ、同社が組み立てたVK.45.03(H)の車体に据え付けられた。
1943年1月15日にクルップ社は、主砲およびペリスコープ付きの車長用キューポラを装備した最初のVK.45.03(H)用の試作型砲塔が、2月2日に実施される内部装備品の供用試験と検査のためツォッセンのクンマースドルフ車両試験場へ送られたことを報告した。
2番目の試作型砲塔は内部装備品が全て備え付けられていたが短砲身砲が搭載されており、その欠点を調査するために射撃試験に用いられた。
この時約20基の砲塔がVK.45.02(P)用として発注され、組み立て中であった。
その他の砲塔については鋳造処理中であり、短期間に40~50基の砲塔ハウジングが完成予定であった。
また、さらなる50基分の装甲板もすでに充分に確保されていた。
生産期間のロスを無くすため追加の砲塔50基をオリジナル設計のまま製造するか、車長用キューポラの側面張り出し部が無く、前面装甲が直線的な新型砲塔の製造へ直ちに転換するか緊急に決定する必要があった。
このため、旧設計において避弾効果がある前面装甲の下部曲面を廃止する研究調査がなされた。
砲塔前面下部を20度の傾斜装甲とした場合、操縦手と無線手用ハッチは砲塔ポジションが10時と2時の間は開閉不能となることが分かった。
また砲塔の前面下部エッジの高さは車体上面より110mmと高さが増大するが、依然として俯角となった場合にハッチの旋回範囲と主砲防盾が干渉した。
この結果VK.45.02(P)用砲塔の前面装甲板は、現状の通り丸みを帯びたほっそりとしたものが継承されることとなった。
新型砲塔設計の問題点は、1943年1月の時点ではまだ解消されていなかった。
砲塔前面の装甲厚を180mmに強化したため、傾斜角50度の150mm前面装甲というオリジナル設計と比較して500kgほど重量が増大した。
車長用キューポラの張り出し部は、もし砲塔側面傾斜が30度から21度に減少すると削除できることとなり、キューポラは砲塔中心寄りに50mm位置が変更された。
砲塔側面の装甲厚を80mmのまま傾斜角を変更したため、砲塔重量は400kg増大する見込みであった。
さらに砲塔側面の傾斜角を21度に減少させ従来と同等の防御力とした場合、装甲厚は80mmから90mmへ増大し砲塔重量はさらに500kg増加した。
これらの設計オプションについては、緊急に決定が必要とされた。
1943年2月17日にクルップ社は兵器局第6課のクローン中佐から、すでに製造された曲面装甲付きVK.45.02(P)用砲塔50基のみについてはその完成が認められたと通知された。
この兵器局第6課の指示により、直線的な前面装甲を有する強化型砲塔(いわゆるヘンシェル砲塔)はVK.45.03(H)の51両目から使用されることとなった。
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+公式呼称
1943年3月13日、VK.45.03(H)に代わり「ティーガーII」(ティーガー:Tigerはドイツ語で「虎」を表す)という呼称が初めて公式に使用された。
VK.45.03(H)の制式呼称は通常の戦車型が「装甲戦闘車両ティーガーB型」、指揮戦車型が「装甲指揮車両ティーガーB型」であり、命名は兵器局第6課で制式指示日は1943年6月2日であった。
この制式呼称は、しばしば「ティーガーB型」と短縮された。
制式呼称のフルタイトルは機甲兵総監ハインツ・グデーリアンによって定められ、「装甲戦闘車両ティーガー(8.8cm)(Sd.Kfz.182)B型」および「装甲指揮車両ティーガー(Sd.Kfz.267および268)B型」として、訓練および保守マニュアルや戦力定数指標表などに用いられた。
通称である「ケーニヒスティーガー」(Königstiger:ベンガルトラ)は、1945年1月初旬にアルベルト・シュペーア軍需大臣からの月産報告書の中で初めて非公式に使用された。
この「ケーニヒスティーガー」という呼称は「ティーガーII」や「ティーガーB型」より知名度が高いが、戦争期間中に戦車部隊や兵器局によって公式に認められたものではなかった。
なお連合軍(特にアメリカ軍)の将兵は本車に対し、「ケーニヒスティーガー」を英語に直訳した「キングタイガー」(King Tiger:王の虎)という呼称を用いることが多かったという。
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+生産
1942年10月に策定された当初生産計画の通り、最初のティーガーII戦車は1943年9月に完成し、月産数は1944年5月には目標の月当たり50両に拡張することとされた。
この生産スケジュールは、1944年の春季攻勢にティーガーII戦車を100両必要とするグデーリアンを満足させた。
しかしながら生産の遅延により、最初の試作車が兵器局検査官によって受領されたのは1943年11月であった。
後続の試作車2両、および最初のティーガーII生産型の3両については1944年1月に受領された。
ティーガーII戦車は1945年3月の生産終了までに試作車3両と生産型489両が、カッセル近郊にあるヘンシェル社の生産工場によって製作された。
ヘンシェル社の生産は1944年9月22日、27および28日、10月2日および7日の5回に渡る連合軍の爆撃によりしばしば中断を余儀なくされた。
合計2,906tの高性能爆弾と1,792tの焼夷弾が、重要目標としてヘンシェル社の生産工場へ投下された。
これにより、ヘンシェル社の生産工場の床面積の95%が破壊された。
1944年12月15日にも工場は爆撃され、復旧作業がこれにより遅れることとなった。
さらにカッセルおよびその近郊全域が激しい爆撃に見舞われ、その結果1944年10月22~23日、12月30日~1945年1月1日の期間はティーガーII戦車の生産は中断された。
この爆撃は1944年9月~1945年3月の期間において、少なくとも657両のティーガーII戦車(計画数940両に対して生産数283両)の生産損失を招いた。
なお、ヘンシェル社の全ての戦車生産は1945年3月で終了している。
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+部隊配備
ティーガーII戦車は、国防軍直轄およびSS(武装親衛隊)の重戦車大隊にのみ配備された。
この例外は兵器局、補充軍および第1生産ロットのティーガーII戦車5両が、教導機甲師団へ配属された例である。
標準装備数は1個大隊当たり45両であり、各14両のティーガーII戦車を有する3個中隊と、ティーガーII指揮戦車3両を有する大隊本部から成っていた。
各中隊はさらに2両が中隊本部、各4両が3個小隊に装備された。
ティーガーII戦車の生産現場では、前線へ送る前に完全定数で部隊を充足させるためあらゆる努力が払われたが、物資の不足と連合軍の生産施設への爆撃の影響で、1945年になってからはティーガーII戦車の公式な装備定数よりも不足したままで部隊は前線へ送られた。
補充のティーガーII戦車が前線の部隊へ送られることは、ほとんど無かった。
補充車両が送られたケースはわずかに第506、SS第501重戦車大隊、および重戦車大隊フェルトヘルンハレの3例であった。
合計194両のティーガーII戦車が西部戦線で戦い、274両が東部戦線、15両が兵器局、そして13両が補充軍部隊に配備された。
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+性能
ティーガーII戦車の主砲に採用されたクルップ社製の71口径8.8cm戦車砲KwK43は、第2次世界大戦時に実用化された戦車砲の中で最高レベルの威力を持つものであった。
Pz.Gr.39徹甲弾を用いた場合砲口初速1,000m/秒、射距離1,000mで189mm、2,000mで154mmのRHA(均質圧延装甲板)を貫徹でき、当時のほとんどの連合軍戦車をその射程外から攻撃して前面装甲を貫徹することが可能であった。
さらに新型のタングステン弾芯を持った高速徹甲弾を使うと、砲口初速1,130m/秒、射距離1,000mで245mm、2,000mで184mmのRHAを貫徹可能であった。
またティーガーII戦車は最大装甲厚が砲塔で180mm、車体で150mmと装甲防御力についても第2次大戦に登場した戦車の中で最高レベルであり、いかなる連合軍戦車も本車の前面装甲を貫徹することは非常に困難であった。
ノルマンディー戦の後にティーガーII戦車で再編制された第503重戦車大隊は、1944年10月15日からハンガリー戦域でパンツァーファウスト作戦、それに続くデブレツェンの戦いに参加したが、ハンガリー戦域で活動した166日間で第503重戦車大隊は少なくとも121両のソ連軍戦車、244門の対戦車砲および野砲を破壊し、ティーガーII戦車の戦闘による損失はわずか10両だったという。
このようにティーガーII戦車は第2次大戦における最強の戦車といえる存在だったが、唯一の欠点は機動性能の悪さであった。
ティーガーII戦車は70t近い戦闘重量にも関わらず、エンジンは戦闘重量45tのパンター戦車と同じマイバッハ社製のHL230P30 V型12気筒液冷ガソリン・エンジン(出力700hp)を搭載しており、明らかに出力不足であったが他に適当なエンジンが無かったためやむを得なかった。
ティーガーII戦車はカタログスペック上の最大速度は路上で38km/hとIV号戦車並みであったが、これはあくまで最大速度の話であり、エンジンの出力不足が原因で加速性能が劣悪なため実際の走行速度はIV号戦車よりかなり遅かった。
またティーガーII戦車は大重量のために燃費もかなり悪く、燃料搭載量は860リットルだが航続距離は路上で170kmとなっていた。
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<ティーガーII戦車 ポルシェ砲塔搭載型>
全長: 10.28m
車体長: 7.26m
全幅: 3.755m
全高: 3.075m
全備重量: 68.5t
乗員: 5名
エンジン: マイバッハHL230P30 4ストロークV型12気筒液冷ガソリン
最大出力: 700hp/3,000rpm
最大速度: 38km/h
航続距離: 170km
武装: 71口径8.8cm戦車砲KwK43×1 (72発)
7.92mm機関銃MG34×2 (5,850発)
装甲厚: 40~150mm
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<ティーガーII戦車 ヘンシェル砲塔搭載型>
全長: 10.286m
車体長: 7.26m
全幅: 3.755m
全高: 3.075m
全備重量: 69.8t
乗員: 5名
エンジン: マイバッハHL230P30 4ストロークV型12気筒液冷ガソリン
最大出力: 700hp/3,000rpm
最大速度: 38km/h
航続距離: 170km
武装: 71口径8.8cm戦車砲KwK43×1 (72発)
7.92mm機関銃MG34×2 (5,850発)
装甲厚: 40~180mm
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兵器諸元(ティーガーII戦車 ポルシェ砲塔搭載型)
兵器諸元(ティーガーII戦車 ヘンシェル砲塔搭載型)
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<参考文献>
・「世界の戦車イラストレイテッド1 ケーニッヒスティーガー重戦車 1942~1945」 トム・イェンツ/ヒラリー・ドイル
共著 大日本絵画
・「ティーガー戦車」 W.J.シュピールベルガー 著 大日本絵画
・「グランドパワー2002年4月号 図解 ティーガーII」 北村裕司/柴田和久/古是三春 共著 デルタ出版
・「グランドパワー2002年3月号 ティーガーII大隊史」 北村裕司/箙浩一 共著 デルタ出版
・「グランドパワー2016年8月号 ティーガーIIのディティール」 寺田光男 著 ガリレオ出版
・「グランドパワー2016年5月号 ドイツ重戦車 ティーガーII」 寺田光男 著 ガリレオ出版
・「グランドパワー2012年8月号 ドイツ戦車の装甲と武装」 国本康文 著 ガリレオ出版
・「グランドパワー2016年6月号 ティーガーIIの戦歴」 寺田光男 著 ガリレオ出版
・「世界の戦車(1) 第1次~第2次世界大戦編」 ガリレオ出版 ・「パンツァー2019年5月号 未遂に終わった新旧戦車開発思想の激突」 宮永忠将 著 アルゴノート社
・「パンツァー2005年1月号 ケーニクスティーガー vs JS-3重戦車」 小野山康弘 著 アルゴノート社
・「パンツァー2012年9月号 ケーニクスティーガーのトリビア」 久米幸雄 著 アルゴノート社
・「パンツァー2019年2月号 重戦車ティーガーII」 白石光 著 アルゴノート社
・「戦車ものしり大百科 ドイツ戦車発達史」 斎木伸生 著 光人社
・「戦車名鑑 1939~45」 コーエー
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