五式中戦車 チリ
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+開発
五式中戦車(チリ車)は戦局を逆転させるべく密かに開発された戦車で、本土決戦の準備が叫ばれる時期において、列強の戦車と比較して優るとも劣らない「決戦兵器」として開発された。
元々の発想は先に試作された超重戦車(オイ車)の経験から、これに代わるものとして計画されたというが、時代の進展と用兵思想の進歩や変化により、戦車も従来の歩兵支援用や重戦車にあるトーチカ破壊を主目的にした思想から脱皮し、対戦車戦闘を主眼とした大口径・高初速砲を装備する方針に変化していった。
また中国戦線−ノモンハン−マレー戦線へと戦闘が進展する中で、連合軍の持つ戦車の実体に触れこれに対応できる戦車を開発することになったのである。
その必要事項の第1は対戦車戦闘を考慮して搭載砲の威力の増大、第2は装甲の増強でこの武装・装甲の増強は必然的に重量を増加させるため、それに対応して550hpの大出力エンジンの開発が求められた。
だが一方では湿潤で水田地帯が多い東アジアの地形の特異性を重視して、重量を極度に制限しなければならないなどの結論が出された。
これらの条件下での開発理念は、砲塔と車体の重量がある限度を超すと照準機構と操縦機構の動力化が必要となるので、当面その必要一歩手前での最強戦車ということで妥協した。
そして主砲は7.5cm級加農砲、戦闘重量は30tクラスという条件が出されたのである。
これに基づいて兵器行政本部は技術陣を動員してその検討に当たり、三菱重工業東京機器製作所に対しそのデータに見合う新型中戦車「チリ車」の設計を命じたのである。
チリ車の車体・エンジン・砲塔は1945年3月には人前で動かせる状態にまで完成され、8月の主砲搭載を待つ間に終戦となった。
製作されたチリ車はこの1両だけで、アメリカ軍は接収した本車をアメリカ・メリーランド州のアバディーン兵器試験場に持ち去ったが、その後の運命は闇の奥である。
なお、エンジンを過給機付きの空冷ディーゼル・エンジン(出力500hp)に換装したチリ車II型も計画されていたが、開発途中で終戦を迎えたため日の目を見ずに終わっている。
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+攻撃力
チリ車の武装は、主砲として五式七糎半戦車砲を砲塔防盾に少し左にオフセットして装備し、さらに戦闘室前面左側には副砲として、一式三十七粍戦車砲を限定旋回式に装備する計画であった。
車載機関銃としては、九七式車載重機関銃(口径7.7mm)が2挺予定された。
機関銃の内1挺は一式三十七粍戦車砲と同軸で戦闘室前面左側に、もう1挺は対空自衛用に砲塔上面に装備されたが、一説には砲塔の左側面ともいわれる。
搭乗する乗員6名の兵装も考えられ、その内2名には一〇〇式機関短銃(口径8mm)2挺を護身用とした。
主砲の7.5cm砲弾の車内格納位置は車内前方の袖部に32発入箱を2個、主砲の横に8発入箱を2個、砲塔後部バスルに18発入箱を1個、床に32発入箱を1個、同じく左床下に15発入箱を4個、計100発となっていた。
次に副砲の37mm砲弾については、これも7.5cm砲弾と同じ位置にそれぞれ弾を置くようになっていた。
機関銃弾の格納位置は車内の袖部に15発入包48個、砲塔後部バスルに20発入弾倉に入ったものが70個、前方に20発入弾倉が30個、後は床に180発入包9個、同じ床に660発と20発の弾倉詰めであった。
内部の床はまさに7.5cm砲弾と37mm砲弾、機関銃弾などで足の踏み場も無かったと思われる。
主砲の五式七糎半戦車砲は、四式七糎半高射砲(原型はスウェーデンのボフォース社製の75mm高射砲m/29)を車載用に改造したもので、対戦車用弾薬は試製七糎半対戦車自走砲(ナト車)のものと共通であった。
この砲の重量は約2tあり、砲口初速は850m/秒となっていた。
砲弾の装填には、半自動装填装置が採用された。
原型の四式七糎半高射砲すら終戦までに約70門しか生産できなかったくらいなので、戦車砲に回す余裕など絶無だったといって良い。
なお、チリ車の砲塔は同じ五式七糎半戦車砲を搭載するにも関わらず、チト車(四式中戦車)の砲塔より一回りサイズが大きかったが、これはチリ車では半自動装填装置を採用したため、その搭載スペース分砲塔を大型化する必要があったためである。
また以前は、将来チリ車の主砲を高射砲ベースの8.8cm戦車砲に換装することを考慮していたため、砲塔のサイズに余裕を持たせていたという説も存在したが、現在は可能性が低いとして否定されている。
またチリ車は日本軍戦車としては初めて、砲塔バスケット構造を採用していた。
従来の日本軍戦車では戦闘室の床はすなわち車体の底板であり、立姿の装填手は砲塔の旋回に応じて歩かなければならなかったが、チリ車では戦闘室の床は砲塔の動きに連動して回転するので、装填手は装填動作だけに集中できるようになった。
ちなみにこの砲塔バスケット構造はドイツ軍のIII号戦車、アメリカ軍のM3中戦車が比較的早期に採用し、以後のドイツ・アメリカ軍戦車には大抵受け継がれているものであるが、ソ連軍やイギリス軍の戦車には第2次世界大戦中を通じて見られなかった。
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+防御力
チリ車の車体はチト車と同じく圧延防弾鋼板の全溶接構造で、形状もチト車に非常に良く似ていた。
一方同じ主砲を搭載しているにも関わらず、両者の砲塔は形状、サイズに明確な違いが見られた。
チト車の場合砲塔は左側面、右側面、後面と3つ別々に鋳造し、後に溶接によって一体としたため特に後部は全体的に丸みを帯びていたが、チリ車の場合は車体と同様圧延防弾鋼板の全溶接構造としたので、砲塔は全体的に角張っていた。
またチリ車では主砲に半自動装填装置を付けたため、その分砲塔後部が張り出してサイズが大型化していた。
チリ車の装甲厚は車体が前面75mm、側面25〜50mm、後面50mm、上面20mm、下面12mm、砲塔が前面75mm、側面35〜50mm、後面50mm、上面20mmとなっており、チト車と比べると車体側面がやや厚くなっていることを除けばそれほど大きな差は無かった。
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+機動力
チリ車は35tというチハ車(九七式中戦車)2両分の重量を支えるために、転輪がチハ車の片側6個から8個に増やされていた。
サスペンション方式は日本軍戦車の伝統的なシーソー式(2個1組の転輪2組を、ロッキングアームを介して車体方向に長く設けたコイル・スプリングで支える方式)であったが、これはこの重さではもう適しているとはいえなかった。
しかし、三菱重工業が九四式軽装甲車を用いて行っていた先進的なトーションバー(捩り棒)式サスペンションの研究は途切れてしまっていたので、他に選択の余地は無かった。
当時三菱重工業が開発中のチト車は25tで、極限的と考えられた400hp空冷ディーゼル・エンジン(過給機付き)が辛うじて間に合いそうな見込みがあったが、今度のチリ車は35t級でどうしても出力500hp以上が必要であり、もはや国産空冷ディーゼル・エンジンでは対応し難かった。
そこで目を付けたのが、航空機用としてはすでに旧式化していた川崎航空機製のBMW型 V型12気筒液冷ガソリン・エンジン(160mm×170mm、37.6リットル)である。
これは、すでに100t戦車に2基搭載した実績があった。
チリ車に搭載するにあたってエンジンにはインタークーラーが装備されたが、多分日本初であったと思われる。
変速・操向機はチハ車系列と同型式のものが採用されたが、35tという重量では人力のみによる操作は困難なので油圧サーボが用いられている。
4本のレバーを交互に引き分け、カーブの大小に合わせて緩急の旋回も行えるようになっていた。
履帯構造は、チハ車系列には無い大型両端だれ型であった。
これは、オイ車の履帯型式を採用したものと思われる。
両端だれ型履帯が採用された理由は旋回を容易にするためで、このように巨大な戦車になるといかに旋回が難しいかを物語っている。
ちなみに履帯の接地圧は軟地で0.6t/m2、硬地では3.1t/m2であった。
チリ車は、チト車と同じくらい軽快に走ったという。
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<五式中戦車>
全長: 8.467m
車体長: 7.307m
全幅: 3.07m
全高: 3.049m
全備重量: 36.0t
乗員: 6名
エンジン: 九八式 4ストロークV型12気筒液冷ガソリン
最大出力: 550hp/1,500rpm
最大速度: 42km/h
航続距離: 180km
武装: 五式53口径7.5cm戦車砲×1 (100発)
一式46口径37mm戦車砲×1 (102発)
九七式車載7.7mm重機関銃×2 (5,400発)
装甲厚: 12〜75mm
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兵器諸元
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<参考文献>
・「パンツァー2016年9月号 戦車対決シリーズ 五式中戦車 vs センチュリオンMk.I」 久米幸雄 著 アルゴノー
ト社 ・「パンツァー2021年4月号 三式/四式/五式中戦車 その開発の足跡」 吉川和篤 著 アルゴノート社
・「パンツァー2013年9月号 帝国陸軍の戦車武装 戦車砲と車載機銃(下)」 高橋昇 著 アルゴノート社
・「パンツァー2006年1月号 五式中戦車 その開発とメカニズム」 高橋昇 著 アルゴノート社
・「パンツァー2000年10月号 五式中戦車 vs パンターG戦車」 齋木伸生 著 アルゴノート社
・「日本の戦車と装甲車輌」 アルゴノート社
・「グランドパワー2005年5月号 日本陸軍 三式/四式/五式中戦車」 猫山民雄/一戸崇雄 共著 ガリレオ
出版
・「グランドパワー2009年10月号 日本陸軍 五式中戦車」 鈴木邦宏/国本康文 共著 ガリレオ出版
・「世界の戦車(1) 第1次〜第2次世界大戦編」 ガリレオ出版
・「帝国陸海軍の戦闘用車両」 デルタ出版
・「世界の戦車 1915〜1945」 ピーター・チェンバレン/クリス・エリス 共著 大日本絵画
・「徹底解剖!世界の最強戦闘車両」 洋泉社
・「戦車名鑑 1939〜45」 コーエー
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