三式中戦車 チヌ
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+開発
チハ車(九七式中戦車)の後継車両であるチヘ車(一式中戦車)の開発は1943年6月には終了し、1944年春からは量産が開始された。
チヘ車は装甲貫徹力に優れる長砲身の一式四十七粍戦車砲を装備し、車体と砲塔の前面装甲厚がチハ車の倍の50mmに強化されており、従来の日本軍戦車が苦戦したアメリカ軍のM3軽戦車に対抗できる性能を備えていた。
しかし1943年末から、アメリカ軍はさらに強力なM4中戦車を太平洋戦線に送り込んできた。
最大装甲厚2インチ(50.8mm)のM3軽戦車ならともかく、最大装甲厚3インチ(76.2mm)のM4中戦車にはチヘ車が装備する一式四十七粍戦車砲では歯が立たなかった。
当時日本陸軍はM4中戦車に対抗できる長砲身7.5cm戦車砲を装備し、最大装甲厚もM4中戦車と同等の75mmに強化したチト車(後の四式中戦車)とチリ車(後の五式中戦車)の開発を進めていたが、これらの戦車の実用化はまだ先のことであった。
そこでこれらの新型戦車が実用化されるまでの繋ぎとして、現在生産中の戦車車体に既存の7.5cm砲を搭載した暫定的な新型戦車を早急に開発することが1944年5月に決定された。
この暫定型新型戦車の車体には同年春から量産が開始されていたチヘ車のものが、搭載主砲には一式砲戦車の主砲に用いられた九〇式野砲(口径7.5cm)をベースに、戦車砲に改修したものが用いられることになった。
この暫定型新型戦車には、「チヌ車」の秘匿呼称が与えられた。
チヌ車の開発は1944年5月にスタートし、同年8月には九〇式野砲を改造した主砲が完成、10月には試作車が完成した。
これらの作業は徹夜の連続で行われたという。
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+生産と部隊配備
チヌ車は審査もそこそこに「三式中戦車」として制式化され、1944年12月には量産態勢に入った。
同年春からすでにチヘ車は本格量産に入っており、チヌ車は砲塔と主砲以外はほとんどチヘ車と同じであったから、生産ラインの切り替えは特に問題無く進められた。
主砲も、既存の野砲の改造型であるために生産設備はすでに整っていた。
こうしてチヌ車の生産は順調に進み、1945年8月の終戦までに約150両が完成している。
チヌ車の生産のため、少年戦車兵学校の生徒(第6期生)や本土防衛に就いていた戦車部隊の兵員の一部も派遣された。
完成車両は1945年春以降、本土決戦用の内地の戦車部隊(戦車第一、第四師団および独立戦車旅団)に交付された。
中距離でアメリカ軍のM4中戦車に対抗できる唯一の戦車として早期の実戦投入が望まれたチヌ車であったが、すでに日本の敗色が濃厚になっていた1945年には本車を外地へ送る船舶が無く、しかも同年4月の沖縄戦以後は送るべき外地も存在しなくなったからである。
しかしチヌ車の取り扱い教育が始まったのは1945年7月頃で、アメリカ軍を積極的に迎え撃つほどの準備はできていなかった。
無傷で終戦を迎えたチヌ車は戦後その大部分が連合国の指示で破壊されたが、2両だけが残され1両はアメリカに送られた。
もう1両は東京赤羽のアメリカ軍兵器廠に展示されたが、同施設の返還と共に防衛庁に移管された。
これが現在、土浦駐屯地の陸上自衛隊武器学校に展示されている。
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+攻撃力
チヌ車は開発当初、当時の日本軍の主力野砲であった九五式野砲(口径7.5cm、31口径長)の改修型を主砲に採用する予定であった。
九五式野砲は軽量で扱い易く、当時一般師団で広く使われていたが砲口初速が520m/秒と低速で、チヌ車の仮想敵であるM4中戦車の前面装甲を貫徹するのは困難であった。
ビルマでM4中戦車の側面に対して、射距離1,000m以内で徹甲弾を命中させれば有効だったという資料もあるが、低初速なので命中至難であった。
また当時すでに野砲の需要すら満たせない生産逼迫状態で、砲兵側はこの砲の他兵科への供給を渋った。
そこで再度検討の末、チヌ車の主砲には九〇式野砲(口径7.5cm、38.4口径長)が選ばれることになった。
九〇式野砲はM4中戦車の主砲である37.5口径75mm戦車砲M3と同じく、フランスのAPX社(Atelier de Construction
de Puteaux:ピュトー工廠)が開発した75mm野砲M1897を原型としており、高初速で対装甲威力、射程共に優れていたが、馬で曳くには重過ぎたため歩兵師団はこれを嫌った。
中空タイヤを付けて「機動野砲」として自動車化砲兵に押し付けられていたが、製法未熟のため肝心の砲身命数が短く、長期の本格的砲戦には用を成さない欠陥野砲であった。
しかし、1会戦の射弾数の少ない戦車砲としてなら問題は無かった。
九〇式野砲は徹甲弾を使用した場合砲口初速680m/秒で、装甲貫徹力は射距離500mで80mm、1,000mで70mmとなっていた。
チヘ車の主砲である一式四十七粍戦車砲は徹甲弾の装甲貫徹力が射距離500mで65mm、1,000mで50mmであったから、格段の威力増大であった。
射撃試験の結果、車載状態での命中率も満足すべきものであったという。
車載化にあたって九〇式野砲には対戦車用の直接照準装置を装備するなどの改修が施され、「三式七糎半戦車砲II型」の制式名が与えられている。
チヌ車は、主砲用弾薬を70発搭載した。
30発は密閉した箱に入れて戦闘室床下に、残り40発は砲塔後部のバスルにそれぞれ収納された。
副武装としてはチヘ車と同様に戦闘室前面左側に九七式車載重機関銃(口径7.7mm)を1挺装備しており、その搭載弾薬数は3,670発となっていた。
なお、従来の日本軍中戦車に装備されていた砲塔機関銃は本車では廃止されている。
機関銃用弾薬はアルミ合金製の弾薬箱に入れ、車体の左右袖部や操縦手席後方などあらゆる空間を利用して積み込まれていた。
チヌ車の砲塔には動力旋回装置が付いていたが、非常の場合2名が2つの旋回用ハンドルを回して急旋回させることもできた。
砲俯仰装置、車長用キューポラ、ハッチやその他の装備品はチヘ車の部品をそのまま流用していた。
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+防御力
チヌ車の砲塔は前面50mm、側/後面25mm、上面10mm厚の防弾鋼板で構成され、それらを溶接で接合していた。
砲塔を上から見ると、6角形をしていた。
7.5cm級の戦車砲を搭載する砲塔としては異常に巨大なサイズであったが、これは大仰角で発射できるようになっていた九〇式野砲の砲架を、改造の時間が無いためほとんどそのまま流用したからである。
チヌ車の車体はほぼチヘ車と同じものであったが、この巨大な砲塔を搭載するため砲塔リング径が1,700mmに拡大されていた。
車体は鋼柱などで骨組みを構成して外から防弾鋼板を被せるという立体構造で、ほぼ全面に渡って溶接されていた。
車体の装甲厚は前面50mm、側面20〜25mm、後面20mm、上面12mm、下面8mmとなっていた。
この車体は地上から約1mの高さまで水密構造になっており、車内は中央の隔壁によって前方の戦闘室と後方の機関室に分けられていた。
この隔壁は黄銅線芯入りのアスベストと15cmの黄銅鋼で作られ、この中間に耐火性防音材を充填してエンジンの騒音が直接戦闘室に入らないように工夫されていた。
さらにエンジン下部の底板には点検窓と、オイルやタンク等の排油のための排出孔も設けられていた。
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+機動力
チヌ車に搭載されたエンジンはチヘ車と同じ統制型一〇〇式 V型12気筒空冷ディーゼル・エンジンで、出力および回転数は240hp/2,000rpmであった。
この統制型一〇〇式空冷エンジンは陸軍が開発指導に当たったもので、当時の日本の戦車用エンジンとしては最大の出力を誇っていた。
エンジンは車体後部中央に位置し主燃料タンクは後部蓄電池の下に、補助燃料タンクは車体右側に搭載された。
この燃料タンクの容積は主・補助合わせて330リットルであり、給油はトラックにドラム缶を積んで行った。
チヌ車はチヘ車よりも搭載する主砲が大口径化したことと、それに伴って砲塔も大型化され重量も増加したため足周りも強化されていた。
まず車高の調節が図られ第1、第6転輪には独立したサスペンションが装備された他、中央の転輪4個には2輪ずつのシーソー式サスペンションが採用されていた。
また履帯はチヘ車と同じものを採用し、不整地走行による摩耗を防止するため高硬度の高マンガン鋳鉄鋼を用いていた。
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<三式中戦車>
車体長: 5.73m
全幅: 2.33m
全高: 2.61m
全備重量: 18.8t
乗員: 5名
エンジン: 統制型一〇〇式 4ストロークV型12気筒空冷ディーゼル
最大出力: 240hp/2,000rpm
最大速度: 38.8km/h
航続距離: 210km
武装: 三式38.4口径7.5cm戦車砲II型×1 (70発)
九七式車載7.7mm重機関銃×1 (3,670発)
装甲厚: 8〜50mm
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兵器諸元
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<参考文献>
・「パンツァー2004年4月号 三式中戦車 vs M7中戦車 実戦を経験することなく消えた日米の中戦車の対決」 白
石光 著 アルゴノート社
・「パンツァー2009年5月号 日本陸軍 三式中戦車 vs イタリア陸軍 P40重戦車」 久米幸雄 著 アルゴノート社 ・「パンツァー2021年4月号 三式/四式/五式中戦車 その開発の足跡」 吉川和篤 著 アルゴノート社
・「パンツァー2013年9月号 帝国陸軍の戦車武装 戦車砲と車載機銃(下)」 高橋昇 著 アルゴノート社
・「パンツァー2006年7月号 75mm戦車砲M3 vs 75mm三式戦車砲」 白石光 著 アルゴノート社
・「日本の戦車と装甲車輌」 アルゴノート社
・「グランドパワー2010年12月号 日本陸軍 一式/三式中戦車と二式砲戦車」 鈴木邦宏/浦野雄一/国本康
文 共著 ガリレオ出版
・「グランドパワー2005年5月号 日本陸軍 三式/四式/五式中戦車」 猫山民雄/一戸崇雄 共著 ガリレオ
出版
・「世界の戦車(1) 第1次〜第2次世界大戦編」 ガリレオ出版
・「帝国陸海軍の戦闘用車両」 デルタ出版
・「世界の戦車 1915〜1945」 ピーター・チェンバレン/クリス・エリス 共著 大日本絵画
・「決定版 世界の最強兵器FILE」 おちあい熊一 著 学研
・「戦後の日本戦車」 古是三春/一戸崇雄 共著 カマド
・「徹底解剖!世界の最強戦闘車両」 洋泉社
・「戦車名鑑 1939〜45」 コーエー
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