ドイツ陸軍の要求によってマルダーIII対戦車自走砲、マルダーIII H型、15cm自走重歩兵砲グリレH型など、38(t)戦車の車台を用いた各種自走砲を開発してきたチェコ・プラハのBMM社（Böhmisch-Mährische Maschinenfabrik：ボヘミア・モラヴィア機械製作所）では、1943年初めから多くの装甲自走砲の開発を手掛けてきたベルリンのアルケット社（Altmärkische Kettenwerke：アルトメルキシェ装軌車両製作所）の協力を受けて、能力と生産性の向上を目的とした38(t)戦車の改良型車台の開発に着手した。

これは当時、月産100～150両の38(t)戦車車台の生産を要求されていたことが背景にあり、その結果誕生したのが自走砲専用車台であるK、L、M各型だった。
K型は11.4口径15cm重歩兵砲sIG33を搭載する歩兵支援型、L型は65口径2cm対空機関砲FlaK38を搭載する対空型、そしてM型は46口径7.5cm対戦車砲PaK40を搭載する対戦車型で、呼称は異なるものの車台そのものは基本的に同規格であり、戦闘室の構造に若干違いがある程度であった。

BMM社では1943年2月に自走砲専用車台の設計を完了したが、前線での要求は7.5cm対戦車砲PaK40を搭載する対戦車型に集中していたため、まず対戦車型の開発が優先されることになった。
38(t)戦車M型車台を用いた対戦車型には「ジグマーM型」の秘匿呼称が与えられ（1943年9月に「シュバインフルス」に変更された）、その試作車は1943年4月頃に完成したものと思われる。

この”M”はドイツ語で「中央」を表す”Mitte”の頭文字を採ったもので、エンジンが車体後部から中央部に移されたことを示している。
ジグマーM型は「7.5cm PaK40/3搭載38(t)対戦車自走砲M型」（特殊車両番号：Sd.Kfz.138）として制式化され、1943年5月から量産が開始された。

「マルダーIII M型」の制式呼称が与えられたのは、1944年3月になってからのことであった。
なお、マルダーIII M型に用いられた自走砲専用車台のレイアウトは、アルケット社が1942年7月末から開発を進めていた30口径15cm重榴弾砲sFH18を搭載する自走砲（後のフンメル）に用いられた、III/IV号車台のレイアウトが踏襲されていた。

このため、マルダーIII M型はフンメル自走榴弾砲と基本形を一にしており、生産性を向上させると共に、主砲の装備位置が低くなったことで全高を下げることにも成功していた。
そのスタイルはフンメル自走榴弾砲と同じくIII/IV号車台を用いて、71口径8.8cm対戦車砲PaK43/1を搭載したナースホルン対戦車自走砲に酷似していた。

マルダーIII M型に用いられた38(t)戦車M型車台は、生産性の向上とより高い操作性を可能とするため、従来の38(t)戦車では車体後部に配されていたエンジンがラジエイター、燃料タンク共々車体中央部に移されており、車体後部は広い戦闘室とされた。
また戦闘室のスペースをさらに確保するために車体後部は延長されて、パンター戦車のように上方に斜めに削ぎ上がったスタイルに改められた。

車体前面下部の装甲厚は軽量化のため、マルダーIII H型の50mmから15mmに減らされていた。
車体前部は戦車型と同様に変速機と操向機が置かれていたが、車体前面上部は戦車型では段付きになっていたのが、マルダーIII M型では傾斜角67度の11mm厚の1枚板に改められ、装甲板の右側上部には前部に丸みのある15mm厚の鋳造製張り出しが設けられて、ここが操縦室とされた。

操縦室の上面には左右開き式の丸い操縦手用ハッチが設けられ、前面には装甲カバーを備える視察用ヴァイザーが装備されており、操縦室の右側面にも開閉式の装甲カバーを備える視察用スリットが設けられていた。
操縦室の後方にあたる車体中央部に設けられた機関室は、中央にプラハのプラガ社製のAC 直列6気筒液冷ガソリン・エンジン（150hp/2,600rpm）を配し、エンジンの左右に110リットル容量の燃料タンクを置き、エンジンの後ろには前方に傾斜する形でラジエイターが配され、ラジエイターの後方には冷却ファンが装備されていた。

エンジンへの空気は、機関室左右に張り出した部分の下に設けられた開口部から吸入し、ラジエイターからの熱風は、右側張り出し部の後方にあたる車体側面に設けられたルーヴァーから排出された。
エンジンの前方には小型の燃料タンクが追加されていたが、これはエンジンのカーブレイターに直接燃料を送り込んで、冬季時のエンジン始動を容易にするためのものである。

機関室の上面には、前開き式のエンジン点検用ハッチが左右に分割されて装備され、後方の戦闘室と6mm厚の隔壁で仕切られていた。
この点検用ハッチの前には、主砲を固定するためのトラヴェリング・クランプが設けられており、戦闘時には前方に倒されたが、この操作は戦闘室内から行うことができた。

足周りは戦車型と同様だったが、生産性向上のために上部支持輪は前方のものが廃止されて、片側1個に減っていた。
1943年末からの生産車では、さらに生産性の向上が図られた。
これは鋳造製だった操縦室を平面装甲板の溶接製とし、左右に張り出したエンジン空気吸入部も、前端に丸みを持つボルト止めからより単純な角型の溶接式となった。

さらに、車体後面右側から車外に出されて後面中央の排気マフラーと結合されていた排気管は、右側の空気排出用ルーヴァーから車外に出され、側面に沿って後方に延ばされてマフラーに結合する方式に改められた。
また外観からは分からないが、車体前面下部の装甲厚が15mmから20mmに強化されたのも後期生産車の特徴である。

戦車型の車体後面にあった円形のエンジン点検用ハッチは姿を消したが、エンジン強制始動用のクランク棒差し込み口はそのまま残された。
しかしエンジンが車体中央部に移ったため、クランク始動棒は戦闘室内で延長シャフトと結合され、機関室隔壁に備えられた差し込み口に差し込むという方式が採られた。

また強制始動アタッチメントの固定棒が、差し込み口の左右に新設された。
戦車型の車体後面に設けられていた、履帯の張度調整装置（誘導輪の位置を前後に移動させて張度を調整するもの）は姿を消したが、これは戦闘室内の床板を開いて、ここから履帯の調度を調整する方式に変更されたためである。

マルダーIII M型では、車体後部は主砲と操砲要員を収容する戦闘室とされたが、戦闘室上部は主砲の防盾を含んで全て10mm厚の装甲板で構成され、戦闘室上部と機関室上面との間に生じる隙間を塞ぐために、戦闘室上部前面のカーブに沿って装着された装甲板のみ8mm厚のものが用いられていた。
戦闘室上部を構成する各装甲板は、リベットを用いて固定されていた。

戦闘室上部後面装甲板の中央部は、下側に設けられたヒンジにより後方に開くことができ、車体後面に備えられた固定アームで水平位置に固定することで、乗員の作業プラットフォームとして使用することができた。
主砲はマルダーIII H型と同じく、デュッセルドルフのラインメタル・ボルジヒ社製の46口径7.5cm対戦車砲PaK40/3を搭載しており、砲の旋回角は左右各21度ずつ、俯仰角は－5～＋13度となっていた。

主砲弾薬もマルダーIII H型と同様だが弾薬搭載数は27発に減り、戦闘室上部内側の壁面に左右それぞれ6発ずつを2列に配するラックが設けられ、さらに砲手の左側にあたる部分の壁面にも3発を収めるラックが装着されており、主砲弾薬は全て立てられた状態で収納されていた。
戦闘室内には右側前部に無線手を兼ねる車長、左側に砲手、そして車長の後方には装填手がそれぞれ位置していた。

戦闘室内に身を隠したまま車外を視察できるように戦闘室前面に2カ所、左右側面にそれぞれ1カ所ずつペリスコープの装着部が設けられており、左右側面の装甲板内側には補強用パイプの差し込み具が設けられ、金属パイプが差し込まれていた。
このパイプは降雨時などにキャンバス・カバーを張る際の支えとなったが、必要に応じて対空機関銃とそのマウントを装着することもできた。

マルダーIII M型の生産は1943年5月から開始され、同月中に最初の20両が完成している。
当初373両が発注されたが1943年10月には1,000両が追加発注され、1944年2月までに1,295両を生産する計画が立てられた。
マルダーIII M型の生産は当初ヴェナ工廠で進められたが、1943年6月までに56両を生産した後、新たに開設されたオロモック陸軍工廠に生産は委ねられている。

しかし部品の供給が遅れたために、1944年6月までに942両が完成した時点でマルダーIII M型の生産は中止された。
能力的には優れたものを持つマルダーIII M型が1,000両にも満たない生産数に終わったのは、BMM社が38(t)戦車の発展型車台をベースに開発した、より強力なヘッツァー駆逐戦車に生産が切り替えられたためである。

ヘッツァー駆逐戦車は、マルダーIII M型の主砲と同等の威力を持つラインメタル社製の48口径7.5cm対戦車砲PaK39を装備し、戦闘室は完全密閉式で最大装甲厚も60mmと、マルダーIII M型よりはるかに高い装甲防御力を備えていたため、これは当然の結果といえよう。
マルダーIII対戦車自走砲シリーズは当初独立戦車駆逐大隊に配備されたが、その後1943年からは機甲師団と機甲擲弾兵師団の、1944年からは歩兵師団の戦車駆逐大隊にそれぞれ配備された。

その定数はマルダーIIIシリーズ3両を装備する小隊3個で1個中隊を編制し、この中隊3個で大隊を構成するので1個大隊の定数は27両となる。
また歩兵師団などの戦車駆逐大隊の場合は、1個中隊（一部の部隊では2個中隊）に対する配備が行われたが、定数を満たした例は少なかった。

BMM社は1943年にドイツ陸軍兵器局第6課からの要求に従い、マルダーIII M型をベースとした各種派生型を開発した。
以下、それらについて簡単に解説する。

●液体ガス使用車
本車は、ガソリン燃料の供給が困難になった場合を想定して開発された車両で、マルダーIII M型の車体前部左側に液体ガスを収めるボンベ2基を搭載し、エンジンの燃料としていた。
試験では走行には何ら問題が無かったといわれるが、実戦に参加することは無く、試作車が1両製作されただけに終わった。

●兵員・弾薬運搬車
優れた戦闘能力を備えるマルダーIII M型であったが、主砲弾薬を27発しか搭載できないのは問題視され、行動を共にする弾薬運搬車の開発が計画された。
この車両は弾薬運搬は無論のこと、歩兵を搭乗させて装甲兵員輸送車としての運用も兼ねており、このため戦闘室上部の形状はマルダーIII M型と酷似していたが、一部装甲板が追加されていた。

当然ながら主砲は未装備とされ、戦闘室上部前面の開口部は装甲板が追加されて姿を消し、戦闘室の後方には新たに設計された追加装甲板が装着された。
この追加装甲板の後面には観音開き式のドアが設けられ、戦闘室内左右と後部に木製のベンチシートを備えて兵員8名を収容することが可能だった。

主砲弾薬の搭載数は明らかにされていないが、50発程度は収容することが可能だったと思われる。
本車は1両がマルダーIII M型から改造されたが、その後の状況は不明である。