マルダーII（7.5cm PaK40/2搭載型）は、マルダーII（7.62cm PaK36(r)搭載型）と同様にII号戦車をベースに作られた対戦車自走砲であるが、7.62cm PaK36(r)搭載型がいかにも急造という外形だったのに対して、より洗練された設計となり、II号戦車ベースの対戦車自走砲としてはこちらの方が本命といえる。
開発は1942年5月に開始され、ベース車体にはII号戦車F型が選ばれた。
この戦車はＩＩ号戦車D/E型よりも3年後に生産開始された、現行のＩＩ号戦車の中では最新のタイプであった。

しかし、1942年においてはすでに軽戦車の存在意味は薄れており、自走砲の車台として転用するのに恰好の車両であった。
搭載砲は、この頃からようやく潤沢に供給されるようになった、デュッセルドルフのラインメタル・ボルジヒ社製の46口径7.5cm対戦車砲PaK40が採用された（もっとも試作車には間に合わず、代わりに同社製の60口径5cm対戦車砲PaK38が搭載された）。

7.5cm対戦車砲PaK40は、将来の強力な戦車の脅威に対抗すべく1939年に開発が開始された対戦車砲で、1941年11月に完成し1942年2月から生産が開始されていた。
この砲はPz.Gr.39 APCBC-HE（風帽付被帽徹甲榴弾/弾頭重量6.8kg）を用いた場合、砲口初速792m/秒、射距離100mで106mm、500mで96mm、1,000mで85mm、1,500mで74mm、2,000mで64mmのRHA（均質圧延装甲板）を貫徹することが可能であった（傾斜角30度）。

さらに、タングステン弾芯のPz.Gr.40 APCR（硬芯徹甲弾/弾頭重量4.1kg）を用いた場合には、砲口初速933m/秒、射距離100mで143mm、500mで120mm、1,000mで97mm、1,500mで77mmのRHAを貫徹することができた（傾斜角30度）。
この性能は米英軍戦車なら正面でも1,000m以上の遠方から、ソ連軍戦車でもT-34中戦車は射距離700mで撃破することができた。

唯一撃破困難なのはIS-2重戦車ぐらいのもので、対戦車自走砲としての実用上ほとんど問題は無かった。
本車の開発にあたっては、車体をニュルンベルクのMAN社（Maschinenfabrik Augsburg-Nürnberg：アウクスブルク・ニュルンベルク機械製作所）、戦闘室をベルリンのアルケット社（Altmärkische Kettenwerke：アルトメルキシェ装軌車両製作所）、主砲をラインメタル社がそれぞれ担当している。
試作車は1942年6月初めに完成し、ドイツ陸軍による試験に供された。

試験の結果は良好で、この結果に満足したドイツ陸軍はII号戦車F型車体の生産のうち当初50％を、後に75％を対戦車自走砲型に振り向けることを決めた（1942年12月にはII号戦車F型の生産が終わり100％になる）。
生産はアルケット社で製作された戦闘室、ラインメタル社で作られた主砲がそれぞれポーランド・ヴロツワフのFAMO社（Fahrzeug und Motoren Werke：車両・発動機製作所）に送られて、最終組み立てが行われた。

1942年末からは、MAN社とベルリン･マリーエンフェルデのダイムラー・ベンツ社も生産に加わっている。
本車は7.62cm PaK36(r)搭載型と同じく「Sd.Kfz.131」の特殊車両番号が与えられ（後に7.62cm PaK36(r)搭載型の特殊車両番号は「Sd.Kfz.132」に変更された）、LaS番号は100でこれはＩＩ号戦車と同じである。
本車の公式呼称は時期によって変遷が見られ、当初は「7.5cm PaK40搭載ＩＩ号戦車車台自走砲」と呼ばれていた。

その後何度か呼称が変更された後、最終的に1943年7月6日付で「7.5cm PaK40/2搭載ＩＩ号対戦車自走砲」とされた。
同年11月29日には、アドルフ・ヒトラー総統からの指令によって「マルダーＩＩ」の呼称が与えられ、1944年2月には公式に承認されて、以後「マルダーＩＩ」の呼称が広く用いられるようになった。

なお「マルダー」（Marder：貂、テン）とは、イタチ科テン属に分類される体長44～55cmの食肉哺乳類で、ドイツ陸軍では、7.62cm PaK36(r)または7.5cm PaK40を装備する対戦車自走砲の呼称として用いていた。
ちなみに「マルダーＩ」は、フランスから接収した装軌式牽引車ロレーヌ・シュレッパーに7.5cm PaK40を装備した車両、「マルダーIII」は、チェコ製の38(t)戦車の車台に7.62cm PaK36(r)もしくは7.5cm PaK40を搭載したものであった。

ベースとなったII号戦車車体の改造要領は7.62cm PaK36(r)搭載型と同様で、下部車体には手を付けず、砲搭載部から後ろの上部車体（戦車型の戦闘室にあたる部分）が大きく切り欠かれていた。
ただこの車両に関しては、その切り欠き部が機関室の左側（元々この部分は機関室の区画ではなかった）にまで食い込んでいるのが特徴であった。

というのも、本車の戦闘室床は7.62cm PaK36(r)搭載型と違ってちゃんと車体の床を使うようになっていたので、スペース確保のためにこの配置となっていた。
主砲の46口径7.5cm対戦車砲PaK40は本車専用の砲架に搭載されており、故に「PaK40/2」という呼称になっていた。

ちなみに「PaK40/1」は、フランス製の装軌式牽引車ロレーヌ・シュレッパーを改造したマルダーＩ対戦車自走砲用であった。
もっとも車内のスペースは充分ではなく、右側にはエンジンおよび変速・操向機等の駆動系があったため、砲は車体中央よりやや左寄りにオフセットして取り付けられていた。

車体床が作業位置であるから砲架も低く設定されており、主砲防盾の側面を戦闘室が覆うデザインとなった。
このため装甲板のレイアウトは合理的となり、なおかつ車高は7.62cm PaK36(r)搭載型に対して40cm低い2.2mとなった。
戦闘室は前面30mm厚、側/後面10mm厚の装甲板が上部車体を取り囲むように取り付けられたが、後部装甲板は弾薬庫も兼ねていた。

弾薬庫は3分割されていて左から24発、7発、6発の7.5cm砲弾が収納できるようになっていた。
主砲防盾は、4mm厚の装甲板を2枚重ねにした牽引砲のものをそのまま流用していた。
そのため戦闘室との兼ね合いはあまりスマートではなく、両側面に戦闘室との隙間を埋めるための10mm厚の装甲板ブロックが溶接されていた。

この装甲板ブロックは、砲を左右に振っても対応できるように側面が円弧状に加工されていた。
また防盾の下も砲架がある分隙間ができてしまうため、5角形に折り曲げられた10mm厚の装甲板が上部車体に溶接されていた。
主砲が左寄りにオフセットして搭載されていたため、砲の旋回角は左が32度、右が25度と不均一で、俯仰角は－8～＋10度となっていた。

車体前方には2脚式の主砲用トラヴェリング・クランプが装備されており、車内の機関室左側にも砲尾用のトラヴェリング・クランプが設置されていた。
照準機は牽引砲のものがそのまま使用され、倍率3倍/視野8度のZF直接照準望遠鏡が主砲の左側に装備されており、この部分に当たる防盾には長方形の開口部が設けられていた。

無線機は受信専用のFu.Spr.Ger.dが標準で、アンテナは戦闘室左側にあった。
生産途中から、無線機はFu.2受信機とFu.5送受信機の組み合わせに変更されたようである。
走行装置は戦車型と変化無いが、起動輪は後期においては肉抜き穴の無いタイプも使用されている。
また1943年5、6月の生産分は第1、第2、第5転輪サスペンションのダンパーが、10.5cm自走榴弾砲ヴェスペと同様にコイル・スプリング（螺旋ばね）による大型のものとされていた。

この他にも、本車は生産時期によって装備が変化している。
例えば前照灯は当初小型のものが両フェンダーにあり、さらに左側フェンダーには防空型前照灯（ノテックライト）が装備されていたが、後期においてはこれらは廃止され、左側フェンダーに大型の前照灯（ボッシュライト）1個のみの装備となった。

また砲身先端の砲口制退機も、後期においてはエラが円形のものを取り付けたりしている。
さらに、戦闘室側面に装備された工具位置等にも変化が見られる。
後期型の一部では操縦室右側面の視察用ヴァイザーが廃止されており、操縦室前面の視察用ヴァイザー上の2個のペリスコープ用穴も塞がれてしまっていたようである。

副武装は、オベルンドルフ・アム・ネッカーのマウザー製作所製の7.92mm機関銃MG34と、エアフルトのエルマ社（Erfurter Maschinenfabrik：エアフルト機械製作所）製の9mm機関短銃MP40が1挺ずつで、7.62cm PaK36(r)搭載型と同じである。
携行弾数は7.5cm砲弾が37発、7.92mm弾が600発、9mm弾が192発であった。
乗員は当初操縦手、装填手、車長の3名であったが、これでは手が足りず後に装填手が1名追加されている。

マルダーＩＩ（7.5cm PaK40/2搭載型）の生産は1942年7月から開始されており、7月11日付の生産計画書では7月30両、8月50両、9月50両、10月57両、11月57両、12月67両、1943年1月67両、2月67両、3月68両の合計513両を生産することが予定されていた。
1942年6月の段階では、ＩＩ号戦車F型車体の生産の内50％を対戦車自走砲型として生産するものとされたが、7月になって命令変更があり、8月以降に生産されるＩＩ号戦車車体は全て本車に用いることが決定された。

しかし1943年2月から生産開始された、やはりＩＩ号戦車F型車体をベースとする10.5cm自走榴弾砲ヴェスペの生産順位が優先されたことにより、本車の1943年3月と4月の生産台数は0であった。
続く5、6月には生産が再開されたが、7月以降に生産されるＩＩ号戦車車体は全てヴェスペに用いることが決定され、7.5cm対戦車自走砲の生産は、チェコ製の38(t)戦車車体を流用したマルダーIII一本に絞られることになり、本車の生産は打ち切られた。

マルダーＩＩ（7.5cm PaK40/2搭載型）の生産数
1942年						1943年						合計
7月	8月	9月	10月	11月	12月	1月	2月	3月	4月	5月	6月
18	50	55	59	62	83	80	45	0	0	46	33	531

マルダーＩＩ（7.5cm PaK40/2搭載型）の月別生産数は上表の通りで、1943年6月までの総生産数は531両である。
さらに1943年1月～1944年1月にかけて、前線から引き上げられたII号戦車（c、A、B、C、F型）から少なくとも100両以上が本車に改造されている。
1943年1～5月の改造数は記録が無く、記録が残っているのは1943年6月12両、7月12両、8月3両、9月22両、10月13両、11月0両、12月5両、1944年1月1両の合計68両である。

マルダーＩＩ（7.5cm PaK40/2搭載型）は生産当初、自走砲中隊への補充用として多くの部隊に配備された。
その後、1943年から本車の基本的な配備先は歩兵師団、機甲師団、機甲擲弾兵師団の戦車駆逐大隊となり、この内最も早く本車を装備したのは第78突撃師団で、1943年2月のことであったという。
下表は、現在知られている1943年以降の年度別による主な配備先である。

マルダーＩＩ（7.5cm PaK40/2搭載型）の配備先
1943年	第28猟兵旅団 第3機甲師団 第5機甲師団 第6機甲師団 第13機甲師団 第17機甲師団 第16機甲擲弾兵師団 第297歩兵師団 第306歩兵師団 第336歩兵師団 機甲擲弾兵師団グロースドイッチュラント 独立第563戦車駆逐大隊
1944年	第1機甲師団 第8機甲師団 第20機甲師団 第20機甲擲弾兵師団 第25機甲擲弾兵師団 独立第561戦車駆逐大隊 独立第563戦車駆逐大隊
1945年	第1機甲師団

マルダーＩＩ（7.5cm PaK40/2搭載型）の配備先は東部、西部を問わず全戦線に及んでおり、数カ月で実戦化された対戦車自走砲としては期待を上回る活躍をし、終戦まで第一線で使用が続けられた。