+概要
アメリカ海軍研究局(ONR)は1958年から、空気を充填したゴムタイヤとチェイン型の履帯を組み合わせて、適切な速度と積載量を備えた全地形対応の水陸両用車両を開発する研究に着手した。
ONRは、イリノイ州シカゴのボーグ・ワーナー社インガソル部門に水陸両用車両の試作車の製作を要請し、この試作車は1960年4月に完成した。
1960〜61年にかけてONRは3種類の異なるタイヤ構成を使用して、様々な地形条件で試作車の走行試験を実施した。
最初は、オハイオ州アクロンのグッドイヤー・タイヤ&ラバー社製の24"×24"×6"のテラタイヤを片側16個装着した履帯を使用し、続いて、より小サイズのテラタイヤを片側19個装着した履帯が用いられた。
そして最後に、標準工業用タイヤを片側32個複列式に装着した履帯が試験された。
片側16個のテラタイヤが装着された履帯を使用した試作車は重量17,500〜19,100ポンドで、185hp/2,800rpmの出力を発揮するエンジンを搭載していた。
試験においてボーグ・ワーナー社の試作車はおおむね良好な性能を発揮し、路上を従来型の装軌式車両より高速で走行できた他、多数並べたゴムタイヤの持つ浮力を活用することで、従来型の装軌式車両が苦手とする湿地、雪、砂、泥などの障害地形を突破することが可能であった。
1965年にはさらなる改良を加えたボーグ・ワーナー社の2番目の試作車が登場し、「エアロール1」(「エアロール」(Airoll)は、「空気」(Air)と「転がる」(Roll)を組み合わせた車両推進システムを表す造語)と名付けられた。
エアロール1は、全地形対応の水陸両用車両を求めていたアメリカ海兵隊の要求に応じて製作されたもので、以前の試作車に比べて長さも幅も一回り小柄に造られており、重量も以前の試作車の1/3以下の5,900ポンドと軽量であった。
エンジンは出力80hpの小型自動車用エンジンが用いられ、片側13個のゴムタイヤを装着したチェイン型履帯を用いた走行装置と組み合わされていた。
研究を主目的とした以前の試作車と異なり、エアロール1はアメリカ海兵隊での制式採用を目指した車両であったため、貨物室、泥除け、前照灯、フロントガラスなどの実用上必要な装備品を備えていた。
折しも、1964年8月2日のトンキン湾事件をきっかけにアメリカはヴェトナム戦争に参戦したが、アメリカ陸軍と海兵隊はいずれもボーグ・ワーナー社の一連のエアロール型車両の性能を高く評価し、ヴェトナム特有のジャングルや湿地帯などの障害地形に悩まされていたM76オッターや、M116ハスキーなどの従来型の装軌式水陸両用車両の代替と成り得ると考えた。
そして、1965年5月にアメリカ陸軍戦車・自動車・兵器司令部(TACOM)によって、海兵隊向けにエアロール型の水陸両用貨物輸送車を開発する計画が「XM759 MTV」の呼称でスタートした。
ちなみに「MTV」は「Marginal Terrain Vehicle」(限界地形車両)の略で、湿地、雪、砂、泥などの過酷な障害地形を突破できるエアロール型貨物輸送車の実用化を目指していた。
XM759の開発・試作は引き続きボーグ・ワーナー社インガソール部門が担当することになり、計画の第1段階では一連のエアロール型車両の試験データを基にして、アメリカ海兵隊の要求仕様を最も良く満たす車両構成の検討が実施された。
ちなみにXM759に対する海兵隊の要求仕様は、以下のようなものであった。
・最大積載量3,000ポンド
・14名の兵員または44インチ(1.118m)×52インチ(1.321m)の貨物パレット2個を収容できる貨物スペース
・路上最大速度25マイル(40.23km)/h
・浮航最大速度7マイル(11.27km)/h
・最大登坂能力60%
またXM759は鉄道、船舶、航空機(C-130中型輸送機またはヘリコプターによる)で輸送される予定で、ビルジポンプや折り畳み式座席などの多くの機能が含まれていた。
1965年9月、アメリカ海兵隊はTACOMが提示したXM759の仕様書を承認し、ボーグ・ワーナー社に対して試験用に7両の試作車を製作発注した。
XM759は当初、油圧機械式変速・操向機を使用した独自のパワートレインを搭載する予定だったが、ヴェトナム戦争での水陸両用貨物輸送車の緊急の必要性のため、開発プログラムは2つに分割された。
その内の1つは当初の計画に従い、標準的な36カ月の開発期間を費やして車両に最適な新型のパワートレインを開発するというものだった。
もう1つのプログラムでは、試作車を早期に完成させるためM116ハスキーに用いられている既存のパワートレインを使用し、開発期間を12カ月短縮することになった。
結局、海兵隊から発注された7両の試作車全てがM116のパワートレインを搭載して完成した。
これらの試作車は、XM759がヴェトナムのジャングルでアメリカ海兵隊が運用するのに適しているかどうかを判断するために、様々な環境で1966年10月〜1967年7月にかけて評価試験に供された。
試作車の評価試験を行う環境は、ヴェトナムのコン川デルタ地帯の過酷な環境を正確にシミュレイトするように多大な努力が払われた。
なお、評価試験はエアロール型車両であるXM759と、従来型の装軌式車両であるM116ハスキーを性能比較する形で実施され、その結果M116が動けなくなるような非常に細かい土壌条件において、XM759が優れた機動性を発揮することが判明した。
アメリカ海兵隊はXM759の試験結果に満足の意を表し、エアロール型車両のコンセプトは将来性有望と評価された。
しかし、1966〜67年にかけて広範な試験を実施している最中、XM759の重大な欠陥が明らかになった。
本車のゴムタイヤを多数並べた走行装置は、従来型の装軌式車両に比べて水から出る時に、濡れた草が生い茂った土手の上で滑り易かった。
またタイヤはスポンソンの底部と、各タイヤを連結するチェイン型履帯をすぐに摩耗させてしまい、負荷が掛かると変形したり伸びたりした。
しかしこれらの問題は海兵隊の技術者たちによって、タイヤに滑り止めの溝を追加し、スポンソンの底部を強化し、頑丈なチェイン型履帯を使用することですぐに解決された。
しかし、さらに憂慮すべき問題が明らかになった。
試験中にXM759のスポンソン上部に厚い泥と植生が蓄積し、走行装置に掛かる負荷が大幅に増加し、そのために車軸に応力が加わり、場合によっては張力によって車体が座屈することもあった。
注目すべきことは、この問題は1967年5月に実施されたキャンプ・ウォレスにおける試験でのみ発生したことであった。
この問題が発生したのは特定の土壌と植生条件の組み合わせでのみだったが、最終的にはエアロール型車両の開発の終焉に繋がる事態に発展した。
XM759の試作車にこの問題を軽減する改修が施されるのを待たずに、アメリカ海兵隊はXM759計画への資金提供のキャンセルを決定し、その資金を使ってM116ハスキーとその改修キットを購入してヴェトナムに送った。
その後、1969年よりアメリカ軍はヴェトナムからの段階的撤退を開始し、XM759のような全地形対応の水陸両用車両の必要性が無くなったため、XM759計画は1971年に中止された。
これ以降、現在に至るまでアメリカ軍のエアロール型車両に関する研究は途絶状態にあり、後継車両の開発は行われていない。
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