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V号対空自走砲VFW II





●開発

第2次世界大戦半ばより従来のIII号、IV号戦車に代わってドイツ陸軍の主力戦車の座に就いたV号戦車パンターは、実際に完成した派生型こそ限られるが様々な計画車両の母体に選ばれ、その中の1つに対空自走砲型があった。
特にこの8.8cm高射砲搭載型は、同じく対空自走砲の母体として用いられたIV号戦車ではサイズ的に無理で、パンター戦車を母体に選ぶのは当然の成り行きであった。

パンター戦車を母体とする8.8cm高射砲搭載型対空自走砲が開発されるきっかけとなったのは、1942年9月にドイツ空軍軽高射砲部門第4課の会合においてクレイン工学博士が、当時エッセンのクルップ社が「ゲレート42」(42兵器機材)の試作名称で開発を進めていた新型8.8cm高射砲を搭載する対空自走砲の生産に際して、そのアウトラインを示したことにある。

この際に出された仕様はパンター戦車の履帯と転輪、サスペンションを流用し、エンジンはレオパルト軽戦車(VK.16.02)向けとして開発されたフリードリヒスハーフェンのマイバッハ発動機製作所製のHL157P V型12気筒液冷ガソリン・エンジン(出力550hp)を用い、ZF社(フリードリヒスハーフェン歯車製作所)製のAK7-120変速機(前進7段/後進1段)と組み合わせる。

操向機もレオパルト軽戦車向けのものを使用し、戦闘重量は約31tで、水平射撃時の車高は2.45mとするというのがその骨子であった。
また装甲厚は前面30mm、側面16mmで車台の全長は6.7m、主砲を含めた全長は9.9m、全幅3.27m、車台下面と地上との間隔54cmで、燃料550リットルと主砲弾薬36発を収容し、200~250kmの不整地航続距離を備えて、主砲は全周旋回が可能、最大仰角90度という具体的な数字も示された。

この基本仕様に従い開発はクルップ社の手で進められ、1942年11月4日付で「ゲレート42搭載装甲自走砲VFW II」の呼称で概念図が提出された。
なお当時クルップ社は、デュッセルドルフのラインメタル・ボルジヒ社が開発した74口径8.8cm高射砲FlaK41を新設計の装軌式車台に搭載した対空自走砲「VFW」(Versuchsflakwagen:試作対空車両)の開発を別に進めていたため、「2番目の試作対空車両」という意味で本車に「VFW II」という呼称を与えたと推測される。

VFW II対空自走砲の概念図によると、本車はニュルンベルクのMAN社で生産が開始されたばかりのパンター戦車のコンポーネントを多用しており、エンジンや変速・操向機もそのまま用いられていた。
ただし、武装が全く異なる関係から上部車体はオリジナルの設計に変更されており、VFW対空自走砲と同様に車体上面をフラットとして8.8cm高射砲ゲレート42を搭載し、砲の周囲を起倒式の装甲板で囲んでオープントップの箱型戦闘室を構成していた。

つまりこの時点のVFW II対空自走砲は、VFW対空自走砲の車台をパンター戦車に変更したものとも見ることができる。
1942年10月22日にクレイン博士はクルップ社に対して、VFW II対空自走砲の車台に当時MAN社がパンター戦車の改良型として開発を進めていたパンターII戦車を用いることを提案したが、この車両はまだ形にもなっていなかった(後に開発自体が中止された)。

そこで彼はパンター戦車の車台を流用しながらも、以前提出した基本案を破棄して新たな設計案を、12月21日付で「V号重高射砲VFW II」の呼称で車台をクルップ社、主砲と砲塔をラインメタル社にそれぞれ発注した。
この時点でVFW II対空自走砲の主砲は、クルップ社製のゲレート42からラインメタル社製のFlaK41に変更されたようだが、本車の主砲は最初からFlaK41だったとする資料もありはっきりしない。

いずれにしろゲレート42は高射砲としては完成せず、開発途中で戦車砲に設計変更されて戦車砲型が「KwK43」、対戦車砲型が「PaK43」として制式化され、ティーガーII戦車やヤークトパンター駆逐戦車の主砲として用いられた。
1944年1月末に出されたクレイン博士の報告書では、VFW II対空自走砲はFlaK41を装備する砲塔の設計にラインメタル社が難渋しており、開発完了の期日すら設定することができないと訴えている。

この頃までにはVFW II対空自走砲の基本形はまとまっていたようで、以前の設計のように車体上面はフラットではなく、前方の操縦室と後方の機関室が一段上に張り出した形となり、その間にFlaK41を搭載するオープントップ式の大型砲塔を配したスタイルの木製モックアップが製作されていた。
しかし現実的に考えて、貴重な主力戦車であるパンター戦車のコンポーネントを多用するVFW II対空自走砲の開発は非現実的で、1月末にシュペーア軍需大臣はクルップ、ラインメタル両社に対して開発の中止を通達した。

またVFW II対空自走砲の主砲に採用された8.8cm高射砲は射程が長いため、高空から爆弾を投下する連合軍の大型爆撃機の迎撃には適していたものの、反面発射速度が遅いため、低空から戦車部隊に対して攻撃を仕掛けてくる戦闘爆撃機の迎撃には不向きであった。
こうした任務には発射速度の高い3.7cm機関砲や5.5cm機関砲の方が適しており、ドイツ軍首脳部が対空車両の任務として戦闘爆撃機の迎撃を重視していたことも、本車の開発中止の背景にあったと思われる。


●構造

VFW II対空自走砲の車台はパンター戦車のコンポーネントが多く用いられており、足周りの構造も同様であった。
転輪は片側8個の大直径転輪をオーバーラップ(挟み込み)方式に配置しており、前方に起動輪、後方にやや小直径の誘導輪を配していた。
サスペンションはトーションバー(捩り棒)方式で、2本のトーションバーを束ねて用いる「ダブルトーションバー」という新しい方式を採用していた。

パワープラントは当初の設計案ではレオパルト軽戦車のものを流用することになっていたため、マイバッハ社製のHL157P V型12気筒液冷ガソリン・エンジン(出力550hp)と、ZF社製のAK7-120変速機(前進7段/後進1段)を組み合わせていたが、後にパンター戦車用のパワープラントを用いるよう設計変更されたため、マイバッハ社製のHL230P30 V型12気筒液冷ガソリン・エンジン(出力700hp)と、ZF社製のAK7-200変速機(前進7段/後進1段)の組み合わせに変わっている。

当初の設計案ではVFW II対空自走砲の車体上面はフラットになっており、中央に8.8cm高射砲を剥き出しの状態で搭載していた。
主砲の前方には牽引型からそのまま流用した大型防盾が取り付けられ、主砲の左右と後方は起倒式の装甲板で囲まれてオープントップの箱型戦闘室を構成した。

戦闘時には左右と後方の起倒式装甲板を水平に展開して射撃を行うようになっており、起倒式装甲板は砲操作員の射撃プラットフォームとして用いるようになっていた。
しかし1944年初めに製作された木製モックアップでは、VFW II対空自走砲の設計は大幅に変更されていた。
このモックアップでは車体上面はフラットではなく、前方の操縦室と後方の機関室が一段上に張り出しており、その間に8.8cm高射砲FlaK41を搭載するオープントップ式の大型砲塔を配していた。

この砲塔は装甲板を複雑に組み合わせた独特のもので、前方から見ると算盤球のような形状になっていたが、これは砲塔内容積を確保しながら、砲塔リング径をなるべく小さくするように考慮した結果だと思われる。
砲塔は全周旋回が可能で、主砲の俯仰角は0~+90度となっていた。
主砲に採用された74口径8.8cm高射砲FlaK41は、ラインメタル社が「ゲレート37」(37兵器機材)の試作名称で1941年に開発したもので最大射高14,700m、最大射程19,800m、発射速度22~25発/分となっていた。

使用弾種は対航空機用の時限信管付榴弾(砲口初速1,000m/秒)と、対戦車用の徹甲弾(砲口初速980m/秒)が用意されていた。
徹甲弾を使用した場合は射距離1,000mで192mm厚のRHA(均質圧延装甲板)を貫徹可能であり、対戦車砲としても絶大な威力を発揮した。


<VFW II対空自走砲 初期設計案>

全長:    9.90m
車体長:   6.70m
全幅:    3.27m
全高:    2.45m
全備重量: 31.0t
乗員:    9名
エンジン:  マイバッハHL157P 4ストロークV型12気筒液冷ガソリン
最大出力: 550hp/3,600rpm
最大速度: 
航続距離: 300~350km
武装:    74口径8.8cm高射砲FlaK41×1 (36発)
装甲厚:   最大30mm


<参考文献>

・「ドイツ陸軍兵器集 Vol.4 突撃砲/駆逐戦車/自走砲」 後藤仁/箙浩一 共著  ガリレオ出版
・「ドイツ試作/計画戦闘車輌」 箙浩一/後藤仁 共著  ガリレオ出版
・「グランドパワー2004年10月号 ドイツ軍高射砲(2) 8.8cm FlaK41」 後藤仁 著  ガリレオ出版
・「グランドパワー2010年8月号 ドイツ計画戦車」 後藤仁 著  ガリレオ出版
・「ジャーマン・タンクス」 ピーター・チェンバレン/ヒラリー・ドイル 共著  大日本絵画


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