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T23中戦車





●T23中戦車の開発

アメリカ陸軍はM4中戦車の開発以前から、新たな発想に基づく機関系を搭載することで機動性の向上を図った新型戦車の開発を進めており、様々な試行錯誤を経てその最終形態として、異なる機関系を備えたT20、T22、T23試作中戦車シリーズが1943年1月に完成した。
これらの試作中戦車は、旧式なM3中戦車の設計を流用したM4中戦車シリーズとは一線を画するスタイルにまとめられており、アメリカ陸軍も期待を懸けていたのだがそんなとき思わぬ事態が発生した。

それが北アフリカ戦線における、ドイツ陸軍の新型重戦車ティーガーとの遭遇だったのである。
ティーガー重戦車は火力、装甲共にM4中戦車シリーズをはるかに凌駕しており、M4中戦車が苦戦を強いられる事態になることは明白であった。

このためアメリカ陸軍は、以前からM4中戦車シリーズへの搭載を前提に開発が進められていたものの、具現化には至らなかった長砲身76.2mm戦車砲の本格的導入計画を再開すると共に、T20〜T23試作中戦車シリーズの開発で得られたノウハウを基に、さらなる装甲と火力の強化を図った新型重戦車の開発をスタートさせた。
これは後に、M26パーシング重戦車として具現化することになる。

M26重戦車に繋がる試作中戦車シリーズの内、T20中戦車は流体式トルク変換機を備えるトルクマティック式変速機を搭載、T20E3中戦車はサスペンションを従来のVVSS(垂直渦巻スプリング・サスペンション)方式からトーションバー(捩り棒)方式に変更、T22中戦車は従来と同様の機械式変速機を備えており、T23中戦車は新開発の電機式変速機を導入していた。

これらの内T23中戦車以外は試作段階で開発中止となり、新型重戦車はT23中戦車をベースに装甲と火力の強化を図って開発が進められることとなった。
従ってM26重戦車の直接のルーツは、T23中戦車ということになる。
T23中戦車は、基本形はT20中戦車とT22中戦車に準じた新たな発想に基づくスタイルにまとめられていた。

これは「スペース工学」なる、車内容積の拡大と重量軽減を目的とした基本概念を背景に置いたもので、それまでのM3中戦車やM4中戦車のように車体が履帯上部を覆うレイアウトを改めて、履帯の内側に箱型車体を配し、履帯の上面にはフェンダーを設けてその上に各種車外装備品を収容するという、当時としては革新的なものであった。

ただし、それはあくまでもアメリカ製戦車としては革新的であったというだけで、イギリスなどの戦車は早くからこのスタイルを具現化していた。
T20〜T23中戦車シリーズはこの車体レイアウトに加え、もう1つ新たな発想が導入されていた。
それは液冷式のガソリン・エンジンと変速機、操向機、ブレーキ、そして最終減速機を一体化する形で車体後部の機関室内に収める、現代のパワーパック方式と同様の配置が採られたことである。

そしてT20中戦車とT22中戦車では、M4A3中戦車で用いられたフォード自動車製のV型8気筒液冷ガソリン・エンジンGAAと、ジェネラル・モータース社製のトルクマティック式変速機が用いられたが、T23中戦車ではエンジンこそわずかに変化が生じたGANとほぼ同様ながら、変速機および操向機は従来の機械式ではなく電動モーターを用いるハイブリッド方式が採られた。

これはドイツ陸軍のVK.45.01(P)重戦車(ティーガー重戦車のポルシェ社製試作車)や、フェルディナント/エレファント重突撃砲などでも採用された方式であり、エンジンは発電機の電力発生機器として用いられ、発電機から左右それぞれに設けられた電動モーターに電力が供給されて、モーターに最終減速機を介して結合された起動輪を駆動するという走行方式である。

この方式は、動力の伝達ロスが生じることを構造上避けることができない機械式と比べると、無段階で起動輪を駆動することを可能とし、伝達ロスも機械式よりも大きく軽減できるというメリットが存在していた。
ただしこれはあくまでも理論上のことで、VK.45.01(P)重戦車やフェルディナント重突撃砲と同様T23中戦車でも、このハイブリッド駆動方式に起因する問題が多発している。


●T23中戦車 試作第1号車

T23中戦車の試作第1号車(車両登録番号3098787)は、ジェネラル・エレクトリック社のエリー工場において1943年1月に完成した。
圧延防弾鋼板を用いた溶接構造の車体は、T20中戦車とT22中戦車に類似してはいたが当然ながら全くの別物で、アメリカ製の中戦車としては珍しく砲塔も鋳造製ではなく圧延防弾鋼板の溶接構造となっていた。

この溶接式砲塔は、T20中戦車とT22中戦車がM4中戦車のものに酷似した鋳造製砲塔を採用していたのと好対照を見せている。
また主砲には57口径76.2mm戦車砲T1がT80砲架を介して搭載されたが、長砲身砲とのバランスを取るために砲架には360kgの平衡錘が装着された。

加えて、装填手用ハッチ前方に口径2インチ(50.8mm)のM3発煙弾発射機とその開口部が新設され、これは後のT26E1重戦車まで装備が続けられることになった。
サスペンションはM4中戦車シリーズのVVSSを備えるボギーが転輪ごと流用され、履帯も幅421mmのダブルピン式履帯T51が用いられたが、これもM4中戦車からの流用であった。

このような新機軸を盛り込んで完成したT23中戦車の試作第1号車であったが、この完成に先駆けて実施されたアメリカ機甲軍による討論会の席において、操縦手の視界不良の問題が指摘されたために着座位置を上げ、操縦手用ハッチもより大型のものに変更することが決定していた。
ただし、この改良を試作第1号車に実施することはもはや不可能であったため、製作中の試作第2号車で改良が実施されることとされた。

完成した試作第1号車を用いた試験では砲架に装着された平衡錘により俯仰操作に難が生じ、しかも居住性にも問題があったため急遽改良が検討された。
その結果として砲身長を5口径、約38.1cm短縮した改良型に換装することで、T80砲架に装着されていた平衡錘の廃止に成功した。

これは1942年7〜8月にかけて実施された、M4A1中戦車に対する76.2mm戦車砲T1とM34砲架の装着試験の結果を反映したものである。
この砲身長を短縮した改良型T1戦車砲は、T23中戦車シリーズの生産開始に合わせて「M1A1」として制式化され、同様にT80砲架も「M62砲架」の制式呼称が付与された。


●T23中戦車 試作第2号車

T23中戦車の試作第2号車(車両登録番号3098788)は1943年3月に完成したが、新型鋳造砲塔の導入や操縦手席周りの改良に加えて、砲架は開口部の前面に縦長の装甲板を備えるT79が用いられ、試作第1号車の溶接式砲塔では前後開き式であった装填手用ハッチが左右開き式に換わり、その基部には12.7mm重機関銃M2のマウントが設けられた。

さらに、機関室後端中央部に備えられていたトラベリング・クランプも姿を消すなど、各部に変化が散見できる。
試作第1号車と第2号車の砲塔は溶接式と鋳造式の違いはあったものの、いずれの場合も砲塔バスケット周囲に76.2mm戦車砲の砲弾が立てた状態で収められ、44発が搭載された。
加えてバスケット下方に当たる床上に弾薬庫を設け、22発を収容していた。

機関系は試作第1号車/第2号車とも変わらず、試作第2号車が操縦室部分が上方に持ち上げられたことで、車台自体の上下高がわずかに増大した以外は同一であった。
なお機関室上面には前方に吸気グリル、後方に排気グリルがそれぞれ備えられ、いずれも前後に分割されてヒンジにより外側に開き、整備の便を図っていた。
細部に変化は存在するものの、このレイアウトは後のM26重戦車にも引き継がれている。


●T23中戦車 生産型

T23中戦車の試作第2号車の試験ではハイブリッド方式の機関系に起因する問題が露呈したが、当時は北アフリカ戦線にドイツ陸軍が投入したティーガー重戦車の前に、M4中戦車では対抗不能との問題が存在していたため、1943年5月にクライスラー社に250両のT23中戦車の生産型が発注され、30103052〜30103301の車両登録番号が用意された。

しかしその後、時期は不明だが恐らく秋頃にT23中戦車の発注数の内50両(30103252〜30103301)は、更なる改良を図ったT25E1重戦車とT26E1重戦車に割り振られることに計画が変更され、T23中戦車の生産数は200両に下方修正された。
しかしその後T23中戦車は50両が追加発注されたので、1944年12月の生産終了までにT23中戦車は当初の発注どおり、クライスラー社傘下のデトロイト工廠で250両が完成した。

T23中戦車の生産型では車体自体は試作第2号車と同じものが用いられたが、砲塔は全く新規のものに変更されていたのが特徴である。
この新型砲塔は砲塔全体が大型化された鋳造製で、これに52口径76.2mm戦車砲M1A1とM62砲架を組み合わせ、砲塔上面右側には周囲6カ所に視察ブロックを収めた車長用キューポラが、その反対側には左右開き式の装填手用ハッチがそれぞれ配されていた。

そしてこの砲塔はM4中戦車の火力強化計画に伴い同車に流用されることになり、この新型砲塔の導入によってM4中戦車シリーズは格段に戦闘力が強化され、走・攻・守のバランスの取れた優秀な中戦車に発展することとなった。
その意味においてアメリカ戦車開発史上、T23中戦車は重要な位置にある戦車といえる。

しかし生産型10両による運用試験がフォート・ノックスで開始されても、T23中戦車の機関系に関する問題は依然として残っており、このために実戦への投入は不可能との判定が下されてしまった。
そして1945年2月には200両前後のT23中戦車が部隊に引き渡されたものの、このような状況では訓練に供するしか道は無いというのが実状であった。
そして250両が完成したT23中戦車は、制式呼称が与えられること無くその姿を消していったのである。


●T23E1中戦車

T23E1中戦車はM4中戦車シリーズの火力強化計画のテストベッドとして開発されたもので、T23中戦車の主砲を従来のM4中戦車シリーズと同じ37.5口径75mm戦車砲M3とし、ユナイテッド・シュー・マシナリー社で開発された油圧式自動装填装置を搭載して装填手を省き、主砲の発射速度を向上させることで火力の強化を図ったタイプである。
本車は設計が行われたのみで、実車は製作されなかった。


●T23E2中戦車

T23E2中戦車は、T23中戦車の主砲をM6重戦車やM10対戦車自走砲と同じ50口径3インチ(76.2mm)戦車砲M7に換装したタイプで、T23中戦車に搭載された52口径76.2mm戦車砲M1A1との性能比較用に開発されたものである。
本車もやはり設計が行われたのみで、実車は製作されなかった。


●T23E3中戦車

T23中戦車の生産が開始される前の1943年4月、装備委員会はT23中戦車の試作車に対するトーションバー式サスペンションへの換装を指示し、併せて「T23E3」の試作呼称を与えて研究を開始した。
そして同年12月には作業を終え、T23中戦車の試作車2両に対するサスペンション換装がクライスラー社に発注されたが、その後間もなく換装は1両に減じられてしまった。

これは試作車2両のうち1両が、M4中戦車向けとして新たに開発されたHVSS(水平渦巻スプリング・サスペンション)に換装されることになったためである。
T23E3中戦車は車台自体は新規に制作され、サスペンションと転輪にはトーションバー式サスペンションを備えて試作されたT26重戦車向けのものが流用された。

車内には片側6本ずつのトーションバーが収められ、それぞれのトーションバーに取り付けられたアームに直径66cm、幅11cmで周囲にゴム縁を備える複列式転輪を装着し、第1、第2、第5、第6転輪アームにはショックアブソーバーが取り付けられた。

また上方には片側5個のゴム縁を備えた上部支持輪が装着され、誘導輪もT23中戦車の直径55.9cm、幅22.9cmのものから、直径が65cmへとやや拡大されたものに換装された。
さらに履帯は幅421mmのダブルピン式ダブルガイドのT51履帯から、幅483mmでシングルピン式センターガイドのものに変更された。

砲塔はT23中戦車の生産型第19号車から取り外されたものが搭載されたが、これは車体をクライスラー社の戦車研究所での防水試験に供するため砲塔が外されたことで、余剰となったからである。
この際に砲塔バスケットや内部装備品の位置など細部に変更が加えられたというが、その詳細は明らかにはされていない。

トーションバー式サスペンションに換装したT23E3中戦車(車両登録番号30103068)は、1944年8月29日にデトロイト工廠からフォート・ノックスへ送られて機甲局による試験に供されたが、機関系に関する問題は相変わらずで結局それ以上の段階に進むこと無く終わった。
なお、これに先立つ1943年7月にT23E3中戦車を「M27中戦車」としてアメリカ陸軍に制式採用することが検討されていたが、この試験の結果を受けて立ち消えとなってしまった。


●T23中戦車 HVSS装備型

T23中戦車にトーションバー式サスペンションを導入したT23E3中戦車と共に、M4中戦車用に開発された新型サスペンションHVSSの試験用として製作された車両が本車である。
本車は装備委員会から「T23E4」の呼称を与えることが提案されていたものの、なぜか与えられずに終わり完成した試作車は「T23」の呼称のままで試験に供されている。

HVSS装備型への改造には、T23E3中戦車に改造される予定だったT23中戦車の2両の試作車の内1両が振り向けられ、M4中戦車向けに開発された水平渦巻サスペンションとボギー、転輪、そして幅584mmのダブルピン式センターガイドのT80履帯がそのまま流用された。
ただし誘導輪は直径こそ66cmとT23E3中戦車と同じだが、履帯幅の増大に合わせて幅が15.9cmに拡大された専用のものに換わっている。

また新規に、片側2個の上部支持輪が追加されたことも変化の1つである。
サスペンションの換装作業終了後、HVSS装備型はフォート・ノックスにおいて試験に供されたが、さらにT23中戦車の生産型から3両がHVSS装備型に改造され、内1両のみ車両登録番号が30112590に改められたことが残された写真から確認できる。

またHVSS装備型は4両共に、主砲の先端に砲口制退機が装着されていたことも判明している。
しかし試験の結果は、T23中戦車の生産型と比べて変更されたサスペンションによるメリットは何も無いと判定され、それ以上の段階に進むこと無く計画は中止された。
もっとも、たとえサスペンションの性能が向上しても、T23中戦車の最大の欠点である機関系に関する問題は何も解決されていないので、これは当然の結果といえよう。


<T23中戦車>

全長:    7.557m
車体長:   6.017m
全幅:    3.112m
全高:    2.51m
全備重量: 34.161t
乗員:    5名
エンジン:  フォードGAN 4ストロークV型8気筒液冷ガソリン
最大出力: 500hp/2,600rpm
最大速度: 56.33km/h
航続距離: 161km
武装:    52口径76.2mm戦車砲M1×1 (66発)
        12.7mm重機関銃M2×1 (300発)
        7.62mm機関銃M1919A4×2 (5,000発)
装甲厚:   12.7〜88.9mm


<T23E3中戦車>

全長:    7.77m
車体長:   5.845m
全幅:    3.25m
全高:    2.54m
全備重量: 36.0t
乗員:    5名
エンジン:  フォードGAN 4ストロークV型8気筒液冷ガソリン
最大出力: 500hp/2,600rpm
最大速度: 56.33km/h
航続距離: 161km
武装:    52口径76.2mm戦車砲M1×1 (66発)
        12.7mm重機関銃M2×1 (300発)
        7.62mm機関銃M1919A4×2 (5,000発)
装甲厚:   12.7〜88.9mm


<T23中戦車 HVSS装備型>

全長:    7.82m
車体長:  
全幅:    3.48m
全高:    2.49m
全備重量: 37.6t
乗員:    5名
エンジン:  フォードGAN 4ストロークV型8気筒液冷ガソリン
最大出力: 500hp/2,600rpm
最大速度: 56.33km/h
航続距離: 161km
武装:    52口径76.2mm戦車砲M1×1 (66発)
        12.7mm重機関銃M2×1 (300発)
        7.62mm機関銃M1919A4×2 (5,000発)
装甲厚:   12.7〜88.9mm


<参考文献>

・「パンツァー2013年1月号 アメリカのTシリーズ試作戦車(11) T21軽戦車、T22/T23中戦車シリーズ」 大佐貴美
 彦 著  アルゴノート社
・「パンツァー2013年2月号 アメリカのTシリーズ試作戦車(12) T23中戦車/T24軽戦車/T25中戦車シリーズ」 
 大佐貴美彦 著  アルゴノート社
・「パンツァー2004年1月号 アメリカ陸軍のT20〜T25試作中戦車」 白石光 著  アルゴノート社
・「グランドパワー2015年3月号 M26重戦車シリーズ(1) M26/M46の開発と構造&派生型」 後藤仁 著  ガリレ
 オ出版
・「グランドパワー2012年9月号 76mm砲シャーマン」 丹羽和夫 著  ガリレオ出版
・「グランドパワー2002年11月号 M26重戦車パーシング(1)」 後藤仁 著  デルタ出版
・「世界の戦車 1915〜1945」 ピーター・チェンバレン/クリス・エリス 共著  大日本絵画


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